夏・二部
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紗智が上京してひと月が経過した頃。
「アイツ、本当に人形だな」
政宗は、成実を呼び出し紗智についてこう言ったことがあった。
「貴重な休みに人のこと呼び出しといて、話ってのは可愛い妹の悪口かよ。この人でなしっ」
「何が人でなしだ。どうせ暇してんだろ?付き合えよ」
二人は自販機で買ったカップのコーヒーを手に窓際のテーブルに座った。後期試験後の長期休暇期間に入っているため学生の姿はまばらだが、学食の暖房はいつも通り利いていて逆に暑いくらいだ。ペアガラスだから、窓際でも暑く感じる。
「言いたくもなるぜ。いくら亘理が宗家をたててるとは言え、その命令とありゃ躊躇なく家を飛び出しちまう辺り、自分の意思が欠如してるとしか思えねぇ。あいつの、亘理にいたくねぇって事情を差し引いてもだ」
「ふーん。政から見たら、そう見えんだな」
「お前から見たら違うのか」
すると、成実は笑った。
「あいつ、誤解されやすいからさ。人見知りが激しいし、特にお前の前じゃびびってたから、あいつの人間性を誤解するのも無理ないよ。けど、あいつだって自分の意思くらいある」
「どういうことだ?」
「あいつが上杉の元へ行ったことが、あいつの意志だよ」
政宗は、ますます分からないという顔をした。
「俺さ、実は止めたんだよ。政の企画はおもしろいけど、だからって宗家の命令に従わなきゃいけない理由はないぜって」
「企画じゃねぇ、反旗だ」
「どっちも一緒だっつの。妹ダシに使いやがって」
成実は舌を出した。
「で、アイツは何て言ったんだ?」
政宗は舌打ちしたが、成実は気に留めなかった。
「“政宗くんの計画は自身の出世のためなんでしょう?それでも、私なんかで役に立つなら利用してくれていい”ってな」
「何だと?」
衝撃を受けた。人形だと思っていた人間が利用されていると知りつつ、利用すればいいと平然と言ってのけたからだ。
「ああ、あとこうも言ってたぜ。“確かに、私は――”」
「私は、亘理家から自由になりたいってずっと思ってたから、私にとって政宗くんの話は大きなチャンスだった」
東京行きの新幹線を待つ妹の鼻が赤い。ポケットに突っこんでいた使い捨てカイロを鼻にあててやると、痛いと抗議しながらもカイロを受け取った。
「でもね、力を持たない私はどこにいても所詮駒なのよね。使う人間が変わっただけ。家を出るだけじゃ、本当の自由を手に入れることにはならないもの」
寂しそうな横顔が印象的だった。
「でも、それが分かったから行こうって決心したの。力がないなら今から力をつければいい。私は私で政宗くんを利用すればいいって。それに……」
「それに?」
妹は、少し頬を赤らめた。
「利用されてるって分かってるのに、すごく……、すごく嬉しいの。政宗くんの役に立てることが」
成実は思わず目をしばたかせた。
「お前、ダシに使われてんだぞ?こう言ったらお前傷つくと思うけど、あいつにとっちゃ駒は誰でも良かったんだ」
「分かってるよ。……それでも、私は嬉しいの」
妹の顔に浮かぶいつもと同じ朗らかな笑みを見て、成実はこの時初めて、妹の政宗に対する思いは家族の情より上なのだと悟った。
何もかもを捨ててでも尽くしたい、妹はそういう人間に既に出会っていたのだ。
「そっか」
今は駒に甘んじると決めた彼女の潔さに、成実はもう何も言うまいと決めた。
やがて、構内アナウンスと共に新幹線が滑り込んできた。
新幹線がもたらす寒風に見舞われたが、紗智は縮こまるどころか堂々と受けていた。これから待ち受ける運命に、泰然とした態度で向き合おうとする覚悟の表れのようだった。
成実の話を思い出すうち、吸っていたタバコがなくなった。
内ポケットからタバコを取り出すと、最後の一本がかろうじて残っていた。底を押し上げ、それを取り出す。
(アイツから告白を受けたのは、シゲの話を聞いてすぐだったな)
ジッポを点ける。カチンと金属音がし、程なくして煙が所在なげに漂い始めた。
告白はあの時すぐに断った。が、気付けば彼女のことを思う自分がいた。
恋情からではない。成実に語った通り、渡米後の紗智は政宗の意を体現するために行動していて、その覚悟のほどを見届けたいと思ったからだ。
名を馳せた彼女は、今や立派な政宗のビジネスパートナーだ。覚悟のほどを見極めるには十分な実績をあげていた。もう見る必要などなかった。
なのに、政宗はそれを止められなかった。支援など不要と知りながらも、陰ながら支援を続けてきた。
何故紗智にこだわるのか、自分でも分からない。
腹の底に横たわる、もやもやとした気持ちの正体が知りたいと思った。
「なら、あの場所に行くしかねぇな」
一人ごちると、政宗はライブ会場へと歩き始めた。
「アイツ、本当に人形だな」
政宗は、成実を呼び出し紗智についてこう言ったことがあった。
「貴重な休みに人のこと呼び出しといて、話ってのは可愛い妹の悪口かよ。この人でなしっ」
「何が人でなしだ。どうせ暇してんだろ?付き合えよ」
二人は自販機で買ったカップのコーヒーを手に窓際のテーブルに座った。後期試験後の長期休暇期間に入っているため学生の姿はまばらだが、学食の暖房はいつも通り利いていて逆に暑いくらいだ。ペアガラスだから、窓際でも暑く感じる。
「言いたくもなるぜ。いくら亘理が宗家をたててるとは言え、その命令とありゃ躊躇なく家を飛び出しちまう辺り、自分の意思が欠如してるとしか思えねぇ。あいつの、亘理にいたくねぇって事情を差し引いてもだ」
「ふーん。政から見たら、そう見えんだな」
「お前から見たら違うのか」
すると、成実は笑った。
「あいつ、誤解されやすいからさ。人見知りが激しいし、特にお前の前じゃびびってたから、あいつの人間性を誤解するのも無理ないよ。けど、あいつだって自分の意思くらいある」
「どういうことだ?」
「あいつが上杉の元へ行ったことが、あいつの意志だよ」
政宗は、ますます分からないという顔をした。
「俺さ、実は止めたんだよ。政の企画はおもしろいけど、だからって宗家の命令に従わなきゃいけない理由はないぜって」
「企画じゃねぇ、反旗だ」
「どっちも一緒だっつの。妹ダシに使いやがって」
成実は舌を出した。
「で、アイツは何て言ったんだ?」
政宗は舌打ちしたが、成実は気に留めなかった。
「“政宗くんの計画は自身の出世のためなんでしょう?それでも、私なんかで役に立つなら利用してくれていい”ってな」
「何だと?」
衝撃を受けた。人形だと思っていた人間が利用されていると知りつつ、利用すればいいと平然と言ってのけたからだ。
「ああ、あとこうも言ってたぜ。“確かに、私は――”」
「私は、亘理家から自由になりたいってずっと思ってたから、私にとって政宗くんの話は大きなチャンスだった」
東京行きの新幹線を待つ妹の鼻が赤い。ポケットに突っこんでいた使い捨てカイロを鼻にあててやると、痛いと抗議しながらもカイロを受け取った。
「でもね、力を持たない私はどこにいても所詮駒なのよね。使う人間が変わっただけ。家を出るだけじゃ、本当の自由を手に入れることにはならないもの」
寂しそうな横顔が印象的だった。
「でも、それが分かったから行こうって決心したの。力がないなら今から力をつければいい。私は私で政宗くんを利用すればいいって。それに……」
「それに?」
妹は、少し頬を赤らめた。
「利用されてるって分かってるのに、すごく……、すごく嬉しいの。政宗くんの役に立てることが」
成実は思わず目をしばたかせた。
「お前、ダシに使われてんだぞ?こう言ったらお前傷つくと思うけど、あいつにとっちゃ駒は誰でも良かったんだ」
「分かってるよ。……それでも、私は嬉しいの」
妹の顔に浮かぶいつもと同じ朗らかな笑みを見て、成実はこの時初めて、妹の政宗に対する思いは家族の情より上なのだと悟った。
何もかもを捨ててでも尽くしたい、妹はそういう人間に既に出会っていたのだ。
「そっか」
今は駒に甘んじると決めた彼女の潔さに、成実はもう何も言うまいと決めた。
やがて、構内アナウンスと共に新幹線が滑り込んできた。
新幹線がもたらす寒風に見舞われたが、紗智は縮こまるどころか堂々と受けていた。これから待ち受ける運命に、泰然とした態度で向き合おうとする覚悟の表れのようだった。
成実の話を思い出すうち、吸っていたタバコがなくなった。
内ポケットからタバコを取り出すと、最後の一本がかろうじて残っていた。底を押し上げ、それを取り出す。
(アイツから告白を受けたのは、シゲの話を聞いてすぐだったな)
ジッポを点ける。カチンと金属音がし、程なくして煙が所在なげに漂い始めた。
告白はあの時すぐに断った。が、気付けば彼女のことを思う自分がいた。
恋情からではない。成実に語った通り、渡米後の紗智は政宗の意を体現するために行動していて、その覚悟のほどを見届けたいと思ったからだ。
名を馳せた彼女は、今や立派な政宗のビジネスパートナーだ。覚悟のほどを見極めるには十分な実績をあげていた。もう見る必要などなかった。
なのに、政宗はそれを止められなかった。支援など不要と知りながらも、陰ながら支援を続けてきた。
何故紗智にこだわるのか、自分でも分からない。
腹の底に横たわる、もやもやとした気持ちの正体が知りたいと思った。
「なら、あの場所に行くしかねぇな」
一人ごちると、政宗はライブ会場へと歩き始めた。