夏・二部
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指定された店に到着すると、奥座で政宗が一人日本酒を堪能している姿が見えた。
「よう、久しぶりだな」
「久しぶり、じゃないよ!」
席に座るや、良佳は唇を尖らせた。
「時価の店なんか指定して。奢ってよね」
「おい、良佳」
「構わねぇよ。こちとら下心があるんでな、飯代で済むならいくらでも出してやるさ」
「下心?」
着席と同時に新鮮なお造りが次々とテーブルに並んで行く。政宗らしい気遣いだと思った。
「俺がここに来たのは、小十郎を迎えるためだ」
「迎え?」
「伊達製薬にな」
「えっ……」
横に座る小十郎を見やる。聞かされていなかったのだろう、若干顔を強張らせたが察してもいたようで、小十郎はやはりと呟いた。
「今日あなたからの電話を受けた時、そうではないかと思いました」
「相変わらず、察しがいいな。お前にゃ、来年度から伊達製薬の常務になってもらいてぇ。席は用意してある。事前準備も兼ねて、1、2月には仙台に帰ってこい」
「また、随分と慌ただしいですな」
「とぼけんな。そのための下地は、とうの昔に整えてんだろうが」
政宗は、良佳に注がれた酒に口をつけた。
「兄さん、このために研究を……?」
「結論から言や、そうなるな」
小十郎も酒を口にした。
「まあ、研究は元々やりたかったことだからな。輝宗さまの“自由に生きろ”との仰せに甘えさせて頂いといたが、俺はやはり恩義ある伊達家に尽くしてえんだ」
「そっか……、そうだよね。大学教授って、兄さんのイメージじゃないもん」
「ヤクザ面のせいで、中々ゼミ生が集まらねえしな」
「そういう意味じゃないってば」
小さく笑うと、良佳は小十郎に徳利を差し出した。
「おめでとう。夢に一歩近付いたね」
「……ああ、ありがとう」
トクトクと注がれる酒の音が心地よい。三人は、一瞬その音に聞き入った。
「あ、ねえ政宗」
「何だ」
「あんたはどうすんの?伊達製薬は、代々亘理が継ぐことになってるじゃん」
「オレは、今度の異動で伊達グループの取締役になる」
「あんたが取締役!?伊達グループ大丈夫なの?」
「おい、良佳。失礼だろ」
小十郎がたしなめたが、政宗は手をあげて制した。
「気にすんな。コイツとオレは、ずっとこんな感じだったんだ。お前が知らねぇだけだ」
「そう、だったのですか……」
苦味を潰したような表情を浮かべる小十郎に、政宗は徳利を傾けた。
「で、返事は?」
小十郎は表情を引き締めると、杯を恭しくいただいた。
「政宗さまと伊達のために尽くすことが、この小十郎の幸せ。このお話、ありがたく承ります」
「そうか。よく決意してくれた」
「勿体なきお言葉」
かつての主従は盃を交わしあい、再び主従の契りを結んだ。良佳は、ただ見つめるしかなかった。
それからしばらくは互いの近況を報告し合い、たわいもない話をしていたが、外電で小十郎が席をはずすと、政宗は気になっていたことを口にした。
「良佳、“兄さん”てのは何だ?」
「小十郎兄さんのことだよ」
「んなこたぁ分かってる。何で他人行儀な呼び方してんだよって話だ」
「……あたしなりのけじめだよ」
「けじめ?……お前、まさかっ」
大声に、良佳は人差し指を唇に当てた。
「わりぃ」
「大丈夫。……さっきの話だけど、他の人と結婚するとかじゃなくて、いつまでも“こじゅ兄”って呼んでた頃みたいではいられないってこと」
「何でだよ。オレの見立てじゃ、アイツは間違いなくお前を想ってる。勝手に諦めてんじゃねぇ」
「さっちにも、似たようなこと言われた」
苦笑して、梅酒を煽った。
「お前、それでいいのかよ」
「……分かんない。でも、どっちにしても後悔すると思う。だったら、あたしは諦める方を選ぶよ。兄さんのそばにいて、これ以上つらい思いはしたくないから」
「良佳……」
「ごめんね、何かしめっぽくなって」
「いや」
空の杯をいじっていると徳利を差し出されたので、政宗も良佳の前に杯を差し出した。
「ねえ、政宗はどうなの?独身って、まずいんじゃないの?」
「あぁ、まぁな。何人かとは付き合ったんだがな。いつも家が邪魔しやがって、最後はパァだ」
「……そっか。ごめん」
「構わねぇよ」
「あたしは趣味じゃないけどさ、その人たち、勿体ないことしてると思うよ」
“勿体ない”という言葉に、政宗はある言葉を思い出した。
『良佳、政宗くん振ったんだ。勿体ない』
「亘理……」
「紗智がどうかした?」
言われて初めて、自分が紗智の名を口にしたことに気付いた。
「いや、何でもねぇ」
杯を再び煽る。先程と違い、妙に苦く感じた。
「ねえ、紗智はどうなの?」
「Ah?」
「家柄も名声も、政宗に引けをとらない相手として。あんたも知ってると思うけど、紗智はあんたのこと想ってる。多分、今も」
「……」
梅酒グラスの氷が割れる。カランと音を立て氷が動く様が、まるで自身の心の中みたいだと、政宗は感じた。
「なんとなく落ち着かないってのは、そういうことなのか?」
「え?」
「いや、何でもねぇ」
店のドアが開き小十郎が帰ってきたため、この話はここで立ち消えとなった。
政宗は、胸のわだかまりを消すように杯の残りを煽った。
「よう、久しぶりだな」
「久しぶり、じゃないよ!」
席に座るや、良佳は唇を尖らせた。
「時価の店なんか指定して。奢ってよね」
「おい、良佳」
「構わねぇよ。こちとら下心があるんでな、飯代で済むならいくらでも出してやるさ」
「下心?」
着席と同時に新鮮なお造りが次々とテーブルに並んで行く。政宗らしい気遣いだと思った。
「俺がここに来たのは、小十郎を迎えるためだ」
「迎え?」
「伊達製薬にな」
「えっ……」
横に座る小十郎を見やる。聞かされていなかったのだろう、若干顔を強張らせたが察してもいたようで、小十郎はやはりと呟いた。
「今日あなたからの電話を受けた時、そうではないかと思いました」
「相変わらず、察しがいいな。お前にゃ、来年度から伊達製薬の常務になってもらいてぇ。席は用意してある。事前準備も兼ねて、1、2月には仙台に帰ってこい」
「また、随分と慌ただしいですな」
「とぼけんな。そのための下地は、とうの昔に整えてんだろうが」
政宗は、良佳に注がれた酒に口をつけた。
「兄さん、このために研究を……?」
「結論から言や、そうなるな」
小十郎も酒を口にした。
「まあ、研究は元々やりたかったことだからな。輝宗さまの“自由に生きろ”との仰せに甘えさせて頂いといたが、俺はやはり恩義ある伊達家に尽くしてえんだ」
「そっか……、そうだよね。大学教授って、兄さんのイメージじゃないもん」
「ヤクザ面のせいで、中々ゼミ生が集まらねえしな」
「そういう意味じゃないってば」
小さく笑うと、良佳は小十郎に徳利を差し出した。
「おめでとう。夢に一歩近付いたね」
「……ああ、ありがとう」
トクトクと注がれる酒の音が心地よい。三人は、一瞬その音に聞き入った。
「あ、ねえ政宗」
「何だ」
「あんたはどうすんの?伊達製薬は、代々亘理が継ぐことになってるじゃん」
「オレは、今度の異動で伊達グループの取締役になる」
「あんたが取締役!?伊達グループ大丈夫なの?」
「おい、良佳。失礼だろ」
小十郎がたしなめたが、政宗は手をあげて制した。
「気にすんな。コイツとオレは、ずっとこんな感じだったんだ。お前が知らねぇだけだ」
「そう、だったのですか……」
苦味を潰したような表情を浮かべる小十郎に、政宗は徳利を傾けた。
「で、返事は?」
小十郎は表情を引き締めると、杯を恭しくいただいた。
「政宗さまと伊達のために尽くすことが、この小十郎の幸せ。このお話、ありがたく承ります」
「そうか。よく決意してくれた」
「勿体なきお言葉」
かつての主従は盃を交わしあい、再び主従の契りを結んだ。良佳は、ただ見つめるしかなかった。
それからしばらくは互いの近況を報告し合い、たわいもない話をしていたが、外電で小十郎が席をはずすと、政宗は気になっていたことを口にした。
「良佳、“兄さん”てのは何だ?」
「小十郎兄さんのことだよ」
「んなこたぁ分かってる。何で他人行儀な呼び方してんだよって話だ」
「……あたしなりのけじめだよ」
「けじめ?……お前、まさかっ」
大声に、良佳は人差し指を唇に当てた。
「わりぃ」
「大丈夫。……さっきの話だけど、他の人と結婚するとかじゃなくて、いつまでも“こじゅ兄”って呼んでた頃みたいではいられないってこと」
「何でだよ。オレの見立てじゃ、アイツは間違いなくお前を想ってる。勝手に諦めてんじゃねぇ」
「さっちにも、似たようなこと言われた」
苦笑して、梅酒を煽った。
「お前、それでいいのかよ」
「……分かんない。でも、どっちにしても後悔すると思う。だったら、あたしは諦める方を選ぶよ。兄さんのそばにいて、これ以上つらい思いはしたくないから」
「良佳……」
「ごめんね、何かしめっぽくなって」
「いや」
空の杯をいじっていると徳利を差し出されたので、政宗も良佳の前に杯を差し出した。
「ねえ、政宗はどうなの?独身って、まずいんじゃないの?」
「あぁ、まぁな。何人かとは付き合ったんだがな。いつも家が邪魔しやがって、最後はパァだ」
「……そっか。ごめん」
「構わねぇよ」
「あたしは趣味じゃないけどさ、その人たち、勿体ないことしてると思うよ」
“勿体ない”という言葉に、政宗はある言葉を思い出した。
『良佳、政宗くん振ったんだ。勿体ない』
「亘理……」
「紗智がどうかした?」
言われて初めて、自分が紗智の名を口にしたことに気付いた。
「いや、何でもねぇ」
杯を再び煽る。先程と違い、妙に苦く感じた。
「ねえ、紗智はどうなの?」
「Ah?」
「家柄も名声も、政宗に引けをとらない相手として。あんたも知ってると思うけど、紗智はあんたのこと想ってる。多分、今も」
「……」
梅酒グラスの氷が割れる。カランと音を立て氷が動く様が、まるで自身の心の中みたいだと、政宗は感じた。
「なんとなく落ち着かないってのは、そういうことなのか?」
「え?」
「いや、何でもねぇ」
店のドアが開き小十郎が帰ってきたため、この話はここで立ち消えとなった。
政宗は、胸のわだかまりを消すように杯の残りを煽った。