冬・一部
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教務部職員の手前、親戚であるからという理由だけで声をかけるのはおかしいと黙って横を過ぎた時、耳を疑う言葉が聞こえた。
「……院、本当に行かないの? 教授たち、残念がってるよ」
院に行かないとはどういうことか。奥州大院の試験は無事パスしたはずだ。
「そう言って頂けるのは嬉しいんですけど、研究の方向性を考えたら加賀大院の方が合ってる気がするんです」
普段ならコンタクトなのに、珍しくメガネ姿である。
良佳を見つめていると、視線に気付いてこちらを見返した。だが、何か様子がおかしかった。目が合った瞬間、まるで怯えるように体を震わせたのだ。
話を無理矢理切り上げ、逃げるように教務部を後にする彼女を追うより先に対応した職員に話を聞けば、入院手続き締め切りが近いにも関わらず一向に提出されないそれに疑問を抱き呼び出したところ、別の院への進学を考えているとの返答だったらしい。
迂闊だった。
全く連絡が取れない紗智の居所を探ることに集中していて、良佳のことまで気が回らなかった。と言うより、よもや彼女が別の院を受験するつもりでいるなど思いもしなかったという方が正しい。
急いで教務部を出たが良佳の姿があるはずもなく、人気のないところで携帯を取り出した。コールするものの電話に出る気配はなく、毎度おなじみの不携帯かと舌打ちした。
仕方なく、綱元の携帯に電話した。彼は平日休みの仕事で、確か今日がその日だったから電話に出てくれるはずだ。
むしろ、半ば出て欲しいと思っていると、ものの数回で綱元が出た。
「良佳が奥州大院に行かないってのは本当か?」
『何だ、やぶから棒に』
「いいから答えろ」
苛立ちを声に乗せると、電話口で綱元のため息が聞こえた。
『ああ、本当だ』
「何で俺に知らせねえ?」
『知らせねばならん義務があるのか?』
そう返され、言葉に詰まった。
試験対策に付き合ったとは言え、元々面倒を見ると言い出したのは自分だ。それに、良佳と自分の研究は全く違う内容で、良佳が院に進まなくても小十郎には何ら差し支えはない。
なのに、何故こうも自分は苛付いているのか。分からず戸惑っていると、綱元は忙しいからと電話を切ってしまった。
茫然としている暇はない。後期試験で色々やらねばならぬことがある。研究棟に急ぎ戻れば、ドアの前に見知った顔が立っていた。
「よぉ」
「政宗さま」
思えば、政宗と顔を合わすのも正月にあった伊達一門の会合以来だと思った。政宗は、ここ最近ずっと東京の支社へ出向していることが多く、自分のお目付け役としての役目が終わりつつあることを感じていた。
「面白ぇニュースを持ってきたぜ」
「どんな内容なんですか?」
味にうるさい若い主のために購入したデロンギのコーヒーを差し出す。政宗は、それに口をつけずこう言った。
「紗智の居所だ」
「紗智さまの居所の、どこか面白いのですか?」
「知りたくてしょうがねぇってツラしてるぜ。居所、ずっと探してたんだろ?」
明らかに面白がっている主に、素直に答えた方が早く話が進むと判断し知りたいと答えると、政宗はニヤリと笑った。
「あいつは今東京にいる。理由は以前お前にも話した例の計画のためだ。そいつが表沙汰になるまで紗智はこっちに帰ってこねぇ、you see?」
「……は」
「悪いが、お前でもこれ以上のことは話せねぇ。あいつなら、変わりねぇから心配すんな。分かったな?」
『分かったな』には、“居場所も含め詮索するな”という命令が含まれている。伊達家に恩がある小十郎にとって、宗家継嗣の政宗の命は絶対だ。どんなに願っても、命令の前には絶対服従を小十郎は己に課している。
承諾の意を告げれば、政宗は初めてコーヒーに口をつけた。
「ところで、最近良佳のヤツに連絡がつかねぇんだが、何か知ってるか?」
「いえ、存じておりませぬ」
元々束縛を嫌う質なので連絡がつきづらい人物ではあるが、秋以降姿はおろか気配すら感じられない。自宅を訪ねたり自宅に電話されるのを最も嫌っているので、大学で会わなければほぼ珍獣レベルの逢瀬率である。
「ただ、先ほど知ったのですが、良佳はここの院への進学を取りやめたそうです」
「What!?無事合格したって言ってたじゃねぇか!」
「は。ですが、聞いた話によると、研究内容の相違から加賀大院への進学を希望していると……」
「お前、何でそれを止めねぇ?」
独眼に咎められれば、自分にそれをする権利はないとしか言えなかった。
「……院、本当に行かないの? 教授たち、残念がってるよ」
院に行かないとはどういうことか。奥州大院の試験は無事パスしたはずだ。
「そう言って頂けるのは嬉しいんですけど、研究の方向性を考えたら加賀大院の方が合ってる気がするんです」
普段ならコンタクトなのに、珍しくメガネ姿である。
良佳を見つめていると、視線に気付いてこちらを見返した。だが、何か様子がおかしかった。目が合った瞬間、まるで怯えるように体を震わせたのだ。
話を無理矢理切り上げ、逃げるように教務部を後にする彼女を追うより先に対応した職員に話を聞けば、入院手続き締め切りが近いにも関わらず一向に提出されないそれに疑問を抱き呼び出したところ、別の院への進学を考えているとの返答だったらしい。
迂闊だった。
全く連絡が取れない紗智の居所を探ることに集中していて、良佳のことまで気が回らなかった。と言うより、よもや彼女が別の院を受験するつもりでいるなど思いもしなかったという方が正しい。
急いで教務部を出たが良佳の姿があるはずもなく、人気のないところで携帯を取り出した。コールするものの電話に出る気配はなく、毎度おなじみの不携帯かと舌打ちした。
仕方なく、綱元の携帯に電話した。彼は平日休みの仕事で、確か今日がその日だったから電話に出てくれるはずだ。
むしろ、半ば出て欲しいと思っていると、ものの数回で綱元が出た。
「良佳が奥州大院に行かないってのは本当か?」
『何だ、やぶから棒に』
「いいから答えろ」
苛立ちを声に乗せると、電話口で綱元のため息が聞こえた。
『ああ、本当だ』
「何で俺に知らせねえ?」
『知らせねばならん義務があるのか?』
そう返され、言葉に詰まった。
試験対策に付き合ったとは言え、元々面倒を見ると言い出したのは自分だ。それに、良佳と自分の研究は全く違う内容で、良佳が院に進まなくても小十郎には何ら差し支えはない。
なのに、何故こうも自分は苛付いているのか。分からず戸惑っていると、綱元は忙しいからと電話を切ってしまった。
茫然としている暇はない。後期試験で色々やらねばならぬことがある。研究棟に急ぎ戻れば、ドアの前に見知った顔が立っていた。
「よぉ」
「政宗さま」
思えば、政宗と顔を合わすのも正月にあった伊達一門の会合以来だと思った。政宗は、ここ最近ずっと東京の支社へ出向していることが多く、自分のお目付け役としての役目が終わりつつあることを感じていた。
「面白ぇニュースを持ってきたぜ」
「どんな内容なんですか?」
味にうるさい若い主のために購入したデロンギのコーヒーを差し出す。政宗は、それに口をつけずこう言った。
「紗智の居所だ」
「紗智さまの居所の、どこか面白いのですか?」
「知りたくてしょうがねぇってツラしてるぜ。居所、ずっと探してたんだろ?」
明らかに面白がっている主に、素直に答えた方が早く話が進むと判断し知りたいと答えると、政宗はニヤリと笑った。
「あいつは今東京にいる。理由は以前お前にも話した例の計画のためだ。そいつが表沙汰になるまで紗智はこっちに帰ってこねぇ、you see?」
「……は」
「悪いが、お前でもこれ以上のことは話せねぇ。あいつなら、変わりねぇから心配すんな。分かったな?」
『分かったな』には、“居場所も含め詮索するな”という命令が含まれている。伊達家に恩がある小十郎にとって、宗家継嗣の政宗の命は絶対だ。どんなに願っても、命令の前には絶対服従を小十郎は己に課している。
承諾の意を告げれば、政宗は初めてコーヒーに口をつけた。
「ところで、最近良佳のヤツに連絡がつかねぇんだが、何か知ってるか?」
「いえ、存じておりませぬ」
元々束縛を嫌う質なので連絡がつきづらい人物ではあるが、秋以降姿はおろか気配すら感じられない。自宅を訪ねたり自宅に電話されるのを最も嫌っているので、大学で会わなければほぼ珍獣レベルの逢瀬率である。
「ただ、先ほど知ったのですが、良佳はここの院への進学を取りやめたそうです」
「What!?無事合格したって言ってたじゃねぇか!」
「は。ですが、聞いた話によると、研究内容の相違から加賀大院への進学を希望していると……」
「お前、何でそれを止めねぇ?」
独眼に咎められれば、自分にそれをする権利はないとしか言えなかった。