戦国bsr読み切り短編集
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コックピットの窓から流れる景色はいつ見ても気持ちがいい。
パイロットであるヒロイン名前は、何度も見てきたはずの景色に何度目か分からない感嘆のため息をついた。
「ため息などついて、どうしたのかね?」
機長席に座るキャプテンの松永久秀が、目線だけをこちらに寄こした。
「いえ、相変わらず空は綺麗で残酷だなと思って。こんな綺麗な景色、地上からは見せてくれないんですもの」
「だからこそ、飛行機があるのだよ」
「そうですね」
「さて、私は少し休ませてもらうとしよう。You have control」
「I have」
操縦桿を握る手に力がこもる。
休むなどと言ったが、彼が本当に休むことはない。身体だけ休めつつ、実はヒロイン名前の操縦をチェックしているのだ。
緊張することこの上ないが、実践が練習の場になっている経歴の浅いコー・パイロット(コー・パイ)にとって、このように見守りつつひそかにアドバイスをくれるキャプテンはありがたい存在だ。
「ところで、卿は今晩は空いているかね? 片倉がちょうど羽田に戻るようなんだが、一献どうかね?」
「是非!」
「では、羽田についたら声をかけておこう」
ちなみにこの三人が初めて集ったのは、ヒロイン名前が試乗体験をしたその日。今から5年前のことである。
ヒロイン名前は、数少ない女性パイロット訓練生として日の元空輸に入社した。父や年の離れた兄がパイロットとして従事する環境に育ったため、彼女がこの道を選ぶのはごく自然なことだった。
それでも、いざコックピットに入ると、今度は自分が操縦する側に立つのだと改めて認識させられる。背筋が伸びる思いだった。
「ジャバンオリジン831。クリアー トゥ……」
この日のコックピットには、社内でも有名なMKコンビこと松永久秀機長と、管制官とコンタクト中の片倉小十郎副操縦士が座っている。
何故有名なのか。それは、二人が犬猿の仲なのにパイロットとしての相性が100%だからだ。二人のフライトは客からだけでなくクルーからも評判がいい。それもそのはず、二人は社内、いや日本でも一、二を争うであろう腕を有すると言われているのだ。
そんな先輩パイロットたちの操縦を目の前で見られる喜びもあいまって、ヒロイン名前は思わず感涙を流した。
「何、泣いてやがる」
気配を察したのか、片倉が怪訝そうな声をあげた。
「す、すみません! 何でもないです!」
「ごまかさずともいい。感極まって泣いてしまったのだろう?」
言い当てられ押し黙っていると、松永が顎に手をやりゆったりと笑った。
「いいではないか。素直な感情が滴となって流れる、どこかの誰かにも見習って欲しい態度だ」
「俺はどこかの誰かさんにゃ、思ったまま言動を繰り広げる性癖を何とかして欲しいと願って止まねえぜ」
どこの業界でもそうだが、先輩に対し後輩がタメ口をきくなど言語道断だ。が、松永は片倉に対してだけこの暴挙?を許している。
(それだけ、片倉さんのこと信頼してるってことなんだろうな)
涙を拭い再び前を向くと、前の二人の背中がパイロットのそれになっていた。
「羽田グランド。ジャバンオリジン831。リクエスト タクシー(羽田グランドコントロールへ。ジャパンオリジン831便です。地上走行を許可願います)」
管制席から許可が出ると、飛行機がエンジンを始動させた。
ちらと窓の外を見ると、地上スタッフが飛行機に向かって手を振っている姿が遠くに見えた。行ってらっしゃいと、ちゃんと整備したよという合図が込められていると聞いたのは、父からだったか兄だったか。
(よろしくね)
そっと壁面に手をやる。壁を通して伝わる振動が飛行機の気合いに感じられる。離陸する瞬間を、今や遅しと待っているのだろう。
コックピットの頭上にあるスピーカーからは、各コックピットと管制官の交信が絶え間なく流れてくる。格安航空会社の参入により、羽田が抱える航空機の数は以前とは比べ物にならないほど多くなった。今この瞬間も、管制官たちは秒単位で航空機を捌いているのだ。
(管制官の皆さん、これからお世話になります)
心の中で頭を下げた。
そうこうしているうちに、かつて乗客席から映像で見た滑走路が目の前に現れた。
「うわぁっ、本物だ……!!」
「いちいち驚くんじゃねえ」
また泣きそうになったところで、片倉の冷静な声が降ってきた。
「これだから卿はつまらないのだよ」
松永がこれみよがしにため息をつく。
「生憎、これが日常なんでな」
片倉が鼻を鳴らす。
「卿には今度、“初心忘れるべからず”と書かれた手拭いでも進呈しよう。額に巻いて飛びたまえ」
「ぬかせ」
離陸直前の大事な時でも二人の掛け合いは止まらない。これが管制室に知れようものなら大目玉級(大目玉で済めばよいが)だが、管制官から通信が入ると二人は瞬時にパイロットの顔になっていた。
『ジャパンオリジン831。ウィンド 010 アット 010 ランウェイ 34ライト クリアー フォア テイクオフ(ジャパンオリジン831便へ。風は方位10度から10ノット、滑走路34Rから離陸して下さい)』
「クリアー フォア テイクオフ 34ライト ジャパンオリジン831」
すぐさま片倉が答える。
「よし、では行こうか」
「ああ」
キーンという金属音を響かせながら、飛行機はどんどん加速していく。
(うわっ、コックピットのGってこんなにすごいの!?)
五臓六腑にかかる圧を直接肌に感じつつ、ヒロイン名前は二人の様子を注意深く見守っていた。
「V1」
片倉がスピードをチェックしコールする。
「VR」
コールと同時に松永が操縦桿を引き始め、機首が上がる。
「V2」
ゴウン、と振動が伝わる。
(ギアが地上から離れたんだ!)
感動するヒロイン名前をよそに、片倉は注意深く気圧計と高度計を見つめる。
「ポジティブ」
「ギヤアップ」
松永のコールを片倉も復唱し、車輪を上げる。
視界がみるみるうちに空色一色に変わっていく。
「う、わぁ……」
言葉に表すことの出来ない風景が、眼前に広がっている。
地上から見上げる空も美しいが、オゾン層に更に近づき見つめる光景はもっと美しい。
ヒロイン名前は、また片倉が呆れるのも気にせず感涙をこぼし続けた。
「……試乗体験だけじゃねえ。お前は初フライトの時も感涙にむせってたよな」
羽田に戻り、片倉と合流したヒロイン名前と松永。たいてい3人が揃うと、話題はヒロイン名前のことになる。
「今日も伊丹まで飛びましたが、やっぱり今日も感涙ものでした! 何度見ても、空は美しいです!」
「そんな卿を横で見られて、私にとっても至福の時だったよ」
松永が片倉を煽るように呟く。片倉の眉根が一瞬険しいものになったが、すぐに元に戻った。
「次のフライトは俺とだったな」
「キャプテンになったばかりのひよっこに惑わされないよう、注意したまえ」
「……てめえ」
はらりと前髪が落ちる。こうなってはいつもの“MK節”が止まることはない。
「すみませーん、ビールピッチャーでお願いしまーす」
喧々囂々が終わると、二人はいつもビールを煽るように飲む。いい加減覚えた二人のルーティーンに先手を打ち、やることが終わったヒロイン名前も二人の言い合いを肴においしそうにビールを煽ったのだった。
(了)
パイロットであるヒロイン名前は、何度も見てきたはずの景色に何度目か分からない感嘆のため息をついた。
「ため息などついて、どうしたのかね?」
機長席に座るキャプテンの松永久秀が、目線だけをこちらに寄こした。
「いえ、相変わらず空は綺麗で残酷だなと思って。こんな綺麗な景色、地上からは見せてくれないんですもの」
「だからこそ、飛行機があるのだよ」
「そうですね」
「さて、私は少し休ませてもらうとしよう。You have control」
「I have」
操縦桿を握る手に力がこもる。
休むなどと言ったが、彼が本当に休むことはない。身体だけ休めつつ、実はヒロイン名前の操縦をチェックしているのだ。
緊張することこの上ないが、実践が練習の場になっている経歴の浅いコー・パイロット(コー・パイ)にとって、このように見守りつつひそかにアドバイスをくれるキャプテンはありがたい存在だ。
「ところで、卿は今晩は空いているかね? 片倉がちょうど羽田に戻るようなんだが、一献どうかね?」
「是非!」
「では、羽田についたら声をかけておこう」
ちなみにこの三人が初めて集ったのは、ヒロイン名前が試乗体験をしたその日。今から5年前のことである。
ヒロイン名前は、数少ない女性パイロット訓練生として日の元空輸に入社した。父や年の離れた兄がパイロットとして従事する環境に育ったため、彼女がこの道を選ぶのはごく自然なことだった。
それでも、いざコックピットに入ると、今度は自分が操縦する側に立つのだと改めて認識させられる。背筋が伸びる思いだった。
「ジャバンオリジン831。クリアー トゥ……」
この日のコックピットには、社内でも有名なMKコンビこと松永久秀機長と、管制官とコンタクト中の片倉小十郎副操縦士が座っている。
何故有名なのか。それは、二人が犬猿の仲なのにパイロットとしての相性が100%だからだ。二人のフライトは客からだけでなくクルーからも評判がいい。それもそのはず、二人は社内、いや日本でも一、二を争うであろう腕を有すると言われているのだ。
そんな先輩パイロットたちの操縦を目の前で見られる喜びもあいまって、ヒロイン名前は思わず感涙を流した。
「何、泣いてやがる」
気配を察したのか、片倉が怪訝そうな声をあげた。
「す、すみません! 何でもないです!」
「ごまかさずともいい。感極まって泣いてしまったのだろう?」
言い当てられ押し黙っていると、松永が顎に手をやりゆったりと笑った。
「いいではないか。素直な感情が滴となって流れる、どこかの誰かにも見習って欲しい態度だ」
「俺はどこかの誰かさんにゃ、思ったまま言動を繰り広げる性癖を何とかして欲しいと願って止まねえぜ」
どこの業界でもそうだが、先輩に対し後輩がタメ口をきくなど言語道断だ。が、松永は片倉に対してだけこの暴挙?を許している。
(それだけ、片倉さんのこと信頼してるってことなんだろうな)
涙を拭い再び前を向くと、前の二人の背中がパイロットのそれになっていた。
「羽田グランド。ジャバンオリジン831。リクエスト タクシー(羽田グランドコントロールへ。ジャパンオリジン831便です。地上走行を許可願います)」
管制席から許可が出ると、飛行機がエンジンを始動させた。
ちらと窓の外を見ると、地上スタッフが飛行機に向かって手を振っている姿が遠くに見えた。行ってらっしゃいと、ちゃんと整備したよという合図が込められていると聞いたのは、父からだったか兄だったか。
(よろしくね)
そっと壁面に手をやる。壁を通して伝わる振動が飛行機の気合いに感じられる。離陸する瞬間を、今や遅しと待っているのだろう。
コックピットの頭上にあるスピーカーからは、各コックピットと管制官の交信が絶え間なく流れてくる。格安航空会社の参入により、羽田が抱える航空機の数は以前とは比べ物にならないほど多くなった。今この瞬間も、管制官たちは秒単位で航空機を捌いているのだ。
(管制官の皆さん、これからお世話になります)
心の中で頭を下げた。
そうこうしているうちに、かつて乗客席から映像で見た滑走路が目の前に現れた。
「うわぁっ、本物だ……!!」
「いちいち驚くんじゃねえ」
また泣きそうになったところで、片倉の冷静な声が降ってきた。
「これだから卿はつまらないのだよ」
松永がこれみよがしにため息をつく。
「生憎、これが日常なんでな」
片倉が鼻を鳴らす。
「卿には今度、“初心忘れるべからず”と書かれた手拭いでも進呈しよう。額に巻いて飛びたまえ」
「ぬかせ」
離陸直前の大事な時でも二人の掛け合いは止まらない。これが管制室に知れようものなら大目玉級(大目玉で済めばよいが)だが、管制官から通信が入ると二人は瞬時にパイロットの顔になっていた。
『ジャパンオリジン831。ウィンド 010 アット 010 ランウェイ 34ライト クリアー フォア テイクオフ(ジャパンオリジン831便へ。風は方位10度から10ノット、滑走路34Rから離陸して下さい)』
「クリアー フォア テイクオフ 34ライト ジャパンオリジン831」
すぐさま片倉が答える。
「よし、では行こうか」
「ああ」
キーンという金属音を響かせながら、飛行機はどんどん加速していく。
(うわっ、コックピットのGってこんなにすごいの!?)
五臓六腑にかかる圧を直接肌に感じつつ、ヒロイン名前は二人の様子を注意深く見守っていた。
「V1」
片倉がスピードをチェックしコールする。
「VR」
コールと同時に松永が操縦桿を引き始め、機首が上がる。
「V2」
ゴウン、と振動が伝わる。
(ギアが地上から離れたんだ!)
感動するヒロイン名前をよそに、片倉は注意深く気圧計と高度計を見つめる。
「ポジティブ」
「ギヤアップ」
松永のコールを片倉も復唱し、車輪を上げる。
視界がみるみるうちに空色一色に変わっていく。
「う、わぁ……」
言葉に表すことの出来ない風景が、眼前に広がっている。
地上から見上げる空も美しいが、オゾン層に更に近づき見つめる光景はもっと美しい。
ヒロイン名前は、また片倉が呆れるのも気にせず感涙をこぼし続けた。
「……試乗体験だけじゃねえ。お前は初フライトの時も感涙にむせってたよな」
羽田に戻り、片倉と合流したヒロイン名前と松永。たいてい3人が揃うと、話題はヒロイン名前のことになる。
「今日も伊丹まで飛びましたが、やっぱり今日も感涙ものでした! 何度見ても、空は美しいです!」
「そんな卿を横で見られて、私にとっても至福の時だったよ」
松永が片倉を煽るように呟く。片倉の眉根が一瞬険しいものになったが、すぐに元に戻った。
「次のフライトは俺とだったな」
「キャプテンになったばかりのひよっこに惑わされないよう、注意したまえ」
「……てめえ」
はらりと前髪が落ちる。こうなってはいつもの“MK節”が止まることはない。
「すみませーん、ビールピッチャーでお願いしまーす」
喧々囂々が終わると、二人はいつもビールを煽るように飲む。いい加減覚えた二人のルーティーンに先手を打ち、やることが終わったヒロイン名前も二人の言い合いを肴においしそうにビールを煽ったのだった。
(了)