秋・二部
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昼休み、良佳は口にしたお茶を盛大に噴出し、休憩室にいた他の研究員たちからひんしゅくを買った。
「茂庭、汚ねえよ!」
「す、すみません!」
謝罪もそこそこに、慌てて休憩室から出た。
(な、何これ!?)
良佳が憤慨するのも無理はない。先ほど届いた紗智のメールに、
『政宗くんと婚約するから』
としか書かれていなかったのだから。
(どういうこと? さっちが政宗を押し倒したの? それとも、政宗があたしの例え話を鵜呑みにしたの?)
実家と連絡を取っていないため、御家事情には疎い。いつもなら義兄・綱元が真っ先に教えてくれるのだが、生憎と海外留学中で日本にいない。小十郎に聞けば分かるだろうが、極力話したくないし、何よりかつての想い人の婚約話など話したくないに違いない。
紗智からのメールがなければ知ったのはもっと遅かったから、そういう意味ではありがたいメールなのだが、肝心なことは全く明記せず、
『忙しいからまた後で続きを送る』
とだけ綴られメールは終わった。おとなしくそれを待つしかなさそうだ。
休憩室からほど近い自販機コーナーに来ると、先客の小十郎と出くわした。
(あ……)
「お疲れ」
心臓が高鳴ったことには気付かぬふりをし、普段通り振る舞った。
「お疲れさま、兄さん」
「珍しいな、お前が携帯を見てるのは」
「そう? 昔と違って連絡手段これしかないし、さすがに携帯不携帯はもう出来ないよ」
「不携帯、か。それで、よく政宗さまがお怒りになられていたな。懐かしいぜ」
小十郎が小さく笑った時だった。
「偶然か、必然か」
小十郎の携帯が、政宗からの着信を告げていた。
「はい。は、大丈夫です。今晩ですか? 小十郎は空いております。……少々お待ちください。良佳、政宗さまがこちらに来られているんだが、今晩空いてるか?」
「9時以降なら空いてる」
小十郎は一つ頷きそのまま伝えると、電話はすぐに終わった。
「9時過ぎて構わねえから、前に食事したあの寿司屋に来いとの仰せだ。話がおありらしい」
「何の話だろ」
「さあな。行けば分かる」
「そうだね。……ってことは、郵便局行かなきゃ。財布の中、寿司屋行けるほど入ってないし」
「出してやるぞ」
「子供じゃないんだから。大丈夫だよ」
過保護な兄貴分に苦笑した。
軽く手を振って小十郎の横を通り過ぎ、ばれない程度に急ぎ階段を下り、盛大に吐息をついた。
「……緊張した……」
二人で話したのは久々だ。いつもは他の研究員もいるから何とも思わないが、二人きりだとどうしても意識してしまう。
(好きでいても、しょうがないのに……)
打ち明けたところで叶うはずのない想い。まわりはそんなことはないと言ってくれるが、小十郎を見て観察することもできないから、自惚れることすら出来ない。
(もやもやしたままってって性に合わないけど、玉砕する覚悟ないしな……)
億が一にも小十郎とそういう関係になれても、失うのが怖くてきっと普通には振る舞えない。だから、答えを得ぬまま諦める道を選んだのに、結局今も諦め切れずにいる。
(簡単に諦められるなら、ずっと好きでいる訳ないか……)
自分のもどかしさに、ため息がまた一つ出た。
大学の門塀近くにある駐輪場で、見慣れた後ろ姿を見かけた。
「慶次さん」
「良佳ちゃん、まだ残ってたの?」
「部に顔を出してたんです」
「ああ、弓道部かい。どうだい、あの子たちは」
「教え甲斐ありますよ。みんな素直だから、成長が目に見えるし」
良佳は現在、加賀大女子弓道部の臨時コーチをしている。休日のたび、市の弓道場で自主練をしているのだが、そこで自主練中の加賀大弓道部の女子部長と知り合ったのがきっかけだ。
部長は良佳が加賀大院生だったと知ると、大学の道場を練習で使っていいから、代わりにコーチをして欲しいと頼んできた。それ以来、時間を作り自らの練習がてら女子部の指導を行っているのだが、伸びしろのある選手ばかりなので楽しくてしかたがない。
「いいなあ、楽しそうで。俺は、研究ノートがうまくまとまらなくてさ。きりがいいとこまでやってたらこの時間。見たい番組があったのに、終わっちゃったよ~」
慶次は、盛大なため息とともに暗い表情を浮かべた。
「STAP細胞の件で、レポートやノートに対する目が厳しくなりましたからね。研究成果のためとはいえ、毎日きっちりつけるのは大変ですよね」
「だよねえ。あ、今から帰りだろ、乗ってきなよ。俺も今から帰るし」
そう言って、慶次は自分のバイクを指差した。
「いえ、寄るところがあるので」
「今からかい? じゃあ、尚更。暗い夜道を女の子が一人歩くの危ないよ」
「バス使っ……、て、これ」
投げ渡されたヘルメットを受け取る。どうやら、断る余地はなさそうだ。
「……じゃ、遠慮なく」
「お、いい返事だね」
にかっと笑う慶次に、良佳もつられて笑った。
すっかり交通量の少なくなった道路をバイクはすいすい走り、約束の時間20分前に店についた。
「慶次さん、ありがとうございました」
「どういたしまして。……って、あれ、片倉さん」
慶次の声に振り返ると、そこに小十郎がいた。
小十郎は二人を一瞥すると、何かを飲み込むように口を結んだ。
「あ、誤解しないでよ! 大学で良佳ちゃんと偶然会って、夜道をここまで来るって言ってたから送っただけ!」
小十郎の様子に気付いた慶次が慌ててフォローしたが、彼の耳には届かなかったらしい。
「良佳、行くぞ。政宗さまがお待ちだ」
良佳を待たず、不機嫌そうに背を向けた。
「え、あ、うん。慶次さん、それじゃ」
「あ、ああ、またな」
二人の背が店内に消えるのを見届け、慶次はふっと息を吐いた。
「……こりゃ、嵐の予感だねえ。ま、でもいい機会じゃないかな、あの二人にはさ」
「茂庭、汚ねえよ!」
「す、すみません!」
謝罪もそこそこに、慌てて休憩室から出た。
(な、何これ!?)
良佳が憤慨するのも無理はない。先ほど届いた紗智のメールに、
『政宗くんと婚約するから』
としか書かれていなかったのだから。
(どういうこと? さっちが政宗を押し倒したの? それとも、政宗があたしの例え話を鵜呑みにしたの?)
実家と連絡を取っていないため、御家事情には疎い。いつもなら義兄・綱元が真っ先に教えてくれるのだが、生憎と海外留学中で日本にいない。小十郎に聞けば分かるだろうが、極力話したくないし、何よりかつての想い人の婚約話など話したくないに違いない。
紗智からのメールがなければ知ったのはもっと遅かったから、そういう意味ではありがたいメールなのだが、肝心なことは全く明記せず、
『忙しいからまた後で続きを送る』
とだけ綴られメールは終わった。おとなしくそれを待つしかなさそうだ。
休憩室からほど近い自販機コーナーに来ると、先客の小十郎と出くわした。
(あ……)
「お疲れ」
心臓が高鳴ったことには気付かぬふりをし、普段通り振る舞った。
「お疲れさま、兄さん」
「珍しいな、お前が携帯を見てるのは」
「そう? 昔と違って連絡手段これしかないし、さすがに携帯不携帯はもう出来ないよ」
「不携帯、か。それで、よく政宗さまがお怒りになられていたな。懐かしいぜ」
小十郎が小さく笑った時だった。
「偶然か、必然か」
小十郎の携帯が、政宗からの着信を告げていた。
「はい。は、大丈夫です。今晩ですか? 小十郎は空いております。……少々お待ちください。良佳、政宗さまがこちらに来られているんだが、今晩空いてるか?」
「9時以降なら空いてる」
小十郎は一つ頷きそのまま伝えると、電話はすぐに終わった。
「9時過ぎて構わねえから、前に食事したあの寿司屋に来いとの仰せだ。話がおありらしい」
「何の話だろ」
「さあな。行けば分かる」
「そうだね。……ってことは、郵便局行かなきゃ。財布の中、寿司屋行けるほど入ってないし」
「出してやるぞ」
「子供じゃないんだから。大丈夫だよ」
過保護な兄貴分に苦笑した。
軽く手を振って小十郎の横を通り過ぎ、ばれない程度に急ぎ階段を下り、盛大に吐息をついた。
「……緊張した……」
二人で話したのは久々だ。いつもは他の研究員もいるから何とも思わないが、二人きりだとどうしても意識してしまう。
(好きでいても、しょうがないのに……)
打ち明けたところで叶うはずのない想い。まわりはそんなことはないと言ってくれるが、小十郎を見て観察することもできないから、自惚れることすら出来ない。
(もやもやしたままってって性に合わないけど、玉砕する覚悟ないしな……)
億が一にも小十郎とそういう関係になれても、失うのが怖くてきっと普通には振る舞えない。だから、答えを得ぬまま諦める道を選んだのに、結局今も諦め切れずにいる。
(簡単に諦められるなら、ずっと好きでいる訳ないか……)
自分のもどかしさに、ため息がまた一つ出た。
大学の門塀近くにある駐輪場で、見慣れた後ろ姿を見かけた。
「慶次さん」
「良佳ちゃん、まだ残ってたの?」
「部に顔を出してたんです」
「ああ、弓道部かい。どうだい、あの子たちは」
「教え甲斐ありますよ。みんな素直だから、成長が目に見えるし」
良佳は現在、加賀大女子弓道部の臨時コーチをしている。休日のたび、市の弓道場で自主練をしているのだが、そこで自主練中の加賀大弓道部の女子部長と知り合ったのがきっかけだ。
部長は良佳が加賀大院生だったと知ると、大学の道場を練習で使っていいから、代わりにコーチをして欲しいと頼んできた。それ以来、時間を作り自らの練習がてら女子部の指導を行っているのだが、伸びしろのある選手ばかりなので楽しくてしかたがない。
「いいなあ、楽しそうで。俺は、研究ノートがうまくまとまらなくてさ。きりがいいとこまでやってたらこの時間。見たい番組があったのに、終わっちゃったよ~」
慶次は、盛大なため息とともに暗い表情を浮かべた。
「STAP細胞の件で、レポートやノートに対する目が厳しくなりましたからね。研究成果のためとはいえ、毎日きっちりつけるのは大変ですよね」
「だよねえ。あ、今から帰りだろ、乗ってきなよ。俺も今から帰るし」
そう言って、慶次は自分のバイクを指差した。
「いえ、寄るところがあるので」
「今からかい? じゃあ、尚更。暗い夜道を女の子が一人歩くの危ないよ」
「バス使っ……、て、これ」
投げ渡されたヘルメットを受け取る。どうやら、断る余地はなさそうだ。
「……じゃ、遠慮なく」
「お、いい返事だね」
にかっと笑う慶次に、良佳もつられて笑った。
すっかり交通量の少なくなった道路をバイクはすいすい走り、約束の時間20分前に店についた。
「慶次さん、ありがとうございました」
「どういたしまして。……って、あれ、片倉さん」
慶次の声に振り返ると、そこに小十郎がいた。
小十郎は二人を一瞥すると、何かを飲み込むように口を結んだ。
「あ、誤解しないでよ! 大学で良佳ちゃんと偶然会って、夜道をここまで来るって言ってたから送っただけ!」
小十郎の様子に気付いた慶次が慌ててフォローしたが、彼の耳には届かなかったらしい。
「良佳、行くぞ。政宗さまがお待ちだ」
良佳を待たず、不機嫌そうに背を向けた。
「え、あ、うん。慶次さん、それじゃ」
「あ、ああ、またな」
二人の背が店内に消えるのを見届け、慶次はふっと息を吐いた。
「……こりゃ、嵐の予感だねえ。ま、でもいい機会じゃないかな、あの二人にはさ」