冬・一部
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3月。
奥州大の卒業式が行われる日、良佳は一人きりで式に向かっていた。
両親は、ついてくる気配はない。ついて来ると言われても困るところだったので、ちょうど良かったと身軽に出かけると。
「よう、Congratulation」
家の外で政宗が待ち伏せしていて、そう言うや大きな花束を渡してきた。
「うわ、でっか。ありがと、政宗」
花束を受け取るも、珍しく所在なげな表情がそこにあった。
「何かあった?」
「いや……」
明らかに何かあったという表情だが、式まで時間がないのでせっかくの花がしおれるのは勿体無いと玄関に戻った。たまたま母が出てきたので、政宗からもらったと言って花束を押し付けると名を呼ばれた。
「良佳、卒業おめでとう。出発、明日だったわよね。……いつでも帰ってくるのよ?」
それが母の心からの言葉だと分かっていたが、返事をすることが出来ず代わりに急いで踵を返した。
「本当に、加賀大院に行くのか」
リムジンで送ると言い張る政宗に乗せられ、最後の通学を豪華車にかっさらわれてたと膨れているとこう切り出された。
「うん。後期試験の枠に何とか合格出来たから」
「……そうか」
いつもなら、確実に奥州大院に行かない理由を言えと食って掛かってくるところだ。
らしくない態度に眉根を潜めたが、いつもと様子が違うと訊ねたところではぐらかすのが常だ。へそ曲がりにもほどがあると思ったが、今は政宗へ自分の気持ちを伝えるのが先だと思った。彼と会えるのはきっとこれが最後で、つけておきたいけじめの一つが彼との関係だったからだ。
「政宗、今までありがとね。金沢行ったら、多分こっちには帰らない。……それと、一生かかってもあんたの気持ちには応えられない」
「……そうか」
一瞬、政宗は俯いた。
「ま、んなこたぁ最初っから分かってたぜ。分かってて、お前に惚れたんだ」
いつだって勝気で、時には傲慢で、でも人を惹きつけてやまない政宗が良佳は好きだった。けれど、その“好き”は異性に向けるそれにはならなかった。
心に住むあの男を忘れられない限り、良佳にとっては誰が相手でも同じなのだ。
「脈のねぇオンナ追っかけても時間のムダだからな。卒業のはなむけに、お前を自由にしてやるよ」
「何それ? 今までも、あたしは自由だったっつーの」
「確かにな。4年間freeだったもんな」
「敢えてフリーを選んだの。意に沿わない人と付き合ったって意味ないもん」
「モテねぇだけだろ? 言葉ってのは便利だよな」
言い合えば、必ずどちらも引かなくて。
相変わらずのお互いに、二人は顔を見合わせ笑った。
「……元気でやれよ。たまには帰って来い。一緒に飲もうぜ」
「うん。楽しみにしてる」
小さな頃からずっと続いてきた、心地よくて時に切ない関係は今日で区切りを迎える。それは、同時にそれぞれの恋が終わりを告げ、また新たに始まることも意味していた。
門から少し離れた場所で下ろされると、そこに見知った姿があった。
「さっち!」
「良佳、久しぶり」
相変わらず、春のような朗らかな笑みだった。
「感謝しろよ。お前に会いたいっつってたから、tight scheduleを調整して連れて来てやったんだ」
「連れて来たって……」
どういうことだと訊ねるより先に、紗智はあるものを見せてくれた。
「これ……、さっちが表紙のCD?」
「私ね、ここのレーベルからジャズシンガーとしてデビューするの。て言っても、デビュー先はアメリカなんだけどね」
紗智は、音信不通の間に謙信の立ち上げた新レーベルからデビューを果たしたのだ。
まずアメリカでデビューし、その後日本で再デビューする予定らしい。アメリカに活動拠点を移すため、春には大学を中退して渡米するのだと言う。
「ごめんね、ずっと連絡絶ってて。このデビュー計画、伊達の人に知られる訳にいかない極秘事項だったから、外部との連絡を一切絶ってたの」
紗智は幾分かふっくらし、顔の色艶も格段に良くなっている。何より、雰囲気が朗らかになった。
今までの彼女は、何か重いものをその朗らかさの下に押さえつけていた節がある。そう、まるで小十郎と同じように。
だから、彼女を良く知る人間は、彼女がその何かに潰されやしないか不安に駆られることがあった。
その不安が何かしらの要因で外れたのだろう、彼女本来の輝きが見て取れるほど見違えて、眩しいほどだった。
「成ちゃんに聞いても理由言わなかったから、きっと事情があるんだろうなって思ってたし気にしてないよ。元気そうで良かった」
「……うん、ありがと」
付き合いが長い分、態度や言動から違和感や心に積もったものがあることにお互い気付いていたが、互いへの後ろめたさと一抹の寂しさからしばらく共に沈黙した。
奥州大の卒業式が行われる日、良佳は一人きりで式に向かっていた。
両親は、ついてくる気配はない。ついて来ると言われても困るところだったので、ちょうど良かったと身軽に出かけると。
「よう、Congratulation」
家の外で政宗が待ち伏せしていて、そう言うや大きな花束を渡してきた。
「うわ、でっか。ありがと、政宗」
花束を受け取るも、珍しく所在なげな表情がそこにあった。
「何かあった?」
「いや……」
明らかに何かあったという表情だが、式まで時間がないのでせっかくの花がしおれるのは勿体無いと玄関に戻った。たまたま母が出てきたので、政宗からもらったと言って花束を押し付けると名を呼ばれた。
「良佳、卒業おめでとう。出発、明日だったわよね。……いつでも帰ってくるのよ?」
それが母の心からの言葉だと分かっていたが、返事をすることが出来ず代わりに急いで踵を返した。
「本当に、加賀大院に行くのか」
リムジンで送ると言い張る政宗に乗せられ、最後の通学を豪華車にかっさらわれてたと膨れているとこう切り出された。
「うん。後期試験の枠に何とか合格出来たから」
「……そうか」
いつもなら、確実に奥州大院に行かない理由を言えと食って掛かってくるところだ。
らしくない態度に眉根を潜めたが、いつもと様子が違うと訊ねたところではぐらかすのが常だ。へそ曲がりにもほどがあると思ったが、今は政宗へ自分の気持ちを伝えるのが先だと思った。彼と会えるのはきっとこれが最後で、つけておきたいけじめの一つが彼との関係だったからだ。
「政宗、今までありがとね。金沢行ったら、多分こっちには帰らない。……それと、一生かかってもあんたの気持ちには応えられない」
「……そうか」
一瞬、政宗は俯いた。
「ま、んなこたぁ最初っから分かってたぜ。分かってて、お前に惚れたんだ」
いつだって勝気で、時には傲慢で、でも人を惹きつけてやまない政宗が良佳は好きだった。けれど、その“好き”は異性に向けるそれにはならなかった。
心に住むあの男を忘れられない限り、良佳にとっては誰が相手でも同じなのだ。
「脈のねぇオンナ追っかけても時間のムダだからな。卒業のはなむけに、お前を自由にしてやるよ」
「何それ? 今までも、あたしは自由だったっつーの」
「確かにな。4年間freeだったもんな」
「敢えてフリーを選んだの。意に沿わない人と付き合ったって意味ないもん」
「モテねぇだけだろ? 言葉ってのは便利だよな」
言い合えば、必ずどちらも引かなくて。
相変わらずのお互いに、二人は顔を見合わせ笑った。
「……元気でやれよ。たまには帰って来い。一緒に飲もうぜ」
「うん。楽しみにしてる」
小さな頃からずっと続いてきた、心地よくて時に切ない関係は今日で区切りを迎える。それは、同時にそれぞれの恋が終わりを告げ、また新たに始まることも意味していた。
門から少し離れた場所で下ろされると、そこに見知った姿があった。
「さっち!」
「良佳、久しぶり」
相変わらず、春のような朗らかな笑みだった。
「感謝しろよ。お前に会いたいっつってたから、tight scheduleを調整して連れて来てやったんだ」
「連れて来たって……」
どういうことだと訊ねるより先に、紗智はあるものを見せてくれた。
「これ……、さっちが表紙のCD?」
「私ね、ここのレーベルからジャズシンガーとしてデビューするの。て言っても、デビュー先はアメリカなんだけどね」
紗智は、音信不通の間に謙信の立ち上げた新レーベルからデビューを果たしたのだ。
まずアメリカでデビューし、その後日本で再デビューする予定らしい。アメリカに活動拠点を移すため、春には大学を中退して渡米するのだと言う。
「ごめんね、ずっと連絡絶ってて。このデビュー計画、伊達の人に知られる訳にいかない極秘事項だったから、外部との連絡を一切絶ってたの」
紗智は幾分かふっくらし、顔の色艶も格段に良くなっている。何より、雰囲気が朗らかになった。
今までの彼女は、何か重いものをその朗らかさの下に押さえつけていた節がある。そう、まるで小十郎と同じように。
だから、彼女を良く知る人間は、彼女がその何かに潰されやしないか不安に駆られることがあった。
その不安が何かしらの要因で外れたのだろう、彼女本来の輝きが見て取れるほど見違えて、眩しいほどだった。
「成ちゃんに聞いても理由言わなかったから、きっと事情があるんだろうなって思ってたし気にしてないよ。元気そうで良かった」
「……うん、ありがと」
付き合いが長い分、態度や言動から違和感や心に積もったものがあることにお互い気付いていたが、互いへの後ろめたさと一抹の寂しさからしばらく共に沈黙した。