秋・二部
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
二人を残し店を出た政宗は、すぐにスマホを取り出した。
「ああ、オレだ。今いいか?」
『うん、大丈夫』
相手は、紗智だった。
「最終ツアー、明日からだったな。北海道だったか」
『うん。こっちはもう肌寒いよ。さすが、北海道って感じ』
「そうか」
二人は成実夫婦を見習い、まず話をすることから始めている。手段は専ら電話だ。
「今、金沢に来てる。例のアレ、やったぜ」
『そうなの?』
紗智には、良佳と小十郎を話し合わせる作戦について事前に伝えていた。成実のお宮参りの写真を使うよう政宗に進言したのは、他ならぬ紗智であった。
「あれにゃ、助けられぜ」
『お兄ちゃん、いらないって言ってるのに甥っ子たちの写真送り付けてくるんだもん。だから、思い付いたの』
「成実の親バカぶりも、たまにゃ役に立つな」
電話口で、紗智も笑った。
「ライブ終わって一息つけんのはいつだ?」
『多分、年明けだと思う』
「そうか。なら、落ち着いた頃に秋保に行こうぜ。こっちも、一月の中旬ならなんとか空けられる」
『いいの?』
「いいも何も、オレたちはcoupleだろ」
電話口の向こうで戸惑う気配がしたので、政宗は喉を鳴らした。
「嫌なら行かねぇが」
『ううん、行く! 絶対行く!』
即答に、思わず吹き出した。
「じゃあ、そろそろ切るぜ。また明日な。Good night,honey」
スマホに、わざと音を立てキスをした。
たまにしているが、今もって慣れないらしい。動揺の声色が上がったが、無視し通話を切った。
「完全に、いじめるのが趣味になってんな」
喉を鳴らして笑う。
今までに感じたことのない充足感が、政宗を満たしていた。
良佳と小十郎は、二人になった途端互いに口を閉ざしてしまい、せっかくの寿司を堪能することなく店を出た。政宗が去って、30分後のことだった。
「送る」
小十郎が車のキーを出す。
チャリ、という音と共に視界に入ったそれを見て、良佳は眉を潜めた。
「……いい、タクシー拾うから」
「タクシー探すより早えだろうが」
「駅前すぐそこだし、行けば見つかるよ」
「こんな暗い道を、一人で歩かせられるか」
「まだ8時半じゃん。兄さん、過保護」
笑ったが、相手には笑いごとではなかったらしい。
「……田はいいのか」
「え?」
歩き出そうと背中を向けたところを、突然腕を引っ張られ強引に振り向かされた。その瞳には、怒りが満ち満ちていた。
「前田のバイクには乗れて、俺の車は駄目なのか。俺が嫌なら、はっきり嫌と言え!」
左腕に加わる力が更に強くなる。
「い、いたっ……」
「“兄さん”なんて他人行儀な言い方しやがって。いつから、俺はお前の兄貴になったんだ? なった覚えはねえぞ!」
小十郎の怒鳴り声がすぐ近くで聞こえる。思えば、こんなに至近距離で話したのは久々だ。
「わっ!?」
腕を掴まれたまま引っ張られ、無理やり車へ歩かされた。
キーを押し、小十郎は良佳を助手席に押し込もうとした。
「やだ! 乗りたくない!」
捕まれていない方の手で小十郎を押し退けようともがくが、所詮女の力だ。抵抗むなしく助手席に尻餅をつく形で座らされると、乱暴にドアを閉められた。
すぐさまノブを引っ張ったが、動かなかった。外から、小十郎が押さえていたからだ。
「やだ、出して! ここはっ……、助手席は嫌!!」
思い切り窓ガラスを叩く。
忘れもしないあの夏。小十郎が、助手席に座る紗智を押し倒したのを偶然見てしまった。
小十郎が紗智を想っていることは知っていたが、それをまざまざと見せつけられたと同時に、小十郎の隣に“女”としての自分の居場所がないと分かった瞬間でもあった。
さすがに年数が経っているので車は買い換えてあるが、“助手席”というだけで記憶はいとも簡単に甦る。だから、車は今も嫌いだった。
「良佳……。そんなに嫌か、俺が」
小十郎は、ショックを隠しきれなかった。隔たりを置かれているのは分かっていたが、まさかここまで拒絶されるほどとは思わなかった。
ドアを開ける。すぐ出てくると思ったが、良佳は掴まれた腕をさすり小さくなるだけだった。
「……済まねえ、強く掴んじまった」
手を伸ばす。一瞬ためらった後、良佳の腕を撫でた。どこなら触っても平気か、探るように優しく撫でた。
「……嫌だったんだよ。前田のバイクにゃ乗れて、俺の車に乗れねえって現実がな」
良佳は、ゆっくり小十郎を見た。申し訳ないような、困ったような、安堵しているような、そんな表現をしていた。
「ち、……ぅ」
違う、と言いたかったが、喉に何かが絡んでうまく話せない。幼い頃から、酷いショックを受けた後は話せないことが多かった。大学時代、突然政宗に襲われた時もそうだったが、身体的なショックを受けると特に顕著に表れる。
おそらく、茂庭の兄姉にいじめられたトラウマが原因だ。綱元を除く兄姉は、良佳を“不要物”として扱い、時に暴力を振るうこともあった。
綱元の存在と、早い段階で小十郎に出会ったことが良佳を救った。だが、一度心に刻まれたトラウマは消えることはなかった。
「ああ、オレだ。今いいか?」
『うん、大丈夫』
相手は、紗智だった。
「最終ツアー、明日からだったな。北海道だったか」
『うん。こっちはもう肌寒いよ。さすが、北海道って感じ』
「そうか」
二人は成実夫婦を見習い、まず話をすることから始めている。手段は専ら電話だ。
「今、金沢に来てる。例のアレ、やったぜ」
『そうなの?』
紗智には、良佳と小十郎を話し合わせる作戦について事前に伝えていた。成実のお宮参りの写真を使うよう政宗に進言したのは、他ならぬ紗智であった。
「あれにゃ、助けられぜ」
『お兄ちゃん、いらないって言ってるのに甥っ子たちの写真送り付けてくるんだもん。だから、思い付いたの』
「成実の親バカぶりも、たまにゃ役に立つな」
電話口で、紗智も笑った。
「ライブ終わって一息つけんのはいつだ?」
『多分、年明けだと思う』
「そうか。なら、落ち着いた頃に秋保に行こうぜ。こっちも、一月の中旬ならなんとか空けられる」
『いいの?』
「いいも何も、オレたちはcoupleだろ」
電話口の向こうで戸惑う気配がしたので、政宗は喉を鳴らした。
「嫌なら行かねぇが」
『ううん、行く! 絶対行く!』
即答に、思わず吹き出した。
「じゃあ、そろそろ切るぜ。また明日な。Good night,honey」
スマホに、わざと音を立てキスをした。
たまにしているが、今もって慣れないらしい。動揺の声色が上がったが、無視し通話を切った。
「完全に、いじめるのが趣味になってんな」
喉を鳴らして笑う。
今までに感じたことのない充足感が、政宗を満たしていた。
良佳と小十郎は、二人になった途端互いに口を閉ざしてしまい、せっかくの寿司を堪能することなく店を出た。政宗が去って、30分後のことだった。
「送る」
小十郎が車のキーを出す。
チャリ、という音と共に視界に入ったそれを見て、良佳は眉を潜めた。
「……いい、タクシー拾うから」
「タクシー探すより早えだろうが」
「駅前すぐそこだし、行けば見つかるよ」
「こんな暗い道を、一人で歩かせられるか」
「まだ8時半じゃん。兄さん、過保護」
笑ったが、相手には笑いごとではなかったらしい。
「……田はいいのか」
「え?」
歩き出そうと背中を向けたところを、突然腕を引っ張られ強引に振り向かされた。その瞳には、怒りが満ち満ちていた。
「前田のバイクには乗れて、俺の車は駄目なのか。俺が嫌なら、はっきり嫌と言え!」
左腕に加わる力が更に強くなる。
「い、いたっ……」
「“兄さん”なんて他人行儀な言い方しやがって。いつから、俺はお前の兄貴になったんだ? なった覚えはねえぞ!」
小十郎の怒鳴り声がすぐ近くで聞こえる。思えば、こんなに至近距離で話したのは久々だ。
「わっ!?」
腕を掴まれたまま引っ張られ、無理やり車へ歩かされた。
キーを押し、小十郎は良佳を助手席に押し込もうとした。
「やだ! 乗りたくない!」
捕まれていない方の手で小十郎を押し退けようともがくが、所詮女の力だ。抵抗むなしく助手席に尻餅をつく形で座らされると、乱暴にドアを閉められた。
すぐさまノブを引っ張ったが、動かなかった。外から、小十郎が押さえていたからだ。
「やだ、出して! ここはっ……、助手席は嫌!!」
思い切り窓ガラスを叩く。
忘れもしないあの夏。小十郎が、助手席に座る紗智を押し倒したのを偶然見てしまった。
小十郎が紗智を想っていることは知っていたが、それをまざまざと見せつけられたと同時に、小十郎の隣に“女”としての自分の居場所がないと分かった瞬間でもあった。
さすがに年数が経っているので車は買い換えてあるが、“助手席”というだけで記憶はいとも簡単に甦る。だから、車は今も嫌いだった。
「良佳……。そんなに嫌か、俺が」
小十郎は、ショックを隠しきれなかった。隔たりを置かれているのは分かっていたが、まさかここまで拒絶されるほどとは思わなかった。
ドアを開ける。すぐ出てくると思ったが、良佳は掴まれた腕をさすり小さくなるだけだった。
「……済まねえ、強く掴んじまった」
手を伸ばす。一瞬ためらった後、良佳の腕を撫でた。どこなら触っても平気か、探るように優しく撫でた。
「……嫌だったんだよ。前田のバイクにゃ乗れて、俺の車に乗れねえって現実がな」
良佳は、ゆっくり小十郎を見た。申し訳ないような、困ったような、安堵しているような、そんな表現をしていた。
「ち、……ぅ」
違う、と言いたかったが、喉に何かが絡んでうまく話せない。幼い頃から、酷いショックを受けた後は話せないことが多かった。大学時代、突然政宗に襲われた時もそうだったが、身体的なショックを受けると特に顕著に表れる。
おそらく、茂庭の兄姉にいじめられたトラウマが原因だ。綱元を除く兄姉は、良佳を“不要物”として扱い、時に暴力を振るうこともあった。
綱元の存在と、早い段階で小十郎に出会ったことが良佳を救った。だが、一度心に刻まれたトラウマは消えることはなかった。