戦国bsr読み切り短編集
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ある夜、同僚の片倉小十郎から電話がかかってきた。
『今週の休み、ドライブ行かねえか?』
「……そんな気分になれない」
ため息と共に、言葉を絞り出した。
先日、二年付き合った同期の彼氏と別れたばかりで、とにかく一人になりたかった。
『身体がしんどいから断るってんなら聞くが、ふて寝してえから行かねえってんなら出てこい。お前、昔から塞ぎこんだらドツボにはまるタイプだろうが』
さすがは社内一の昇進者、人をよく見ている。そして、ヒロイン名前が落ち込んでいるのも察していたらしい。
『お前が前に言ってた、蔵王町のスイーツ店に寄っていいんだぜ?』
「……ホント?」
電話口で、小十郎が笑う声がした。
『ああ。あの地域は、車がねえと行けねえからな。他にも行きてえとこがあるなら付き合ってやる』
行きたい、と言いかけてやめた。
「気持ちは嬉しいけど、やめとく。片倉くんに、そこまでしてもらう理由がないもの」
『理由ならある。ドツボのお前を放っておくと、仕事に支障が出る。お前が元に戻るのは、会社のためでもあるんだ』
「……なにそれ、よく分かんない」
ヒロイン名前は吹き出した。久々に笑ったと思った。
『まあ、他にも理由はあるんだがな』
「え?」
『今は気にすんな。で、土曜と日曜、どっちが都合がいい?』
「あ、じゃあ、日曜で」
あれよと言う間にドライブが決まり、電話を切ると少し気持ちが浮上していた。
(別れたばっかで他の男(ひと)と出掛けるなんて、どうかしてるわ)
そう思っても、何を着ようかわくわくしながらクローゼットを覗く自分がいる。
(……最低。彼氏に振られた寂しさを、片倉くんに埋めてもらおうとしてる……)
浅ましい己が、酷く嫌だった。
約束の日、待ち合わせ場所に行くと既に小十郎の車が待っていた。
「お待たせ」
「早く来ただけだから、気にすんな」
カレカノみたいな会話だと思うと、笑いが込み上げた。
「どうした?」
「カレカノみたいだなと思って」
「そうか」
何故か、小十郎が照れくさそうにした。
「それじゃ、行くぞ」
「あ、うん」
ヒロイン名前がシートベルトをつけるのを確認すると、小十郎は車を発進させた。エンジンが、座席越しに伝わってきた。
(そう言えば、彼との初めてのデートもドライブだった……)
蔵王エコーラインを走りたいという彼のリクエストで、初デートはドライブとなった。途中立ち寄った“たまご舎”というスイーツ店で食べたプリンが美味しくて、また来たいと言ったら彼はドライブのたびに連れていってくれた。
「……なるほどな。それで、こいつがお前にとって大事な品なんだな」
たまご舎のカフェコーナー、テーブルに運ばれたプリンを見ながら小十郎が相槌を打った。
何でも話せと言われ、たわいもない話からつい元カレの話になり、どうしてたまご舎のプリンに思い入れがあるかまで話した。
「もう、思い出の味なんだけどね」
「焦って思い出にする必要はねえと思うぜ」
ポン、と頭を撫でられ、思わず涙ぐんでしまった。
「今はキツいだろうが、時間が解決することだってある」
ヒロイン名前は黙って頷き、プリンを口にした。思い出にするには甘い、そして大好きな味が口いっぱいに広がり、堪えきれない涙が頬を伝った。
小十郎は何も言わず、ヒロイン名前が食べ終わるまで待ってくれた。それが余計つらくて、せっかくのプリンを少し早食いしてしまった。
最後のリクエストとして「夕焼けの見える海に行きたい」と伝えると、東松島に連れていってくれた。
「綺麗な夕日……。よく、ここに来るの?」
「時々な。迷ったり悩んだりすると、決まってここに来る」
「片倉くんが?」
「俺も、迷うことはある。そん時は、この海と夕日をずっと眺めることにしてる」
そうすると気持ちが晴れ、迷いが消え、悩みの解決法が浮かぶのだと言った。
「言ってみりゃ、ここは俺が元気になる場所だ。だから、お前も元気になるきっかけになりゃいいと思ってな」
夕日に照らされた小十郎の横顔は眼前に広がる海と夕日のように柔らかで、自分を想ってくれる気持ちが心に沁みて、また涙が溢れた。
「泣くな」
「片倉くんが…優しいからだよ……」
「優しい、か……」
少し困った顔をした。
「ただ優しいだけと思われちゃ、心苦しいな」
首を傾げると、小十郎はまた苦笑した。
「傷心の片思い相手を慰め、あわよくば……って下心があるからな」
ヒロイン名前は目を見開いた。
「お前に元気になって欲しいのは、会社のためも勿論ある。だが、一番は俺が元気なお前を早く見てえからだ」
振り向いた彼の目には、先程と違う色が満ちていた。
「俺は、入社してからずっとお前が好きだった。同期のあいつと付き合い始めたって聞いた時にゃ、嫉妬で頭がおかしくなりそうだった。……ここに来るきっかけになったのは、ヒロイン苗字、お前だ」
初めて聞く小十郎の想い。ヒロイン名前は、ただ話を聞くだけで精一杯だった。
「最初は、奪ってやろうかと思った。だが、お前が幸せそうだったから止めた。……結果として、待った甲斐があったがな」
真摯な眼差しで見つめられ、恥ずかしさで目をそらした。
「今すぐでなくていい。気持ちの整理がついたらでいい。俺と付き合う未来ってのを、選択肢に入れてくれねえか?」
「っ、出来ない!」
とっさに出た言葉だった。
「出来ないよ……。だってわたし、片倉くんを利用してるんだよ? 別れた寂しさを、片倉くんに埋めてもらおうとしてるんだよ?」
「別に構わねえよ」
意外な回答に、今度はヒロイン名前が小十郎を見つめる番だった。
「どんな形であれ、お前の視界に俺が入ってるんだ。入らねえよりはいい。それに、振り向かす自信はあるからな」
不敵な笑みを浮かべると、そっとヒロイン名前の髪の毛に触れた。
「お前が好きだ、ヒロイン苗字。だから、色んな感情は抜きにして、前向きに考えてくれ」
ヒロイン名前は、小十郎の優しさに甘えたくなった。だが、ずっと、どんな時も素の自分を見つめ続けてくれた彼の想いを考えると、してはいけないと思った。
「……今すぐは無理。けど、必ず答えは出すわ」
小十郎は、黙って聞いていた。
「“感情を我慢しないでいい”って言ってくれた片倉くんだから、ちゃんと答えを出したいの。寂しいとか、そんな感情に流されないで、片倉くんのことだけ考えて出した答えを、ちゃんと伝えたい」
「分かった」
小十郎は、小さく笑った。
「まあ、元々短気だからな、そう長くは待てねえことは覚えててくれ」
「え、脅迫!?」
「だな」
目を合わすと、二人して笑った。
「もう少し、歩いてみるか」
そう言って歩き出した小十郎の背中は、夕日を浴びて紅く染まっている。ヒロイン名前は、その背中がとても印象的だった。
(片倉くん、ごめんね。それから、ありがとう)
声に出したら、下心からだとごまかされそうだったから、心の中で呪文のように何度も唱えた。
(了)
『今週の休み、ドライブ行かねえか?』
「……そんな気分になれない」
ため息と共に、言葉を絞り出した。
先日、二年付き合った同期の彼氏と別れたばかりで、とにかく一人になりたかった。
『身体がしんどいから断るってんなら聞くが、ふて寝してえから行かねえってんなら出てこい。お前、昔から塞ぎこんだらドツボにはまるタイプだろうが』
さすがは社内一の昇進者、人をよく見ている。そして、ヒロイン名前が落ち込んでいるのも察していたらしい。
『お前が前に言ってた、蔵王町のスイーツ店に寄っていいんだぜ?』
「……ホント?」
電話口で、小十郎が笑う声がした。
『ああ。あの地域は、車がねえと行けねえからな。他にも行きてえとこがあるなら付き合ってやる』
行きたい、と言いかけてやめた。
「気持ちは嬉しいけど、やめとく。片倉くんに、そこまでしてもらう理由がないもの」
『理由ならある。ドツボのお前を放っておくと、仕事に支障が出る。お前が元に戻るのは、会社のためでもあるんだ』
「……なにそれ、よく分かんない」
ヒロイン名前は吹き出した。久々に笑ったと思った。
『まあ、他にも理由はあるんだがな』
「え?」
『今は気にすんな。で、土曜と日曜、どっちが都合がいい?』
「あ、じゃあ、日曜で」
あれよと言う間にドライブが決まり、電話を切ると少し気持ちが浮上していた。
(別れたばっかで他の男(ひと)と出掛けるなんて、どうかしてるわ)
そう思っても、何を着ようかわくわくしながらクローゼットを覗く自分がいる。
(……最低。彼氏に振られた寂しさを、片倉くんに埋めてもらおうとしてる……)
浅ましい己が、酷く嫌だった。
約束の日、待ち合わせ場所に行くと既に小十郎の車が待っていた。
「お待たせ」
「早く来ただけだから、気にすんな」
カレカノみたいな会話だと思うと、笑いが込み上げた。
「どうした?」
「カレカノみたいだなと思って」
「そうか」
何故か、小十郎が照れくさそうにした。
「それじゃ、行くぞ」
「あ、うん」
ヒロイン名前がシートベルトをつけるのを確認すると、小十郎は車を発進させた。エンジンが、座席越しに伝わってきた。
(そう言えば、彼との初めてのデートもドライブだった……)
蔵王エコーラインを走りたいという彼のリクエストで、初デートはドライブとなった。途中立ち寄った“たまご舎”というスイーツ店で食べたプリンが美味しくて、また来たいと言ったら彼はドライブのたびに連れていってくれた。
「……なるほどな。それで、こいつがお前にとって大事な品なんだな」
たまご舎のカフェコーナー、テーブルに運ばれたプリンを見ながら小十郎が相槌を打った。
何でも話せと言われ、たわいもない話からつい元カレの話になり、どうしてたまご舎のプリンに思い入れがあるかまで話した。
「もう、思い出の味なんだけどね」
「焦って思い出にする必要はねえと思うぜ」
ポン、と頭を撫でられ、思わず涙ぐんでしまった。
「今はキツいだろうが、時間が解決することだってある」
ヒロイン名前は黙って頷き、プリンを口にした。思い出にするには甘い、そして大好きな味が口いっぱいに広がり、堪えきれない涙が頬を伝った。
小十郎は何も言わず、ヒロイン名前が食べ終わるまで待ってくれた。それが余計つらくて、せっかくのプリンを少し早食いしてしまった。
最後のリクエストとして「夕焼けの見える海に行きたい」と伝えると、東松島に連れていってくれた。
「綺麗な夕日……。よく、ここに来るの?」
「時々な。迷ったり悩んだりすると、決まってここに来る」
「片倉くんが?」
「俺も、迷うことはある。そん時は、この海と夕日をずっと眺めることにしてる」
そうすると気持ちが晴れ、迷いが消え、悩みの解決法が浮かぶのだと言った。
「言ってみりゃ、ここは俺が元気になる場所だ。だから、お前も元気になるきっかけになりゃいいと思ってな」
夕日に照らされた小十郎の横顔は眼前に広がる海と夕日のように柔らかで、自分を想ってくれる気持ちが心に沁みて、また涙が溢れた。
「泣くな」
「片倉くんが…優しいからだよ……」
「優しい、か……」
少し困った顔をした。
「ただ優しいだけと思われちゃ、心苦しいな」
首を傾げると、小十郎はまた苦笑した。
「傷心の片思い相手を慰め、あわよくば……って下心があるからな」
ヒロイン名前は目を見開いた。
「お前に元気になって欲しいのは、会社のためも勿論ある。だが、一番は俺が元気なお前を早く見てえからだ」
振り向いた彼の目には、先程と違う色が満ちていた。
「俺は、入社してからずっとお前が好きだった。同期のあいつと付き合い始めたって聞いた時にゃ、嫉妬で頭がおかしくなりそうだった。……ここに来るきっかけになったのは、ヒロイン苗字、お前だ」
初めて聞く小十郎の想い。ヒロイン名前は、ただ話を聞くだけで精一杯だった。
「最初は、奪ってやろうかと思った。だが、お前が幸せそうだったから止めた。……結果として、待った甲斐があったがな」
真摯な眼差しで見つめられ、恥ずかしさで目をそらした。
「今すぐでなくていい。気持ちの整理がついたらでいい。俺と付き合う未来ってのを、選択肢に入れてくれねえか?」
「っ、出来ない!」
とっさに出た言葉だった。
「出来ないよ……。だってわたし、片倉くんを利用してるんだよ? 別れた寂しさを、片倉くんに埋めてもらおうとしてるんだよ?」
「別に構わねえよ」
意外な回答に、今度はヒロイン名前が小十郎を見つめる番だった。
「どんな形であれ、お前の視界に俺が入ってるんだ。入らねえよりはいい。それに、振り向かす自信はあるからな」
不敵な笑みを浮かべると、そっとヒロイン名前の髪の毛に触れた。
「お前が好きだ、ヒロイン苗字。だから、色んな感情は抜きにして、前向きに考えてくれ」
ヒロイン名前は、小十郎の優しさに甘えたくなった。だが、ずっと、どんな時も素の自分を見つめ続けてくれた彼の想いを考えると、してはいけないと思った。
「……今すぐは無理。けど、必ず答えは出すわ」
小十郎は、黙って聞いていた。
「“感情を我慢しないでいい”って言ってくれた片倉くんだから、ちゃんと答えを出したいの。寂しいとか、そんな感情に流されないで、片倉くんのことだけ考えて出した答えを、ちゃんと伝えたい」
「分かった」
小十郎は、小さく笑った。
「まあ、元々短気だからな、そう長くは待てねえことは覚えててくれ」
「え、脅迫!?」
「だな」
目を合わすと、二人して笑った。
「もう少し、歩いてみるか」
そう言って歩き出した小十郎の背中は、夕日を浴びて紅く染まっている。ヒロイン名前は、その背中がとても印象的だった。
(片倉くん、ごめんね。それから、ありがとう)
声に出したら、下心からだとごまかされそうだったから、心の中で呪文のように何度も唱えた。
(了)