夏・二部
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呼ばれた気がして、小十郎はベランダに出た。
(台風が近づいているのか)
出向中の住まいとしてあてがわれたワンルームマンション。その狭いベランダから見上げた空はめまぐるしく変わっていて、嵐がやってくる前だと告げている。
(良佳……)
昔のことを思い出し、小さく笑った。
まだ、小十郎が高校生の頃の話である。
この日も今日みたいに台風が来る直前で、台風は既に雷雲を連れ轟音を響かせていた。
片倉家には、昨日から良佳が預けられていた。綱元を含む茂庭家の全員が、公用や私用で一週間ほど留守だからだ。
学校の判断で放課後の部活動は中止となったため、小十郎は珍しく夕方に家路についた。
「ただいま。……?」
家の中が静かすぎる。時間的に、良佳が既に帰っている頃合いなのに。
(あいつ、この天気の中遊びに行きやがったな)
ちっと舌打ちした。
小学生なら、怖いもの知らずで行動するのは珍しいことではない。それに、良佳は年の割にしっかりしているし、放っておいても問題はないだろう。
ただ、今回の台風の規模は過去最大級と言われているし、仮にも預かっている手前、怪我でもあった日には色々と面倒だ。
およそ学生らしくない理由で腰を上げる。まずは着替えてからにするかと自室に戻った時だった。
「……何だ?」
自室に据え付けられた二段ベッドの上段が不自然に盛り上がっている。しかも、その盛り上がりは、雷が鳴るたびに震えていた。
「ひゃっ」
雷鳴がした途端、塊は小さく悲鳴を上げ、その後すすり泣きを始めた。
「……良佳か?」
階段を上り布団の上から塊に触れれば、びくっと震えた。
「……ひっ、こ、こじゅ、にぃ……?」
「ああ。ただいま」
ゆっくり這い出した良佳の顔は、涙でぐちゃぐちゃだった。
「お、おかっ……、ぴゃあ!!」
再び轟きが聞こえると、奇妙な悲鳴と共に幼い親戚は小十郎に飛びついた。
「お前、雷苦手なのか?」
ガタガタ震える小さな背中を軽く叩いてやれば、何度も首を縦に振った。
「か、かみな、り、キライ……!!あたし、が、うちの子じゃない、って、知った日も、鳴ってた、から……!」
「っ、……そうか」
良佳は、母の浮気相手との間に出来た子だ。今よりもっと幼い時分にこの事実を聞かされたのだが、その時もどうやら雷が鳴っていたらしい。
(つまり、嫌な記憶と雷鳴がリンクしてんだな)
普段、恐ろしいくらい大人びていて、とても小学生とは思えない態度を取るが、こういうところを見るとまだまだ子供なのだと分かって、内心安心した。
「こじゅ兄、手、離さないで、ね……?」
上段に座るや、良佳が小十郎のお腹に引っ付いてきた。片方の手で耳を塞ぎ、もう片方の手は小十郎のそれを握りしめていた。
「怖いなら、両手で耳を塞いだらどうだ?」
良佳はふるふると頭を振った。
「音、怖いけど、離れるの、もっと怖い……」
小十郎ははっとした。
母親が自らの保身のために娘の自分を切り捨てた過去を持つため、良佳は一度握られた手を離されることを酷く嫌うのだ。
「なら、こうするか」
小十郎は空いている方の手で良佳の耳を塞いだ。
「聞こえねえだろ?」
「……こじゅ兄が何言ってるか、分かんない」
「そりゃ良かったな」
良佳はちらと顔を上げ、への字口をした。小十郎が何故笑っているのか分からないらしい。
「気にすんな。鳴り止むまでここにいる。だから、安心しろ」
ぎゅっと手を掴めば、小さな頬が手にすり寄った。
互いの体温と鼓動が心地よい。
そちらに耳を澄ましていれば、いつしか雷鳴は遠のいていた。
再び空を見上げれば、雷鳴が遠くで鳴いている。
「……平気か?」
一人ごちるが、返事があるはずはない。
と、携帯が震えた。
「っ、あいつ……」
開けば、やたらと絡んでくる長髪のポニーテール男からのメールだった。
“今度の日曜、18時に駅前に集合!じゃ、よろしく!”
パチンと二つ折り携帯を畳む。
「日曜、か」
わざわざ配達記録で届けられた卓上のチケットの日付と同日。
送り主は、手を離れた若き主からである。
「……」
もう一度、天を仰ぐ。
くぐもった空模様が何だか自分の気持ちそのものに見え、小十郎は室内へと戻った。
(台風が近づいているのか)
出向中の住まいとしてあてがわれたワンルームマンション。その狭いベランダから見上げた空はめまぐるしく変わっていて、嵐がやってくる前だと告げている。
(良佳……)
昔のことを思い出し、小さく笑った。
まだ、小十郎が高校生の頃の話である。
この日も今日みたいに台風が来る直前で、台風は既に雷雲を連れ轟音を響かせていた。
片倉家には、昨日から良佳が預けられていた。綱元を含む茂庭家の全員が、公用や私用で一週間ほど留守だからだ。
学校の判断で放課後の部活動は中止となったため、小十郎は珍しく夕方に家路についた。
「ただいま。……?」
家の中が静かすぎる。時間的に、良佳が既に帰っている頃合いなのに。
(あいつ、この天気の中遊びに行きやがったな)
ちっと舌打ちした。
小学生なら、怖いもの知らずで行動するのは珍しいことではない。それに、良佳は年の割にしっかりしているし、放っておいても問題はないだろう。
ただ、今回の台風の規模は過去最大級と言われているし、仮にも預かっている手前、怪我でもあった日には色々と面倒だ。
およそ学生らしくない理由で腰を上げる。まずは着替えてからにするかと自室に戻った時だった。
「……何だ?」
自室に据え付けられた二段ベッドの上段が不自然に盛り上がっている。しかも、その盛り上がりは、雷が鳴るたびに震えていた。
「ひゃっ」
雷鳴がした途端、塊は小さく悲鳴を上げ、その後すすり泣きを始めた。
「……良佳か?」
階段を上り布団の上から塊に触れれば、びくっと震えた。
「……ひっ、こ、こじゅ、にぃ……?」
「ああ。ただいま」
ゆっくり這い出した良佳の顔は、涙でぐちゃぐちゃだった。
「お、おかっ……、ぴゃあ!!」
再び轟きが聞こえると、奇妙な悲鳴と共に幼い親戚は小十郎に飛びついた。
「お前、雷苦手なのか?」
ガタガタ震える小さな背中を軽く叩いてやれば、何度も首を縦に振った。
「か、かみな、り、キライ……!!あたし、が、うちの子じゃない、って、知った日も、鳴ってた、から……!」
「っ、……そうか」
良佳は、母の浮気相手との間に出来た子だ。今よりもっと幼い時分にこの事実を聞かされたのだが、その時もどうやら雷が鳴っていたらしい。
(つまり、嫌な記憶と雷鳴がリンクしてんだな)
普段、恐ろしいくらい大人びていて、とても小学生とは思えない態度を取るが、こういうところを見るとまだまだ子供なのだと分かって、内心安心した。
「こじゅ兄、手、離さないで、ね……?」
上段に座るや、良佳が小十郎のお腹に引っ付いてきた。片方の手で耳を塞ぎ、もう片方の手は小十郎のそれを握りしめていた。
「怖いなら、両手で耳を塞いだらどうだ?」
良佳はふるふると頭を振った。
「音、怖いけど、離れるの、もっと怖い……」
小十郎ははっとした。
母親が自らの保身のために娘の自分を切り捨てた過去を持つため、良佳は一度握られた手を離されることを酷く嫌うのだ。
「なら、こうするか」
小十郎は空いている方の手で良佳の耳を塞いだ。
「聞こえねえだろ?」
「……こじゅ兄が何言ってるか、分かんない」
「そりゃ良かったな」
良佳はちらと顔を上げ、への字口をした。小十郎が何故笑っているのか分からないらしい。
「気にすんな。鳴り止むまでここにいる。だから、安心しろ」
ぎゅっと手を掴めば、小さな頬が手にすり寄った。
互いの体温と鼓動が心地よい。
そちらに耳を澄ましていれば、いつしか雷鳴は遠のいていた。
再び空を見上げれば、雷鳴が遠くで鳴いている。
「……平気か?」
一人ごちるが、返事があるはずはない。
と、携帯が震えた。
「っ、あいつ……」
開けば、やたらと絡んでくる長髪のポニーテール男からのメールだった。
“今度の日曜、18時に駅前に集合!じゃ、よろしく!”
パチンと二つ折り携帯を畳む。
「日曜、か」
わざわざ配達記録で届けられた卓上のチケットの日付と同日。
送り主は、手を離れた若き主からである。
「……」
もう一度、天を仰ぐ。
くぐもった空模様が何だか自分の気持ちそのものに見え、小十郎は室内へと戻った。