戦国bsr読み切り短編集
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にゃーにゃー鳴いたので、つい拾ってしまった仔猫。
誰か貰い手が見つかるまではと預かる心地で面倒を見ていたが。
「ただいま」
「にゃー!」
小さな足でたどたどしく、だが小十郎だとちゃんと理解した上で一生懸命近寄ってくる姿に、いつの間にかほだされたらしい。
「ほら、今日はおもちゃ買ってきてやったぞ」
まだ早いと思いながらも、猫が喜びそうなおもちゃを一つ二つ購入。
おもちゃ以外にも、トイレやクッション、寝床もしっかり整え、もはや飼う気満々だろと言われたら否とは言えない状況。
おまけに。
「ミルク、低温殺菌のやつにしといたぞ」
話しかけながら餌をあげる姿は、仔猫なしには生きられないのではなかろうかという雰囲気まで漂い始めている。
「うまいか?」
「にゃー」
スーツを着替える暇も惜しんで猫の世話をする彼を、誰が想像出来ようか。
そんな今日は、こじゅにゃん(5/12)の日です。
*
起きたら目の前が壁。
(あれ、私こんなに壁側に寄って寝たっけ)
部屋の構造上、通路確保のためベッドの片側を壁につけており、たまにこういうことは起こりうる。
いつもは通路側で寝ており、夫である片倉小十郎が仕事で深夜に帰宅する時に先に就寝するため“壁際睡眠”が起こりうるが、そんなに寝相は悪くないので起きたら視界が壁、ということは稀だ。
では、何故目の前が壁なのか。
(あ、あれ、寝返りうてない? てか、背中が熱いんだけど)
そろりと後ろを見やると、寝返りすら出来ないほど背中にぴったりひっついている小十郎が、いつもの癖で壁際に寄って寝ていた。
「こじゅ、ひっつきすぎだよ……」
もがいて反転し、なんとか小十郎と向き合う格好になれたが、小十郎が起きる気配はなく、腕に抱かれる格好に変わっただけだった。
「こじゅ、起きてよー。わたし、そろそろ起きる時間なんだけど」
胸を軽く叩いたが、叩いたのを合図に更にきつく抱き締めてきた。
どうやら無意識下の行動らしく、どこか幸せそうな笑みさえ浮かべる小十郎にもはや苦笑するしかなく、朝一の密着をもう少し堪能しようと思い直した。
5/13の朝は、小十郎と壁にサンドされる日。
*
※4の政宗さま創世ルートネタなので、ネタバレが嫌な方はお気をつけくださいませ。
奥州筆頭となって白石から仙台に拠点を移したため、領内巡検のついでに海を見る機会に恵まれた。
白石は内陸だから、海は生まれて初めてだった。
始めはその広さと大きさに驚き、次にさざ波の音に聴き惚れた。
寄せては返し、また寄せてを繰り返すその規則正しい音を聴いていると、何故か気持ちが落ち着き眠気を誘われる。
好奇心に駆られたのもあり、眠気覚ましに目の前の海に足を浸けてみた。ちゃぷ、と軽やかな音をさせたそれはまだ冷たく、眠気が一気に吹き飛んだ。
「広いな……」
足を浸したまま、視線を遠くへ向ける。遮るものもない彼方は空と相まってひたすら蒼く、ふと日ノ本筆頭となるべく旅立ったかの人もこの空のどこかにいるのだと感じた。
「政宗さま、奥州はやはりいいですな。海まで美しい。……日ノ本を統べたら、あなたのことだ、きっとこの海を越えた先の世界が見たいと仰るのだろう」
ならば、その下地を作るのは現・奥州筆頭たる自分の役目だ。
「あとのことは、この小十郎にお任せあれ」
呟いた言葉は、波風に乗って海原へと旅立っていった。
海に想いを馳せる、5/14(こじゅSEA)。
*
大型バイクの免許をとった。
若き主が以前から一緒の遠乗りを所望していて、免許がないことを理由にずっと断っていたのだが、テレビ番組で見たあるバイクに何故か一目惚れし、思い立ったが吉日と免許を取りに教習所へ通い始めた。
元々運動神経はいい方だったから、免許は問題なく取得出来た。
そして、一目惚れしたあのバイク。
免許取得後すぐに購入したそれは、一目惚れしただけあって小十郎にぴったりフィットしていた。
「お前らしいな」
若き主は、小十郎の相棒を見て笑った。
「車もそうだけどよ、乗り物ってのは不思議と乗り手の気質とそっくりなのを選ぶよな」
「これが、小十郎に似ておりますか?」
「ああ。火が入る前はやたらと静かなくせに、一度走り出したら本当はスゲー走れる、なのに本気じゃ絶対走らねぇタイプじゃねぇか、コイツは。お前そっくりだろ?」
「お戯れを」
苦笑したが、言い得て妙だった。
「で、いつ行くよ?」
「明日はいかがでしょう。ちょうど天気も回復するようですし」
「蔵王と七ヶ宿、どっちがいい?」
「久々に材木岩公園に立ち寄りたいですな」
「じゃあ、七ヶ宿で決まりだな。俺に遠慮せず走れよ、小十郎?」
ニッと笑った主に、小十郎の心は既に走り出していて、見透かされた心の内のまま明日は突っ走るのも悪くないと思った。
小十郎だってたまには思いのまま走りたくなる、そんな5/15(こじゅGO)。
*
小十郎の背(せな)は広く頼もしい。
とはいえ、小十郎もいきなりその背になった訳ではない。そうなるまで、幾多の試練を受け、そしてくぐり抜けてきた。
小十郎の背は、いわば覚悟の積み重ねの結晶とも言える。
覚悟を持って生きてきた人だから、自分にも人にも嘘は微塵もない。
生半可で、無責任な優しさもない。
時につらく聞こえる物言いも、真に人を思えばこその言葉ばかり。
「だから、小十郎のまわりにはいつも人だかりができるんだよね」
縁側で、旬の空豆の皮を剥きつつ背中合わせの男にぽつり呟いた。
「何の話だ」
背中の男は、ひたすら豆を剥いていてこちらをちらりとも見ようとしない。
「わたしなりの、小十郎考察の答え」
「くだらねえこと考えてねえで、手動かせ」
「ちゃんと動かしてるよー」
ほら、とかごを見せる。青々とした新鮮な豆が少しずつ増えていて、こつこつ作業している証がそこには確かにあった。
「まだこれだけか」
「自分、不器用なんで」
「佐竹の真似するんじゃねえ」
わざと発した低い声に、額を指で弾かれた。
「ったーい!」
「おら、さっさと手動かせ」
いつの間にか、また背中を向け黙々と作業し始めた彼の背中を一度見つめたあと、自分の背中をぴたりと合わせて作業を再開させた。
(野菜と向き合ってる時でさえ、背中で語っちゃって)
背中に体重を乗せると、裏拳が飛んできて剥きかけの豆ごと和室側に転んでしまった。
こんな平和な時くらい、背中預かってくれてもいいじゃない、小十郎さん。
今日はあなたの日(5/16)なんだから。
*
学生の頃から小十郎を知っているが、泣いている姿を見たことがない。
悔し泣きはもちろん、甲子園で優勝した時や第一志望の大学に受かった時、果ては自分の結婚式でさえ嬉し泣きしなかった。
「っーー!!」
だから、まさかこんなことで泣きっ面を拝めようとは思いもしなかった。
「どうしたの、こじゅ?」
珍しく旦那さんが声にならない声を出していたので、慌てて隣室を覗いた。
いるはずの姿は見当たらず、代わりにベッドサイドに黒くて丸いものが見えた。
「こじゅ?」
近付くと、黒く丸いものは左足の小指をかかげてうつむく小十郎の姿だと分かった。
わたしが近付いたことに気付いているらしいが、うんうん唸っているところを察するに、どうやらベッドの足に小指を強く打ちつけたらしい。小指が既に嫌な感じの色合いになってるのが何よりの証拠だ。
下手な慰めより、今はアイシングを持ってきてあげた方がいいと冷凍庫へ駆け寄り、件のものを渡してあげた。
「あ、ありがとよ……」
なんとか声を出せるようになったところで、小十郎が顔をあげた。
「あー!」
その顔を見て驚いた。だって、小十郎の目から涙が流れてるんだもの!!
「なんだ、藪から棒に」
痛さとわたしの声に、眉間の皺が更に深くなる。
「う、ううん、なんでもない! 早く痛みがひきますように~!」
ごまかすために、ちょっと大袈裟なそぶりで小指にまじないをかけるふりをすると、
「ガキか」
吹き出して笑った小十郎の目からまた涙がキランと流れ落ちて、思わず見とれてしまったのは内緒の話。
さすがの小十郎でも、痛みに耐えかねて泣くこともあるんだね。
今日を、こじゅ泣く日(5/17)とでもしちゃおうかな。
*
お隣に住んでたお兄ちゃんが、養子に行くからといっていなくなったのが三年前。
お兄ちゃんに好きって言えず、後悔していたわたしに神さまはチャンスをくれた。
何か事情があったらしく、お兄ちゃんがまた片倉家に戻ってきたのだ。
……けど、お兄ちゃんは左頬に傷をこさえ、いわゆるヤンキーになっていました。
「あ」
玄関を出ると、制服姿のお兄ちゃんがうちの前を歩いていた。同じ高校に通ってて、うちの前がちょうど通学路なんだ。
「……よお」
声に気付き、お兄ちゃんが挨拶してくれた。傷が目に入って思わずびくっとしてしまい、その反動で足が玄関ポーチからずり落ちた。
「何やってんだ」
苦笑する顔は前と変わらなくて、柔らかかった。途端、好きって気持ちが込み上げてきて、
「途中まで一緒に行こう!」
そう言っていた。
お兄ちゃんはとても驚いて、
「ヤンキーと歩いたら、お前の素行が疑われんぞ」
と、そっぽを向いて歩き出してしまった。
「じゃあ、離れて歩くし」
後ろをトテトテ追いかけると、勝手にしろと言われた。
会話もなく、誰もいない通学路には二人の足音だけが静かにアスファルトに響いている。
「おい」
角を曲がり、もう少しで学校というところで、お兄ちゃんは眉間に皺を寄せ振り返った。
「もう、俺に近付くな。お前のためだ」
「え?」
「……俺は、傷もんだからな」
くるりと向けられた背中は、色んなものを拒絶していた。
優しくて照れ屋で、ぶっきらぼうだけど絶対無視とかしなかったお兄ちゃんは、この三年で全てを拒む人になっていた。
こんな風に変わってしまったのは、左頬の傷と関係あるのかもしれない。
「……それが、なんだっつーの!」
わたしはお兄ちゃんの背中に体当たりし、怒られるのを覚悟で腕組みした。
「おまっ、何してやがる!?」
「腕組み! わたし、お兄ちゃんが好きだから、ヤンキーだからとか傷があるとか関係ないし!」
ぽかんとするお兄ちゃんの腕を引っ張って校門につく。
皆がざわついてたけど関係ないし!
例えヤンキー(こじゅヤン)でも、わたしはあなたが好き!
5/18は告白記念日だ!
*
小十郎は、生来苦労する星のもとに生まれたらしい。
ただ一人と定めた主はよく政務を放り出してしまうし、ただ一人と惚れた妻はこちらがひやひやするくらいおっちょこちょいで。
「あっ」
今も何もないところでこけかけたので、慌てて支えてやった。
「ったく、大丈夫か?」
「まあ、旦那さま。ありがとうございます」
ほわんとした笑みが心を和ませる。
武士の妻としてはかなり心もとないが、その分自分がしっかりすればいい。惚れた弱味でそう思っているのだから、苦労したいとどこかで願っているのかもしれない。
(苦労の星と言うよりは、世話焼きの星の方が正しいのかもしれねえな)
一人、心の中でごちる。
「旦那さま?」
「いや、何でもねえ。それより、お前一人だと心配だから、ついててやるよ」
「あら、嬉しい」
またほわんと笑うから、ああ、惚れてるなと思い、密かにこのまま苦労をかけ続けて欲しいと思ってしまった。
苦労という名の幸せを、噛み締めましょう。(こじゅく、5/19)
誰か貰い手が見つかるまではと預かる心地で面倒を見ていたが。
「ただいま」
「にゃー!」
小さな足でたどたどしく、だが小十郎だとちゃんと理解した上で一生懸命近寄ってくる姿に、いつの間にかほだされたらしい。
「ほら、今日はおもちゃ買ってきてやったぞ」
まだ早いと思いながらも、猫が喜びそうなおもちゃを一つ二つ購入。
おもちゃ以外にも、トイレやクッション、寝床もしっかり整え、もはや飼う気満々だろと言われたら否とは言えない状況。
おまけに。
「ミルク、低温殺菌のやつにしといたぞ」
話しかけながら餌をあげる姿は、仔猫なしには生きられないのではなかろうかという雰囲気まで漂い始めている。
「うまいか?」
「にゃー」
スーツを着替える暇も惜しんで猫の世話をする彼を、誰が想像出来ようか。
そんな今日は、こじゅにゃん(5/12)の日です。
*
起きたら目の前が壁。
(あれ、私こんなに壁側に寄って寝たっけ)
部屋の構造上、通路確保のためベッドの片側を壁につけており、たまにこういうことは起こりうる。
いつもは通路側で寝ており、夫である片倉小十郎が仕事で深夜に帰宅する時に先に就寝するため“壁際睡眠”が起こりうるが、そんなに寝相は悪くないので起きたら視界が壁、ということは稀だ。
では、何故目の前が壁なのか。
(あ、あれ、寝返りうてない? てか、背中が熱いんだけど)
そろりと後ろを見やると、寝返りすら出来ないほど背中にぴったりひっついている小十郎が、いつもの癖で壁際に寄って寝ていた。
「こじゅ、ひっつきすぎだよ……」
もがいて反転し、なんとか小十郎と向き合う格好になれたが、小十郎が起きる気配はなく、腕に抱かれる格好に変わっただけだった。
「こじゅ、起きてよー。わたし、そろそろ起きる時間なんだけど」
胸を軽く叩いたが、叩いたのを合図に更にきつく抱き締めてきた。
どうやら無意識下の行動らしく、どこか幸せそうな笑みさえ浮かべる小十郎にもはや苦笑するしかなく、朝一の密着をもう少し堪能しようと思い直した。
5/13の朝は、小十郎と壁にサンドされる日。
*
※4の政宗さま創世ルートネタなので、ネタバレが嫌な方はお気をつけくださいませ。
奥州筆頭となって白石から仙台に拠点を移したため、領内巡検のついでに海を見る機会に恵まれた。
白石は内陸だから、海は生まれて初めてだった。
始めはその広さと大きさに驚き、次にさざ波の音に聴き惚れた。
寄せては返し、また寄せてを繰り返すその規則正しい音を聴いていると、何故か気持ちが落ち着き眠気を誘われる。
好奇心に駆られたのもあり、眠気覚ましに目の前の海に足を浸けてみた。ちゃぷ、と軽やかな音をさせたそれはまだ冷たく、眠気が一気に吹き飛んだ。
「広いな……」
足を浸したまま、視線を遠くへ向ける。遮るものもない彼方は空と相まってひたすら蒼く、ふと日ノ本筆頭となるべく旅立ったかの人もこの空のどこかにいるのだと感じた。
「政宗さま、奥州はやはりいいですな。海まで美しい。……日ノ本を統べたら、あなたのことだ、きっとこの海を越えた先の世界が見たいと仰るのだろう」
ならば、その下地を作るのは現・奥州筆頭たる自分の役目だ。
「あとのことは、この小十郎にお任せあれ」
呟いた言葉は、波風に乗って海原へと旅立っていった。
海に想いを馳せる、5/14(こじゅSEA)。
*
大型バイクの免許をとった。
若き主が以前から一緒の遠乗りを所望していて、免許がないことを理由にずっと断っていたのだが、テレビ番組で見たあるバイクに何故か一目惚れし、思い立ったが吉日と免許を取りに教習所へ通い始めた。
元々運動神経はいい方だったから、免許は問題なく取得出来た。
そして、一目惚れしたあのバイク。
免許取得後すぐに購入したそれは、一目惚れしただけあって小十郎にぴったりフィットしていた。
「お前らしいな」
若き主は、小十郎の相棒を見て笑った。
「車もそうだけどよ、乗り物ってのは不思議と乗り手の気質とそっくりなのを選ぶよな」
「これが、小十郎に似ておりますか?」
「ああ。火が入る前はやたらと静かなくせに、一度走り出したら本当はスゲー走れる、なのに本気じゃ絶対走らねぇタイプじゃねぇか、コイツは。お前そっくりだろ?」
「お戯れを」
苦笑したが、言い得て妙だった。
「で、いつ行くよ?」
「明日はいかがでしょう。ちょうど天気も回復するようですし」
「蔵王と七ヶ宿、どっちがいい?」
「久々に材木岩公園に立ち寄りたいですな」
「じゃあ、七ヶ宿で決まりだな。俺に遠慮せず走れよ、小十郎?」
ニッと笑った主に、小十郎の心は既に走り出していて、見透かされた心の内のまま明日は突っ走るのも悪くないと思った。
小十郎だってたまには思いのまま走りたくなる、そんな5/15(こじゅGO)。
*
小十郎の背(せな)は広く頼もしい。
とはいえ、小十郎もいきなりその背になった訳ではない。そうなるまで、幾多の試練を受け、そしてくぐり抜けてきた。
小十郎の背は、いわば覚悟の積み重ねの結晶とも言える。
覚悟を持って生きてきた人だから、自分にも人にも嘘は微塵もない。
生半可で、無責任な優しさもない。
時につらく聞こえる物言いも、真に人を思えばこその言葉ばかり。
「だから、小十郎のまわりにはいつも人だかりができるんだよね」
縁側で、旬の空豆の皮を剥きつつ背中合わせの男にぽつり呟いた。
「何の話だ」
背中の男は、ひたすら豆を剥いていてこちらをちらりとも見ようとしない。
「わたしなりの、小十郎考察の答え」
「くだらねえこと考えてねえで、手動かせ」
「ちゃんと動かしてるよー」
ほら、とかごを見せる。青々とした新鮮な豆が少しずつ増えていて、こつこつ作業している証がそこには確かにあった。
「まだこれだけか」
「自分、不器用なんで」
「佐竹の真似するんじゃねえ」
わざと発した低い声に、額を指で弾かれた。
「ったーい!」
「おら、さっさと手動かせ」
いつの間にか、また背中を向け黙々と作業し始めた彼の背中を一度見つめたあと、自分の背中をぴたりと合わせて作業を再開させた。
(野菜と向き合ってる時でさえ、背中で語っちゃって)
背中に体重を乗せると、裏拳が飛んできて剥きかけの豆ごと和室側に転んでしまった。
こんな平和な時くらい、背中預かってくれてもいいじゃない、小十郎さん。
今日はあなたの日(5/16)なんだから。
*
学生の頃から小十郎を知っているが、泣いている姿を見たことがない。
悔し泣きはもちろん、甲子園で優勝した時や第一志望の大学に受かった時、果ては自分の結婚式でさえ嬉し泣きしなかった。
「っーー!!」
だから、まさかこんなことで泣きっ面を拝めようとは思いもしなかった。
「どうしたの、こじゅ?」
珍しく旦那さんが声にならない声を出していたので、慌てて隣室を覗いた。
いるはずの姿は見当たらず、代わりにベッドサイドに黒くて丸いものが見えた。
「こじゅ?」
近付くと、黒く丸いものは左足の小指をかかげてうつむく小十郎の姿だと分かった。
わたしが近付いたことに気付いているらしいが、うんうん唸っているところを察するに、どうやらベッドの足に小指を強く打ちつけたらしい。小指が既に嫌な感じの色合いになってるのが何よりの証拠だ。
下手な慰めより、今はアイシングを持ってきてあげた方がいいと冷凍庫へ駆け寄り、件のものを渡してあげた。
「あ、ありがとよ……」
なんとか声を出せるようになったところで、小十郎が顔をあげた。
「あー!」
その顔を見て驚いた。だって、小十郎の目から涙が流れてるんだもの!!
「なんだ、藪から棒に」
痛さとわたしの声に、眉間の皺が更に深くなる。
「う、ううん、なんでもない! 早く痛みがひきますように~!」
ごまかすために、ちょっと大袈裟なそぶりで小指にまじないをかけるふりをすると、
「ガキか」
吹き出して笑った小十郎の目からまた涙がキランと流れ落ちて、思わず見とれてしまったのは内緒の話。
さすがの小十郎でも、痛みに耐えかねて泣くこともあるんだね。
今日を、こじゅ泣く日(5/17)とでもしちゃおうかな。
*
お隣に住んでたお兄ちゃんが、養子に行くからといっていなくなったのが三年前。
お兄ちゃんに好きって言えず、後悔していたわたしに神さまはチャンスをくれた。
何か事情があったらしく、お兄ちゃんがまた片倉家に戻ってきたのだ。
……けど、お兄ちゃんは左頬に傷をこさえ、いわゆるヤンキーになっていました。
「あ」
玄関を出ると、制服姿のお兄ちゃんがうちの前を歩いていた。同じ高校に通ってて、うちの前がちょうど通学路なんだ。
「……よお」
声に気付き、お兄ちゃんが挨拶してくれた。傷が目に入って思わずびくっとしてしまい、その反動で足が玄関ポーチからずり落ちた。
「何やってんだ」
苦笑する顔は前と変わらなくて、柔らかかった。途端、好きって気持ちが込み上げてきて、
「途中まで一緒に行こう!」
そう言っていた。
お兄ちゃんはとても驚いて、
「ヤンキーと歩いたら、お前の素行が疑われんぞ」
と、そっぽを向いて歩き出してしまった。
「じゃあ、離れて歩くし」
後ろをトテトテ追いかけると、勝手にしろと言われた。
会話もなく、誰もいない通学路には二人の足音だけが静かにアスファルトに響いている。
「おい」
角を曲がり、もう少しで学校というところで、お兄ちゃんは眉間に皺を寄せ振り返った。
「もう、俺に近付くな。お前のためだ」
「え?」
「……俺は、傷もんだからな」
くるりと向けられた背中は、色んなものを拒絶していた。
優しくて照れ屋で、ぶっきらぼうだけど絶対無視とかしなかったお兄ちゃんは、この三年で全てを拒む人になっていた。
こんな風に変わってしまったのは、左頬の傷と関係あるのかもしれない。
「……それが、なんだっつーの!」
わたしはお兄ちゃんの背中に体当たりし、怒られるのを覚悟で腕組みした。
「おまっ、何してやがる!?」
「腕組み! わたし、お兄ちゃんが好きだから、ヤンキーだからとか傷があるとか関係ないし!」
ぽかんとするお兄ちゃんの腕を引っ張って校門につく。
皆がざわついてたけど関係ないし!
例えヤンキー(こじゅヤン)でも、わたしはあなたが好き!
5/18は告白記念日だ!
*
小十郎は、生来苦労する星のもとに生まれたらしい。
ただ一人と定めた主はよく政務を放り出してしまうし、ただ一人と惚れた妻はこちらがひやひやするくらいおっちょこちょいで。
「あっ」
今も何もないところでこけかけたので、慌てて支えてやった。
「ったく、大丈夫か?」
「まあ、旦那さま。ありがとうございます」
ほわんとした笑みが心を和ませる。
武士の妻としてはかなり心もとないが、その分自分がしっかりすればいい。惚れた弱味でそう思っているのだから、苦労したいとどこかで願っているのかもしれない。
(苦労の星と言うよりは、世話焼きの星の方が正しいのかもしれねえな)
一人、心の中でごちる。
「旦那さま?」
「いや、何でもねえ。それより、お前一人だと心配だから、ついててやるよ」
「あら、嬉しい」
またほわんと笑うから、ああ、惚れてるなと思い、密かにこのまま苦労をかけ続けて欲しいと思ってしまった。
苦労という名の幸せを、噛み締めましょう。(こじゅく、5/19)