夏・二部
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「良佳ちゃん、おっかえりー」
物思いにふけっていると、隣から明るい声が聞こえた。
ベランダを開ければ、防火扉の向こうから手のひらがひらひら舞っていた。
「ただいま。慶次さんもお帰りなさい」
危ないとの毎回の忠告もむなしく、今日も前田慶次は防火扉の向こう側から顔を出してきた。
良佳の住むこのアパートは、元々大学の女子寮として使われていた。管理は前田教授の夫人であるまつが行っていたのだが、良佳が入院するのと入れ替わりになるように夫妻は大坂大学に赴任し、寮は賃貸経営へと代わった。
管理人代理を任されたのが研究所の先輩である前田慶次で、よって“お隣さん”である慶次とも長い付き合いになる。
「たっだいま♪……あれ、なんか元気ないね。どうしたの?」
「ちょっと。……あ、そうだ。慶次さん、ジャズって興味ありませんか?」
防火扉越しに、送られてきたチケットを見せる。
「あー、俺あいにくこの手の音楽は苦手なんだよね。悪いんだけど、パス」
「そうですか。参ったな、チケット余らせちゃう」
「何、それ絶対行かなきゃいけないライブな訳?」
「ええ。このシンガー、あたしの親戚なんです」
どれどれともう一度チケット見る慶次の顔が驚愕のそれに変わった。
「あ!この子、謙信がプロデュースしたって子だろ!?」
「けんしん?……ああ、そう言えばそんな名前だったような」
「謙信は俺の友達なんだよ」
「そうなんですか?」
謙信に会えるかもしれないならと、行かないと言った舌の根も乾かぬうちにライブに行くと宣言した。
「慶次さん、相変わらず顔が広いんですね。どこにでも友達がいるって言うか」
「お褒め頂き光栄~♪……でもさ、俺と行ったら嫉妬する人いるだろ。いいのかい、あの人には渡さなくて」
“あの人”という言葉に、良佳の肩は小さく震えた。
「……いいんです。多分あっちにも届いてるし、一緒に行く必要はないから」
「けど、片倉さん、良佳ちゃんと一緒に行きたいと思うんだけどな」
慶次がこう言うのには訳がある。
小十郎が、良佳に惚れているというのだ。
「他の男とデートしてるなんて知ったら、いい顔しないと思うよ」
良佳はため息をついた。
「だから、それ自体が慶次さんの勘違いですよ。前にも話しましたけど、大学生の頃にふられてるんですから」
「でもさ、前にも聞いたけど、ちゃんと告ってないんだろ?だったら、振られたかどうかなんて分からないさ。それに、月日ってのは人の気持ちを変えてくもんだよ?赴任した先の職場でばったり再会なんて、運命でしょう!」
どう考えても面白がっているその様に、良佳はチケットをひらひらさせ抵抗した。
「チケット、いるんですか、いらないんですか?」
「ああ、いるいる!いります!」
「なら、この話題は終わりです。てか、慶次さんこそ、さっさと和歌山行ったらどうです?雑賀さんをいつまで待たせる気なんですか」
「え、あ、いや、あの……」
雑賀とは、慶次の恋人で雑賀サヤカという。大学時代に付き合い始めたが、彼女がどうしても和歌山へ帰らねばならず、今は遠距離恋愛を続けているらしい。
元々、慶次は風のようにひとところに落ち着いている質ではないため、結婚という言葉が似合わない男ではあるが、いつかははっきりさせねばというところで足踏みを続けているのだ。
「あ、俺、ちょっと用事思い出した!チケット、有り難く頂戴するよ!じゃ!!」
分が悪くなったところで、慶次は大人しく退散した。
「全く……」
苦笑を漏らすと、空を見上げた。
台風が近付いているせいか、不安定な空模様だ。
(小十郎兄さんがあたしのこと好きとか、そんなことある訳ない……)
ふっと漏らした息は、良佳の心をもっと重くした。
物思いにふけっていると、隣から明るい声が聞こえた。
ベランダを開ければ、防火扉の向こうから手のひらがひらひら舞っていた。
「ただいま。慶次さんもお帰りなさい」
危ないとの毎回の忠告もむなしく、今日も前田慶次は防火扉の向こう側から顔を出してきた。
良佳の住むこのアパートは、元々大学の女子寮として使われていた。管理は前田教授の夫人であるまつが行っていたのだが、良佳が入院するのと入れ替わりになるように夫妻は大坂大学に赴任し、寮は賃貸経営へと代わった。
管理人代理を任されたのが研究所の先輩である前田慶次で、よって“お隣さん”である慶次とも長い付き合いになる。
「たっだいま♪……あれ、なんか元気ないね。どうしたの?」
「ちょっと。……あ、そうだ。慶次さん、ジャズって興味ありませんか?」
防火扉越しに、送られてきたチケットを見せる。
「あー、俺あいにくこの手の音楽は苦手なんだよね。悪いんだけど、パス」
「そうですか。参ったな、チケット余らせちゃう」
「何、それ絶対行かなきゃいけないライブな訳?」
「ええ。このシンガー、あたしの親戚なんです」
どれどれともう一度チケット見る慶次の顔が驚愕のそれに変わった。
「あ!この子、謙信がプロデュースしたって子だろ!?」
「けんしん?……ああ、そう言えばそんな名前だったような」
「謙信は俺の友達なんだよ」
「そうなんですか?」
謙信に会えるかもしれないならと、行かないと言った舌の根も乾かぬうちにライブに行くと宣言した。
「慶次さん、相変わらず顔が広いんですね。どこにでも友達がいるって言うか」
「お褒め頂き光栄~♪……でもさ、俺と行ったら嫉妬する人いるだろ。いいのかい、あの人には渡さなくて」
“あの人”という言葉に、良佳の肩は小さく震えた。
「……いいんです。多分あっちにも届いてるし、一緒に行く必要はないから」
「けど、片倉さん、良佳ちゃんと一緒に行きたいと思うんだけどな」
慶次がこう言うのには訳がある。
小十郎が、良佳に惚れているというのだ。
「他の男とデートしてるなんて知ったら、いい顔しないと思うよ」
良佳はため息をついた。
「だから、それ自体が慶次さんの勘違いですよ。前にも話しましたけど、大学生の頃にふられてるんですから」
「でもさ、前にも聞いたけど、ちゃんと告ってないんだろ?だったら、振られたかどうかなんて分からないさ。それに、月日ってのは人の気持ちを変えてくもんだよ?赴任した先の職場でばったり再会なんて、運命でしょう!」
どう考えても面白がっているその様に、良佳はチケットをひらひらさせ抵抗した。
「チケット、いるんですか、いらないんですか?」
「ああ、いるいる!いります!」
「なら、この話題は終わりです。てか、慶次さんこそ、さっさと和歌山行ったらどうです?雑賀さんをいつまで待たせる気なんですか」
「え、あ、いや、あの……」
雑賀とは、慶次の恋人で雑賀サヤカという。大学時代に付き合い始めたが、彼女がどうしても和歌山へ帰らねばならず、今は遠距離恋愛を続けているらしい。
元々、慶次は風のようにひとところに落ち着いている質ではないため、結婚という言葉が似合わない男ではあるが、いつかははっきりさせねばというところで足踏みを続けているのだ。
「あ、俺、ちょっと用事思い出した!チケット、有り難く頂戴するよ!じゃ!!」
分が悪くなったところで、慶次は大人しく退散した。
「全く……」
苦笑を漏らすと、空を見上げた。
台風が近付いているせいか、不安定な空模様だ。
(小十郎兄さんがあたしのこと好きとか、そんなことある訳ない……)
ふっと漏らした息は、良佳の心をもっと重くした。