春・二部
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東北の仙台にも、また桜が咲く季節が巡ってきた。
紗智と政宗が渡米して、3年の月日が経っていた。
『Dear良佳 元気にしてるわよね。してなかったら承知しないんだから』
脅迫に似た出だしで始まる手紙は、これで40通目だ。
「さっち、案外筆まめなんだよなあ」
良佳は、大学の研究棟近くにあるテラス席で紗智から届いたエアメールを開いていた。
電子メールですぐにやり取りできるこの時代に、紗智は良佳との連絡手段にエアメールを選んでいた。なぜエアメールなのか電話で聞いた際、
『手、使わなかったら退化するでしょ』
などとよく分からない理由を言われ、閉口したのは記憶に新しい。
(さっちはああ見えて照れ屋だから、きっとあたしが寂しがらないよう、敢えて直筆できるもの選んでくれたんじゃないかな)
手紙に触れると、紗智の温もりがなんとなく伝わってくる気がする。触れた手のひらが、じんわり温かくなった気がした。
ちなみに、手紙からはいつもほのかに良い香りが漂ってくる。いわく、政宗が向こうで手掛けたパフュームを垂らしているらしい。
「今回はアクア系の香りか」
隣に座っていた小十郎が手紙を覗き込んできた。
「これ、新作の香りらしいよ」
「そうか」
チャリ、とそれぞれの胸元で金属音が鳴る。
3年前に結婚した二人が互いに交換した結婚指輪だ。仕事柄、指輪をつけている訳にいかない良佳に合わせ、小十郎も指輪をネックレスとして身につけている。
「あ、こじゅ兄、新幹線間に合わなくなるよ」
結婚しても呼び名はそのまま。良佳が呼び名を変えることに異常に抵抗を示したため、最後は小十郎が折れたのだった。
その小十郎は、この後渡米してしばらくは政宗の元で働くことが決まっている。
「ああ、そうだな。……行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい。見送り行けなくてごめんね」
「講義に穴開ける訳にいかねえだろ」
良佳は、恩師・南部の推薦によりこの春から非常勤講師として講義を受け持つことが決まり、その初日が今日であった。
「あーあ、こじゅ兄もアメリカかあ」
「やっぱり、お前もアメリカ来い」
「んー、やめとく。この仕事好きだから」
「……やっぱり変わらねえか」
実は、渡米が決まった時、小十郎は良佳を一緒に連れていきたいと打ち明けていた。が、良佳は自分の意思で日本に残ることを決めた。
「離れるのは寂しいけど、あたしはあたしで日本で出来ることをやりたいから」
何かにつけ人の顔色を伺い、常に揺れ動く自身の感情に苦しんでいた良佳は、もうどこにもいなかった。
「まあまあ、さっちのことがあるとは言え、あの政宗がずっと渡米したままなはずないじゃん。おじさん倒しに日本に帰るって、そのうち言い出すって」
カラカラと笑う良佳に小十郎は深いため息をつき、やがて立ち上がった。
「じゃあな、今度こそ行ってくる」
「あ、こじゅ兄、待って」
振り返った時、唇に何か温かくて柔らかいものが当たった。
「かわいい奥さんからの、行ってらっしゃいのキスー。じゃ、気を付けてねー!」
いたずらっ子のような笑みを浮かべ、良佳は構内へ走っていった。
「……あいつ!!」
思いもよらない行動に、小十郎は思わず手で口を覆った。耳まで赤くなるのを止められなかった。
人気が少ない場所とはいえ、まさか良佳がこんな大胆な行動に出ると思わなかった。
「……帰ったら、覚えとけよ」
一呼吸置き、小十郎も歩き出した。
春夏秋冬、季節は変わらず巡り、人生もまた巡ってゆく。
再び会える時を楽しみに、彼らの物語もまた、季節と共に巡り続いていくのだ。
(了)
紗智と政宗が渡米して、3年の月日が経っていた。
『Dear良佳 元気にしてるわよね。してなかったら承知しないんだから』
脅迫に似た出だしで始まる手紙は、これで40通目だ。
「さっち、案外筆まめなんだよなあ」
良佳は、大学の研究棟近くにあるテラス席で紗智から届いたエアメールを開いていた。
電子メールですぐにやり取りできるこの時代に、紗智は良佳との連絡手段にエアメールを選んでいた。なぜエアメールなのか電話で聞いた際、
『手、使わなかったら退化するでしょ』
などとよく分からない理由を言われ、閉口したのは記憶に新しい。
(さっちはああ見えて照れ屋だから、きっとあたしが寂しがらないよう、敢えて直筆できるもの選んでくれたんじゃないかな)
手紙に触れると、紗智の温もりがなんとなく伝わってくる気がする。触れた手のひらが、じんわり温かくなった気がした。
ちなみに、手紙からはいつもほのかに良い香りが漂ってくる。いわく、政宗が向こうで手掛けたパフュームを垂らしているらしい。
「今回はアクア系の香りか」
隣に座っていた小十郎が手紙を覗き込んできた。
「これ、新作の香りらしいよ」
「そうか」
チャリ、とそれぞれの胸元で金属音が鳴る。
3年前に結婚した二人が互いに交換した結婚指輪だ。仕事柄、指輪をつけている訳にいかない良佳に合わせ、小十郎も指輪をネックレスとして身につけている。
「あ、こじゅ兄、新幹線間に合わなくなるよ」
結婚しても呼び名はそのまま。良佳が呼び名を変えることに異常に抵抗を示したため、最後は小十郎が折れたのだった。
その小十郎は、この後渡米してしばらくは政宗の元で働くことが決まっている。
「ああ、そうだな。……行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい。見送り行けなくてごめんね」
「講義に穴開ける訳にいかねえだろ」
良佳は、恩師・南部の推薦によりこの春から非常勤講師として講義を受け持つことが決まり、その初日が今日であった。
「あーあ、こじゅ兄もアメリカかあ」
「やっぱり、お前もアメリカ来い」
「んー、やめとく。この仕事好きだから」
「……やっぱり変わらねえか」
実は、渡米が決まった時、小十郎は良佳を一緒に連れていきたいと打ち明けていた。が、良佳は自分の意思で日本に残ることを決めた。
「離れるのは寂しいけど、あたしはあたしで日本で出来ることをやりたいから」
何かにつけ人の顔色を伺い、常に揺れ動く自身の感情に苦しんでいた良佳は、もうどこにもいなかった。
「まあまあ、さっちのことがあるとは言え、あの政宗がずっと渡米したままなはずないじゃん。おじさん倒しに日本に帰るって、そのうち言い出すって」
カラカラと笑う良佳に小十郎は深いため息をつき、やがて立ち上がった。
「じゃあな、今度こそ行ってくる」
「あ、こじゅ兄、待って」
振り返った時、唇に何か温かくて柔らかいものが当たった。
「かわいい奥さんからの、行ってらっしゃいのキスー。じゃ、気を付けてねー!」
いたずらっ子のような笑みを浮かべ、良佳は構内へ走っていった。
「……あいつ!!」
思いもよらない行動に、小十郎は思わず手で口を覆った。耳まで赤くなるのを止められなかった。
人気が少ない場所とはいえ、まさか良佳がこんな大胆な行動に出ると思わなかった。
「……帰ったら、覚えとけよ」
一呼吸置き、小十郎も歩き出した。
春夏秋冬、季節は変わらず巡り、人生もまた巡ってゆく。
再び会える時を楽しみに、彼らの物語もまた、季節と共に巡り続いていくのだ。
(了)
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