夏・一部
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夏。
ダン、と勢いよく矢が的に当たる。
「っしゃあ!」
陣営から掛け声と拍手が武道館内に沸き起こる。皆中(かいちゅう)を賞賛する拍手であった。
「さっすが、茂庭先輩! 全国大会の舞台でも全然問題ナシですね!」
「会場が変わっても、的前に立てばどこも同じ。それに、全国に出てくる人間は皆中が当たり前だし」
4本の矢全てが的に当たっても平然としている良佳に、後輩たちは尊敬の念を視線に込めて送った。
インカレが全国各地で一斉に催される夏、良佳も最上級生として最後の全国大学弓道大会にのぞんでいる。団体は東北ブロックで負けたものの、個人でトップ通過したため単身東京に乗り込んできたのだが、良佳を敬愛する後輩たちが介添えなどのサポート役を買って出てくれたので、結果として取り巻きを連れての行脚となっている。
「Hey、honey.絶好調じゃねぇか」
良佳は途端踵を返した。
「おい、照れんなよ」
「皆、あたしは大丈夫だから試合見てきなよ。せっかく東京くんだり来てるんだ、観光もいいけど全国区の実力見て帰りなよ」
釘を刺され、はぁいと笑いながら観客席へ向かう後輩たちを見送ると、ぐりんと後ろを振り向いた。
「暇人、何しに来やがった?」
「Ha、随分な挨拶だな。わざわざ見に来てやったってのに」
「それが“暇人”でなくて何だってんだ? ブラブラしてる暇があったら、剣道部に入ってインカレに出やがれ」
「生憎、オレの実力は学生大会なんぞにゃ勿体ねぇ腕なんでな」
「そういうのは、顧問のこじゅ兄倒してから言えや」
「女のくせに、相変わらず汚ねぇ口利きやがるぜ」
「汚ねえ例が近くにいるからな、うつったんだろ」
「そいつはいい傾向だ。テメェの本性はオレの前でしか出せないってこった、you see?」
一瞬、言葉に詰まった。確かに、義兄の綱元は勿論、小十郎の前でもこんな口を利いたことはない。不思議と政宗の前でだけ、普段押さえつけているタガが外れたようになる。
「沈黙は回答、ってな」
ぐいと引っ張られ、人通りの少ない死角で政宗の懐中に囚われた。腰に腕を回され、身動きすら取れない。
「……そそるな、胴着姿も。弓道やってっと、女ってのは皆glamourになんのか? お前も随分育ってんじゃねぇか」
「胸筋つくからね」
至近距離に見惚れるほど美しい隻眼があっても、良佳の心はぴくりとも反応せず、色気のない回答を返した。
「……ちったぁ焦るとか、反応したらどうなんだ?」
「わー、どうしよう。政宗くんに捕まっちゃった。かっこいいから困ったな、どうしよー」
「棒読みすんな!」
夏になっても、良佳と政宗の距離は縮まる気配はなかった。
仙台、某所。
早朝からずっと、ピアノの音色が流れている一角がある。
「紗智さま、今日は一日中こもってらっしゃるわね」
「コンクールが近いからだって仰られてたけど、こう根を詰められては心配ね」
母が亡くなった亘理家では、数名の家政婦が家事全般を取り仕切っている。紗智にとっては母親代わりの存在たちで、彼女の性癖を知っているがゆえの心配であった。
そんな心配をよそに、紗智は無心になって鍵盤を叩いていた。
無理矢理やらされ続けているピアノだが、叩き続けていると無我の境地になってくるから不思議だ。
と、誰かの気配を感じて顔を上げ、その行為を後悔した。
「……勝手に入ってこないで、片倉」
「失礼しました。ですが、皆が心配しておりますゆえ、こうしてやって来た次第」
コントレックスのペットボトルと、例のがま口が盆に乗っている。中身は言わずと知れた煙草だ。差し入れのつもりなのだろう。
「今日は朝からずっとこもってらっしゃるのですね」
「そういう気分なの」
「婚約のせいですか?」
僅かに指が震える。正解であった。
ダン、と勢いよく矢が的に当たる。
「っしゃあ!」
陣営から掛け声と拍手が武道館内に沸き起こる。皆中(かいちゅう)を賞賛する拍手であった。
「さっすが、茂庭先輩! 全国大会の舞台でも全然問題ナシですね!」
「会場が変わっても、的前に立てばどこも同じ。それに、全国に出てくる人間は皆中が当たり前だし」
4本の矢全てが的に当たっても平然としている良佳に、後輩たちは尊敬の念を視線に込めて送った。
インカレが全国各地で一斉に催される夏、良佳も最上級生として最後の全国大学弓道大会にのぞんでいる。団体は東北ブロックで負けたものの、個人でトップ通過したため単身東京に乗り込んできたのだが、良佳を敬愛する後輩たちが介添えなどのサポート役を買って出てくれたので、結果として取り巻きを連れての行脚となっている。
「Hey、honey.絶好調じゃねぇか」
良佳は途端踵を返した。
「おい、照れんなよ」
「皆、あたしは大丈夫だから試合見てきなよ。せっかく東京くんだり来てるんだ、観光もいいけど全国区の実力見て帰りなよ」
釘を刺され、はぁいと笑いながら観客席へ向かう後輩たちを見送ると、ぐりんと後ろを振り向いた。
「暇人、何しに来やがった?」
「Ha、随分な挨拶だな。わざわざ見に来てやったってのに」
「それが“暇人”でなくて何だってんだ? ブラブラしてる暇があったら、剣道部に入ってインカレに出やがれ」
「生憎、オレの実力は学生大会なんぞにゃ勿体ねぇ腕なんでな」
「そういうのは、顧問のこじゅ兄倒してから言えや」
「女のくせに、相変わらず汚ねぇ口利きやがるぜ」
「汚ねえ例が近くにいるからな、うつったんだろ」
「そいつはいい傾向だ。テメェの本性はオレの前でしか出せないってこった、you see?」
一瞬、言葉に詰まった。確かに、義兄の綱元は勿論、小十郎の前でもこんな口を利いたことはない。不思議と政宗の前でだけ、普段押さえつけているタガが外れたようになる。
「沈黙は回答、ってな」
ぐいと引っ張られ、人通りの少ない死角で政宗の懐中に囚われた。腰に腕を回され、身動きすら取れない。
「……そそるな、胴着姿も。弓道やってっと、女ってのは皆glamourになんのか? お前も随分育ってんじゃねぇか」
「胸筋つくからね」
至近距離に見惚れるほど美しい隻眼があっても、良佳の心はぴくりとも反応せず、色気のない回答を返した。
「……ちったぁ焦るとか、反応したらどうなんだ?」
「わー、どうしよう。政宗くんに捕まっちゃった。かっこいいから困ったな、どうしよー」
「棒読みすんな!」
夏になっても、良佳と政宗の距離は縮まる気配はなかった。
仙台、某所。
早朝からずっと、ピアノの音色が流れている一角がある。
「紗智さま、今日は一日中こもってらっしゃるわね」
「コンクールが近いからだって仰られてたけど、こう根を詰められては心配ね」
母が亡くなった亘理家では、数名の家政婦が家事全般を取り仕切っている。紗智にとっては母親代わりの存在たちで、彼女の性癖を知っているがゆえの心配であった。
そんな心配をよそに、紗智は無心になって鍵盤を叩いていた。
無理矢理やらされ続けているピアノだが、叩き続けていると無我の境地になってくるから不思議だ。
と、誰かの気配を感じて顔を上げ、その行為を後悔した。
「……勝手に入ってこないで、片倉」
「失礼しました。ですが、皆が心配しておりますゆえ、こうしてやって来た次第」
コントレックスのペットボトルと、例のがま口が盆に乗っている。中身は言わずと知れた煙草だ。差し入れのつもりなのだろう。
「今日は朝からずっとこもってらっしゃるのですね」
「そういう気分なの」
「婚約のせいですか?」
僅かに指が震える。正解であった。