夏・二部
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午後九時半。
盛大な拍手がようやく鳴り止み、アンコールを三回も行ったライブは閉幕した。
「いや~、すごかったね彼女の歌声!聞いててゾクゾクしちゃったよ!」
慶次が興奮気味に言った。
「さっちの歌声って、昔からすごく訴えてくるものがあるんですよ。だからかな」
「うん、分かるよ~!魂の歌って言うのかね、こう、うまく言えないんだけどさ!!」
「ふふ、ジャズは苦手って言ってたのにすっかりはまりましたね、慶次さん」
「ああ、彼女は別格だね!」
きっぱりと言い切る彼に、良佳は苦笑をもらした。
「ん、そう言えば片倉さんは?」
「正面玄関で待ち合わせしてます。この後、昔の知り合いと会うことになってるので」
「へぇ~、どんな人なんだい?」
「兄さんが昔、お世話というか教育してたというか、まあ、そんな感じのヤツです」
「良佳ちゃんにとっても親しい人なんだね」
「え?」
「良佳ちゃん、気心の知れた人は途端に口調が崩れるからさ」
よく見ているなと、良佳は感心した。
「どんな人か知りたいけど、昔馴染みならお邪魔は出来ないね。俺はこのまま帰ることにするよ」
「あ、はい。今日は付き合って下さってありがとうございました。……正直、助かりました」
「それって、片倉さんのことかい?」
しばらく間があってのちに、良佳は頷いた。
「兄さんと二人だと、多分間が持たなかったから」
「そうかな、俺にはそうは見えなかったけど?」
「え……」
見上げた慶次の顔に、茶化す色は全く見当たらなかった。
「良佳ちゃん、とっても安心してるように見えたよ。なんていうか、元々収まるはずだった鞘に収まったって感じ?あ、良佳ちゃんの場合は矢筒かな」
「何ですか、それ」
苦笑したが、見事に言い当てているそれに内心どきりとした。
「じゃ、俺は帰るね!昔馴染みさんによろしく!」
右手を軽く振って別れると、その足で正面玄関へと向かった。
政宗がいないのなら、このまま慶次と共にアパートへ帰りたかった。それほどに、小十郎の側は今の良佳にとっては居心地が悪い。
いや、居心地が悪いのは彼のせいではない。良佳が、自身の気持ちを素直に認めれられず心がもやもやしているからだ。
ふと目線を上げると、玄関から少し離れた壁に背を預ける小十郎が見えた。腕を組み壁にもたれかかる様は、芸能人にも引けをとらない。あの左頬の傷さえなければ、おそらく何回もスカウトされただろう。
視線に気づいたのか、小十郎がこちらを向いた。条件反射のように、心臓が勝手に高鳴る。
(駄目、兄さんのこと好きだって思い出しちゃ、駄目……!)
胸をおさえ、全身で否定する。
思い出さなければ、あの目、あの手、あの声で、女として自分が愛されるかもしれないと期待することもない。
けれど、頭の中ではずっと紗智に言われた言葉が繰り返しこだましている。
『今の片倉の目に誰が映ってるか、ちゃんと見たことあるの?』
ライブ中もこの言葉が忘れられなくて、何度も小十郎を盗み見ていた。
少し離れた斜め前に座っていた彼は、終始紗智を見つめていた。紗智を諦めたようには見えなかったが、以前のような思いつめた眼差しではなかったように思う。
紗智の言ったことを疑う訳ではないが、彼女のことは本当に何とも思っていないのかもしれない。
だからと言って、小十郎が自分のことを想っているとは限らないものの、一方で慶次が常々口にする“小十郎が良佳に惚れている”という言葉も、さっきからずっと頭の隅に甦ってしっかりとしがみついている。
期待、してもいいのだろうか――。
両腕で自分を抱きしめた時だった。
「おい、良佳」
「ひあ!?」
聞いてはいけない、けれどいつも一番聞いていたい声で名を呼ばれ、思わず悲鳴をあげてしまった。
小十郎の容姿のせいだろう、良佳が大変な目に遭っているのではと勘繰る人々の視線にいたたまれなくなり、急ぎその場を後にした。
「ごめん、兄さん。あたしが、変な声出しちゃったから」
「いや、慣れてるから気にすんな」
その返答もどうなのだろうと思っていると、頭上から苦笑が聞こえた。
「お前は相変わらずだな。一つのことに集中するとまわりが見えなくなっちまうし、嫌なことを考えてる時は身体の全機能を停止させちまう。ある意味器用だよな」
覚えていてくれた喜びが湧きあがったが、そのせいで小十郎に嫌な思いをさせてしまった。素直に謝ると、だから気にするなと言ってくれた。
その時、小十郎の左手が妙な動きをし空中で止まった。何事かと目線で問うたが、小十郎はばつが悪そうに目線を逸らすだけだった。
と、小十郎の携帯が着信を告げた。初期設定のままの音に、良佳は小十郎らしいと思った。
「政宗さまからだ」
急ぎ出ると、ライブ会場の近くにある寿司屋で待っているとのことだった。
「この辺の寿司屋って、時価の店ばっかじゃん。あいつ、こっちの財布事情も考えろっての!」
「しょうがねえな、おごってやるよ」
「兄さんじゃなくて、政宗に奢らせるよ。どうせ、伊達製薬で儲けてんだから」
伊達製薬と聞いて、小十郎が何故か身体をこわがらせた。
「兄さん?」
「あ、いや、何でもねえ。お待たせする訳にゃいかねえからな、行くか」
小十郎の様子が気になったものの、良佳は促されるまま店へと向かった。
盛大な拍手がようやく鳴り止み、アンコールを三回も行ったライブは閉幕した。
「いや~、すごかったね彼女の歌声!聞いててゾクゾクしちゃったよ!」
慶次が興奮気味に言った。
「さっちの歌声って、昔からすごく訴えてくるものがあるんですよ。だからかな」
「うん、分かるよ~!魂の歌って言うのかね、こう、うまく言えないんだけどさ!!」
「ふふ、ジャズは苦手って言ってたのにすっかりはまりましたね、慶次さん」
「ああ、彼女は別格だね!」
きっぱりと言い切る彼に、良佳は苦笑をもらした。
「ん、そう言えば片倉さんは?」
「正面玄関で待ち合わせしてます。この後、昔の知り合いと会うことになってるので」
「へぇ~、どんな人なんだい?」
「兄さんが昔、お世話というか教育してたというか、まあ、そんな感じのヤツです」
「良佳ちゃんにとっても親しい人なんだね」
「え?」
「良佳ちゃん、気心の知れた人は途端に口調が崩れるからさ」
よく見ているなと、良佳は感心した。
「どんな人か知りたいけど、昔馴染みならお邪魔は出来ないね。俺はこのまま帰ることにするよ」
「あ、はい。今日は付き合って下さってありがとうございました。……正直、助かりました」
「それって、片倉さんのことかい?」
しばらく間があってのちに、良佳は頷いた。
「兄さんと二人だと、多分間が持たなかったから」
「そうかな、俺にはそうは見えなかったけど?」
「え……」
見上げた慶次の顔に、茶化す色は全く見当たらなかった。
「良佳ちゃん、とっても安心してるように見えたよ。なんていうか、元々収まるはずだった鞘に収まったって感じ?あ、良佳ちゃんの場合は矢筒かな」
「何ですか、それ」
苦笑したが、見事に言い当てているそれに内心どきりとした。
「じゃ、俺は帰るね!昔馴染みさんによろしく!」
右手を軽く振って別れると、その足で正面玄関へと向かった。
政宗がいないのなら、このまま慶次と共にアパートへ帰りたかった。それほどに、小十郎の側は今の良佳にとっては居心地が悪い。
いや、居心地が悪いのは彼のせいではない。良佳が、自身の気持ちを素直に認めれられず心がもやもやしているからだ。
ふと目線を上げると、玄関から少し離れた壁に背を預ける小十郎が見えた。腕を組み壁にもたれかかる様は、芸能人にも引けをとらない。あの左頬の傷さえなければ、おそらく何回もスカウトされただろう。
視線に気づいたのか、小十郎がこちらを向いた。条件反射のように、心臓が勝手に高鳴る。
(駄目、兄さんのこと好きだって思い出しちゃ、駄目……!)
胸をおさえ、全身で否定する。
思い出さなければ、あの目、あの手、あの声で、女として自分が愛されるかもしれないと期待することもない。
けれど、頭の中ではずっと紗智に言われた言葉が繰り返しこだましている。
『今の片倉の目に誰が映ってるか、ちゃんと見たことあるの?』
ライブ中もこの言葉が忘れられなくて、何度も小十郎を盗み見ていた。
少し離れた斜め前に座っていた彼は、終始紗智を見つめていた。紗智を諦めたようには見えなかったが、以前のような思いつめた眼差しではなかったように思う。
紗智の言ったことを疑う訳ではないが、彼女のことは本当に何とも思っていないのかもしれない。
だからと言って、小十郎が自分のことを想っているとは限らないものの、一方で慶次が常々口にする“小十郎が良佳に惚れている”という言葉も、さっきからずっと頭の隅に甦ってしっかりとしがみついている。
期待、してもいいのだろうか――。
両腕で自分を抱きしめた時だった。
「おい、良佳」
「ひあ!?」
聞いてはいけない、けれどいつも一番聞いていたい声で名を呼ばれ、思わず悲鳴をあげてしまった。
小十郎の容姿のせいだろう、良佳が大変な目に遭っているのではと勘繰る人々の視線にいたたまれなくなり、急ぎその場を後にした。
「ごめん、兄さん。あたしが、変な声出しちゃったから」
「いや、慣れてるから気にすんな」
その返答もどうなのだろうと思っていると、頭上から苦笑が聞こえた。
「お前は相変わらずだな。一つのことに集中するとまわりが見えなくなっちまうし、嫌なことを考えてる時は身体の全機能を停止させちまう。ある意味器用だよな」
覚えていてくれた喜びが湧きあがったが、そのせいで小十郎に嫌な思いをさせてしまった。素直に謝ると、だから気にするなと言ってくれた。
その時、小十郎の左手が妙な動きをし空中で止まった。何事かと目線で問うたが、小十郎はばつが悪そうに目線を逸らすだけだった。
と、小十郎の携帯が着信を告げた。初期設定のままの音に、良佳は小十郎らしいと思った。
「政宗さまからだ」
急ぎ出ると、ライブ会場の近くにある寿司屋で待っているとのことだった。
「この辺の寿司屋って、時価の店ばっかじゃん。あいつ、こっちの財布事情も考えろっての!」
「しょうがねえな、おごってやるよ」
「兄さんじゃなくて、政宗に奢らせるよ。どうせ、伊達製薬で儲けてんだから」
伊達製薬と聞いて、小十郎が何故か身体をこわがらせた。
「兄さん?」
「あ、いや、何でもねえ。お待たせする訳にゃいかねえからな、行くか」
小十郎の様子が気になったものの、良佳は促されるまま店へと向かった。