冬・一部
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
冬。
派手な音を立て茶碗を割った。
「大丈夫か、良佳?」
義兄の綱元がすぐに破片を片付けてくれた。
「ごめん、ツナ兄。後やるから」
「お前は座っていろ。ここ最近、ろくに寝てないのだろう? くまが酷いぞ」
メガネをかけてごまかしているが、良佳の目の下にあるくまはそれでも隠しきれないほど黒く、ノーメイクではどうしても悪目立ちしている。
「後で番茶を煎れて持っていくから、部屋で横になっていろ」
無言で頷くと、自室に戻り畳の上に敷いた絨毯に寝転がった。
母親は、遅い正月休暇を取った父と海外に出かけている。留守で良かったと思う。日頃無関心なくせに、体調や機嫌が悪かったりするとやたらと干渉してくる。まるで、
「本当はあなたのことを見てるのよ」
と、態度で示そうとしているようで、今日のようなことを母の前でやった日には過干渉の嵐の幕開けだったろう。そんな母が、良佳は嫌いだった。
連日、3、4時間しか眠れていない。それなのに、横になってもちっとも眠気が来ない。
原因は、分かりきっている。秋、小十郎が車の中で紗智を押し倒すのを偶然見てしまったからだ。
あの日、たまたま紗智の家におすそ分けの果実を持っていく道中で見てしまい、思わず果実を落としてしまった。拾わねばと思う反面、何か行動を起こせば小十郎に見つかるのではと慌てて電柱に隠れたところを帰宅途中の成実に声をかけられ、飛び上がったのを今でも覚えている。
成実は、良佳のただならぬ雰囲気を察し、果実は自分が落としたことにするからと何も聞かず持って帰ってくれたのはありがたかった。
あの日以来、小十郎とは会っていない。院の博士課程試験が終了したし、卒論もゼミ担当の南部に見て貰っているため特段会う必要がないからだが、会いたくないというのが本当だった。
同じ理由で、紗智のことも避けていた。最も、彼女も忙しいのかあれだけ頻繁に来ていたメールさえ来なくなった。何より、亘理の家にいないようなのだが、それを成実に問うてもはぐらかされてしまうだけなので、もう関わらないことに決めていた。
「入るぞ。ほら、お前の好きな喜久福だ」
「ありがと、ツナ兄。後でもらう」
丸いこたつテーブルに置かれたお茶と喜久福には手をつけず、義兄妹は無言のまま座っている。いつも通りの風景だが、今の良佳には耐えられなくて早々に口を開いた。
「ツナ兄、院のことなんだけどさ。やっぱり加賀大院の後期二次試験受ける。奥州大の院には行かない」
「そうか」
受かったのに勿体無いだろうとか、奥州大院を蹴る理由は何なのだと聞かないのがこの兄の最大の美徳だ。
「一緒に住もう計画、頓挫しちゃうね。ゴメン」
「そんなことは気にするな。ほら、茶が冷めるぞ。お前が食わないなら、俺が喜久福食うぞ」
甘いものが嫌いな彼が冗談を言えば、ようやく義妹の口元に笑みがこぼれた。
「一月往ぬる、二月逃げる、三月去る」とはよく言ったものだと、小十郎は教務部近くを通りながら思った。この間元旦を迎えた気がするのに、暦はもう1月下旬である。
この時期になると、教務部前はいつも以上に学生たちでごった返す。数日後に始まる後期試験の時間割が、教務部前の掲示板に貼り出されているからだ。
教務部へ入ろうとした時、中に見知った後ろ姿を発見した。
(良佳……)
農学部キャンパスで何度か姿は見ているが、これほど間近で見るのは随分と久々な気がする。直接話したのは、夏が最後だったかもしれない。
キャンパス内では、院の試験対策でしか接してこなかったことに今更気付いた。卒論は南部教授のテリトリーだし、用もないのに研究棟に来るなと言ったのは自分だから時間が空くのは当たり前なのだが、それにしても会わなさすぎる気がした。
派手な音を立て茶碗を割った。
「大丈夫か、良佳?」
義兄の綱元がすぐに破片を片付けてくれた。
「ごめん、ツナ兄。後やるから」
「お前は座っていろ。ここ最近、ろくに寝てないのだろう? くまが酷いぞ」
メガネをかけてごまかしているが、良佳の目の下にあるくまはそれでも隠しきれないほど黒く、ノーメイクではどうしても悪目立ちしている。
「後で番茶を煎れて持っていくから、部屋で横になっていろ」
無言で頷くと、自室に戻り畳の上に敷いた絨毯に寝転がった。
母親は、遅い正月休暇を取った父と海外に出かけている。留守で良かったと思う。日頃無関心なくせに、体調や機嫌が悪かったりするとやたらと干渉してくる。まるで、
「本当はあなたのことを見てるのよ」
と、態度で示そうとしているようで、今日のようなことを母の前でやった日には過干渉の嵐の幕開けだったろう。そんな母が、良佳は嫌いだった。
連日、3、4時間しか眠れていない。それなのに、横になってもちっとも眠気が来ない。
原因は、分かりきっている。秋、小十郎が車の中で紗智を押し倒すのを偶然見てしまったからだ。
あの日、たまたま紗智の家におすそ分けの果実を持っていく道中で見てしまい、思わず果実を落としてしまった。拾わねばと思う反面、何か行動を起こせば小十郎に見つかるのではと慌てて電柱に隠れたところを帰宅途中の成実に声をかけられ、飛び上がったのを今でも覚えている。
成実は、良佳のただならぬ雰囲気を察し、果実は自分が落としたことにするからと何も聞かず持って帰ってくれたのはありがたかった。
あの日以来、小十郎とは会っていない。院の博士課程試験が終了したし、卒論もゼミ担当の南部に見て貰っているため特段会う必要がないからだが、会いたくないというのが本当だった。
同じ理由で、紗智のことも避けていた。最も、彼女も忙しいのかあれだけ頻繁に来ていたメールさえ来なくなった。何より、亘理の家にいないようなのだが、それを成実に問うてもはぐらかされてしまうだけなので、もう関わらないことに決めていた。
「入るぞ。ほら、お前の好きな喜久福だ」
「ありがと、ツナ兄。後でもらう」
丸いこたつテーブルに置かれたお茶と喜久福には手をつけず、義兄妹は無言のまま座っている。いつも通りの風景だが、今の良佳には耐えられなくて早々に口を開いた。
「ツナ兄、院のことなんだけどさ。やっぱり加賀大院の後期二次試験受ける。奥州大の院には行かない」
「そうか」
受かったのに勿体無いだろうとか、奥州大院を蹴る理由は何なのだと聞かないのがこの兄の最大の美徳だ。
「一緒に住もう計画、頓挫しちゃうね。ゴメン」
「そんなことは気にするな。ほら、茶が冷めるぞ。お前が食わないなら、俺が喜久福食うぞ」
甘いものが嫌いな彼が冗談を言えば、ようやく義妹の口元に笑みがこぼれた。
「一月往ぬる、二月逃げる、三月去る」とはよく言ったものだと、小十郎は教務部近くを通りながら思った。この間元旦を迎えた気がするのに、暦はもう1月下旬である。
この時期になると、教務部前はいつも以上に学生たちでごった返す。数日後に始まる後期試験の時間割が、教務部前の掲示板に貼り出されているからだ。
教務部へ入ろうとした時、中に見知った後ろ姿を発見した。
(良佳……)
農学部キャンパスで何度か姿は見ているが、これほど間近で見るのは随分と久々な気がする。直接話したのは、夏が最後だったかもしれない。
キャンパス内では、院の試験対策でしか接してこなかったことに今更気付いた。卒論は南部教授のテリトリーだし、用もないのに研究棟に来るなと言ったのは自分だから時間が空くのは当たり前なのだが、それにしても会わなさすぎる気がした。