戦国bsr読み切り短編集
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戦場が混乱を極めている。
「俺が行く」
大本営から戦況を見つめていた片倉小十郎が立ち上がった。
帽子を被り直し、軍服の襟の一番上のボタンを外す。なんてことない仕草なのにとても匂やかだ。
「止めたまえ。卿が行けば、別の意味で戦況が混沌とする。何せ、卿は“禍つ竜”なのだから」
視線だけを横に動かし、大本営総督である松永久秀がゆるりと言った。
「俺が行けば戦場が荒れるとでも言いてえんだろうが、先頭にいる奴らを見殺しには出来ねえ」
何かを押し殺した声は不自然に抑揚がなく、なのに目の奥はギラギラと燃えている。
今すぐにでも戦いたい――。
禍つ竜の異名にふさわしい、これが片倉の本性なのだと薄く笑った。
「冷静になりたまえ。卿一人加わったところで戦況は変わらない。私はそう言っているだけだ」
「俺が行くことで死なせねえで済む奴らが一人でも増えるなら、俺は行くぜ」
止めても無駄なようだ。
「ならば、やりたいようにやればいい。それが世の真理」
お決まりの台詞を聞き、片倉は陣営を後にした。軍服の裾が名残惜しげに翻って見えたのは、自分がそう感じているからかもしれない。
すなわち、これが片倉と今生の別れになるかもしれない、と。
「やれやれ、私も随分と殊勝なことを考えるようになったものだ」
組んでいた足をほどき、全兵を集めた。
「さて、諸君。私はただいまをもって、大本営総督を辞めることにした」
驚きと戸惑いの声が陣内に満ちた。
「何、卿らも好きに生きたらいいのだよ」
「総督、何を……?」
「後ろでじっとしていなければならない“総督”という地位に、いささか飽きてしまってね」
そう言うと、松永は軽やかに指を鳴らした。
大本営は、炎に包まれた。
「隊長、大変です! 陣が、燃えてます!!」
放った斥候の一人が、文字通り転がる勢いで持参した情報は意外すぎるものだった。
「どういうことだ!?」
「詳しくは分かりません! 伝令のヤツが時間になっても来ないんで、陣に近付いたらっ……」
陣が、焼死体と生臭い血の臭いで満ちていたと言うのだ。
「陣がやられたってのか? ……いや、松永がいるのに、んなこと起きるはずがねえ」
なら、何故陣が燃えているのか。
「答えは簡単だよ」
驚いたことに、渦中の人物が目の前に現れた。
「松永、何でてめえがここにいやがる!」
「なに、たいしたことではない」
後ろ手に優雅に歩む姿は相変わらず優雅で、戦場には不似合いだ。片倉以外、一瞬その姿に見惚れた。
「総督を辞めたのでね、別れの挨拶をしに来たのだよ」
だから、判断が遅れた。
「てめえら、避けろ!!」
言うより早く、松永の指が迸る。絶叫と共に、先ほどまで息をしていた味方が次々と倒れていく。片倉が懸命に立て直した隊は、一気に混乱の途に落ちた。
「松永、どういうつもりだ!! ことと次第じゃ、総督だろうと容赦しねえ!!」
いつもは抜かないもう一方も抜刀し、片倉は肩を怒らせた。
「卿が不用意に戦場になど出なければ、こうはならなかったのだよ」
「ああ!?」
「言ったはずだ。“卿が行けば、別の意味で戦況が混沌とする”、とね」
「だから、どういう意味だ!」
「やれやれ、分からないか?」
肩をすくめ、静かに片倉を指差した。
「禍つ竜と、戦ってみたくなった。それだけのことだ」
一瞬考える風だった片倉の顔色がみるみるうちに紅く染まる。
「てめえ、最初(ハナ)から隊を裏切る気だったのか!!」
「裏切る? 勘違いしないでもらいたい」
松永の後ろに、いつの間にか漆黒の衣装を纏った兵士がいた。松永が個人的に雇っている、例の用心棒だ。頬に紅い縁取のようなものを入れた兵は、相変わらず軍帽を深くかぶっていてその表情は全く見えない。
「私は卿が陣屋にいる限りは、あの椅子に座っているつもりだったのだよ。それを、卿が己の価値に気付かず戦場に走り出すものだから、ついやってみたくなったのだ」
松永が横に手を出す。漆黒の兵が差し出す拳銃を受け取ると、銃頭を片倉に向けた。
「禍つ竜を飼い慣らす気分はどうなのか。そして、禍つ竜の嘆く姿、その顔(かんばせ)を愛で、頭蓋で一献傾けてみたくなったのだ」
片倉の腹に、言いようのない感情が渦巻いていく。
「……確かに、俺が愚かだった。てめえみてえな下衆野郎に本陣を任せ、背中を向けちまったんだからな」
前髪が一房、静かに落ちる。
刀を二本上下に構え、穂先を松永に向けた。
「地獄に堕ちろ、松永久秀」
松永は妖しげに笑った。
「……そう、卿も内に渦巻く欲望のまま行動したらいい。私を倒し、切り刻み、その衝動のまま敵と定める陣に走り、好きなだけ壊すといい」
「生憎と、破壊衝動は持ってねえんでな」
「ならば」
改めて銃頭を片倉に定める。
「欲望のままに殺り合おうではないか」
血生臭い戦場に銃声が鳴り響く。
戦況は、ますます混沌としていった。
(了)
「俺が行く」
大本営から戦況を見つめていた片倉小十郎が立ち上がった。
帽子を被り直し、軍服の襟の一番上のボタンを外す。なんてことない仕草なのにとても匂やかだ。
「止めたまえ。卿が行けば、別の意味で戦況が混沌とする。何せ、卿は“禍つ竜”なのだから」
視線だけを横に動かし、大本営総督である松永久秀がゆるりと言った。
「俺が行けば戦場が荒れるとでも言いてえんだろうが、先頭にいる奴らを見殺しには出来ねえ」
何かを押し殺した声は不自然に抑揚がなく、なのに目の奥はギラギラと燃えている。
今すぐにでも戦いたい――。
禍つ竜の異名にふさわしい、これが片倉の本性なのだと薄く笑った。
「冷静になりたまえ。卿一人加わったところで戦況は変わらない。私はそう言っているだけだ」
「俺が行くことで死なせねえで済む奴らが一人でも増えるなら、俺は行くぜ」
止めても無駄なようだ。
「ならば、やりたいようにやればいい。それが世の真理」
お決まりの台詞を聞き、片倉は陣営を後にした。軍服の裾が名残惜しげに翻って見えたのは、自分がそう感じているからかもしれない。
すなわち、これが片倉と今生の別れになるかもしれない、と。
「やれやれ、私も随分と殊勝なことを考えるようになったものだ」
組んでいた足をほどき、全兵を集めた。
「さて、諸君。私はただいまをもって、大本営総督を辞めることにした」
驚きと戸惑いの声が陣内に満ちた。
「何、卿らも好きに生きたらいいのだよ」
「総督、何を……?」
「後ろでじっとしていなければならない“総督”という地位に、いささか飽きてしまってね」
そう言うと、松永は軽やかに指を鳴らした。
大本営は、炎に包まれた。
「隊長、大変です! 陣が、燃えてます!!」
放った斥候の一人が、文字通り転がる勢いで持参した情報は意外すぎるものだった。
「どういうことだ!?」
「詳しくは分かりません! 伝令のヤツが時間になっても来ないんで、陣に近付いたらっ……」
陣が、焼死体と生臭い血の臭いで満ちていたと言うのだ。
「陣がやられたってのか? ……いや、松永がいるのに、んなこと起きるはずがねえ」
なら、何故陣が燃えているのか。
「答えは簡単だよ」
驚いたことに、渦中の人物が目の前に現れた。
「松永、何でてめえがここにいやがる!」
「なに、たいしたことではない」
後ろ手に優雅に歩む姿は相変わらず優雅で、戦場には不似合いだ。片倉以外、一瞬その姿に見惚れた。
「総督を辞めたのでね、別れの挨拶をしに来たのだよ」
だから、判断が遅れた。
「てめえら、避けろ!!」
言うより早く、松永の指が迸る。絶叫と共に、先ほどまで息をしていた味方が次々と倒れていく。片倉が懸命に立て直した隊は、一気に混乱の途に落ちた。
「松永、どういうつもりだ!! ことと次第じゃ、総督だろうと容赦しねえ!!」
いつもは抜かないもう一方も抜刀し、片倉は肩を怒らせた。
「卿が不用意に戦場になど出なければ、こうはならなかったのだよ」
「ああ!?」
「言ったはずだ。“卿が行けば、別の意味で戦況が混沌とする”、とね」
「だから、どういう意味だ!」
「やれやれ、分からないか?」
肩をすくめ、静かに片倉を指差した。
「禍つ竜と、戦ってみたくなった。それだけのことだ」
一瞬考える風だった片倉の顔色がみるみるうちに紅く染まる。
「てめえ、最初(ハナ)から隊を裏切る気だったのか!!」
「裏切る? 勘違いしないでもらいたい」
松永の後ろに、いつの間にか漆黒の衣装を纏った兵士がいた。松永が個人的に雇っている、例の用心棒だ。頬に紅い縁取のようなものを入れた兵は、相変わらず軍帽を深くかぶっていてその表情は全く見えない。
「私は卿が陣屋にいる限りは、あの椅子に座っているつもりだったのだよ。それを、卿が己の価値に気付かず戦場に走り出すものだから、ついやってみたくなったのだ」
松永が横に手を出す。漆黒の兵が差し出す拳銃を受け取ると、銃頭を片倉に向けた。
「禍つ竜を飼い慣らす気分はどうなのか。そして、禍つ竜の嘆く姿、その顔(かんばせ)を愛で、頭蓋で一献傾けてみたくなったのだ」
片倉の腹に、言いようのない感情が渦巻いていく。
「……確かに、俺が愚かだった。てめえみてえな下衆野郎に本陣を任せ、背中を向けちまったんだからな」
前髪が一房、静かに落ちる。
刀を二本上下に構え、穂先を松永に向けた。
「地獄に堕ちろ、松永久秀」
松永は妖しげに笑った。
「……そう、卿も内に渦巻く欲望のまま行動したらいい。私を倒し、切り刻み、その衝動のまま敵と定める陣に走り、好きなだけ壊すといい」
「生憎と、破壊衝動は持ってねえんでな」
「ならば」
改めて銃頭を片倉に定める。
「欲望のままに殺り合おうではないか」
血生臭い戦場に銃声が鳴り響く。
戦況は、ますます混沌としていった。
(了)