夏・二部
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その頃のライブ会場外。人々のざわめきと熱気でますます暑さが増しているように感じられる。
「あ、片倉さーん、こっちこっち!」
人だかりの中、慶次が手を振る。ただでさえ大柄で目立っているのに、全力で両手を振っているものだから尚更だ。
「慶次さん、手を振らなくても兄さん気付いてますよ」
「えー?でも、こっちに来る気配ないよ」
「慶次さんが手を振るのを止めたら来ますよ」
半信半疑で手を止めると、しばらくして本当に小十郎がやってきた。
「すごいね、良佳ちゃん!やっぱり愛の力?」
「この群衆の中で、両手振って呼ばれたら普通恥ずかしいですよ。だから、ほとぼりが冷めた頃に来るのは誰でも想像出来ます」
「そんなに照れなくていいのに~、いでっ!!」
「あー、すみません、足が勝手に」
群衆に押されたふりをして、慶次の左足を踏んでやった。
「大丈夫か、良佳」
すかさず小十郎が手を差し出す。良佳は慌てて首を振った。
「だ、大丈夫だよ、兄さん。今のはわざとだから」
「そうか」
「ひどいよ、良佳ちゃん~。片倉さんも、何気にスルーしただろ」
「慶次さん、シャラップ」
「随分と仲がいいんだな。俺は邪魔だったな」
小十郎の少し寂しそうな表情に気付き、慶次は慌てた。
「いや、そんなことないよ!むしろ邪魔なのは俺の方!!」
「あ?」
「や、え、えーと」
良佳に睨まれ口ごもっていたが、やがて謙信に頼まれた用事があったと言いどこかへと走り去った。
「なんだ、あいつ」
「慶次さんが突拍子もないこと言ったりやったりするの、通常運転だから。気にしない」
「そのようだな。しかし、あいつとは仲がいいんだな」
同じことを聞いてきたので軽く睨んでやった。
「単に、職場も一緒、家も隣なだけ。気が合う人だと、兄さんだって自然とこうなるでしょ。それに、慶次さんは恋人いるんだから。変な勘繰りしないでよね」
小十郎が、悪かったと小さく笑った。
身内のひいき目でなくとも、相変わらずかっこいいと思う。年を重ね四十路に近づいているが、うまく年を取っていると言っていい。目元にかすかに浮かぶ小さな皺でさえ小十郎の精悍さを際立たせている。
それに、いつからかは分からないが昔に比べてとても柔和な態度を取るようになっている。これが外側のスマートさをより引き立たせていて、寄らぬ女はいないだろうに独身を貫いているのが不思議でたまらない。
(それだけ、紗智のことが好きなんだ……)
小十郎が紗智に振られたことを知らない胸がズキンと痛む。とうの昔に振られ諦めた想いなのに、小十郎が同じ土地に来たことで封印したはずの想いがくすぶり始めていた。
(諦めた、なんて嘘だね)
こうして隣に立って歩いているだけで、宮城にいたあの頃のように心が満たされていくのが分かる。失ったことはないが、半身を取り戻したような感覚だ。
だが、この想いは復活させてはいけない。彼にとって重荷でしかないのだから。良佳にとっても、いつまでもくすぶらせていていいものではない。
(あの時から、こじゅ兄を“兄さん”として慕っていこうって決めたじゃない)
あの時とは、小十郎が車の中で紗智を押し倒したのを見たあの夏の日のことだ。あの姿を見て、彼の紗智への想いをまざまざと思い知らされたと同時に、彼の目に自分は“妹”以上の存在として映ることは絶対ないのだと悟った。
それから半年をかけて小十郎から徐々に離れてみたが、想いを消し去ることはかなわなかった。だから、“こじゅ兄”から“小十郎兄さん”と呼び方を変え、進学と共に音信を絶った。良佳なりの決別のつもりだった。
なのに、今もって消えないこの気持ちは心の中でひどく重たげに鎌首をもたげている。
(あたしは妹。……そう、妹よ。妹の役目は、兄さんの幸せを叶えることじゃない)
唇をぐっと噛みしめ、妹の顔をしてみせるのだと自分に言い聞かせた。
「ねえ、兄さん。さっちに会いに行こうよ。開演までまだ時間あるし」
案の定、紗智の名前に小十郎の肩が小さく震えた。両手をぐっと握りしめ、良佳は自分の感情を押し殺した。
「いいのか?本番前だろ」
「さっちが本番前だからってピリピリする訳ないじゃん」
「しかし……」
「ライブ終わってからの方が会えないと思うよ。今日は取材とか来てるみたいだし」
「よく知ってるな」
「慶次さんに教えてもらった」
「……あいつはK.Uレコードのまわしもんか」
K.Uレコードとは、上杉謙信の立ち上げたレーベルのことである。
「こんなに近くにいるのに話せないなんて、切ないでしょ」
小十郎の眉間が狭まる。
「じゃ、決まりね。行こう」
小十郎が何か言いかけたのが見えたが、見えないふりをした。
「あ、片倉さーん、こっちこっち!」
人だかりの中、慶次が手を振る。ただでさえ大柄で目立っているのに、全力で両手を振っているものだから尚更だ。
「慶次さん、手を振らなくても兄さん気付いてますよ」
「えー?でも、こっちに来る気配ないよ」
「慶次さんが手を振るのを止めたら来ますよ」
半信半疑で手を止めると、しばらくして本当に小十郎がやってきた。
「すごいね、良佳ちゃん!やっぱり愛の力?」
「この群衆の中で、両手振って呼ばれたら普通恥ずかしいですよ。だから、ほとぼりが冷めた頃に来るのは誰でも想像出来ます」
「そんなに照れなくていいのに~、いでっ!!」
「あー、すみません、足が勝手に」
群衆に押されたふりをして、慶次の左足を踏んでやった。
「大丈夫か、良佳」
すかさず小十郎が手を差し出す。良佳は慌てて首を振った。
「だ、大丈夫だよ、兄さん。今のはわざとだから」
「そうか」
「ひどいよ、良佳ちゃん~。片倉さんも、何気にスルーしただろ」
「慶次さん、シャラップ」
「随分と仲がいいんだな。俺は邪魔だったな」
小十郎の少し寂しそうな表情に気付き、慶次は慌てた。
「いや、そんなことないよ!むしろ邪魔なのは俺の方!!」
「あ?」
「や、え、えーと」
良佳に睨まれ口ごもっていたが、やがて謙信に頼まれた用事があったと言いどこかへと走り去った。
「なんだ、あいつ」
「慶次さんが突拍子もないこと言ったりやったりするの、通常運転だから。気にしない」
「そのようだな。しかし、あいつとは仲がいいんだな」
同じことを聞いてきたので軽く睨んでやった。
「単に、職場も一緒、家も隣なだけ。気が合う人だと、兄さんだって自然とこうなるでしょ。それに、慶次さんは恋人いるんだから。変な勘繰りしないでよね」
小十郎が、悪かったと小さく笑った。
身内のひいき目でなくとも、相変わらずかっこいいと思う。年を重ね四十路に近づいているが、うまく年を取っていると言っていい。目元にかすかに浮かぶ小さな皺でさえ小十郎の精悍さを際立たせている。
それに、いつからかは分からないが昔に比べてとても柔和な態度を取るようになっている。これが外側のスマートさをより引き立たせていて、寄らぬ女はいないだろうに独身を貫いているのが不思議でたまらない。
(それだけ、紗智のことが好きなんだ……)
小十郎が紗智に振られたことを知らない胸がズキンと痛む。とうの昔に振られ諦めた想いなのに、小十郎が同じ土地に来たことで封印したはずの想いがくすぶり始めていた。
(諦めた、なんて嘘だね)
こうして隣に立って歩いているだけで、宮城にいたあの頃のように心が満たされていくのが分かる。失ったことはないが、半身を取り戻したような感覚だ。
だが、この想いは復活させてはいけない。彼にとって重荷でしかないのだから。良佳にとっても、いつまでもくすぶらせていていいものではない。
(あの時から、こじゅ兄を“兄さん”として慕っていこうって決めたじゃない)
あの時とは、小十郎が車の中で紗智を押し倒したのを見たあの夏の日のことだ。あの姿を見て、彼の紗智への想いをまざまざと思い知らされたと同時に、彼の目に自分は“妹”以上の存在として映ることは絶対ないのだと悟った。
それから半年をかけて小十郎から徐々に離れてみたが、想いを消し去ることはかなわなかった。だから、“こじゅ兄”から“小十郎兄さん”と呼び方を変え、進学と共に音信を絶った。良佳なりの決別のつもりだった。
なのに、今もって消えないこの気持ちは心の中でひどく重たげに鎌首をもたげている。
(あたしは妹。……そう、妹よ。妹の役目は、兄さんの幸せを叶えることじゃない)
唇をぐっと噛みしめ、妹の顔をしてみせるのだと自分に言い聞かせた。
「ねえ、兄さん。さっちに会いに行こうよ。開演までまだ時間あるし」
案の定、紗智の名前に小十郎の肩が小さく震えた。両手をぐっと握りしめ、良佳は自分の感情を押し殺した。
「いいのか?本番前だろ」
「さっちが本番前だからってピリピリする訳ないじゃん」
「しかし……」
「ライブ終わってからの方が会えないと思うよ。今日は取材とか来てるみたいだし」
「よく知ってるな」
「慶次さんに教えてもらった」
「……あいつはK.Uレコードのまわしもんか」
K.Uレコードとは、上杉謙信の立ち上げたレーベルのことである。
「こんなに近くにいるのに話せないなんて、切ないでしょ」
小十郎の眉間が狭まる。
「じゃ、決まりね。行こう」
小十郎が何か言いかけたのが見えたが、見えないふりをした。