冬・二部
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こぼれ出る息が真っ白になる。
「今年も、この季節が来たんだなあ」
空を見上げると、金沢の空は舞い落ちる雪と同じ色をしていて、寒さに耐える時期が到来したのだと感じた。
「こんなに寒いのに、また外出てんのか?」
「うひゃっ」
頬に突然発生する熱。
「びっくりした、こじゅ兄かあ」
温かい缶を二つ持った小十郎が、笑いながら隣に立った。
「ほらよ」
「ありがと」
カフェオレなら飲めると言ったことを覚えていてくれたのだろう、渡されたのはそれだった。
「この木を見てたら、気分が落ち着くんだ」
「だからって、こんなに降ってる時に出なくてもいいんじゃねえか?」
「習慣で、つい」
プルタブを開ける。甲高い音と同時に香ってきたカフェオレの匂いが、鼻腔をくすぐる。
「美味しい」
「そうか」
小十郎も缶コーヒーに口をつける。
「ねえ、もしかしなくても、こじゅ兄タバコ止めたよね」
「ああ。かれこれ、7、8年前だな」
7、8年前と言えば、良佳が加賀大学院に進学した頃だ。
「……もしかして、あたしが関係してる?」
「まあな。今だから言えるが、願掛けした」
「願掛け?」
「内容は、まあ好きに想像しろ」
小十郎は、ごまかすように良佳の頭を一つ撫でた。
暦は12月。
今年の終わりとともに、小十郎が仙台に帰る日も、刻一刻と近付いていた。
加賀大弓道部での指導日だったので、仕事帰りに立ち寄った。室内練習場が完備されているので、積雪の季節でも関係なく練習出来る。
「皆、気を付けて。お先」
「コーチ、ありがとうございました!」
練習場を出ると、相変わらず空は重く、今夜は吹雪くかもしれない。足も自然と速くなった。
「良佳」
門扉を出たところで、小十郎が車を背に立っていた。
「こじゅ兄、ありがと。待った?」
「いや、時間通りだ」
この日、良佳は風邪気味だった。動けない感じではなかったので弓道部に顔を出したが、終わりが近付くにつれて熱っぽくなった。
自力で帰れないことはなかったが、ふと脳裏に小十郎がよぎった。人間、弱ると一番支えて欲しい人物が浮かぶらしいが、本当だなと思った。
思いきって小十郎にメールすると、会社に残って研究ノートをまとめていたらしく、練習が終わったらいつでも呼べと返答が来た。
会社と大学は近いので、練習終わりに終了メールを送ったのが良かったらしい、小十郎をあまり待たせずに済んだ。
「つらいなら、後ろで横になってろ」
あの不意討ちのキス以来、“助手席”に対する嫌悪感は徐々に薄れているものの、やはりすんなり座れずいつも軽い押し問答になるのだが、今日は先に促された。
「ありがと。さっきから、なんかしんどくて……」
急に頭がぼんやりしてきた。
「熱が上がったか」
額に手を当てると、予想よりもはるかに熱かった。
「よくこんなんで指導したな」
「さっきまで、ホント、何ともなかったんだ……」
「気を張ってたからだろ。ったく、あんなに降ってんのに、木見るために外出るからこうなるんだ。病院行くぞ」
そう言うと、小十郎は夜間病院へとハンドルを切った。
診察の結果、流患と言われた。熱が急激に上がるタイプなので、明日は休むようにと言われた。
「ついたぞ」
「うん……。連れ帰ってくれて、ありがと……」
病院を出る頃には、9度近い発熱を自覚してしまったせいか自力で歩くのもままならず、小十郎に部屋まで送ってもらった。
「氷枕ねえのか? なら、ドラッグストアで額に当てるやつ買ってきてやる。ポカリスエットはすぐ飲めるよう、テーブルに置いとくぞ。あと、着替えはどこだ?」
「そ、それは自分でやるっ……!」
世話好きスイッチが入ると、女の部屋だろうと関係なく動くことを長い付き合いで知っているので、慌てて制した。
「す、済まねえ。つい、昔の感覚になっちまった」
さすがの小十郎も、己の行動に気付き赤面した。
「いいよ。こじゅ兄の中で、あたしは世話焼きたくなるポジションにいるんだろうから」
部屋着に着替え、ベッドに横になると幾分か楽になった。
「薬、飲めるか?」
「飲めるけど、もの食べるのがしんどい……」
「胃がただれてもいいのか」
「……やだ」
仕方なく薬のために無理やり食事を採ったが、顎を動かすのもしんどく、コンビニのおにぎり一つを流し込むのがやっとだった。
「ほら、横になれ」
「胸がムカムカするから、もう少し起きてる……」
用意してくれた座椅子にもたれたが、むかつきが和らぐはずもなく、ますます気持ち悪くなった。
「その様子じゃ、昏睡しそうだな」
そう言うと、小十郎は車のキーを取った。
「ドラッグストア行くついでに、荷物取って来る」
「荷物……?」
「ここに泊まって、看病してやるよ」
「う~……?」
「帰って来るまで寝てろ。家の鍵、借りるぞ」
小十郎が何を言っているか聞き取れているが、頭がぼんやりしていて意味を認識出来ない。
(こじゅ兄、帰っちゃやだ……)
言いたいのに喉が動かない。
バタン、という扉の開閉音に、一人取り残された感が強くなり、薄れ行く意識の中で涙が勝手に溢れていった。
「今年も、この季節が来たんだなあ」
空を見上げると、金沢の空は舞い落ちる雪と同じ色をしていて、寒さに耐える時期が到来したのだと感じた。
「こんなに寒いのに、また外出てんのか?」
「うひゃっ」
頬に突然発生する熱。
「びっくりした、こじゅ兄かあ」
温かい缶を二つ持った小十郎が、笑いながら隣に立った。
「ほらよ」
「ありがと」
カフェオレなら飲めると言ったことを覚えていてくれたのだろう、渡されたのはそれだった。
「この木を見てたら、気分が落ち着くんだ」
「だからって、こんなに降ってる時に出なくてもいいんじゃねえか?」
「習慣で、つい」
プルタブを開ける。甲高い音と同時に香ってきたカフェオレの匂いが、鼻腔をくすぐる。
「美味しい」
「そうか」
小十郎も缶コーヒーに口をつける。
「ねえ、もしかしなくても、こじゅ兄タバコ止めたよね」
「ああ。かれこれ、7、8年前だな」
7、8年前と言えば、良佳が加賀大学院に進学した頃だ。
「……もしかして、あたしが関係してる?」
「まあな。今だから言えるが、願掛けした」
「願掛け?」
「内容は、まあ好きに想像しろ」
小十郎は、ごまかすように良佳の頭を一つ撫でた。
暦は12月。
今年の終わりとともに、小十郎が仙台に帰る日も、刻一刻と近付いていた。
加賀大弓道部での指導日だったので、仕事帰りに立ち寄った。室内練習場が完備されているので、積雪の季節でも関係なく練習出来る。
「皆、気を付けて。お先」
「コーチ、ありがとうございました!」
練習場を出ると、相変わらず空は重く、今夜は吹雪くかもしれない。足も自然と速くなった。
「良佳」
門扉を出たところで、小十郎が車を背に立っていた。
「こじゅ兄、ありがと。待った?」
「いや、時間通りだ」
この日、良佳は風邪気味だった。動けない感じではなかったので弓道部に顔を出したが、終わりが近付くにつれて熱っぽくなった。
自力で帰れないことはなかったが、ふと脳裏に小十郎がよぎった。人間、弱ると一番支えて欲しい人物が浮かぶらしいが、本当だなと思った。
思いきって小十郎にメールすると、会社に残って研究ノートをまとめていたらしく、練習が終わったらいつでも呼べと返答が来た。
会社と大学は近いので、練習終わりに終了メールを送ったのが良かったらしい、小十郎をあまり待たせずに済んだ。
「つらいなら、後ろで横になってろ」
あの不意討ちのキス以来、“助手席”に対する嫌悪感は徐々に薄れているものの、やはりすんなり座れずいつも軽い押し問答になるのだが、今日は先に促された。
「ありがと。さっきから、なんかしんどくて……」
急に頭がぼんやりしてきた。
「熱が上がったか」
額に手を当てると、予想よりもはるかに熱かった。
「よくこんなんで指導したな」
「さっきまで、ホント、何ともなかったんだ……」
「気を張ってたからだろ。ったく、あんなに降ってんのに、木見るために外出るからこうなるんだ。病院行くぞ」
そう言うと、小十郎は夜間病院へとハンドルを切った。
診察の結果、流患と言われた。熱が急激に上がるタイプなので、明日は休むようにと言われた。
「ついたぞ」
「うん……。連れ帰ってくれて、ありがと……」
病院を出る頃には、9度近い発熱を自覚してしまったせいか自力で歩くのもままならず、小十郎に部屋まで送ってもらった。
「氷枕ねえのか? なら、ドラッグストアで額に当てるやつ買ってきてやる。ポカリスエットはすぐ飲めるよう、テーブルに置いとくぞ。あと、着替えはどこだ?」
「そ、それは自分でやるっ……!」
世話好きスイッチが入ると、女の部屋だろうと関係なく動くことを長い付き合いで知っているので、慌てて制した。
「す、済まねえ。つい、昔の感覚になっちまった」
さすがの小十郎も、己の行動に気付き赤面した。
「いいよ。こじゅ兄の中で、あたしは世話焼きたくなるポジションにいるんだろうから」
部屋着に着替え、ベッドに横になると幾分か楽になった。
「薬、飲めるか?」
「飲めるけど、もの食べるのがしんどい……」
「胃がただれてもいいのか」
「……やだ」
仕方なく薬のために無理やり食事を採ったが、顎を動かすのもしんどく、コンビニのおにぎり一つを流し込むのがやっとだった。
「ほら、横になれ」
「胸がムカムカするから、もう少し起きてる……」
用意してくれた座椅子にもたれたが、むかつきが和らぐはずもなく、ますます気持ち悪くなった。
「その様子じゃ、昏睡しそうだな」
そう言うと、小十郎は車のキーを取った。
「ドラッグストア行くついでに、荷物取って来る」
「荷物……?」
「ここに泊まって、看病してやるよ」
「う~……?」
「帰って来るまで寝てろ。家の鍵、借りるぞ」
小十郎が何を言っているか聞き取れているが、頭がぼんやりしていて意味を認識出来ない。
(こじゅ兄、帰っちゃやだ……)
言いたいのに喉が動かない。
バタン、という扉の開閉音に、一人取り残された感が強くなり、薄れ行く意識の中で涙が勝手に溢れていった。