「……すまんな。楽しみにしてくれてたのに」
『いいって。家康が忙しいの、分かってるから』
これ以上邪魔しちゃ悪いからと、彼女から電話を切ってくれた。
家康は、小さくため息をついた。



ホワイトデーの今日、家康は彼女とディナーの約束をしていた。もちろん、バレンタインのお返しという名目でだ。
なのに、まるでその行く道を阻むように突発で仕事が舞い込み、その締切日を考えると今日中に段取りをしておかないと間に合わないことが分かった。
それが分かったのが夕方を過ぎてからである。
「これでは、まるでドタキャンではないか」
再びため息をつき、一瞬だけ止めた手を忙しく動かし始める。
動かさないことには前に進めず、進まないことには終わらない。向き合う現実は厳しいが、これも仕事と割り切って打ち込んだ。



会社を後にしたのは、電車の最終便に間に合う時間帯だった。
当然、予約していた店はキャンセルしているし、例え行けたとしてももう閉まっている。
日を改めて穴埋めするにしても、それは今日でなければいけない気がし、家康は急いで携帯を取り出した。



『日をまたぐが、ワシとお前のホワイトデーはこれからだ！今からそっちへ向かう、頑張って起きててくれ！』