風読みの者
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伊達家の家臣、矢内重定に長女が生まれた。矢内家にとって初めての子の誕生だが、家内は暗い雰囲気だった。
「あなた……」
「ああ。まさか、我が娘が“風読みの者”とはな」
重定は、娘の額に存在する第三の目を見てため息をもらした。
“風読みの者”とは、特別な人間にしか見えない“第三の目”で風を読み吉兆を占う存在である。伊達宗家・朝宗(ともむね)を助けた僧が最初だと言われている。
自分が死して後も伊達を守るよう朝宗から遺言された僧は、伊達家内に常に己の力を継承する者が現れるよう詛をかけた。第三の目はその証だと言われている。
本来なら、風読みの力を持って生まれたことは誉れであり喜ぶべきことだが、風読みの者は神官の家で養育されることが決まっていて、矢内家にとっての初子がそうなるのだから夫婦が暗い表情をするのは当然である。
「我が子なのに、この手で育てられないなんて……」
「言うな。これも御家のためだ」
涙する妻に、重定はただそう言うだけで精一杯だった。
先代はつい最近亡くなったばかりで、故に、生まれ出ずるいずれかの赤子にその能力が継承されると言われており、果たして娘がそうであった。
もしかしたらと覚悟はしていたものの、いざそうなってみるとやはりつらいものがある。それに、初子は女子だ。風読みは吉兆を読み解く存在ゆえ、例え女であろうと戦場に赴くのが常なのだ。
(男であれば、戦に出ても問題ないものを)
本人とその両親、そして神官――この時の伊達筆頭神官は片倉景長であった――のみが見ることが出来る第三の目が、この時ばかりは厭わしく感じられた。
「御仏よ、どうか我が娘に加護を与えたまえ……」
重定は、本音を心の奥にしまいこむよりほかなかった。
十年後。
「小十郎、待ってよー」
「早くしろよ、相変わらずとろいな」
「小十郎が早いのっ」
米沢の地に、成長したヒロイン名前の姿があった。
ヒロイン名前が生まれた年に、後の片倉家初代当主となる片倉小十郎景綱も生まれ、二人は小十郎が養子に出されるまで共に育てられた。
景長亡き後、ヒロイン名前は喜多に引き取られ、別の筆頭神官の下で修行を積んでいる。だが、この頃のヒロイン名前は修行を渋っていた。
風読みの修行中に風の扱いを誤り、たまたまついてきた小十郎を巻き込んでしまったのだ。この時、彼の左頬には深い切り傷が刻まれ、薬師から一生治らぬ代物だと告げられたために、臆病になっていたのである。
「嫌だな、風読みの修行……」
「何でだよ。俺と違って、そいつさえあれば仕官は約束されてるじゃねえか。贅沢だ」
ただ、当の本人は傷のことは全く気にしていないらしい。むしろ、力を持つ彼女がその力を使わないことに腹を立てており、修行を渋る彼女をこうして毎日連れ出しているのである。
「仕官なんてしたくないもん。風だって、読みたくないもん……」
ちらと小十郎を見やる。左頬についた傷が生々しい。自分にのみ風が読めることはヒロイン名前の誇りだったが、以来風を読むことが怖くなっていた。
「こいつなら気にすんなって言ったろ? 俺の不注意なんだから」
視線の意味を理解した小十郎が、手のひらで傷を隠す。
「でも、私を助けようとして出来た傷だもん。気にする」
「俺が勝手に助けようとして、勝手に出来た傷だ。お前のせいじゃない。だいたい、お前は危なっかしいから、見てないと俺が不安なんだ」
「何よ、その保護者面」
「保護されるお前が悪い」
両者共に顔を背けたが、やがてどちらともなく修行場へと向かい始めた。
そして、更に十年後。
「梵天丸! どこにいやがる!」
「どうしたの、小十郎?」
数え二十一になった二人は、米沢城にあがり伊達家当主・伊達輝宗に仕えていた。
「ヒロイン名前か。梵天丸を見なかったか? 稽古の時間だってのに、あいつ逃げやがった」
「相変わらず、“さま”をつけないのね」
「俺の主は輝宗さま、ただお一人だからな」
ヒロイン名前はその運命通り、“風読みの者”として伊達家に仕えている。小十郎もまた、紆余曲折を経て輝宗の小姓となり、今は梵天丸の傅役となっている。
「その若さまなら、ここよ」
梵天丸は、ヒロイン名前の真後ろに隠れていた。
「梵天丸……」
「アンタと稽古なんかしねぇ! オレは、ヒロイン名前と一緒にいる!」
「何で稽古を嫌がる?」
梵天丸は唇を噛み、下を向いた。
「だって、片倉は勝たせてくれねぇじゃねぇか。他のヤツは勝たせてくれるのによ」
「おい、梵天丸」
小十郎はかがむと、梵天丸の目を覗いた。
「お前は伊達家の後継ぎだ。後継ぎともなれば、決して負けちゃならねえ立場なんだ。今負け続けんのは、将来負けねえためなんだよ」
その説得に納得がいかないのか、梵天丸はますます拗ねてしまった。
「若さま、小十郎の言う通りですよ」
見かねたヒロイン名前が口を挟んだ。
「若さまが頭領とおなり遊ばしてのちに負けてしまわれたら、それは御家断絶を意味します。若さまだけじゃなく、このヒロイン名前も命を落とすことになるのです」
「……そんなの、嫌だ」
「ならば、どうやったら勝てるか。わざと負けない小十郎からそれを学ぶことこそ、若さまの運命なのですよ」
「こんな運命、望んでなんかない。……オレは、momと一緒にいたい」
思わず漏れた本音に、ヒロイン名前は梵天丸を抱き締めた。
「お寂しいのですね。ですが、これも後継ぎとしてお産まれになった若さまの運命なのです」
「好きで後継ぎになった訳じゃねぇ」
「そうですね。それは私も同じです。好きで“風読みの者”になった訳ではありません」
「どうしてだ? あんなに、dadに可愛がられているのに」
梵天丸は驚いた。
「運命が、私を勝手に風読みにしたからです。私は、自分の意思で風読みの者になっていませんから、小さい頃は修行が嫌でたまりませんでした。他の女子と同じように、田畑を手伝いながら機織りなどずっとしていたかった」
ヒロイン名前から離れ、梵天丸は彼女を見つめた。
「ですが、今は運命に感謝しています。若さまの仰られる通り殿に可愛がって頂いていますし、こうして若さまにいつもお会い出来ますからね。それに、いつか運命を見返してやるつもりなんです」
「運命をか?」
「ええ。“どうだ、見たか。お前が選んだ風読みの者は、歴代最強なんだぞ”って。運命にそう思わせるために、私は今自分の運命に立ち向かってるのです」
梵天丸は俯いたが、やがて口をへの字にして頷き、小十郎を待たずに鍛練所へと走っていった。
「お前、恨んでたのか?てめえの運命ってやつを」
その背を見つめながら、小十郎が言った。
「うん、恨んでたわ。けど、今は違う。私が選んだのよ、この道をね」
そうかと、小十郎は小さく呟いた。
「あなた……」
「ああ。まさか、我が娘が“風読みの者”とはな」
重定は、娘の額に存在する第三の目を見てため息をもらした。
“風読みの者”とは、特別な人間にしか見えない“第三の目”で風を読み吉兆を占う存在である。伊達宗家・朝宗(ともむね)を助けた僧が最初だと言われている。
自分が死して後も伊達を守るよう朝宗から遺言された僧は、伊達家内に常に己の力を継承する者が現れるよう詛をかけた。第三の目はその証だと言われている。
本来なら、風読みの力を持って生まれたことは誉れであり喜ぶべきことだが、風読みの者は神官の家で養育されることが決まっていて、矢内家にとっての初子がそうなるのだから夫婦が暗い表情をするのは当然である。
「我が子なのに、この手で育てられないなんて……」
「言うな。これも御家のためだ」
涙する妻に、重定はただそう言うだけで精一杯だった。
先代はつい最近亡くなったばかりで、故に、生まれ出ずるいずれかの赤子にその能力が継承されると言われており、果たして娘がそうであった。
もしかしたらと覚悟はしていたものの、いざそうなってみるとやはりつらいものがある。それに、初子は女子だ。風読みは吉兆を読み解く存在ゆえ、例え女であろうと戦場に赴くのが常なのだ。
(男であれば、戦に出ても問題ないものを)
本人とその両親、そして神官――この時の伊達筆頭神官は片倉景長であった――のみが見ることが出来る第三の目が、この時ばかりは厭わしく感じられた。
「御仏よ、どうか我が娘に加護を与えたまえ……」
重定は、本音を心の奥にしまいこむよりほかなかった。
十年後。
「小十郎、待ってよー」
「早くしろよ、相変わらずとろいな」
「小十郎が早いのっ」
米沢の地に、成長したヒロイン名前の姿があった。
ヒロイン名前が生まれた年に、後の片倉家初代当主となる片倉小十郎景綱も生まれ、二人は小十郎が養子に出されるまで共に育てられた。
景長亡き後、ヒロイン名前は喜多に引き取られ、別の筆頭神官の下で修行を積んでいる。だが、この頃のヒロイン名前は修行を渋っていた。
風読みの修行中に風の扱いを誤り、たまたまついてきた小十郎を巻き込んでしまったのだ。この時、彼の左頬には深い切り傷が刻まれ、薬師から一生治らぬ代物だと告げられたために、臆病になっていたのである。
「嫌だな、風読みの修行……」
「何でだよ。俺と違って、そいつさえあれば仕官は約束されてるじゃねえか。贅沢だ」
ただ、当の本人は傷のことは全く気にしていないらしい。むしろ、力を持つ彼女がその力を使わないことに腹を立てており、修行を渋る彼女をこうして毎日連れ出しているのである。
「仕官なんてしたくないもん。風だって、読みたくないもん……」
ちらと小十郎を見やる。左頬についた傷が生々しい。自分にのみ風が読めることはヒロイン名前の誇りだったが、以来風を読むことが怖くなっていた。
「こいつなら気にすんなって言ったろ? 俺の不注意なんだから」
視線の意味を理解した小十郎が、手のひらで傷を隠す。
「でも、私を助けようとして出来た傷だもん。気にする」
「俺が勝手に助けようとして、勝手に出来た傷だ。お前のせいじゃない。だいたい、お前は危なっかしいから、見てないと俺が不安なんだ」
「何よ、その保護者面」
「保護されるお前が悪い」
両者共に顔を背けたが、やがてどちらともなく修行場へと向かい始めた。
そして、更に十年後。
「梵天丸! どこにいやがる!」
「どうしたの、小十郎?」
数え二十一になった二人は、米沢城にあがり伊達家当主・伊達輝宗に仕えていた。
「ヒロイン名前か。梵天丸を見なかったか? 稽古の時間だってのに、あいつ逃げやがった」
「相変わらず、“さま”をつけないのね」
「俺の主は輝宗さま、ただお一人だからな」
ヒロイン名前はその運命通り、“風読みの者”として伊達家に仕えている。小十郎もまた、紆余曲折を経て輝宗の小姓となり、今は梵天丸の傅役となっている。
「その若さまなら、ここよ」
梵天丸は、ヒロイン名前の真後ろに隠れていた。
「梵天丸……」
「アンタと稽古なんかしねぇ! オレは、ヒロイン名前と一緒にいる!」
「何で稽古を嫌がる?」
梵天丸は唇を噛み、下を向いた。
「だって、片倉は勝たせてくれねぇじゃねぇか。他のヤツは勝たせてくれるのによ」
「おい、梵天丸」
小十郎はかがむと、梵天丸の目を覗いた。
「お前は伊達家の後継ぎだ。後継ぎともなれば、決して負けちゃならねえ立場なんだ。今負け続けんのは、将来負けねえためなんだよ」
その説得に納得がいかないのか、梵天丸はますます拗ねてしまった。
「若さま、小十郎の言う通りですよ」
見かねたヒロイン名前が口を挟んだ。
「若さまが頭領とおなり遊ばしてのちに負けてしまわれたら、それは御家断絶を意味します。若さまだけじゃなく、このヒロイン名前も命を落とすことになるのです」
「……そんなの、嫌だ」
「ならば、どうやったら勝てるか。わざと負けない小十郎からそれを学ぶことこそ、若さまの運命なのですよ」
「こんな運命、望んでなんかない。……オレは、momと一緒にいたい」
思わず漏れた本音に、ヒロイン名前は梵天丸を抱き締めた。
「お寂しいのですね。ですが、これも後継ぎとしてお産まれになった若さまの運命なのです」
「好きで後継ぎになった訳じゃねぇ」
「そうですね。それは私も同じです。好きで“風読みの者”になった訳ではありません」
「どうしてだ? あんなに、dadに可愛がられているのに」
梵天丸は驚いた。
「運命が、私を勝手に風読みにしたからです。私は、自分の意思で風読みの者になっていませんから、小さい頃は修行が嫌でたまりませんでした。他の女子と同じように、田畑を手伝いながら機織りなどずっとしていたかった」
ヒロイン名前から離れ、梵天丸は彼女を見つめた。
「ですが、今は運命に感謝しています。若さまの仰られる通り殿に可愛がって頂いていますし、こうして若さまにいつもお会い出来ますからね。それに、いつか運命を見返してやるつもりなんです」
「運命をか?」
「ええ。“どうだ、見たか。お前が選んだ風読みの者は、歴代最強なんだぞ”って。運命にそう思わせるために、私は今自分の運命に立ち向かってるのです」
梵天丸は俯いたが、やがて口をへの字にして頷き、小十郎を待たずに鍛練所へと走っていった。
「お前、恨んでたのか?てめえの運命ってやつを」
その背を見つめながら、小十郎が言った。
「うん、恨んでたわ。けど、今は違う。私が選んだのよ、この道をね」
そうかと、小十郎は小さく呟いた。