秋・二部
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紗智が婚約のことを知ったのは、政宗が輝宗宅に行った一週間後のこと。ライブ後にかかってきた父からの電話がきっかけだった。
『紗智、元気にしていたか』
「お父さん……」
父の肉声を聞くのは亘理を飛び出して以来だ。10数年ぶりの声に何と言っていいか分からず口ごもったが、父は気に留めず話を始めた。
『亘理は皆、変わりない。母さんなど、お前の活躍を自慢しまくっているぞ。反対していた頃が嘘のようだ。成実は……、まあ相変わらずだ。仕事はしっかりやってくれている。三人目が産まれたので上二人を見ているんだが、これがとんでもないやんちゃでな。手がかかってしょうがない』
朗らかな声に、父は変わったと思った。
家族など駒でしかない。そう思っている節があった。宗家に従属することを強いられてきたから、身内もそういう生き方を送るのが当たり前だと信じて疑わない人だった。
それが変わったのは、紗智が亘理を飛び出したことだった。このことで成実は、
「伊達から、娯楽者を出すなど恥だ!」
と、音楽に理解のない一門の老人たちや両親から随分責められたが、父はある日を境に一門から成実を庇うようになった。
「紗智がこんなことをするとはな。おとなしくて従順に従うだけの奴だと思っていたが、あいつにも意思があったんだな」
どこか嬉しそうにこぼした父の言葉を成実は忘れられず、のちに紗智に語ってくれた。
もしかしたら、宗家のレールからはずれた生き方をしたかったのは父なのかもしれない。だから今、自分たちを認めてくれているのかもしれない――。
成実が電話口で呟いた言葉が、脳裏を過った。
『ところでな、今日宗家から連絡があった』
父の声に我に返った。
「な、何?」
『お前を、御曹司の嫁にもらいたいとな』
「……え?」
内容が理解出来なかった。
『伊達の長男が、お前と婚約したいと連絡してきた』
「ちょ、ちょっと待って、お父さん! どういうこと!?」
紗智の口調に、運転席のかすがが驚いた。紗智は手でごめんと合図し、話を続けた。
「いきなりそんなこと言われても……! だいたい、宗家は結婚を事業拡大のチャンスだと思ってる人たちじゃない。私とじゃ従兄妹同士で何のうまみもないのに、なんで?」
『そのことだがな』
やや間を置き、父は口を開いた。
『宗家は、我ら伊達製薬を傘下に納める腹積もりなのやもしれん』
伊達製薬はその事業内容もあり、伊達グループそのものから一線引いたところでの事業展開を許されていた。が、それはあくまで理事会の認めた相手との提携が前提で、父はこのタブーを犯し認可されていない豊臣や徳川と極秘利に連携していた。
この新事業が成功したおかげで伊達製薬は過去に例を見ないほどの莫大な利益をあげたが、頭の固い伊達理事会はこれを裏切り行為と取った。父のこれまでの動きが宗家に従順なそれでなかったことも、事態に拍車をかける原因となったのである。
頭領である輝宗が理事会を抑えているため父の首はまだ繋がっているが、宗家を守るためなら手段を選ばないのが輝宗である。研鑽を積むには多忙すぎる伊達製薬で政宗が社長修行を行ったのは、傘下吸収が目的だったのかもしれない。
『理事会で、御曹司の腹心である片倉がうちに入ることが決まった。奴は御曹司の配下だが、頭領の配下でもある。……お前にも、成実にも肩身の狭い思いをさせるかもしれん』
しおらしい父の言葉に、紗智は内心動揺した。彼女の記憶の中に、人を思いやる父の姿がないからだ。
『成実は、宗家の決定に従うと言っている。だが、私はお前まで私の事情に巻きこむつもりはない。お前は好きにするといい』
「お父さん……」
紗智は少し考え、こう言った。
「私は、私の意志で動きます」
『……それでいい』
父は満足そうに笑い、電話を切った。
「かすがさん」
「聞こえていた。急展開だな。相手は、あの伊達なのだろう?」
かすがは、ミラー越しに紗智を見た。
「まだ、おめでとうは言わないでおく」
紗智は苦笑した。
「お祝いを言ってもらえる内容じゃないかもしれない」
「何だ、今更だろう。家より、人生を賭けていいと思った男を選んだのはお前だ」
胸に刺さる言葉だった。
「……そうよね。久々に親の声を聞いて、情に流されたのかも」
「まあ、お前らしいがな。明日の午前中なら、スケジュールは空いているぞ。伊達にもアポは取った」
いつの間にと思ったが、今はかすがの機転がありがたかった。
「時が来たら、詳しく話すわ」
「そんな気遣いはいらん。お前が話していいと思った時に話せばいい。それまでは忘れておいてやる。伊達は、お前という宝を発掘してくれた恩人でもあるからな」
「かすがさん……。ありがとう」
紗智は、頭を下げた。
翌日。
政宗を尋ね、自宅として伊達グループからあてがわれたという都内のマンションを訪れた。
「よう、久しぶりだな」
「う、うん、お久しぶり」
プライベートで顔を合わすのは、良佳の卒業式以来になる。何を話そうか、どこから切り出せばいいか、そればかり考えて昨日は寝付けなかったほど緊張していた。それほどに、紗智にとって政宗は絶対的な存在なのだ。
「適当に座れ、今coffeeを淹れてやる」
やんちゃさより責任感が前に出ていて、立派な宗家の一員といった貫禄を帯び始めているのが背中から感じられた。
(どうしよう……。私、政宗くんの真意を確かめに来たのに、そんなことどうでもよくなってきてる)
実家の会社が吸収されようとしているかもしれないのに、幼少より想い続けてきた彼への想いが溢れ出すのを止められそうになかった。
『紗智、元気にしていたか』
「お父さん……」
父の肉声を聞くのは亘理を飛び出して以来だ。10数年ぶりの声に何と言っていいか分からず口ごもったが、父は気に留めず話を始めた。
『亘理は皆、変わりない。母さんなど、お前の活躍を自慢しまくっているぞ。反対していた頃が嘘のようだ。成実は……、まあ相変わらずだ。仕事はしっかりやってくれている。三人目が産まれたので上二人を見ているんだが、これがとんでもないやんちゃでな。手がかかってしょうがない』
朗らかな声に、父は変わったと思った。
家族など駒でしかない。そう思っている節があった。宗家に従属することを強いられてきたから、身内もそういう生き方を送るのが当たり前だと信じて疑わない人だった。
それが変わったのは、紗智が亘理を飛び出したことだった。このことで成実は、
「伊達から、娯楽者を出すなど恥だ!」
と、音楽に理解のない一門の老人たちや両親から随分責められたが、父はある日を境に一門から成実を庇うようになった。
「紗智がこんなことをするとはな。おとなしくて従順に従うだけの奴だと思っていたが、あいつにも意思があったんだな」
どこか嬉しそうにこぼした父の言葉を成実は忘れられず、のちに紗智に語ってくれた。
もしかしたら、宗家のレールからはずれた生き方をしたかったのは父なのかもしれない。だから今、自分たちを認めてくれているのかもしれない――。
成実が電話口で呟いた言葉が、脳裏を過った。
『ところでな、今日宗家から連絡があった』
父の声に我に返った。
「な、何?」
『お前を、御曹司の嫁にもらいたいとな』
「……え?」
内容が理解出来なかった。
『伊達の長男が、お前と婚約したいと連絡してきた』
「ちょ、ちょっと待って、お父さん! どういうこと!?」
紗智の口調に、運転席のかすがが驚いた。紗智は手でごめんと合図し、話を続けた。
「いきなりそんなこと言われても……! だいたい、宗家は結婚を事業拡大のチャンスだと思ってる人たちじゃない。私とじゃ従兄妹同士で何のうまみもないのに、なんで?」
『そのことだがな』
やや間を置き、父は口を開いた。
『宗家は、我ら伊達製薬を傘下に納める腹積もりなのやもしれん』
伊達製薬はその事業内容もあり、伊達グループそのものから一線引いたところでの事業展開を許されていた。が、それはあくまで理事会の認めた相手との提携が前提で、父はこのタブーを犯し認可されていない豊臣や徳川と極秘利に連携していた。
この新事業が成功したおかげで伊達製薬は過去に例を見ないほどの莫大な利益をあげたが、頭の固い伊達理事会はこれを裏切り行為と取った。父のこれまでの動きが宗家に従順なそれでなかったことも、事態に拍車をかける原因となったのである。
頭領である輝宗が理事会を抑えているため父の首はまだ繋がっているが、宗家を守るためなら手段を選ばないのが輝宗である。研鑽を積むには多忙すぎる伊達製薬で政宗が社長修行を行ったのは、傘下吸収が目的だったのかもしれない。
『理事会で、御曹司の腹心である片倉がうちに入ることが決まった。奴は御曹司の配下だが、頭領の配下でもある。……お前にも、成実にも肩身の狭い思いをさせるかもしれん』
しおらしい父の言葉に、紗智は内心動揺した。彼女の記憶の中に、人を思いやる父の姿がないからだ。
『成実は、宗家の決定に従うと言っている。だが、私はお前まで私の事情に巻きこむつもりはない。お前は好きにするといい』
「お父さん……」
紗智は少し考え、こう言った。
「私は、私の意志で動きます」
『……それでいい』
父は満足そうに笑い、電話を切った。
「かすがさん」
「聞こえていた。急展開だな。相手は、あの伊達なのだろう?」
かすがは、ミラー越しに紗智を見た。
「まだ、おめでとうは言わないでおく」
紗智は苦笑した。
「お祝いを言ってもらえる内容じゃないかもしれない」
「何だ、今更だろう。家より、人生を賭けていいと思った男を選んだのはお前だ」
胸に刺さる言葉だった。
「……そうよね。久々に親の声を聞いて、情に流されたのかも」
「まあ、お前らしいがな。明日の午前中なら、スケジュールは空いているぞ。伊達にもアポは取った」
いつの間にと思ったが、今はかすがの機転がありがたかった。
「時が来たら、詳しく話すわ」
「そんな気遣いはいらん。お前が話していいと思った時に話せばいい。それまでは忘れておいてやる。伊達は、お前という宝を発掘してくれた恩人でもあるからな」
「かすがさん……。ありがとう」
紗智は、頭を下げた。
翌日。
政宗を尋ね、自宅として伊達グループからあてがわれたという都内のマンションを訪れた。
「よう、久しぶりだな」
「う、うん、お久しぶり」
プライベートで顔を合わすのは、良佳の卒業式以来になる。何を話そうか、どこから切り出せばいいか、そればかり考えて昨日は寝付けなかったほど緊張していた。それほどに、紗智にとって政宗は絶対的な存在なのだ。
「適当に座れ、今coffeeを淹れてやる」
やんちゃさより責任感が前に出ていて、立派な宗家の一員といった貫禄を帯び始めているのが背中から感じられた。
(どうしよう……。私、政宗くんの真意を確かめに来たのに、そんなことどうでもよくなってきてる)
実家の会社が吸収されようとしているかもしれないのに、幼少より想い続けてきた彼への想いが溢れ出すのを止められそうになかった。