秋・二部
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秋、というにはあまりに暑い日々。
「暑ぃな」
政宗は、乱暴な手つきでネクタイをむしり取った。
いつまで経っても秋らしくならない。空ならいくらか秋らしいだろうと見上げたが、ビルの間から見える空は夏のままの太陽を抱えていて、秋らしさはどこにもない。
うんざりして盛大にため息をつくと、ちょうど迎えの車が来た。不機嫌を隠すことなく乗り込むと、運転手が風量を上げてくれた。
「取締ご就任の儀、お疲れさまでございました」
遠藤基信だ。いつもは父・輝宗の秘書をしている男だが、しばらくは政宗付きになる。おおかた、目つけとして配属されたに違いない。
「見張らなくても、逃げたりしねぇよ」
不機嫌のまま答えると、基信は小さく笑った。
「坊ちゃまのお言葉は、まま信じると痛い目に遭いますゆえ」
「分かった分かった。その代わり、小言はなしで頼むぜ」
投げやりに言ったが、基信は満足したらしく運転に集中した。
車はスムーズに街中を走り抜けていく。今日の予定は終了しているので、適当に走らせるよう言った。
車に置いてあったiPadを開くと、紗智の記事が開かれたままになっていた。
「申し訳ありません。お待ちの間に拝借しておりました」
信号待ちで、基信がミラーから告げた。
「構わねぇ。何を調べてたんだ?」
「紗智さまのライブ会場の場所にございます。ライブ音源のCDを拝聴し、お美しく心癒される歌声に魅了されまして。旦那さまからチケットを頂いたので、お暇を頂けるなら行きとうございます」
「今日はもう何もねぇしな。いいぜ、行ってきな」
「坊ちゃまも、ご一緒にいかがですか? 婚約者さまの活動を理解する、良い機会と存じます」
「歌そのものに興味はねぇんだがな……」
ふっと息を吐いた。
「どうせ、オレのチケットもあるんだろう?」
「旦那さまより、お預かりしております」
「じゃあ、決まりだな。横浜に向かってくれ」
「承知致しました」
信号待ちの間にナビを触る。あらかじめ目的地に登録されていたらしく、すぐに案内が開始された。
「オレが行かねぇって選択肢は、なかったみてぇだな」
基信は何も言わなかった。
「結局、親父とお前の手のひらの上で転がされる運命なのかもな」
「滅相もございません。旦那さまも基信も、坊ちゃまの幸せを願うばかりにございます」
「そういうことにしておいてやるよ。会場についたら起こしてくれ」
そう言って、政宗は目を閉じた。
二人が婚約関係を結んだのは、政宗が酔った勢いでこぼした愚痴がきっかけだった。
「俺は、幸せな結婚生活とやらは送れねぇんだろうな」
金沢から帰った週の土曜日、輝宗に呼び出された政宗は、仕事の話をしつつ飲むうちに酔ってしまったらしい。輝宗から結婚の話を切り出されると、このようにこぼした。
「恋愛結婚にこだわるね、政宗は」
もはや何杯目か分からないワインを、輝宗は優雅な手つきで口に運んだ。
「私と義子のように、見合いでうまくいくケースもあるんだよ」
「見合いじゃなく、政略結婚だろ。オレはごめんだ」
「だが、このままだと、結婚するにはお前の嫌いな見合いをするか、あるいは一生独身か。どちらかになる」
「お付き合いなさった方が、たまたまあのような性癖だっただけのことにございましょう」
政宗がへの字口になったのを見て、基信がフォローした。
過去に付き合った女性は皆、政宗のステータス、ひいては伊達一族のそれに怯え逃げていった。一人ならまだしも、五人もの女性に逃げられては、いくら政宗と言えど自信をなくすだろう。
「近付いてきた女が、そういうのばかりだった証拠だな」
痛いところを突かれ、政宗は口を閉ざした。
「……政略結婚するくれぇなら、少しでも知ってる、例えば亘理みてぇな女でいい」
「紗智お嬢さま、にございますか」
突然の発言に、基信は目をしばたかせた。
「ああ。同じ格の家柄なら、配偶者の家柄だのにうるさいご隠居連中も文句は言わねぇだろ」
「……なるほど。そういう手もあったね」
これが、全ての始まりだった。
政宗にしてみれば、金沢で良佳から聞いた話を例えとして挙げただけだ。輝宗と基信は当然それを知らないから、政宗が思い付いて話したように感じただろう。
「そろそろ、アレにもパートナーが必要だと思っていたのでな。本人がそう言うなら、叶えてやろうじゃないか」
息子が客室に下がると、輝宗は策士の顔を覗かせた。
「しかし、坊ちゃまは例として紗智お嬢さまの御名を出されたに過ぎません」
「構わんさ。聞けば、紗智嬢は奇特にもまだ愚息を想ってくれているらしい。愚息の我が儘で一時期亘理と断絶させられたんだ、愚息の父親としては、それくらいの“詫び”はしたいところだ」
面白がっているようにしか見えないが、その裏には勝手をした政宗への怒りがあることも基信は知っていた。
「どう思う、基信?」
「伊達の御ためになるのならば、この基信に異論はございません」
「Good,なら決まりだね」
こうして、政宗にとってただの冗談のつもりだった話は独り歩きを始め、あれよあれよと言う間に二人は婚約関係になった。
「暑ぃな」
政宗は、乱暴な手つきでネクタイをむしり取った。
いつまで経っても秋らしくならない。空ならいくらか秋らしいだろうと見上げたが、ビルの間から見える空は夏のままの太陽を抱えていて、秋らしさはどこにもない。
うんざりして盛大にため息をつくと、ちょうど迎えの車が来た。不機嫌を隠すことなく乗り込むと、運転手が風量を上げてくれた。
「取締ご就任の儀、お疲れさまでございました」
遠藤基信だ。いつもは父・輝宗の秘書をしている男だが、しばらくは政宗付きになる。おおかた、目つけとして配属されたに違いない。
「見張らなくても、逃げたりしねぇよ」
不機嫌のまま答えると、基信は小さく笑った。
「坊ちゃまのお言葉は、まま信じると痛い目に遭いますゆえ」
「分かった分かった。その代わり、小言はなしで頼むぜ」
投げやりに言ったが、基信は満足したらしく運転に集中した。
車はスムーズに街中を走り抜けていく。今日の予定は終了しているので、適当に走らせるよう言った。
車に置いてあったiPadを開くと、紗智の記事が開かれたままになっていた。
「申し訳ありません。お待ちの間に拝借しておりました」
信号待ちで、基信がミラーから告げた。
「構わねぇ。何を調べてたんだ?」
「紗智さまのライブ会場の場所にございます。ライブ音源のCDを拝聴し、お美しく心癒される歌声に魅了されまして。旦那さまからチケットを頂いたので、お暇を頂けるなら行きとうございます」
「今日はもう何もねぇしな。いいぜ、行ってきな」
「坊ちゃまも、ご一緒にいかがですか? 婚約者さまの活動を理解する、良い機会と存じます」
「歌そのものに興味はねぇんだがな……」
ふっと息を吐いた。
「どうせ、オレのチケットもあるんだろう?」
「旦那さまより、お預かりしております」
「じゃあ、決まりだな。横浜に向かってくれ」
「承知致しました」
信号待ちの間にナビを触る。あらかじめ目的地に登録されていたらしく、すぐに案内が開始された。
「オレが行かねぇって選択肢は、なかったみてぇだな」
基信は何も言わなかった。
「結局、親父とお前の手のひらの上で転がされる運命なのかもな」
「滅相もございません。旦那さまも基信も、坊ちゃまの幸せを願うばかりにございます」
「そういうことにしておいてやるよ。会場についたら起こしてくれ」
そう言って、政宗は目を閉じた。
二人が婚約関係を結んだのは、政宗が酔った勢いでこぼした愚痴がきっかけだった。
「俺は、幸せな結婚生活とやらは送れねぇんだろうな」
金沢から帰った週の土曜日、輝宗に呼び出された政宗は、仕事の話をしつつ飲むうちに酔ってしまったらしい。輝宗から結婚の話を切り出されると、このようにこぼした。
「恋愛結婚にこだわるね、政宗は」
もはや何杯目か分からないワインを、輝宗は優雅な手つきで口に運んだ。
「私と義子のように、見合いでうまくいくケースもあるんだよ」
「見合いじゃなく、政略結婚だろ。オレはごめんだ」
「だが、このままだと、結婚するにはお前の嫌いな見合いをするか、あるいは一生独身か。どちらかになる」
「お付き合いなさった方が、たまたまあのような性癖だっただけのことにございましょう」
政宗がへの字口になったのを見て、基信がフォローした。
過去に付き合った女性は皆、政宗のステータス、ひいては伊達一族のそれに怯え逃げていった。一人ならまだしも、五人もの女性に逃げられては、いくら政宗と言えど自信をなくすだろう。
「近付いてきた女が、そういうのばかりだった証拠だな」
痛いところを突かれ、政宗は口を閉ざした。
「……政略結婚するくれぇなら、少しでも知ってる、例えば亘理みてぇな女でいい」
「紗智お嬢さま、にございますか」
突然の発言に、基信は目をしばたかせた。
「ああ。同じ格の家柄なら、配偶者の家柄だのにうるさいご隠居連中も文句は言わねぇだろ」
「……なるほど。そういう手もあったね」
これが、全ての始まりだった。
政宗にしてみれば、金沢で良佳から聞いた話を例えとして挙げただけだ。輝宗と基信は当然それを知らないから、政宗が思い付いて話したように感じただろう。
「そろそろ、アレにもパートナーが必要だと思っていたのでな。本人がそう言うなら、叶えてやろうじゃないか」
息子が客室に下がると、輝宗は策士の顔を覗かせた。
「しかし、坊ちゃまは例として紗智お嬢さまの御名を出されたに過ぎません」
「構わんさ。聞けば、紗智嬢は奇特にもまだ愚息を想ってくれているらしい。愚息の我が儘で一時期亘理と断絶させられたんだ、愚息の父親としては、それくらいの“詫び”はしたいところだ」
面白がっているようにしか見えないが、その裏には勝手をした政宗への怒りがあることも基信は知っていた。
「どう思う、基信?」
「伊達の御ためになるのならば、この基信に異論はございません」
「Good,なら決まりだね」
こうして、政宗にとってただの冗談のつもりだった話は独り歩きを始め、あれよあれよと言う間に二人は婚約関係になった。