秋・一部
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「……成る程。事情は分かりました」
男か女か分からない性別不肖の人物が、ティーカップを置いた。カチャリという音が軽やかに響く。
「確かに、それほどの事情があるなら、音楽で生計を立てるという選択肢は持てないでしょうね。しかし、坂東も言っていましたが……」
坂東とは佐竹義重の演奏家名である「坂東太郎」の苗字である。
「『亘理兄妹には、音楽の道に不器用なりに前進して欲しかった』、と」
その台詞に、成実は苦々しげに下を向いた。紗智と違い、自ら習いたいと親に嘆願して始めたピアノだったから、当然の反応と言える。
「燃え果てて、気持ち尽きたなら諦めもつきましょう。わたくしにも、身に覚えのあること……」
それが何なのか謙信は口にしなかったが、まだ若いのに憂いを秘め世離れした双眸が、どこか諦めの境地に似た色を帯びていることに亘理兄妹は気付いていた。
「宗家ではないにしろ、伝統のある家を継ぐというのは大変なことですね」
ちらと前方に視線を送り、それを合図にかすががスッと席を立った。謙信たちと政宗たちの間のテーブルが空き、そこへかすがが座ったのだ。
気配を消しそれとなく座っていたつもりの政宗たちだったが、謙信に行動を全て見抜かれていたようだ。ただ、謙信はそれ以上の牽制はせず、話を続けた。
「当然、紗智さんにもそのお役目は課せられているのでしょうね」
許嫁の話はまだオフレコである。曖昧に答えると、謙信は形の良い唇を曖昧に上げた。
「ですが、敢えて申し上げましょう。紗智さん、そなたは世界に出るべきです」
突然のことに、当の本人だけでなく成実や政宗、小十郎も驚愕を禁じえなかった。
「世界に出るべきって……、どういうことだよ?」
呆然自失の紗智に代わり、成実が問うた。
「言葉のままです。昨日、偶然聞いたそなたの演奏、あれは良いものでした」
「世界に出ろってったって、紗智は……」
自分と違い、音楽を憎んでいる。出るも何も、ピアノを続けること自体拒否している妹が、こんな話に首を縦に振る訳がない。
ただ、成実の口からは言えない。紗智がピアノを嫌悪していることを、成実が知らないと思っているからだ。
成実が言葉を濁していると、スッと人影がさした。
「随分と面白ぇ話してるじゃねぇか。オレも混ぜろよ」
「っ、政!」
幸村の面倒を小十郎に押し付け、政宗は勝手に謙信の横に座った。その様子を見ていたかすががいきり立ったが、後ろから刺さる小十郎の視線に気付き再び己に課せられた“牽制”という役目を果たし始めた。
「成、お前、うちに気を遣って進路を違えたってのは本当か?」
ビリッと伝わる殺気に近い緊張感。いつもは色んなことを簡単にかわす成実も避け切れないらしく、妙に姿勢を正して俯いている。
「べ、別に違えてなんかないぜ。元々薬理に興味はあったし、だから薬学部に進んだんだ。それに……」
「行く行くは、親父がやってる伊達製薬を継ぐつもりだった、てか?」
その言葉に、やがて成実は頷いた。そこに偽りはなく、生まれた時から定められていたであろうその道に、産声を上げた時から従事することを決めていた者でしか持ち得ない覚悟の色が見てとれた。
「……大したヤツだぜ、お前は。テメェの気持ちすらねじ曲げられるなんてな」
「曲げたんじゃない、受け入れたんだよ。俺の進む道は音楽じゃないって現実をさ。……ホント言うと、今もちょっと受け入れ切れてないけどさ」
誰よりも悔しそうに舌打ちし、政宗は横を向いた。強いられたレールを歩く辛さを誰よりも分かっているのは、他でもない宗家跡継ぎの政宗なのだから。
「ところでアンタ、コイツが世界に出て通用するってのは本当か?」
「無論。疑うなら、わたくしの信頼する手の者をここに向かわせてもいい」
「そいつの名は?」
「直江兼継」
「Ha,有名な音楽プロデューサーじゃねぇか。All right.アンタを信じよう。亘理、アンタ世界に出な」
「え!?」
突然話題を振られ、紗智は戸惑った。
「Shut up.コイツは、宗家後継者のオレが決めたことだ。お前らが宗家を立てるってなら、従った方が得策だぜ?」
いきなり話に割り込み勝手に結論付けるなど、彼にしか出来ない芸当である。
「それにな、あの家の古くておカタい殻はいつか誰かが破らなきゃならねぇ。だったら、やるのはこのオレとお前らだ、you see?」
家に守られなければ何も出来ないひよっこであることは重々理解している。けれど、その家に飼いならされる気は毛頭ない。
紗智はこの時、己の中で何か熱いものが燃え始めたことを感じていた。
男か女か分からない性別不肖の人物が、ティーカップを置いた。カチャリという音が軽やかに響く。
「確かに、それほどの事情があるなら、音楽で生計を立てるという選択肢は持てないでしょうね。しかし、坂東も言っていましたが……」
坂東とは佐竹義重の演奏家名である「坂東太郎」の苗字である。
「『亘理兄妹には、音楽の道に不器用なりに前進して欲しかった』、と」
その台詞に、成実は苦々しげに下を向いた。紗智と違い、自ら習いたいと親に嘆願して始めたピアノだったから、当然の反応と言える。
「燃え果てて、気持ち尽きたなら諦めもつきましょう。わたくしにも、身に覚えのあること……」
それが何なのか謙信は口にしなかったが、まだ若いのに憂いを秘め世離れした双眸が、どこか諦めの境地に似た色を帯びていることに亘理兄妹は気付いていた。
「宗家ではないにしろ、伝統のある家を継ぐというのは大変なことですね」
ちらと前方に視線を送り、それを合図にかすががスッと席を立った。謙信たちと政宗たちの間のテーブルが空き、そこへかすがが座ったのだ。
気配を消しそれとなく座っていたつもりの政宗たちだったが、謙信に行動を全て見抜かれていたようだ。ただ、謙信はそれ以上の牽制はせず、話を続けた。
「当然、紗智さんにもそのお役目は課せられているのでしょうね」
許嫁の話はまだオフレコである。曖昧に答えると、謙信は形の良い唇を曖昧に上げた。
「ですが、敢えて申し上げましょう。紗智さん、そなたは世界に出るべきです」
突然のことに、当の本人だけでなく成実や政宗、小十郎も驚愕を禁じえなかった。
「世界に出るべきって……、どういうことだよ?」
呆然自失の紗智に代わり、成実が問うた。
「言葉のままです。昨日、偶然聞いたそなたの演奏、あれは良いものでした」
「世界に出ろってったって、紗智は……」
自分と違い、音楽を憎んでいる。出るも何も、ピアノを続けること自体拒否している妹が、こんな話に首を縦に振る訳がない。
ただ、成実の口からは言えない。紗智がピアノを嫌悪していることを、成実が知らないと思っているからだ。
成実が言葉を濁していると、スッと人影がさした。
「随分と面白ぇ話してるじゃねぇか。オレも混ぜろよ」
「っ、政!」
幸村の面倒を小十郎に押し付け、政宗は勝手に謙信の横に座った。その様子を見ていたかすががいきり立ったが、後ろから刺さる小十郎の視線に気付き再び己に課せられた“牽制”という役目を果たし始めた。
「成、お前、うちに気を遣って進路を違えたってのは本当か?」
ビリッと伝わる殺気に近い緊張感。いつもは色んなことを簡単にかわす成実も避け切れないらしく、妙に姿勢を正して俯いている。
「べ、別に違えてなんかないぜ。元々薬理に興味はあったし、だから薬学部に進んだんだ。それに……」
「行く行くは、親父がやってる伊達製薬を継ぐつもりだった、てか?」
その言葉に、やがて成実は頷いた。そこに偽りはなく、生まれた時から定められていたであろうその道に、産声を上げた時から従事することを決めていた者でしか持ち得ない覚悟の色が見てとれた。
「……大したヤツだぜ、お前は。テメェの気持ちすらねじ曲げられるなんてな」
「曲げたんじゃない、受け入れたんだよ。俺の進む道は音楽じゃないって現実をさ。……ホント言うと、今もちょっと受け入れ切れてないけどさ」
誰よりも悔しそうに舌打ちし、政宗は横を向いた。強いられたレールを歩く辛さを誰よりも分かっているのは、他でもない宗家跡継ぎの政宗なのだから。
「ところでアンタ、コイツが世界に出て通用するってのは本当か?」
「無論。疑うなら、わたくしの信頼する手の者をここに向かわせてもいい」
「そいつの名は?」
「直江兼継」
「Ha,有名な音楽プロデューサーじゃねぇか。All right.アンタを信じよう。亘理、アンタ世界に出な」
「え!?」
突然話題を振られ、紗智は戸惑った。
「Shut up.コイツは、宗家後継者のオレが決めたことだ。お前らが宗家を立てるってなら、従った方が得策だぜ?」
いきなり話に割り込み勝手に結論付けるなど、彼にしか出来ない芸当である。
「それにな、あの家の古くておカタい殻はいつか誰かが破らなきゃならねぇ。だったら、やるのはこのオレとお前らだ、you see?」
家に守られなければ何も出来ないひよっこであることは重々理解している。けれど、その家に飼いならされる気は毛頭ない。
紗智はこの時、己の中で何か熱いものが燃え始めたことを感じていた。