冬・二部
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小原の前に輝宗との会合をクリアしなければならず、輝宗が苦手な良佳は、翌朝どんよりとした気分で目的地についた。
「……」
仙台市内の一等地にある某ビル、伊達グループの本拠地を見上げる。
「ぼっとしてねえで、さっさと入れ」
小十郎が促すが、良佳は上を見上げたまま動かない。
「輝宗おじさんがあそこにいると思うだけで、すごく気が重い……」
「輝宗さまに失礼なこと言うんじゃねえ。それから、輝宗さまのことは“ご当主さま”と呼ばねえか」
「“おじさん”って言わないと怒るんだもん。文句ならおじさんに言ってよ」
ため息をつき、良佳はエントランスに向かった。
見目麗しい受付嬢にアポイントメントを告げると、社長室に通じるエレベーターを案内された。
そのエレベーター。なるべく遅くついて欲しいと願ったが、休日なので他に利用者はおらず、各階を素通りして社長室のある最上階にさっさとついてしまった。
「……もうついた」
「さっさと歩け」
小十郎に促され、降りてすぐの専用受付を抜ける。
「来たか」
一級の調度品で占められた、社長室にしてはややコンパクトな室内の窓際に、笑みをたたえた輝宗がいた。
「輝宗さま、お待たせして申し訳ありません」
「時間内だ、何も問題ない」
ちらりと良佳を見ると、相変わらずの仏頂面で一つ会釈してきた。輝宗は笑って真正面に座るよう促し、自身も座った。
「久しぶりに帰省した仙台はどうだ?」
「駅前開発で、印象が変わりました。昔のやぼったい方が好きなので、都会化してしまって複雑です」
「そうか」
「震災の爪痕が少なくなってるのはいいことかと」
「そうだな。駅前以外も色々と変わっている。そうだ、私が案内してやろう」
「結構です」
間髪入れずに断ったが、輝宗も引かなかった。
「そう照れることはない。遠慮するな、“おじさん”が構ってやるぞ」
「本題を」
良佳が会話を拒絶したので、輝宗は肩をすくめた。
「輝宗さま、何故良佳にだけその呼称を許されるのですか?」
「呼称? ああ、“おじさん”のことか。後でゆっくり話してやる。その前に、小十郎」
「は」
「お前に聞きたいことがある。何故、見合いを断った?」
小十郎は、居住まいを正しこう言った。
「伴侶としたい人物がいるからです。その人物とは、隣にいる良佳にほかなりません」
「ほう」
組んでいた足を組み直し、輝宗は優雅に笑った。
「お前たちは、小さい頃から分かりやすいほど互いを必要としていたからな。恋仲になるのも頷ける。……が」
輝宗は背もたれに身を委ね、膝の上で両手を組んだ。
「茂庭良佳を小十郎にやること、まかりならん」
「輝宗さま!?」
思いがけない言葉に、小十郎は表情を険しくした。
「理由は、考えれば分かることだ」
「あたしの素性、ですか」
良佳の冷静な声に、小十郎は息を飲んだ。
「そうだ。お前は、戸籍上は茂庭の人間だが、その血をひいているか定かではない。一方で、小十郎はいずれ伊達のナンバー2になる男だ。その男に、素性の分からぬ女を嫁がせる訳にはいかん。“血”にうるさい老人たちがそれを許さぬことぐらい、分かっているはずだ」
静かに現実を紡ぐ輝宗に、小十郎はぐっと言葉を飲み込んだ。
「……あたしの素性が、はっきりすればいいんですよね」
そう言うと、良佳は一枚の紙を取り出した。
「これは?」
「DNA鑑定です。あたしが茂庭の人間かどうか、両親に頼んで協力してもらいました」
輝宗は紙を見、小十郎に渡した。
「っ、これは……!」
「杞憂だったようだな」
鑑定結果は、良佳が茂庭の両親の子であることを示していた。
「良佳、いつこれを……」
「返事待って欲しいって言った、あの時に」
良佳は、親に会うため小十郎に黙って一度仙台に帰っている。理由はもちろん、DNA鑑定に協力してもらうためだ。
「こじゅ兄と生きることは伊達として生きることだからさ、出自をはっきりさせる必要があるのは分かってた。だから、死ぬほど嫌だったけど、親に頭下げてやってもらったんだ」
自分のために、あれほど嫌い抜いている両親と接してくれたのだと思うと、小十郎は胸が熱くなった。
「ありがとよ」
良佳の手を握ると、良佳もぎゅっと握り返した。
「礼なら、おじさんに」
「ん?」
「おじさん、うちの両親に口添えしてくれてたんだ。茂庭の将来のためにもなることだから、あたしが頼みごとしてきた時には手を貸すようにって。じゃなかったら、あの人たちがあたしに味方してくれるはずないもん」
「そうだったのか……。輝宗さま、ありがとうございます」
小十郎が頭を下げると、輝宗は小さく笑った。
「なに、伊達のためだ。それに、良佳は私が支援した子どもだからな」
「支援?」
「あ! やっぱり、おじさんがあたしの“伊達な足ながおじさん”だったんですね!」
「その通り」
輝宗は、満面の笑みを浮かべた。
伊達グループは、世界の大企業と同じく慈善事業も手掛けている。よそと違うのは、その手がグループ内に向けられていること、すなわち、伊達の中の不遇な子どものための事業となっていることだ。
伊達を担う人材を一人でも多く確保するのが趣旨なので、伊達にゆかりのある人物であれば、例え出自がはっきりしていなくても対象となる。おかけで良佳はこの支援を受けられ、親から見放されても大学までいけたのである。
「院も支援すると言ったのに、この娘は無下に断ってきてな。おかけで、私は卒業させてやった感が少ないのだ」
足ながおじさんは、その存在を知られることはタブーとされている。なのに、輝宗は今の発言から何かと存在をちらつかせていることが伺い知れる。おそらく、良佳も勘付いていたに違いない。
(成る程、だから輝宗さまが苦手なんだな)
構う輝宗を嫌がる良佳の図は、まさに二人の間柄を表している。
「……おお、そうだ。良佳、ついでに伊達に就職しろ。そうすれば、奨学金の返金も必要なくなるぞ。うむ、それがいい、そうしろ」
「今の職場がありますから、お断りします」
「……そうか。職場があるからか」
嬉しそうに、だがどこか茶化すように話す輝宗の双眸が一瞬煌めいたのに、小十郎は気付かなかった。
「……」
仙台市内の一等地にある某ビル、伊達グループの本拠地を見上げる。
「ぼっとしてねえで、さっさと入れ」
小十郎が促すが、良佳は上を見上げたまま動かない。
「輝宗おじさんがあそこにいると思うだけで、すごく気が重い……」
「輝宗さまに失礼なこと言うんじゃねえ。それから、輝宗さまのことは“ご当主さま”と呼ばねえか」
「“おじさん”って言わないと怒るんだもん。文句ならおじさんに言ってよ」
ため息をつき、良佳はエントランスに向かった。
見目麗しい受付嬢にアポイントメントを告げると、社長室に通じるエレベーターを案内された。
そのエレベーター。なるべく遅くついて欲しいと願ったが、休日なので他に利用者はおらず、各階を素通りして社長室のある最上階にさっさとついてしまった。
「……もうついた」
「さっさと歩け」
小十郎に促され、降りてすぐの専用受付を抜ける。
「来たか」
一級の調度品で占められた、社長室にしてはややコンパクトな室内の窓際に、笑みをたたえた輝宗がいた。
「輝宗さま、お待たせして申し訳ありません」
「時間内だ、何も問題ない」
ちらりと良佳を見ると、相変わらずの仏頂面で一つ会釈してきた。輝宗は笑って真正面に座るよう促し、自身も座った。
「久しぶりに帰省した仙台はどうだ?」
「駅前開発で、印象が変わりました。昔のやぼったい方が好きなので、都会化してしまって複雑です」
「そうか」
「震災の爪痕が少なくなってるのはいいことかと」
「そうだな。駅前以外も色々と変わっている。そうだ、私が案内してやろう」
「結構です」
間髪入れずに断ったが、輝宗も引かなかった。
「そう照れることはない。遠慮するな、“おじさん”が構ってやるぞ」
「本題を」
良佳が会話を拒絶したので、輝宗は肩をすくめた。
「輝宗さま、何故良佳にだけその呼称を許されるのですか?」
「呼称? ああ、“おじさん”のことか。後でゆっくり話してやる。その前に、小十郎」
「は」
「お前に聞きたいことがある。何故、見合いを断った?」
小十郎は、居住まいを正しこう言った。
「伴侶としたい人物がいるからです。その人物とは、隣にいる良佳にほかなりません」
「ほう」
組んでいた足を組み直し、輝宗は優雅に笑った。
「お前たちは、小さい頃から分かりやすいほど互いを必要としていたからな。恋仲になるのも頷ける。……が」
輝宗は背もたれに身を委ね、膝の上で両手を組んだ。
「茂庭良佳を小十郎にやること、まかりならん」
「輝宗さま!?」
思いがけない言葉に、小十郎は表情を険しくした。
「理由は、考えれば分かることだ」
「あたしの素性、ですか」
良佳の冷静な声に、小十郎は息を飲んだ。
「そうだ。お前は、戸籍上は茂庭の人間だが、その血をひいているか定かではない。一方で、小十郎はいずれ伊達のナンバー2になる男だ。その男に、素性の分からぬ女を嫁がせる訳にはいかん。“血”にうるさい老人たちがそれを許さぬことぐらい、分かっているはずだ」
静かに現実を紡ぐ輝宗に、小十郎はぐっと言葉を飲み込んだ。
「……あたしの素性が、はっきりすればいいんですよね」
そう言うと、良佳は一枚の紙を取り出した。
「これは?」
「DNA鑑定です。あたしが茂庭の人間かどうか、両親に頼んで協力してもらいました」
輝宗は紙を見、小十郎に渡した。
「っ、これは……!」
「杞憂だったようだな」
鑑定結果は、良佳が茂庭の両親の子であることを示していた。
「良佳、いつこれを……」
「返事待って欲しいって言った、あの時に」
良佳は、親に会うため小十郎に黙って一度仙台に帰っている。理由はもちろん、DNA鑑定に協力してもらうためだ。
「こじゅ兄と生きることは伊達として生きることだからさ、出自をはっきりさせる必要があるのは分かってた。だから、死ぬほど嫌だったけど、親に頭下げてやってもらったんだ」
自分のために、あれほど嫌い抜いている両親と接してくれたのだと思うと、小十郎は胸が熱くなった。
「ありがとよ」
良佳の手を握ると、良佳もぎゅっと握り返した。
「礼なら、おじさんに」
「ん?」
「おじさん、うちの両親に口添えしてくれてたんだ。茂庭の将来のためにもなることだから、あたしが頼みごとしてきた時には手を貸すようにって。じゃなかったら、あの人たちがあたしに味方してくれるはずないもん」
「そうだったのか……。輝宗さま、ありがとうございます」
小十郎が頭を下げると、輝宗は小さく笑った。
「なに、伊達のためだ。それに、良佳は私が支援した子どもだからな」
「支援?」
「あ! やっぱり、おじさんがあたしの“伊達な足ながおじさん”だったんですね!」
「その通り」
輝宗は、満面の笑みを浮かべた。
伊達グループは、世界の大企業と同じく慈善事業も手掛けている。よそと違うのは、その手がグループ内に向けられていること、すなわち、伊達の中の不遇な子どものための事業となっていることだ。
伊達を担う人材を一人でも多く確保するのが趣旨なので、伊達にゆかりのある人物であれば、例え出自がはっきりしていなくても対象となる。おかけで良佳はこの支援を受けられ、親から見放されても大学までいけたのである。
「院も支援すると言ったのに、この娘は無下に断ってきてな。おかけで、私は卒業させてやった感が少ないのだ」
足ながおじさんは、その存在を知られることはタブーとされている。なのに、輝宗は今の発言から何かと存在をちらつかせていることが伺い知れる。おそらく、良佳も勘付いていたに違いない。
(成る程、だから輝宗さまが苦手なんだな)
構う輝宗を嫌がる良佳の図は、まさに二人の間柄を表している。
「……おお、そうだ。良佳、ついでに伊達に就職しろ。そうすれば、奨学金の返金も必要なくなるぞ。うむ、それがいい、そうしろ」
「今の職場がありますから、お断りします」
「……そうか。職場があるからか」
嬉しそうに、だがどこか茶化すように話す輝宗の双眸が一瞬煌めいたのに、小十郎は気付かなかった。