夏・二部
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『関係者以外立ち入り禁止』と書かれているバリケード近くまで来て携帯を鳴らす。ちなみに、良佳も小十郎も携帯通話しか使用しないためいまだにガラケーを利用している。
「……あ、さっち?うん、チケットありがと。今、控室のすぐそばにいるんだ。……いや、スタッフ証ないのにそれは無理だよ。……大丈夫なの?じゃあ、ここで待ってるよ」
電話を切ると同時に、中の人間に5分で帰るからと言って紗智が飛び出してきた。そして、昔と同じように良佳に抱きついた。
「久しぶり!来てくれてありがとう!」
「こっちこそ、チケットサンキュ。元気そうでよかった。音信不通にしてごめん」
「良佳は、携帯持っててもいつも不通でしょ」
「う、ごめん」
笑い合う二人の姿はかつて宮城でよく見たそれで、小十郎は懐かしい思いが込み上げてきた。ここに政宗がいれば、まさに昔のままだ。
「あ、もう一枚のチケット、知り合いにあげちゃったから、隣に知らない人がいても怒らないでよ?」
「えー!何のために二枚送ったと思ってるの!?」
途端、ふくれっ面になるのも前と同じだ。
(変わったのは、俺か)
自分の中にあった、狂おしいほどに紗智を想っていた気持ちが見事に綺麗に消えているのを感じた。前は、例え良佳であっても近づくものすべてに嫉妬心を抱いていたが、時が経てば人は変わるのだなと他人事のように感じていた。
一方で、気持ちの変化は時だけが要因ではないことも分かっていた。
「分かってるよ、でも……」
「でももかかしもない!私が誘えって言ったのはかたくっ……!」
「わーわー、言わないでよ!」
いまだ騒ぐ二人を、物思いにふけりつつ眺める。
(良佳がいなくなったことが一番堪えたんだな)
当たり前のように隣にいた存在を失って、小十郎は初めて自分の心に良佳が住んでいることを知った。その気持ちがどういう種かこの頃は分かっていなかったが、金沢に出向し、良佳ともう一度長い時間を過ごすようになって、それが恋慕だとはっきりと自覚した。
だから、「兄さん」と呼ばれたあの日、すぐ返事をすることが出来なかった。まるで他人行儀で、もうあなたとは関係のない間柄なのだと宣告されたように感じたからだ。
「……ら、片倉」
我に帰ると、紗智の不機嫌そうな顔とぶつかった。
「お久しぶりです、紗智さま」
「そうね。私、良佳とだけ話したいの。悪いけど、席を外してちょうだい」
淡々と答える彼女に、小十郎は分かりましたと即答した。
「え、兄さん!?」
「いいんだ。先に席に行ってるぜ」
呼び止める間もなく小十郎はその場を後にした。
「さっち!」
「何で怒ってるのよ?」
「何でって、ここに来たのは兄さんためだったのに!」
「何でよ」
きょとんとする紗智に、良佳は一瞬押し黙った後答えた。
「……兄さんが、今もさっちのこと想ってるからだよ」
途端、紗智が呆れた。
「良佳、浦島太郎ね。片倉が、今も私を好きな訳ないじゃない」
「ふがっ」
鼻をつままれた。
「確かに、片倉は私を好きでいてくれたわ。けど、それはもう昔の話。良佳の卒業式の日にちゃんと振ったし、片倉もちゃんと受け取ってくれたわよ」
「へ……」
良佳は、小十郎が振られたことを初めて知った。
「けど、兄さんはずっと独身で……」
「私を想ってのことだと思ったの?勘違いも甚だしいわね。だいたい、今の片倉の目に誰が映ってるか、ちゃんと見たことあるの?」
「……ない」
「だから、片倉を誘うようにって二枚チケットを送ったのよ。こうでもしないと、良佳ってばすぐ逃げるんだから」
「うっ」
もう一度強く鼻をつままれ、解放された時には若干涙目になっていた。
「仕方ないわね。でも、遠巻きに片倉を観察することが出来るから、かえってよかったかもしれないわ」
一人うんうんと頷く。
「曲は聞き流してもいいわ。その代わり、片倉の動向を見張ってなさい」
「何それ!?」
「勘違い野郎は、自分で確認した方が色々と手っ取り早いって意味」
「おい、紗智。時間だぞ」
その時、やたらスタイルのいい美女が控室から出てきた。マネージャーなのだろう。
良佳は慌てて会釈したが、相手は至極迷惑そうな表情を浮かべていた。マネージャーからすれば、本人の意思とはいえ本番前に呼びだされるのは迷惑以外なにものでもないだろう。申し訳なさで、良佳は心の中でごめんなさいと呟いた。
「あ、うん、分かった。じゃあね、良佳」
「え、あ、さっち!?」
ぽつんと残された良佳だったが、館内アナウンスで開演する旨が流れ慌てて席へと走った。
「……あ、さっち?うん、チケットありがと。今、控室のすぐそばにいるんだ。……いや、スタッフ証ないのにそれは無理だよ。……大丈夫なの?じゃあ、ここで待ってるよ」
電話を切ると同時に、中の人間に5分で帰るからと言って紗智が飛び出してきた。そして、昔と同じように良佳に抱きついた。
「久しぶり!来てくれてありがとう!」
「こっちこそ、チケットサンキュ。元気そうでよかった。音信不通にしてごめん」
「良佳は、携帯持っててもいつも不通でしょ」
「う、ごめん」
笑い合う二人の姿はかつて宮城でよく見たそれで、小十郎は懐かしい思いが込み上げてきた。ここに政宗がいれば、まさに昔のままだ。
「あ、もう一枚のチケット、知り合いにあげちゃったから、隣に知らない人がいても怒らないでよ?」
「えー!何のために二枚送ったと思ってるの!?」
途端、ふくれっ面になるのも前と同じだ。
(変わったのは、俺か)
自分の中にあった、狂おしいほどに紗智を想っていた気持ちが見事に綺麗に消えているのを感じた。前は、例え良佳であっても近づくものすべてに嫉妬心を抱いていたが、時が経てば人は変わるのだなと他人事のように感じていた。
一方で、気持ちの変化は時だけが要因ではないことも分かっていた。
「分かってるよ、でも……」
「でももかかしもない!私が誘えって言ったのはかたくっ……!」
「わーわー、言わないでよ!」
いまだ騒ぐ二人を、物思いにふけりつつ眺める。
(良佳がいなくなったことが一番堪えたんだな)
当たり前のように隣にいた存在を失って、小十郎は初めて自分の心に良佳が住んでいることを知った。その気持ちがどういう種かこの頃は分かっていなかったが、金沢に出向し、良佳ともう一度長い時間を過ごすようになって、それが恋慕だとはっきりと自覚した。
だから、「兄さん」と呼ばれたあの日、すぐ返事をすることが出来なかった。まるで他人行儀で、もうあなたとは関係のない間柄なのだと宣告されたように感じたからだ。
「……ら、片倉」
我に帰ると、紗智の不機嫌そうな顔とぶつかった。
「お久しぶりです、紗智さま」
「そうね。私、良佳とだけ話したいの。悪いけど、席を外してちょうだい」
淡々と答える彼女に、小十郎は分かりましたと即答した。
「え、兄さん!?」
「いいんだ。先に席に行ってるぜ」
呼び止める間もなく小十郎はその場を後にした。
「さっち!」
「何で怒ってるのよ?」
「何でって、ここに来たのは兄さんためだったのに!」
「何でよ」
きょとんとする紗智に、良佳は一瞬押し黙った後答えた。
「……兄さんが、今もさっちのこと想ってるからだよ」
途端、紗智が呆れた。
「良佳、浦島太郎ね。片倉が、今も私を好きな訳ないじゃない」
「ふがっ」
鼻をつままれた。
「確かに、片倉は私を好きでいてくれたわ。けど、それはもう昔の話。良佳の卒業式の日にちゃんと振ったし、片倉もちゃんと受け取ってくれたわよ」
「へ……」
良佳は、小十郎が振られたことを初めて知った。
「けど、兄さんはずっと独身で……」
「私を想ってのことだと思ったの?勘違いも甚だしいわね。だいたい、今の片倉の目に誰が映ってるか、ちゃんと見たことあるの?」
「……ない」
「だから、片倉を誘うようにって二枚チケットを送ったのよ。こうでもしないと、良佳ってばすぐ逃げるんだから」
「うっ」
もう一度強く鼻をつままれ、解放された時には若干涙目になっていた。
「仕方ないわね。でも、遠巻きに片倉を観察することが出来るから、かえってよかったかもしれないわ」
一人うんうんと頷く。
「曲は聞き流してもいいわ。その代わり、片倉の動向を見張ってなさい」
「何それ!?」
「勘違い野郎は、自分で確認した方が色々と手っ取り早いって意味」
「おい、紗智。時間だぞ」
その時、やたらスタイルのいい美女が控室から出てきた。マネージャーなのだろう。
良佳は慌てて会釈したが、相手は至極迷惑そうな表情を浮かべていた。マネージャーからすれば、本人の意思とはいえ本番前に呼びだされるのは迷惑以外なにものでもないだろう。申し訳なさで、良佳は心の中でごめんなさいと呟いた。
「あ、うん、分かった。じゃあね、良佳」
「え、あ、さっち!?」
ぽつんと残された良佳だったが、館内アナウンスで開演する旨が流れ慌てて席へと走った。