戦国bsr読み切り短編集
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ヒロイン名前が伊達の人質として送られたのは、伊達政宗の弟を蘆名に養子入れする話がこじれた頃である。
長年の因縁もあり、両者の溝はもはや修復不可能なところまで来ていたが、数少ない穏健派によって勝手に人質作戦が実行され、その質として選ばれたのがヒロイン名前であった。
ヒロイン名前は蘆名盛隆が外で作った子供で、故に養子に出されたのだが、たった一人の“遺児”であることが災いし質に選ばれた。
すなわち、実子ゆえ質としての価値は高く、実子ゆえ蘆名内では邪魔だった。当主決めの際に派閥争いが起こった蘆名内において、直系の、それも女子は性別上火種にしかならないからだ。
それでも、当主・伊達政宗はヒロイン名前を受け入れた。蘆名の、それも一部の派閥が勝手に送り付けた質など、攻め込ませる口実を作るだけだという反対を鼻先で一蹴して。
「還したとこで、しのごのつけて攻めてくんのは目に見えてる。だったら、名家と言われた蘆名の血を利用しない手はねぇ。孕ませりゃ、伊達と蘆名の血を継いだガキが出来る訳だしな」
不敵に笑った男の口元に戦慄が走った。
まるで、女を子産み道具にしか見ていないようで、事実この男はそうなのだろう。
初夜、手籠めにされる恐怖におののいていたが、意外なことに呼び出しはなかった。それどころか、伊達屋敷の出入りを自由に許された。
放した方が泳がせられると踏んだのかもしれない。
(私を泳がせても、何も出てきはしないわ。本家からも養子先からもはじかれた者なんだから)
尋ねる先もなければ尋ねる者もいない身、むなしい自由だった。
伊達に来て、何日経っただろうか。
「何をそんなに熱心に見ている?」
ある男に話しかけられた。
左頬の傷が印象的なその男の名は、確か片倉小十郎であった。
「一回しか会ってねえのに、俺の名を覚えているとはな」
瞳に警戒心が宿る。
館内で当たり前に向けられる眼差し。いい加減慣れてきたが、この男のものはその比ではない。
「信じてもらえるか、分からりませんが……」
当主の腹心に、いらぬ嫌疑をかけられたくない。自分を奮い立たせ、ヒロイン名前は震える声で自分のことを少しだけ語った。
幼い頃病気がちだったため、寂しさからよく自室の障子戸を開け放って過ごしていた。そこから見える往来や話し声に耳を傾けて過ごすうち、人を観察することが楽しくなり、いつしか人の顔や名を覚えるのが得意になっていた。
「眺めるなら、よそにしろ。苦情が来ている」
「申し訳、ありません……。ですが、働いてる方を眺めるのが好きで……。亡くなった母も働き者で、まるで母がそこかしこにいるみたいで……」
注意深く、ヒロイン名前を見やる。嘘はついていないようだ。
(であれば、こいつを動かすしかねえか)
小十郎がここに来たのは、“はじき姫”が常に人を眺めていて気味が悪いという女中の訴えがあったからだ。
はじき姫とは何かと聞くと、実家・養子先両方からつま弾きにされた姫ゆえにそう呼ばれているとのことだった。
どこから聞いたのか分からないが、相変わらず女の耳は早いと思った。
一度話をしてみると言い残し今に至るのだが、そのはじき姫は嬉しそうな表情で往来を眺めている。
ほだされた訳ではないが、少し気の毒に感じたその時だった。
「あれ……」
彼女のまとう空気が戸惑いを帯びた。
「何だ」
「い、いえ……」
「言え」
きつい口調で命令すると、ヒロイン名前が怯えながらこう言った。
「先ほど土間から出てきた女中、見かけない顔でした」
「何?」
でたらめを、と言いたかったが、彼女が嘘をついて得になることはない。
服装など分かる範囲内を説明させれば、ヒロイン名前は驚くほど細かく説明した。人間観察が得意なのは本当のようだ。
(あるいは、こいつの差し金かもしれねえな)
とりあえず、土間の女中たちを尋ねることにした。
「あら、片倉さま。例の姫のこと、何とかなりました?」
女中たちは、至っていつも通りだ。
「先ほど、ここから出ていった女について聞きたい」
「え、さっきの子、ですか?」
小十郎の中で、何かがざわめいた。
その女中について、背格好やいつからここにいたかなど問うたが、問えば問うほど誰も知らないと言った。あれだけ耳の早い者たちが知らないなど、不自然だ。
「言われてみればそうね」
「いつの間にかいたと言いますか……」
「そう言えば、あの姫が気味悪いって言ってたの、確か彼女でしたわ」
ざわめていていたものが、小十郎の中で弾けた。
女中たちの声を無視し、馬を国境近くに走らせる。
人が滅多に立ち寄らない廃寺に、似たような背の女がいた。
「お行き」
放ったのは鷹、足元に何かをくくりつけている。
刀を抜くと、小十郎は雷撃を浴びせた。鷹は羽をやられ、甲高い悲鳴をあげながら地面に落ちた。
「っ!」
「てめえ、蘆名のもんか」
返答より早くクナイが投げられた。蘆名かどうかは分からないが、伊達の敵であることは明確だった。
草の者にしては腕は立ったが、小十郎の敵ではなかった。
「安心しろ、まだ殺しゃしねえ」
生きたまま捕らえたが、自ら舌を噛み切り絶命した。
舌打ちしたが、証拠である鷹はそこにいる。気を取り直し、小十郎は館へと足を向けた。
鷹についていた書には、伊達館の見取り図が書かれていた。
「女中がヒロイン名前を嫌悪したのは、監視されていると思ったからでしょう」
「だから、よそに行かせようと変な噂話で女中たちをけしかけたのか」
政宗は苦味を潰した。
「こうも簡単に入られるなんざ、伊達の名が廃れちまうな」
「この小十郎にお任せを。既に手は打ってあります」
「ああ、任すぜ。それと……」
主の意味深な視線に気付き、小十郎は顔をあげた。
(本当はヒロイン名前を側女にするつもりだったんだがな)
ヒロイン名前と初めて対面した日、小十郎は自覚していないがヒロイン名前に一瞬見惚れていた。
それを見て考えを改めた。いまだ妻帯や扶持上げを渋る小十郎を納得させるに、ヒロイン名前はもってこいのエサだと思ったのだ。
「政宗さま?」
「何でもねぇ。とっととヒロイン名前んとこ行ってこい」
渋る小十郎を説得するのは骨が折れたが、恩人に礼を言うのは当たり前、と道徳的に説けば素直に応じた。
(ま、行きさえすりゃ、後はどうとでもなるだろうな)
腹心の背中を見送りながら、政宗は一人口の端を上げた。
二人が夫婦になるのは、そう遠くない未来の話である。
(了)
長年の因縁もあり、両者の溝はもはや修復不可能なところまで来ていたが、数少ない穏健派によって勝手に人質作戦が実行され、その質として選ばれたのがヒロイン名前であった。
ヒロイン名前は蘆名盛隆が外で作った子供で、故に養子に出されたのだが、たった一人の“遺児”であることが災いし質に選ばれた。
すなわち、実子ゆえ質としての価値は高く、実子ゆえ蘆名内では邪魔だった。当主決めの際に派閥争いが起こった蘆名内において、直系の、それも女子は性別上火種にしかならないからだ。
それでも、当主・伊達政宗はヒロイン名前を受け入れた。蘆名の、それも一部の派閥が勝手に送り付けた質など、攻め込ませる口実を作るだけだという反対を鼻先で一蹴して。
「還したとこで、しのごのつけて攻めてくんのは目に見えてる。だったら、名家と言われた蘆名の血を利用しない手はねぇ。孕ませりゃ、伊達と蘆名の血を継いだガキが出来る訳だしな」
不敵に笑った男の口元に戦慄が走った。
まるで、女を子産み道具にしか見ていないようで、事実この男はそうなのだろう。
初夜、手籠めにされる恐怖におののいていたが、意外なことに呼び出しはなかった。それどころか、伊達屋敷の出入りを自由に許された。
放した方が泳がせられると踏んだのかもしれない。
(私を泳がせても、何も出てきはしないわ。本家からも養子先からもはじかれた者なんだから)
尋ねる先もなければ尋ねる者もいない身、むなしい自由だった。
伊達に来て、何日経っただろうか。
「何をそんなに熱心に見ている?」
ある男に話しかけられた。
左頬の傷が印象的なその男の名は、確か片倉小十郎であった。
「一回しか会ってねえのに、俺の名を覚えているとはな」
瞳に警戒心が宿る。
館内で当たり前に向けられる眼差し。いい加減慣れてきたが、この男のものはその比ではない。
「信じてもらえるか、分からりませんが……」
当主の腹心に、いらぬ嫌疑をかけられたくない。自分を奮い立たせ、ヒロイン名前は震える声で自分のことを少しだけ語った。
幼い頃病気がちだったため、寂しさからよく自室の障子戸を開け放って過ごしていた。そこから見える往来や話し声に耳を傾けて過ごすうち、人を観察することが楽しくなり、いつしか人の顔や名を覚えるのが得意になっていた。
「眺めるなら、よそにしろ。苦情が来ている」
「申し訳、ありません……。ですが、働いてる方を眺めるのが好きで……。亡くなった母も働き者で、まるで母がそこかしこにいるみたいで……」
注意深く、ヒロイン名前を見やる。嘘はついていないようだ。
(であれば、こいつを動かすしかねえか)
小十郎がここに来たのは、“はじき姫”が常に人を眺めていて気味が悪いという女中の訴えがあったからだ。
はじき姫とは何かと聞くと、実家・養子先両方からつま弾きにされた姫ゆえにそう呼ばれているとのことだった。
どこから聞いたのか分からないが、相変わらず女の耳は早いと思った。
一度話をしてみると言い残し今に至るのだが、そのはじき姫は嬉しそうな表情で往来を眺めている。
ほだされた訳ではないが、少し気の毒に感じたその時だった。
「あれ……」
彼女のまとう空気が戸惑いを帯びた。
「何だ」
「い、いえ……」
「言え」
きつい口調で命令すると、ヒロイン名前が怯えながらこう言った。
「先ほど土間から出てきた女中、見かけない顔でした」
「何?」
でたらめを、と言いたかったが、彼女が嘘をついて得になることはない。
服装など分かる範囲内を説明させれば、ヒロイン名前は驚くほど細かく説明した。人間観察が得意なのは本当のようだ。
(あるいは、こいつの差し金かもしれねえな)
とりあえず、土間の女中たちを尋ねることにした。
「あら、片倉さま。例の姫のこと、何とかなりました?」
女中たちは、至っていつも通りだ。
「先ほど、ここから出ていった女について聞きたい」
「え、さっきの子、ですか?」
小十郎の中で、何かがざわめいた。
その女中について、背格好やいつからここにいたかなど問うたが、問えば問うほど誰も知らないと言った。あれだけ耳の早い者たちが知らないなど、不自然だ。
「言われてみればそうね」
「いつの間にかいたと言いますか……」
「そう言えば、あの姫が気味悪いって言ってたの、確か彼女でしたわ」
ざわめていていたものが、小十郎の中で弾けた。
女中たちの声を無視し、馬を国境近くに走らせる。
人が滅多に立ち寄らない廃寺に、似たような背の女がいた。
「お行き」
放ったのは鷹、足元に何かをくくりつけている。
刀を抜くと、小十郎は雷撃を浴びせた。鷹は羽をやられ、甲高い悲鳴をあげながら地面に落ちた。
「っ!」
「てめえ、蘆名のもんか」
返答より早くクナイが投げられた。蘆名かどうかは分からないが、伊達の敵であることは明確だった。
草の者にしては腕は立ったが、小十郎の敵ではなかった。
「安心しろ、まだ殺しゃしねえ」
生きたまま捕らえたが、自ら舌を噛み切り絶命した。
舌打ちしたが、証拠である鷹はそこにいる。気を取り直し、小十郎は館へと足を向けた。
鷹についていた書には、伊達館の見取り図が書かれていた。
「女中がヒロイン名前を嫌悪したのは、監視されていると思ったからでしょう」
「だから、よそに行かせようと変な噂話で女中たちをけしかけたのか」
政宗は苦味を潰した。
「こうも簡単に入られるなんざ、伊達の名が廃れちまうな」
「この小十郎にお任せを。既に手は打ってあります」
「ああ、任すぜ。それと……」
主の意味深な視線に気付き、小十郎は顔をあげた。
(本当はヒロイン名前を側女にするつもりだったんだがな)
ヒロイン名前と初めて対面した日、小十郎は自覚していないがヒロイン名前に一瞬見惚れていた。
それを見て考えを改めた。いまだ妻帯や扶持上げを渋る小十郎を納得させるに、ヒロイン名前はもってこいのエサだと思ったのだ。
「政宗さま?」
「何でもねぇ。とっととヒロイン名前んとこ行ってこい」
渋る小十郎を説得するのは骨が折れたが、恩人に礼を言うのは当たり前、と道徳的に説けば素直に応じた。
(ま、行きさえすりゃ、後はどうとでもなるだろうな)
腹心の背中を見送りながら、政宗は一人口の端を上げた。
二人が夫婦になるのは、そう遠くない未来の話である。
(了)