秋・一部
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次に気が付いた時、日が翳り始めていた。
「気が付かれましたか?」
デスクで書類の整理をしていた小十郎が、部屋の電気をつけてくれた。
「今、何時……?」
「もう少しで六時です。そろそろお帰りにならねばまずいのではありませんか?」
紗智の門限は午後七時。その三十分後、家族揃っての夕食が始まるため、この時間に設定されているのだ。
「大学生なのに、こんな早い門限はないわよね」
だが、それを破る気のない自分が一番腹立たしい。紗智は自嘲した。
「ご自宅までお送りします。立てますか?」
差し出された手を、何故かこの日は素直に握り返した。
研究棟に隣接する駐車場は、後夜祭が始まったキャンパスとは真反対に位置するため、研究棟と同じく人気がない。
秋風に身を任せていると、駐車場から見下ろせる位置にある野球場の照明塔に灯がともるのが目に入った。今日はそこで花火が打ち上げられるのだ。広いグラウンドにたくさんの人が出入りしているのが見え、祭が終わるのだと急に実感した。
「学園祭も終わるのね」
「そうですね。……あまり風に当たられるとお体にさわります。狭いですが、どうぞ」
そう言って後部座席のドアを開けた車は、謙遜とはほど遠い車内を誇る国産車であった。
「片倉って、どうして意味のない謙遜をするの? イラつくんだけど」
「お気に触ったのなら申し訳ありません。ですが、紗智さまが普段乗車されてらっしゃるお車とは比べ物になりませんから」
「そりゃ、うちの車は外車だけど……。私、あの車には乗らないの。今の運転手と相性が良くないから」
つまり、運転が荒っぽくて車酔いするということだ。
「お車酔いなさらないよう、留意します」
発言の真意を汲み取り、小十郎は後部席に乗るよう促してきた。紗智は自分で助手席のドアを開け乗り込んだ。
「勘違いしないで。前の方が酔わないからよ」
驚く小十郎に、紗智は前を向いたまま答えた。
「どのような理由でも構いません。隣に乗って下さるなど、生涯叶わぬことと思っておりました」
今まで見たことのない優しい笑みを返され、気恥ずかしさから横を向いた。心臓が跳ねたと悟られたくなかったからだ。
車はその後、渋滞に巻き込まれることなく亘理家付近に到着した。門限まで、四十分ほど余裕があった。
「片倉、私、豊臣グループの人と婚約が決まったわ」
紗智のドアを開けに行こうとして、ふいに告げられた。
「……そうですか。それで、どうされるおつもりですか?」
「分かんない。聞いてるでしょ、政宗くんが私をピアニストにするつもりなの」
「ええ」
そう言って、小十郎はシガーライターで煙草に火をつけた。紗智も吸いたかったが目の前が家なので自重した。
「なんか、最近どうでもいいの。いつも、なるようにしかならないし。だから、成り行きに任せてみるわ。それも、案外面白いかもしれないし」
「……そうやって、ご自分の気持ちを封じるおつもりですか?」
「足掻いても、何もできないのよ。亘理の飼い犬なんだから、私は」
「……なら、ここで何をされても足掻かない。そう判断しても良いのですね?」
小十郎が何を言っているのか理解しないうちにキスされた。抵抗せねばと考える暇もないほどに深く口を塞がれ、次の瞬間にはシートを倒された。
「成り行きに任せるのでしょう? それが嫌なら、全てに抵抗して下さい。でなければ、この小十郎の気が済みません」
紗智は、小十郎を押し返すとシートベルトを外し車外へ逃れ、そのまま自宅へと駆けていった。
「……諦めないで下さい、紗智さま。まだ若い貴女には、多くの道がある」
嘆願にも似た呟きは、暮れ行く空に浮かぶ雲のように雲散して消えゆくのみだった。
「気が付かれましたか?」
デスクで書類の整理をしていた小十郎が、部屋の電気をつけてくれた。
「今、何時……?」
「もう少しで六時です。そろそろお帰りにならねばまずいのではありませんか?」
紗智の門限は午後七時。その三十分後、家族揃っての夕食が始まるため、この時間に設定されているのだ。
「大学生なのに、こんな早い門限はないわよね」
だが、それを破る気のない自分が一番腹立たしい。紗智は自嘲した。
「ご自宅までお送りします。立てますか?」
差し出された手を、何故かこの日は素直に握り返した。
研究棟に隣接する駐車場は、後夜祭が始まったキャンパスとは真反対に位置するため、研究棟と同じく人気がない。
秋風に身を任せていると、駐車場から見下ろせる位置にある野球場の照明塔に灯がともるのが目に入った。今日はそこで花火が打ち上げられるのだ。広いグラウンドにたくさんの人が出入りしているのが見え、祭が終わるのだと急に実感した。
「学園祭も終わるのね」
「そうですね。……あまり風に当たられるとお体にさわります。狭いですが、どうぞ」
そう言って後部座席のドアを開けた車は、謙遜とはほど遠い車内を誇る国産車であった。
「片倉って、どうして意味のない謙遜をするの? イラつくんだけど」
「お気に触ったのなら申し訳ありません。ですが、紗智さまが普段乗車されてらっしゃるお車とは比べ物になりませんから」
「そりゃ、うちの車は外車だけど……。私、あの車には乗らないの。今の運転手と相性が良くないから」
つまり、運転が荒っぽくて車酔いするということだ。
「お車酔いなさらないよう、留意します」
発言の真意を汲み取り、小十郎は後部席に乗るよう促してきた。紗智は自分で助手席のドアを開け乗り込んだ。
「勘違いしないで。前の方が酔わないからよ」
驚く小十郎に、紗智は前を向いたまま答えた。
「どのような理由でも構いません。隣に乗って下さるなど、生涯叶わぬことと思っておりました」
今まで見たことのない優しい笑みを返され、気恥ずかしさから横を向いた。心臓が跳ねたと悟られたくなかったからだ。
車はその後、渋滞に巻き込まれることなく亘理家付近に到着した。門限まで、四十分ほど余裕があった。
「片倉、私、豊臣グループの人と婚約が決まったわ」
紗智のドアを開けに行こうとして、ふいに告げられた。
「……そうですか。それで、どうされるおつもりですか?」
「分かんない。聞いてるでしょ、政宗くんが私をピアニストにするつもりなの」
「ええ」
そう言って、小十郎はシガーライターで煙草に火をつけた。紗智も吸いたかったが目の前が家なので自重した。
「なんか、最近どうでもいいの。いつも、なるようにしかならないし。だから、成り行きに任せてみるわ。それも、案外面白いかもしれないし」
「……そうやって、ご自分の気持ちを封じるおつもりですか?」
「足掻いても、何もできないのよ。亘理の飼い犬なんだから、私は」
「……なら、ここで何をされても足掻かない。そう判断しても良いのですね?」
小十郎が何を言っているのか理解しないうちにキスされた。抵抗せねばと考える暇もないほどに深く口を塞がれ、次の瞬間にはシートを倒された。
「成り行きに任せるのでしょう? それが嫌なら、全てに抵抗して下さい。でなければ、この小十郎の気が済みません」
紗智は、小十郎を押し返すとシートベルトを外し車外へ逃れ、そのまま自宅へと駆けていった。
「……諦めないで下さい、紗智さま。まだ若い貴女には、多くの道がある」
嘆願にも似た呟きは、暮れ行く空に浮かぶ雲のように雲散して消えゆくのみだった。