戦国bsr読み切り短編集
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ヒロイン名前のお隣さんは、ちょっと変わっている。
仙台の一流企業に勤める会社員なのに、都心から離れた白石市にある総二階の集合アパートをわざわざ選ぶような人で、
「その理由は、一階住まいだと庭がついてくるから、なんですよね」
風が強く吹いている以外は小春日和の平日。隣宅との境界線である柵越しに、せっせと畑仕事をこなす男の背中を見つめる。男は本日代休で、休みは決まって畑いじりをするような人物だ。
「そういうお前だって、同じ理由だろ」
男──片倉小十郎は、軍手をはめた左手で頬の汗を拭った。
「わたしは半分仕事ですもん」
ヒロイン名前は、近所にある創作レストランのシェフで、店で提供するハーブを自宅の庭で栽培している。ヒロイン名前がこの物件を選んだ理由も、小十郎が述べた通り庭が目的であった。
小十郎と会話するようになったのは二年前。ヒロイン名前がここに越して半年が経った頃だ。
レストランが定休で、ハーブの手入れをするため庭に出た時に、同じく庭にいた小十郎と目が合ったのがきっかけだった。
「こ、こんにちは」
この日も風が強くて、ヒロイン名前の小さな声は風に流されたかもしれない。
あまり関わりたくなかったので、気付かれない方がむしろいいと思った。強面なので、その筋の人間だと思い込んでいた(だから、平日の真っ昼間に彼がいても疑問に思わなかった)からだ。
「こんにちは」
だが、無視されると思った挨拶はお辞儀と共に丁寧に返され、ヒロイン名前は戸惑った。
「どうされました?」
「あ、いえ、何でも!」
慌てて首を振ると、男は苦笑した。
「無視すると思いましたか」
「え……」
「この外面です、あなたのような反応はしょっちゅうですから。どうぞ、お気になさらず」
軽く会釈し、男は部屋へ戻っていった。
(悪いことしちゃったなぁ……。まあ、やっちゃったのは仕方ない。さっさと作業済ませよう)
強風で思ったほど作業が出来ず、小一時間ほどで中断し部屋へ戻ると、入れ違いで男が外へ出る音がした。
(そう言えば、お隣の立派な畑って誰が手入れしてるんだろ)
いつも季節の野菜が色とりどりに実っていて、ひそかに観察するのが楽しみだったのだが、まさかあの男が手入れをしてるのだろうか。
カーテン越しにこっそり庭を見ると、柵向こうに畑をいじる男の姿が見えた。
(やっぱり、あの人がやってるんだ! やくざでも畑いじりするんだ……)
思えば、ヒロイン名前が庭に出る前に掘削音が聞こえていた。彼が、わざと作業時間をずらしてくれたことに気が付き、ヒロイン名前は申し訳なさを感じ、例えやくざでも野菜をあんなに生き生きと育てられる彼と話をしてみたいと思った。
その晩、お詫びとして収穫したハーブを使った煮込み料理を届けた。
「かえって気を遣わせてしまったようで、申し訳ない」
「いえ、失礼なことをしたのはわたしですから。今日の一品にしてください」
「……では、遠慮なくいただきます」
少し微笑んだ顔が意外と可愛かった。
翌朝、ドアノブに紙袋が下げてあり、中にはタッパーと野菜が添えられていた。野菜は、例の庭で採れたものらしい。
こうして、物々交換から始まった交流は今年で三年目になる(彼がやくざでないことも分かった)。
今では、同じ日に休みの時はどちらともなく自前のものを持ち寄り、ヒロイン名前宅の庭先でハーブティーを楽しむのが恒例になっているのだが、生憎今日は強風のためヒロイン名前宅のリビングで過ごしていた。
「畑はどうだ」
「おかげさまで、今年の長雨にも負けずいい野菜が採れました」
ヒロイン名前には自家栽培の野菜を店に出したいという夢があった。小十郎にその話をすると、白石市郊外の休耕地を紹介してくれた上に野菜の育て方まで伝授してくれた。
「野菜、お客さまにすごく好評いただいてます。片倉さんに、思い切って相談して良かった」
「そりゃ良かった。ついでに、俺の相談にも答えを出してくれると嬉しいんだがな」
実はつい先日、小十郎から結婚を前提に付き合って欲しいと言われたのである。
「ここの大家に、結婚してもこのまま二部屋使っていいと言われたぞ」
「結婚って……。まだ、付き合ってもないじゃないですか」
「付き合ってるようなもんだろう。たまに休みが合えば、こうして茶してるし」
「付き合ってたんだ、わたしたち……」
「違うのか?」
ふいに、小十郎の仕事用携帯がポケットの中で震えた。メールを確認した小十郎の顔色が変わる。
「呼び出しですか?」
「ああ。これから出勤だ」
「そうですか」
しょげるヒロイン名前に、小十郎は喉を鳴らして笑った。
「寂しいのか?」
「べ、別にっ」
「俺は寂しい。だから、早く帰ってくる。晩飯、一緒に食おうぜ」
そう言って、小十郎は立ち上がった。
「あ、あの!」
部屋を出ようする彼のセーターの裾を掴んだ。玄関から風が入り、そのせいで目に痛みが生じた。
「ゴミが入ったのか。見てやるからじっとしてろ」
言われるまま身を委ねる。
「問題なさそうだ」
「ありがとうございます」
「ついでだ、目瞑れ」
何で、と思いながらも目を閉じると、
「じゃあな、行ってくるぜ」
ちゅ、と音を立てキスされた。
「なっ!?」
「可愛いな」
頭を撫で、小十郎は自室へ戻った。茫然自失のまま立っていると、数分後にスーツ姿で戻ってきた。
「何だ、まだいたのか」
「……言葉」
「あ?」
「言葉をください。片倉さんの気持ちを言葉にしたものが聞きたいです」
コートの裾を握る。小十郎は小さく笑うと、ヒロイン名前の後頭部に手を添え自分の胸に押し込めた。
「好きだ。だから、結婚してくれ」
「……もう一回」
「お前も言えよ」
「あ、照れてる」
「うるせえ。……愛してるぜ」
「ざっくばらんに」
「ああ?」
ポケットの会社携帯が忙しなく響く。
「ったく、しょうがねえな」
顎を乱暴に掴み、ヒロイン名前にもう一度キスをした。
「バイバイ、大好きだぜ」
今度こそ行くと行って離れた。
「い、行ってらっしゃい!」
去り行く背中に投げ掛ける。振り向きもせず片手だけで答えた彼の顔はきっと赤いのだろう。
強風で翻るコートの裾を掴まえ、確認したくなった。
(了)
仙台の一流企業に勤める会社員なのに、都心から離れた白石市にある総二階の集合アパートをわざわざ選ぶような人で、
「その理由は、一階住まいだと庭がついてくるから、なんですよね」
風が強く吹いている以外は小春日和の平日。隣宅との境界線である柵越しに、せっせと畑仕事をこなす男の背中を見つめる。男は本日代休で、休みは決まって畑いじりをするような人物だ。
「そういうお前だって、同じ理由だろ」
男──片倉小十郎は、軍手をはめた左手で頬の汗を拭った。
「わたしは半分仕事ですもん」
ヒロイン名前は、近所にある創作レストランのシェフで、店で提供するハーブを自宅の庭で栽培している。ヒロイン名前がこの物件を選んだ理由も、小十郎が述べた通り庭が目的であった。
小十郎と会話するようになったのは二年前。ヒロイン名前がここに越して半年が経った頃だ。
レストランが定休で、ハーブの手入れをするため庭に出た時に、同じく庭にいた小十郎と目が合ったのがきっかけだった。
「こ、こんにちは」
この日も風が強くて、ヒロイン名前の小さな声は風に流されたかもしれない。
あまり関わりたくなかったので、気付かれない方がむしろいいと思った。強面なので、その筋の人間だと思い込んでいた(だから、平日の真っ昼間に彼がいても疑問に思わなかった)からだ。
「こんにちは」
だが、無視されると思った挨拶はお辞儀と共に丁寧に返され、ヒロイン名前は戸惑った。
「どうされました?」
「あ、いえ、何でも!」
慌てて首を振ると、男は苦笑した。
「無視すると思いましたか」
「え……」
「この外面です、あなたのような反応はしょっちゅうですから。どうぞ、お気になさらず」
軽く会釈し、男は部屋へ戻っていった。
(悪いことしちゃったなぁ……。まあ、やっちゃったのは仕方ない。さっさと作業済ませよう)
強風で思ったほど作業が出来ず、小一時間ほどで中断し部屋へ戻ると、入れ違いで男が外へ出る音がした。
(そう言えば、お隣の立派な畑って誰が手入れしてるんだろ)
いつも季節の野菜が色とりどりに実っていて、ひそかに観察するのが楽しみだったのだが、まさかあの男が手入れをしてるのだろうか。
カーテン越しにこっそり庭を見ると、柵向こうに畑をいじる男の姿が見えた。
(やっぱり、あの人がやってるんだ! やくざでも畑いじりするんだ……)
思えば、ヒロイン名前が庭に出る前に掘削音が聞こえていた。彼が、わざと作業時間をずらしてくれたことに気が付き、ヒロイン名前は申し訳なさを感じ、例えやくざでも野菜をあんなに生き生きと育てられる彼と話をしてみたいと思った。
その晩、お詫びとして収穫したハーブを使った煮込み料理を届けた。
「かえって気を遣わせてしまったようで、申し訳ない」
「いえ、失礼なことをしたのはわたしですから。今日の一品にしてください」
「……では、遠慮なくいただきます」
少し微笑んだ顔が意外と可愛かった。
翌朝、ドアノブに紙袋が下げてあり、中にはタッパーと野菜が添えられていた。野菜は、例の庭で採れたものらしい。
こうして、物々交換から始まった交流は今年で三年目になる(彼がやくざでないことも分かった)。
今では、同じ日に休みの時はどちらともなく自前のものを持ち寄り、ヒロイン名前宅の庭先でハーブティーを楽しむのが恒例になっているのだが、生憎今日は強風のためヒロイン名前宅のリビングで過ごしていた。
「畑はどうだ」
「おかげさまで、今年の長雨にも負けずいい野菜が採れました」
ヒロイン名前には自家栽培の野菜を店に出したいという夢があった。小十郎にその話をすると、白石市郊外の休耕地を紹介してくれた上に野菜の育て方まで伝授してくれた。
「野菜、お客さまにすごく好評いただいてます。片倉さんに、思い切って相談して良かった」
「そりゃ良かった。ついでに、俺の相談にも答えを出してくれると嬉しいんだがな」
実はつい先日、小十郎から結婚を前提に付き合って欲しいと言われたのである。
「ここの大家に、結婚してもこのまま二部屋使っていいと言われたぞ」
「結婚って……。まだ、付き合ってもないじゃないですか」
「付き合ってるようなもんだろう。たまに休みが合えば、こうして茶してるし」
「付き合ってたんだ、わたしたち……」
「違うのか?」
ふいに、小十郎の仕事用携帯がポケットの中で震えた。メールを確認した小十郎の顔色が変わる。
「呼び出しですか?」
「ああ。これから出勤だ」
「そうですか」
しょげるヒロイン名前に、小十郎は喉を鳴らして笑った。
「寂しいのか?」
「べ、別にっ」
「俺は寂しい。だから、早く帰ってくる。晩飯、一緒に食おうぜ」
そう言って、小十郎は立ち上がった。
「あ、あの!」
部屋を出ようする彼のセーターの裾を掴んだ。玄関から風が入り、そのせいで目に痛みが生じた。
「ゴミが入ったのか。見てやるからじっとしてろ」
言われるまま身を委ねる。
「問題なさそうだ」
「ありがとうございます」
「ついでだ、目瞑れ」
何で、と思いながらも目を閉じると、
「じゃあな、行ってくるぜ」
ちゅ、と音を立てキスされた。
「なっ!?」
「可愛いな」
頭を撫で、小十郎は自室へ戻った。茫然自失のまま立っていると、数分後にスーツ姿で戻ってきた。
「何だ、まだいたのか」
「……言葉」
「あ?」
「言葉をください。片倉さんの気持ちを言葉にしたものが聞きたいです」
コートの裾を握る。小十郎は小さく笑うと、ヒロイン名前の後頭部に手を添え自分の胸に押し込めた。
「好きだ。だから、結婚してくれ」
「……もう一回」
「お前も言えよ」
「あ、照れてる」
「うるせえ。……愛してるぜ」
「ざっくばらんに」
「ああ?」
ポケットの会社携帯が忙しなく響く。
「ったく、しょうがねえな」
顎を乱暴に掴み、ヒロイン名前にもう一度キスをした。
「バイバイ、大好きだぜ」
今度こそ行くと行って離れた。
「い、行ってらっしゃい!」
去り行く背中に投げ掛ける。振り向きもせず片手だけで答えた彼の顔はきっと赤いのだろう。
強風で翻るコートの裾を掴まえ、確認したくなった。
(了)