戦国bsr読み切り短編集
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霧の深い朝だった。
「くしゅんっ」
かまどの前、くしゃみが出た。
途端、奥から慌ただしい足音が近付いてきて、ヒロイン名前は苦笑を浮かべた。
「ヒロイン名前、大丈夫か!」
夫である片倉小十郎が、血相を変えてやってきた。
「大丈夫です。かまどの煙で鼻がくすぐったかっただけです」
「お前の大丈夫はあてにならねえ」
ため息の中に、心配と困惑の色が混じる。
無理もない。ヒロイン名前は食が細く、季節の変わり目を迎えるたびいつも体調を崩していて、小十郎の気を揉まない日はなかった。
「それに、今は腹にややがいるんだ。いつもと同じように過ごされちゃ、俺の身がもたねえ」
そう言って、小十郎は自分が持っている中で一番温かい綿入れをヒロイン名前にかけてやった。
「そう、ですね……。気を付けます」
いとおしそうに下腹を触る。まだ膨らみはないが、そこには確かに小十郎の子がいて、ヒロイン名前の心を弾ませた。
懐妊が分かったのは昨日のこと。
愛姫に管弦の遊びに誘われ屋形を訪ねたのだが、すぐに気分が悪くなって床に伏してしまった。
「Hey,愛! 管弦の遊びをしてるんだって?」
そこへ、政宗が障子戸をスパンと開けて入ってきた。
「Ah? ヒロイン名前、どうしたんだ」
「気分が悪くなってしまったそうです」
「お見苦しいところを、申し訳ございません……」
青白い顔で弱々しく謝罪すると、政宗が笑った。
「気にすんな。お前の身体のことは小十郎から聞いてる。むしろ、愛がいるとこで倒れて良かったじゃねぇか」
「そうよ。一人の時に倒れたら、大変なことになっていたかもしれないもの。小十郎が殿の右目なら、あなたはさしずめわたくしの右腕。その身体、大事になさい」
「はい、ありがとうございます……」
「ところで、殿」
政宗が、口をひくつかせた。
「いや、抜け出してねぇぞ。ただの休憩だ」
「まだ、何も言っていませんが……。さようでしたか」
愛はにっこり笑い、息を思い切り吸った。
「誰か、片倉を呼んでちょうだい!!」
「Hey! Wait,wait!」
「待ちません。ご政務を抜け出すなんて。お腹の子に何て言い訳するんですか!」
キッと睨み、八月になる腹をさすった。
「だから、ただの休憩だ。それより、急にでかい声出したら腹の子が驚くだろ」
「殿が政務を抜け出して来なければ、出さずに済みました」
「だからサボりじゃねぇ。休憩だ!」
「うぇいと、と、慌ててましたわよね」
まだ続く二人のやり取りにヒロイン名前は我慢出来ず笑ったが、突然の嘔吐感に襲われ口元を押さえた。
「ヒロイン名前!」
愛がすかさず背中をさする。
「申し訳、ござっ……」
「……ヒロイン名前、あなたもしかして」
「薬師を呼んで来る」
「殿、お待ちになって」
そう言って、愛はヒロイン名前の顔を覗いた。
「ヒロイン名前、あなた懐妊してるのではなくて?」
「え……」
「本当か、愛!」
「ええ。ヒロイン名前の症状に、身に覚えがありますもの。月のもの、来てないのではなくて?」
そう言われると、最近月のものになっていないと思った。ただ、ヒロイン名前は今で言う月経不順が当たり前で、ゆえに特に気に留めたことがなかったので、今回は正直病にかかったのではと内心ひやひやしていたのだ。
そこへ、足音荒く小十郎がやって来た。
「愛姫さま、お呼びでしょうか」
「小十郎、今すぐ薬師を呼べ!」
政宗はスパンと障子戸を開けると、小十郎に怒鳴った。
「ヒロイン名前が、懐妊してるかもしれねぇんだ!」
「は?」
室内を見ると、青白い顔のヒロイン名前が横たわっていて、いつも見る光景だったのでにわかには信じられなかった。
「誠に、ございますか?」
「それを確かめるために、薬師を呼べっつってんだよ!」
きょとんとしたままの小十郎に舌打ちし、政宗は自ら薬師を呼んだ。
大慌てでやってきた薬師が診断した結果、ヒロイン名前は懐妊しており、三月とのことだった。
政宗夫婦はもちろん、普段ヒロイン名前と政宗の前でしか笑わない小十郎が喜びを爆発させたのは言うまでもない。
小十郎がおこしたかまどで飯を炊き、味噌汁をこさえ、二人そろって朝食を採った。
障子から陽がすけて入り、空気は寒いものの気持ち的には温かく感じた。
「二人の食事が、じきに三人になるんだな」
ぽつり呟いた小十郎の顔が嬉しそうで、ヒロイン名前は微笑んだ。
「そうですね」
「今日からややが生まれるまで、その綿入れはずっと羽織っておけ」
「ずっとですか? 家仕事がやりづらいです」
ヒロイン名前の身長は148センチくらいなので、小十郎の綿入れでは袖も裾も余ってしまうのだ。
「なら、同じようなのをこしらえるか。材料は姉上に頼んで用意してもらっておく」
「はい、お願いします」
小十郎の野菜で漬けた糠漬けをかじる。悪阻でも、これだけは不思議と食べられるのだから、小十郎の野菜は万能薬と言っていい。
「おっと、ゆっくりしてる場合じゃなかったな」
「今晩から城に泊まられるのでしたね」
「正直、お前を置いて城にこもるのは気がかりだな」
「無理はしませんから、どうぞご政務に集中なさってください」
それでも心配という体の小十郎に、ヒロイン名前は苦笑してこう言った。
「では、お互い頑張りましょう。あなたさまは私を心配しすぎないよう、私は無理をしすぎないように」
「……そうだな」
小十郎も笑った。
いつもの陣羽織を羽織り、小十郎は戸口を開けた。霧はまだ深かったが、朝日がきらめいて美しかった。
「じゃあ、行ってくる。さっきの約束、ちゃんと守れよ?」
「あなたさまも」
頷くと、小十郎は少しかがんでヒロイン名前に口付けした。
「行ってらっしゃいませ。頑張ってくださいませ」
いつものように遠くなる背中に手を振る。
「二人で、お帰りをお待ちしてますね」
小十郎が振り返り、手を振り返してくれた。朝霧で姿はよく見えなかったが、口元だけははっきり見え、そこは確かに微笑んでいた。
(了)
「くしゅんっ」
かまどの前、くしゃみが出た。
途端、奥から慌ただしい足音が近付いてきて、ヒロイン名前は苦笑を浮かべた。
「ヒロイン名前、大丈夫か!」
夫である片倉小十郎が、血相を変えてやってきた。
「大丈夫です。かまどの煙で鼻がくすぐったかっただけです」
「お前の大丈夫はあてにならねえ」
ため息の中に、心配と困惑の色が混じる。
無理もない。ヒロイン名前は食が細く、季節の変わり目を迎えるたびいつも体調を崩していて、小十郎の気を揉まない日はなかった。
「それに、今は腹にややがいるんだ。いつもと同じように過ごされちゃ、俺の身がもたねえ」
そう言って、小十郎は自分が持っている中で一番温かい綿入れをヒロイン名前にかけてやった。
「そう、ですね……。気を付けます」
いとおしそうに下腹を触る。まだ膨らみはないが、そこには確かに小十郎の子がいて、ヒロイン名前の心を弾ませた。
懐妊が分かったのは昨日のこと。
愛姫に管弦の遊びに誘われ屋形を訪ねたのだが、すぐに気分が悪くなって床に伏してしまった。
「Hey,愛! 管弦の遊びをしてるんだって?」
そこへ、政宗が障子戸をスパンと開けて入ってきた。
「Ah? ヒロイン名前、どうしたんだ」
「気分が悪くなってしまったそうです」
「お見苦しいところを、申し訳ございません……」
青白い顔で弱々しく謝罪すると、政宗が笑った。
「気にすんな。お前の身体のことは小十郎から聞いてる。むしろ、愛がいるとこで倒れて良かったじゃねぇか」
「そうよ。一人の時に倒れたら、大変なことになっていたかもしれないもの。小十郎が殿の右目なら、あなたはさしずめわたくしの右腕。その身体、大事になさい」
「はい、ありがとうございます……」
「ところで、殿」
政宗が、口をひくつかせた。
「いや、抜け出してねぇぞ。ただの休憩だ」
「まだ、何も言っていませんが……。さようでしたか」
愛はにっこり笑い、息を思い切り吸った。
「誰か、片倉を呼んでちょうだい!!」
「Hey! Wait,wait!」
「待ちません。ご政務を抜け出すなんて。お腹の子に何て言い訳するんですか!」
キッと睨み、八月になる腹をさすった。
「だから、ただの休憩だ。それより、急にでかい声出したら腹の子が驚くだろ」
「殿が政務を抜け出して来なければ、出さずに済みました」
「だからサボりじゃねぇ。休憩だ!」
「うぇいと、と、慌ててましたわよね」
まだ続く二人のやり取りにヒロイン名前は我慢出来ず笑ったが、突然の嘔吐感に襲われ口元を押さえた。
「ヒロイン名前!」
愛がすかさず背中をさする。
「申し訳、ござっ……」
「……ヒロイン名前、あなたもしかして」
「薬師を呼んで来る」
「殿、お待ちになって」
そう言って、愛はヒロイン名前の顔を覗いた。
「ヒロイン名前、あなた懐妊してるのではなくて?」
「え……」
「本当か、愛!」
「ええ。ヒロイン名前の症状に、身に覚えがありますもの。月のもの、来てないのではなくて?」
そう言われると、最近月のものになっていないと思った。ただ、ヒロイン名前は今で言う月経不順が当たり前で、ゆえに特に気に留めたことがなかったので、今回は正直病にかかったのではと内心ひやひやしていたのだ。
そこへ、足音荒く小十郎がやって来た。
「愛姫さま、お呼びでしょうか」
「小十郎、今すぐ薬師を呼べ!」
政宗はスパンと障子戸を開けると、小十郎に怒鳴った。
「ヒロイン名前が、懐妊してるかもしれねぇんだ!」
「は?」
室内を見ると、青白い顔のヒロイン名前が横たわっていて、いつも見る光景だったのでにわかには信じられなかった。
「誠に、ございますか?」
「それを確かめるために、薬師を呼べっつってんだよ!」
きょとんとしたままの小十郎に舌打ちし、政宗は自ら薬師を呼んだ。
大慌てでやってきた薬師が診断した結果、ヒロイン名前は懐妊しており、三月とのことだった。
政宗夫婦はもちろん、普段ヒロイン名前と政宗の前でしか笑わない小十郎が喜びを爆発させたのは言うまでもない。
小十郎がおこしたかまどで飯を炊き、味噌汁をこさえ、二人そろって朝食を採った。
障子から陽がすけて入り、空気は寒いものの気持ち的には温かく感じた。
「二人の食事が、じきに三人になるんだな」
ぽつり呟いた小十郎の顔が嬉しそうで、ヒロイン名前は微笑んだ。
「そうですね」
「今日からややが生まれるまで、その綿入れはずっと羽織っておけ」
「ずっとですか? 家仕事がやりづらいです」
ヒロイン名前の身長は148センチくらいなので、小十郎の綿入れでは袖も裾も余ってしまうのだ。
「なら、同じようなのをこしらえるか。材料は姉上に頼んで用意してもらっておく」
「はい、お願いします」
小十郎の野菜で漬けた糠漬けをかじる。悪阻でも、これだけは不思議と食べられるのだから、小十郎の野菜は万能薬と言っていい。
「おっと、ゆっくりしてる場合じゃなかったな」
「今晩から城に泊まられるのでしたね」
「正直、お前を置いて城にこもるのは気がかりだな」
「無理はしませんから、どうぞご政務に集中なさってください」
それでも心配という体の小十郎に、ヒロイン名前は苦笑してこう言った。
「では、お互い頑張りましょう。あなたさまは私を心配しすぎないよう、私は無理をしすぎないように」
「……そうだな」
小十郎も笑った。
いつもの陣羽織を羽織り、小十郎は戸口を開けた。霧はまだ深かったが、朝日がきらめいて美しかった。
「じゃあ、行ってくる。さっきの約束、ちゃんと守れよ?」
「あなたさまも」
頷くと、小十郎は少しかがんでヒロイン名前に口付けした。
「行ってらっしゃいませ。頑張ってくださいませ」
いつものように遠くなる背中に手を振る。
「二人で、お帰りをお待ちしてますね」
小十郎が振り返り、手を振り返してくれた。朝霧で姿はよく見えなかったが、口元だけははっきり見え、そこは確かに微笑んでいた。
(了)