秋・二部
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翌朝。
「昨夜はどうだった?」
取締役室に入るや、輝宗の開口一番がこれだった。
「何がだ」
「しらを切らなくていい。昨日は、紗智嬢と一緒だったのだろう?」
政宗は、大きくため息をついた。
「一緒にはいた。が、そりゃ飯食うまでだ。dadの期待してるこたぁ、何もねぇよ」
輝宗は、いかにも残念といった風に片眉を上げた。
「早く孫の顔を見せてくれよ」
「……まだ、婚約の身だ」
「ああ、そうだ。彼女の音楽活動の妨げはしてはいかんぞ。彼女は今や伊達の金の卵だ、早々に引退されては困る。適度なところまでは傷物にしてはならん」
輝宗は政宗の話を無視し、伊達にとって都合のいい話をした。
芸術など貨幣を食い潰す穀潰しだと思っている隠居老人たちと違い、輝宗は伊達のため、あるいは伊達に利益をもたらすと分かれば何でも受け入れる。ただ、輝宗の芸術に対する理解も、結局は隠居老人たちと同じらしい。風雅を愛した仙台伊達家の子孫ならば芸術に対して理解が深いはずだが、政宗自身も歌に興味はないのであまり人のことは言えない。
「金の卵ってなら、亘理を温めてくれんだろうな」
「彼女が卵であり続ける限りはね」
輝宗がこう言った以上、紗智は彼の後ろ楯を得たも同然だ。今まで何かしらの妨害が入ることがままあったらしいが、これからはなくなるだろう。
自分がこぼした例え話のせいで、また紗智を巻き込んでしまったと罪に感じていたから、彼女にとってこの婚約のメリットが分かり内心ほっとした。
「ところで、紗智嬢との婚約話を最初にしたのは茂庭の末娘だそうだな」
「そうだが……。何でdadが知ってやがる」
「私の情報網を甘く見るんじゃないよ」
「抜かせ。どうせ小十郎だろ」
「分かってるじゃないか」
「小十郎のヤツ、案外口が軽……」
舌打ちをした時に、疑問符が浮かんだ。良佳とこの話をしていた時、確か小十郎は外電で店外に出たはずだ。
「まさかっ……」
父に目をやると、何食わぬ顔で書類に目を落とした。
「小十郎のヤツ、電話を受けるふりをしてわざとオレたちを二人にしたのか」
「彼の電話主は私だった、たまたまだよ」
「にしちゃぁ、ずいぶんと電話が終わるのが早かった」
「政宗をよろしくとだけ言って切ったんだよ。お前が片倉にライブチケットを送ったと言っていたから、あの時間なら通じるだろうと思ってね」
信じがたいが、確認する術がない以上、そういうことにしておこうと思った。
「だが、これで合点がいったぜ。婚約が決まるまでどうりで早かったわけだ。オレと飯食った時にゃdadは婚約話を既に知ってて、オレが言わなかったらそっちから言い出すつもりだったんだろ?」
「可愛い息子のためだ。いい話は、とっとと押さえるに限る」
「伊達製薬の、の間違いだろ」
輝宗はおどけて肩をすくめるだけだった。
「何にせよ、茂庭の末娘と片倉には何か礼をしてやらねばならんな。反抗期だった息子を、伊達に戻してくれたのだからね」
「……もう、無茶して自分を試すなんざしねぇよ」
紗智や成実を巻き込み、伊達にケンカを売ったも同然だった紗智のデビュー事業。うまくはいったが、自分の身勝手さで色んな人を傷付けたことは事実だ。立場も立場だ、あんな無茶はもうしないと誓っている。
「だが、伊達の駒になるつもりも毛頭ねぇ。いつか、オレはアンタを越えてみせる」
「……それでいい。今の言葉、忘れるなよ」
輝宗は、満足げに微笑んだ。
仙台のオフィス街。
「久々に会いたいって言うから何事かと思ったら、政との婚約を決めたって……」
とあるカフェで、成実は盛大なため息をついた。
「お前なら受けるだろうと思ってたけどさ、親父から聞いてショック受けたのに、直接聞いてお兄ちゃん尚更ショックだよ……」
そう言うと、成実はおいおい泣き始めた。
「ごめんね。製薬会社のことを思ったら、受けない方がいいんだろうけど」
「いや、会社のことは気にすんなって。輝宗おじさんのことだ、お前のことがなくても結局政は政略結婚させられてただろうし。それよりは、お前の長年の想いが叶った方が嬉しいよ」
「政宗くん、政略結婚は一番したくないって言ってたの。私との婚約って結局政略結婚でしょ、だからなんか申し訳なくて……」
紗智は所在なげに俯いた。
「ねえ、お兄ちゃんとお義姉ちゃんって政略結婚だけどすごく仲良いよね。どうして?」
「そりゃ、いっぱい話をしたからだよ」
「それだけ?」
紗智は目を丸くした。
「それだけって思うだろ? でも、それだけで十分なんだ。話をすりゃ何考えてるか分かる、何考えてるか分かりゃ嗜好が分かる、嗜好が分かりゃどんな人間か分かるから」
「あ……」
な、と成実は微笑んだ。
「かみさんと最初に言ったんだ。まずは話をたくさんしよう、このご時世に政略結婚はないだろって嘆くのはそれからにしようって」
「お兄ちゃん、すごい……」
普段おちゃらけてばかりだが、成実の心はいつも冷静だ。紗智は、改めて兄の偉大さを痛感した。
「恥ずかしいかもしんないけど、政と話してみろよ。あいつおしゃべりだし、喜ぶと思うぜ。恥ずかしいなら、正直に恥ずかしいって言えばいいし」
「……恥ずかしがったら、別の意味で大変なんだけど……」
何かを思い出し赤面した紗智の様子に、成実は二人が既に向き合っていることを察した。
「なんだ、のろけかよー」
「の、のろけじゃないわ!」
「そういうことにしといてやるよ。……でも、お前の幸せそうな笑みが見れて安心した。花の顔(かんばせ)がお前のいいところなんだから、ずっと笑ってろよ。そんで、その顔を政にも見せてやれ。会社とか家のことは気にすんな、自分のことだけ考えりゃいい」
「お兄ちゃん……」
頭を撫でる手がとても優しくて、紗智は涙をこらえるのに必死だった。
「昨夜はどうだった?」
取締役室に入るや、輝宗の開口一番がこれだった。
「何がだ」
「しらを切らなくていい。昨日は、紗智嬢と一緒だったのだろう?」
政宗は、大きくため息をついた。
「一緒にはいた。が、そりゃ飯食うまでだ。dadの期待してるこたぁ、何もねぇよ」
輝宗は、いかにも残念といった風に片眉を上げた。
「早く孫の顔を見せてくれよ」
「……まだ、婚約の身だ」
「ああ、そうだ。彼女の音楽活動の妨げはしてはいかんぞ。彼女は今や伊達の金の卵だ、早々に引退されては困る。適度なところまでは傷物にしてはならん」
輝宗は政宗の話を無視し、伊達にとって都合のいい話をした。
芸術など貨幣を食い潰す穀潰しだと思っている隠居老人たちと違い、輝宗は伊達のため、あるいは伊達に利益をもたらすと分かれば何でも受け入れる。ただ、輝宗の芸術に対する理解も、結局は隠居老人たちと同じらしい。風雅を愛した仙台伊達家の子孫ならば芸術に対して理解が深いはずだが、政宗自身も歌に興味はないのであまり人のことは言えない。
「金の卵ってなら、亘理を温めてくれんだろうな」
「彼女が卵であり続ける限りはね」
輝宗がこう言った以上、紗智は彼の後ろ楯を得たも同然だ。今まで何かしらの妨害が入ることがままあったらしいが、これからはなくなるだろう。
自分がこぼした例え話のせいで、また紗智を巻き込んでしまったと罪に感じていたから、彼女にとってこの婚約のメリットが分かり内心ほっとした。
「ところで、紗智嬢との婚約話を最初にしたのは茂庭の末娘だそうだな」
「そうだが……。何でdadが知ってやがる」
「私の情報網を甘く見るんじゃないよ」
「抜かせ。どうせ小十郎だろ」
「分かってるじゃないか」
「小十郎のヤツ、案外口が軽……」
舌打ちをした時に、疑問符が浮かんだ。良佳とこの話をしていた時、確か小十郎は外電で店外に出たはずだ。
「まさかっ……」
父に目をやると、何食わぬ顔で書類に目を落とした。
「小十郎のヤツ、電話を受けるふりをしてわざとオレたちを二人にしたのか」
「彼の電話主は私だった、たまたまだよ」
「にしちゃぁ、ずいぶんと電話が終わるのが早かった」
「政宗をよろしくとだけ言って切ったんだよ。お前が片倉にライブチケットを送ったと言っていたから、あの時間なら通じるだろうと思ってね」
信じがたいが、確認する術がない以上、そういうことにしておこうと思った。
「だが、これで合点がいったぜ。婚約が決まるまでどうりで早かったわけだ。オレと飯食った時にゃdadは婚約話を既に知ってて、オレが言わなかったらそっちから言い出すつもりだったんだろ?」
「可愛い息子のためだ。いい話は、とっとと押さえるに限る」
「伊達製薬の、の間違いだろ」
輝宗はおどけて肩をすくめるだけだった。
「何にせよ、茂庭の末娘と片倉には何か礼をしてやらねばならんな。反抗期だった息子を、伊達に戻してくれたのだからね」
「……もう、無茶して自分を試すなんざしねぇよ」
紗智や成実を巻き込み、伊達にケンカを売ったも同然だった紗智のデビュー事業。うまくはいったが、自分の身勝手さで色んな人を傷付けたことは事実だ。立場も立場だ、あんな無茶はもうしないと誓っている。
「だが、伊達の駒になるつもりも毛頭ねぇ。いつか、オレはアンタを越えてみせる」
「……それでいい。今の言葉、忘れるなよ」
輝宗は、満足げに微笑んだ。
仙台のオフィス街。
「久々に会いたいって言うから何事かと思ったら、政との婚約を決めたって……」
とあるカフェで、成実は盛大なため息をついた。
「お前なら受けるだろうと思ってたけどさ、親父から聞いてショック受けたのに、直接聞いてお兄ちゃん尚更ショックだよ……」
そう言うと、成実はおいおい泣き始めた。
「ごめんね。製薬会社のことを思ったら、受けない方がいいんだろうけど」
「いや、会社のことは気にすんなって。輝宗おじさんのことだ、お前のことがなくても結局政は政略結婚させられてただろうし。それよりは、お前の長年の想いが叶った方が嬉しいよ」
「政宗くん、政略結婚は一番したくないって言ってたの。私との婚約って結局政略結婚でしょ、だからなんか申し訳なくて……」
紗智は所在なげに俯いた。
「ねえ、お兄ちゃんとお義姉ちゃんって政略結婚だけどすごく仲良いよね。どうして?」
「そりゃ、いっぱい話をしたからだよ」
「それだけ?」
紗智は目を丸くした。
「それだけって思うだろ? でも、それだけで十分なんだ。話をすりゃ何考えてるか分かる、何考えてるか分かりゃ嗜好が分かる、嗜好が分かりゃどんな人間か分かるから」
「あ……」
な、と成実は微笑んだ。
「かみさんと最初に言ったんだ。まずは話をたくさんしよう、このご時世に政略結婚はないだろって嘆くのはそれからにしようって」
「お兄ちゃん、すごい……」
普段おちゃらけてばかりだが、成実の心はいつも冷静だ。紗智は、改めて兄の偉大さを痛感した。
「恥ずかしいかもしんないけど、政と話してみろよ。あいつおしゃべりだし、喜ぶと思うぜ。恥ずかしいなら、正直に恥ずかしいって言えばいいし」
「……恥ずかしがったら、別の意味で大変なんだけど……」
何かを思い出し赤面した紗智の様子に、成実は二人が既に向き合っていることを察した。
「なんだ、のろけかよー」
「の、のろけじゃないわ!」
「そういうことにしといてやるよ。……でも、お前の幸せそうな笑みが見れて安心した。花の顔(かんばせ)がお前のいいところなんだから、ずっと笑ってろよ。そんで、その顔を政にも見せてやれ。会社とか家のことは気にすんな、自分のことだけ考えりゃいい」
「お兄ちゃん……」
頭を撫でる手がとても優しくて、紗智は涙をこらえるのに必死だった。