4SEASONS-春夏秋冬-
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良佳が金沢に旅立って一週間。
小十郎の心は今もってここにあらずで、上の空な日々が続いていた。
ぽっかりと心に穴が開いたようで力が湧かない。
たかが親戚の人間一人いなくなっただけと、まわりは呆れるだろう。その親戚の人間に、小十郎の心は支えられていた。良佳が生きる縁(よすが)だったと、彼女がいなくなって初めて知った。
(今日は風が強えな)
大学の喫煙所。
煙草の煙が、折からの強風で吐いても自分に返ってくる。
「風害だな」
けだるげに目を向けると、綱元がいた。
「なんだ、大学に用があるなんざ珍しいな」
「良佳が、提出し忘れた書類を出して欲しいと言ってきたのでな。仕事が休みなので、代わりに持参しに来た」
“良佳”の名に肩がひくついたが、顔にはおくびにも出さなかった。
「こんな風の強い日に煙草を吸うなど、喫煙所の意味がないな」
綱元は小十郎の様子に気付かぬふりをし、煙草を咎めた。
「お前も喫煙者だろうが。少なくともこの近辺に害はねえはずだ」
「ある。俺は煙草を止めた」
「お前がか?」
自分以上のヘビースモーカーだった綱元の驚愕なカミングアウトに、目を丸くした。
「ああ、ちょっと思うことがあってな」
「ちょっとたあ何だ」
「お前が知る必要はない」
人を食ったような笑みを浮かべた。
「だったら、喫煙所に近付くんじゃねえ」
苛立ちを声に乗せた。綱元は、小十郎が素でいられる数少ない人物の一人なのだ。
「吸いたくなるので俺もそうしたいんだが、若がいたくご立腹でな」
わざわざ喫煙所にやってきた理由は若、すなわち政宗だった。
「“小十郎は、一体いつまでふぬけヤロウのままでいるつもりだ。いい加減にしねぇと、剣道部に入る約束を反古にすんぞ”、と、伝えて欲しいと言われた」
「……そいつは困ったな」
「困ったなら、さっさと立ち直るんだな。良佳も若も、自分の道を模索している。お前だけ、ここに留まるつもりか?」
ぐうの音も出なかった。
「じゃあ、いい加減その湿気た面をさらすのはやめるんだな」
校舎のガラス窓に映った自分の顔を見た。確かに、覇気のない面構えをしている。
「俺の煙草だがな」
綱元が口を開いた。
「いわゆる好きなもの断ちだ。願掛けのためのな」
「願掛け?」
リアリストな綱元の、意外な理由だった。
「きっかけは若だ。“まわりにある手をわざと振り切って金沢に行ったどっかのバカが、早くまわりに気付くよう剣道部に入ってインカレ制覇してやる”と、部活動に願掛けをなさったのでな。俺も便乗しようと思った」
「それで煙草断ちか。思い切ったな」
「それくらいでないと良佳の幸せは得られん。あいつは、幸せを自ら拒む癖があるからな」
ちらり小十郎を見た。その視線に気付き、小十郎は眉を潜めた。
「……俺じゃ、良佳を幸せに出来ねえ」
「そうだな。“今”のお前に、“今”の良佳を幸せには出来ない。だが、幸いなことに俺たちは人間だ。時が解決したり、和らげたりする方法を見出だせる生き物だ」
「っ……」
「時が経てば、あるいは互いを冷静に見られるようになるかもしれん」
「言葉に重みがあるな。身に覚えでもあるのか?」
「さあな」
また、人を食ったような笑みを浮かべた。
「小十郎、良佳が旅立ったのは自分のせいだと思わなくていい。あれは、答えを怖がってお前から逃げただけだ。だから、あいつを嫌いになってもいいんだぞ」
「……願掛けは、内容を話したら終わりじゃなかったか」
問いには答えずこう返すと、そうだったなと、綱元は特に困った風でもなく笑った。
「嫌いになってもいい、か……」
学生課へ向かう綱元を見送り、呟いた。
良佳のせいで、ここ一週間散々だった。睡眠不足が続いているせいで頭の動きが鈍く、イージーミスが多くて仕事で何度も失敗した。
迷惑をかけられたのは、今回だけじゃない。思えば昔から手がかかるタイプだったし、しっかりしているようで常に構って欲しがりだったし、鬱陶しいと思ったことも腹が立ったこともあった。
それでも、良佳を嫌いになる理由は見当たらなかった。
(……良佳も、こんな気持ちなんだろうか)
大嫌いと、小十郎に面と向かって言えばすっきりするのに、言わないまま去ったのは言えない理由があるからだろうか。
(そうだろうか。そうであって欲しいな。……いや)
持っていた煙草を吸い殻入れに押し付けた。
「そうだってことにしてみせる」
ポケットにある煙草。開けたばかりだったが、丸々くず入れに投げ捨てた。
「今は大嫌いで構わねえ。だが、明日の答えはお前が言えずにいた方を引き出してみせる」
肺の奥から息を吐き出す。煙草の匂いがする。再会する頃にはきっと消えているだろう。
「このまま終わってなんかやらねえ。昔みてえに、また明日って言えるよう俺がお前を迎えに行く。だから待ってろ、良佳」
小十郎はこの日、生まれて初めて願掛けをした。
小十郎の心は今もってここにあらずで、上の空な日々が続いていた。
ぽっかりと心に穴が開いたようで力が湧かない。
たかが親戚の人間一人いなくなっただけと、まわりは呆れるだろう。その親戚の人間に、小十郎の心は支えられていた。良佳が生きる縁(よすが)だったと、彼女がいなくなって初めて知った。
(今日は風が強えな)
大学の喫煙所。
煙草の煙が、折からの強風で吐いても自分に返ってくる。
「風害だな」
けだるげに目を向けると、綱元がいた。
「なんだ、大学に用があるなんざ珍しいな」
「良佳が、提出し忘れた書類を出して欲しいと言ってきたのでな。仕事が休みなので、代わりに持参しに来た」
“良佳”の名に肩がひくついたが、顔にはおくびにも出さなかった。
「こんな風の強い日に煙草を吸うなど、喫煙所の意味がないな」
綱元は小十郎の様子に気付かぬふりをし、煙草を咎めた。
「お前も喫煙者だろうが。少なくともこの近辺に害はねえはずだ」
「ある。俺は煙草を止めた」
「お前がか?」
自分以上のヘビースモーカーだった綱元の驚愕なカミングアウトに、目を丸くした。
「ああ、ちょっと思うことがあってな」
「ちょっとたあ何だ」
「お前が知る必要はない」
人を食ったような笑みを浮かべた。
「だったら、喫煙所に近付くんじゃねえ」
苛立ちを声に乗せた。綱元は、小十郎が素でいられる数少ない人物の一人なのだ。
「吸いたくなるので俺もそうしたいんだが、若がいたくご立腹でな」
わざわざ喫煙所にやってきた理由は若、すなわち政宗だった。
「“小十郎は、一体いつまでふぬけヤロウのままでいるつもりだ。いい加減にしねぇと、剣道部に入る約束を反古にすんぞ”、と、伝えて欲しいと言われた」
「……そいつは困ったな」
「困ったなら、さっさと立ち直るんだな。良佳も若も、自分の道を模索している。お前だけ、ここに留まるつもりか?」
ぐうの音も出なかった。
「じゃあ、いい加減その湿気た面をさらすのはやめるんだな」
校舎のガラス窓に映った自分の顔を見た。確かに、覇気のない面構えをしている。
「俺の煙草だがな」
綱元が口を開いた。
「いわゆる好きなもの断ちだ。願掛けのためのな」
「願掛け?」
リアリストな綱元の、意外な理由だった。
「きっかけは若だ。“まわりにある手をわざと振り切って金沢に行ったどっかのバカが、早くまわりに気付くよう剣道部に入ってインカレ制覇してやる”と、部活動に願掛けをなさったのでな。俺も便乗しようと思った」
「それで煙草断ちか。思い切ったな」
「それくらいでないと良佳の幸せは得られん。あいつは、幸せを自ら拒む癖があるからな」
ちらり小十郎を見た。その視線に気付き、小十郎は眉を潜めた。
「……俺じゃ、良佳を幸せに出来ねえ」
「そうだな。“今”のお前に、“今”の良佳を幸せには出来ない。だが、幸いなことに俺たちは人間だ。時が解決したり、和らげたりする方法を見出だせる生き物だ」
「っ……」
「時が経てば、あるいは互いを冷静に見られるようになるかもしれん」
「言葉に重みがあるな。身に覚えでもあるのか?」
「さあな」
また、人を食ったような笑みを浮かべた。
「小十郎、良佳が旅立ったのは自分のせいだと思わなくていい。あれは、答えを怖がってお前から逃げただけだ。だから、あいつを嫌いになってもいいんだぞ」
「……願掛けは、内容を話したら終わりじゃなかったか」
問いには答えずこう返すと、そうだったなと、綱元は特に困った風でもなく笑った。
「嫌いになってもいい、か……」
学生課へ向かう綱元を見送り、呟いた。
良佳のせいで、ここ一週間散々だった。睡眠不足が続いているせいで頭の動きが鈍く、イージーミスが多くて仕事で何度も失敗した。
迷惑をかけられたのは、今回だけじゃない。思えば昔から手がかかるタイプだったし、しっかりしているようで常に構って欲しがりだったし、鬱陶しいと思ったことも腹が立ったこともあった。
それでも、良佳を嫌いになる理由は見当たらなかった。
(……良佳も、こんな気持ちなんだろうか)
大嫌いと、小十郎に面と向かって言えばすっきりするのに、言わないまま去ったのは言えない理由があるからだろうか。
(そうだろうか。そうであって欲しいな。……いや)
持っていた煙草を吸い殻入れに押し付けた。
「そうだってことにしてみせる」
ポケットにある煙草。開けたばかりだったが、丸々くず入れに投げ捨てた。
「今は大嫌いで構わねえ。だが、明日の答えはお前が言えずにいた方を引き出してみせる」
肺の奥から息を吐き出す。煙草の匂いがする。再会する頃にはきっと消えているだろう。
「このまま終わってなんかやらねえ。昔みてえに、また明日って言えるよう俺がお前を迎えに行く。だから待ってろ、良佳」
小十郎はこの日、生まれて初めて願掛けをした。