戦国bsr読み切り短編集
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政宗の私室。
「また無駄な傷をこさえて!」
ヒロイン名前の怒りに満ちた声に、政宗は首をすくめた。
「だってよ…っ痛ぇっ! もっと優しく手当て出来ねぇのかよ!」
後ろを振り返ると、“陽竜姫(ようきひ)”の二つ名を持つ双子の姉はその名に相応しい温かい笑みを見せた。が、目が笑っていない。
「生憎、暴走して勝手に怪我するような輩にかける優しさは持ち合わせてないの。優しくして欲しいなら、鷹狩で無茶して怪我しないことね」
背中を思い切り叩かれ、政宗はたまらず悲鳴をあげた。
「さて、と」
ヒロイン名前は立ち上がった。
「Wait、どこ、行きやがるっ……!」
「遠乗り。付き合ってくれるって言った肝心の弟がこれだから、片倉でも誘って行ってくるわ」
「てめっ…覚えてろよっ……!!」
「生憎、毎日色々ありすぎて小さいことは覚えてらんないの」
小さく舌を出し、右手をひらりと振って私室を後にした。
「片倉、どこにいるかしら」
廊下を曲がったすぐのところで、かの人と出くわした。
「小十郎をご所望のようで、ヒロイン名前さま」
見ると、遠乗りの格好をしている。先ほど鷹狩から帰ってきたばかりなのに、疲れた様子はない。
「悪いわね、帰ってきたばかりなのに。でも、大丈夫?」
「ヒロイン名前さまからのお誘いとあらば喜んで」
「ぐっど」
慣れない南蛮語を真似る。珍しく小十郎が笑ったので、ヒロイン名前は政宗に向けたのとは違う朗らかな笑みを見せ、早速馬舎へと向かった。
ヒロイン名前は、政宗と双子でこの世に生を受けた。
この時代、双子は“畜生腹”と呼ばれ忌み嫌われていた。異性の双子は尚更で、前世の心中の名残と揶揄されるほどだ。
故に、どちらかは抹殺、よくて死ぬまで幽閉の身となることが常で、伊達家の場合はヒロイン名前がそうなることとなった。
父・輝宗の強い嘆願により、側近である遠藤基信の養女として密かに養育されることとなったが、基信はあくまで伊達家の姫として育てた。
そんなヒロイン名前が伊達家の表舞台に立つのは、御家存亡の危機に立たされた天正13年。世に言う人取橋の戦いの時であった。
「お嬢ー、無事ですかー!!」
戦場から離れたある陣屋に、義兄にあたる宗信(文七郎)が帰ってきた。
「兄上、お嬢は止めて頂戴。女だってばれちゃうじゃない!」
頬を膨らます。
「この中じゃ、とっくの昔にばれてるだろ」
妹としての顔を向けられ文七郎もつい兄口調となったが、左から鋭い視線を感じすぐさま姿勢を改めた。
「……片倉さま、どうか兄を睨まないで。ここでは、まだ“遠藤ヒロイン名前”なのですから」
名を呼ばれ、小十郎ははっとした。
「そ、そうだったな。悪い」
「いえ、お分かり頂ければ幸いです」
「しかし、今でも信じられねえ。まるで、目の前に政宗さまがいらっしゃるかのようだな」
「双子ですから。確かに、私もさっきはびっくりしました。まるで、鏡がそこにあるみたいで」
ヒロイン名前が政宗と対面したのは、つい半刻前。伊達家の有事に際し、遠藤家より智略を披露するという名目で相対したのだが、この時の政宗の驚きぶりと喜びようはなかった。
「双子って言うのは本当にそっくりだな! 姉貴が生きてるとは知っていたが、身内が生きてるってのはこんなに嬉しいもんなんだな!」
そう言って、ヒロイン名前を抱きしめた。
「苦労させた。この戦が終わったら、伊達家に帰ってこい」
「ありがとうございます、政宗さま」
「“政宗”だ、姉貴」
隻眼の奥に光る優しさに思わず涙が込み上げてきたが、ぐっとこらえた。
「……ありがとう、政宗。無事に終わったら、ね」
その言葉に、政宗は彼女が今、自分の前に現れた理由を悟った。
「有事……、まさかっ」
ヒロイン名前は大きく頷くと、膝をついた。
「殿の御身に何かあった際は、我が首をもって殿のものとなさって頂きたく。亡き父、いえ、遠藤基信も承知していること。私が生かされた意味は、このためだから」
「ふざけんな!」
政宗は声を荒げた。
「政宗さま」
小十郎がたしなめるも、政宗は不機嫌を隠さない。
「ならばこの戦、勝てばいい。そうすれば、私は死ななくて済む」
ヒロイン名前の言葉に、政宗はやがて大声で笑った。
「That's right! 確かにその通りだ!」
「なれば政宗さま、試したき策がございます」
いつも以上に難しい顔の軍師が、ちらりとヒロイン名前を見やる。
「奇遇だな、オレも同じこと考えてた。やってみろ、小十郎。……姉貴を頼む」
「は!」
こうして小十郎と共に陣屋に戻ったヒロイン名前であったが、小十郎の策とは、ヒロイン名前に政宗の影武者として戦場を駆け抜けろという、文字通り命がけの任務である。
剣も弓も習っていたし、早駆けなら誰よりも自信がある。頭では分かっていても、心臓は早鐘を止めてくれない。
「準備はいいか?」
と、頭上から落ち着いた声が降ってきた。
「片倉、さま……」
思わず声が上ずる。すると、小十郎は口の端を上げた。
「おかしいですな、小十郎の隣にいるのは政宗さまのはずです。片倉“さま”は空耳にございますか?」
隣にいる男は、腹心の顔になっている。ヒロイン名前は、覚悟を決めるしかなかった。
「おっけー、小十郎」
政宗のようににっと笑ってみせると、小十郎が目を見張った。
「まさに政宗さまだな。……貴女は、この小十郎がお守りする。ご安心を」
今から命を懸けなければならないのに、何故か彼の声を聞いていると何とかなりそうな気がしてくるから不思議だ。
「じゃ、行こうか。あーゆーれでぃー、がいず!?」
明らかに政宗とは違う声質、だが兵たちは思わずいつも通り鬨の声をあげた。
あげてしまったのだ。けなげにも伊達のために命を張ろうとしている少女の想いに応えたいから。
そして何より、少女の中に、まごうことなき伊達の魂を見たから。
ヒロイン名前の活躍もあり、圧倒的不利だと言われた人取橋の戦を伊達軍は圧倒的勝利で収めた。
「あの時も、今のように突然陽が射してきましたな」
人取橋の戦後、ヒロイン名前が政宗と並び立った時、今まで曇っていた空が突然晴れ渡ったことがあった。これを見た兵たちに“陽竜姫”として崇められるようになり、今の二つ名となったのである。
伊達家に戻ってからのヒロイン名前はすっかり馴染んでいて、基信の手腕には感動するしかなかった。
そのヒロイン名前は、空を見上げたまま「たまたまよ」と呟いた。
「いえ、小十郎にはたまたまとは思えませぬ。その陽を、これからも浴びていたいものです」
「浴びれるわよ。あなたが望めば」
横を見やると、陽の光のような笑みがそこにあった。
「人取橋で、あなたは私の心をさらっていったの。だから、あなたを手に入れるためなら、今から遠藤姓に戻ることもやぶさかではないの」
「ヒロイン名前さま……」
「あなたの目に、“伊達の姫”として映らなくなるなら、それくらい訳ないわ」
「……全く、あなたという人は」
小十郎は喉を鳴らした。
「あなたこそ、分かっておいででない」
「ひゃっ!?」
ヒロイン名前の馬の手綱を引き、強制的に顔を近づける。
「この小十郎こそ、あの人取橋であなたに心を奪われた一人だ」
「……それは、“陽竜姫”にでしょう?」
むくれる顔に、小十郎はまた喉を鳴らした。
「どうやらご自身の魅力をお分かりでないようなので、これから存分に語ってさしあげる」
「え、あ、ちょっ!?」
小十郎に後頭部を掴まれると、唇に温かいものが触れた。それが小十郎の唇だと理解するのに、時間はかからなかった。
(了)
「また無駄な傷をこさえて!」
ヒロイン名前の怒りに満ちた声に、政宗は首をすくめた。
「だってよ…っ痛ぇっ! もっと優しく手当て出来ねぇのかよ!」
後ろを振り返ると、“陽竜姫(ようきひ)”の二つ名を持つ双子の姉はその名に相応しい温かい笑みを見せた。が、目が笑っていない。
「生憎、暴走して勝手に怪我するような輩にかける優しさは持ち合わせてないの。優しくして欲しいなら、鷹狩で無茶して怪我しないことね」
背中を思い切り叩かれ、政宗はたまらず悲鳴をあげた。
「さて、と」
ヒロイン名前は立ち上がった。
「Wait、どこ、行きやがるっ……!」
「遠乗り。付き合ってくれるって言った肝心の弟がこれだから、片倉でも誘って行ってくるわ」
「てめっ…覚えてろよっ……!!」
「生憎、毎日色々ありすぎて小さいことは覚えてらんないの」
小さく舌を出し、右手をひらりと振って私室を後にした。
「片倉、どこにいるかしら」
廊下を曲がったすぐのところで、かの人と出くわした。
「小十郎をご所望のようで、ヒロイン名前さま」
見ると、遠乗りの格好をしている。先ほど鷹狩から帰ってきたばかりなのに、疲れた様子はない。
「悪いわね、帰ってきたばかりなのに。でも、大丈夫?」
「ヒロイン名前さまからのお誘いとあらば喜んで」
「ぐっど」
慣れない南蛮語を真似る。珍しく小十郎が笑ったので、ヒロイン名前は政宗に向けたのとは違う朗らかな笑みを見せ、早速馬舎へと向かった。
ヒロイン名前は、政宗と双子でこの世に生を受けた。
この時代、双子は“畜生腹”と呼ばれ忌み嫌われていた。異性の双子は尚更で、前世の心中の名残と揶揄されるほどだ。
故に、どちらかは抹殺、よくて死ぬまで幽閉の身となることが常で、伊達家の場合はヒロイン名前がそうなることとなった。
父・輝宗の強い嘆願により、側近である遠藤基信の養女として密かに養育されることとなったが、基信はあくまで伊達家の姫として育てた。
そんなヒロイン名前が伊達家の表舞台に立つのは、御家存亡の危機に立たされた天正13年。世に言う人取橋の戦いの時であった。
「お嬢ー、無事ですかー!!」
戦場から離れたある陣屋に、義兄にあたる宗信(文七郎)が帰ってきた。
「兄上、お嬢は止めて頂戴。女だってばれちゃうじゃない!」
頬を膨らます。
「この中じゃ、とっくの昔にばれてるだろ」
妹としての顔を向けられ文七郎もつい兄口調となったが、左から鋭い視線を感じすぐさま姿勢を改めた。
「……片倉さま、どうか兄を睨まないで。ここでは、まだ“遠藤ヒロイン名前”なのですから」
名を呼ばれ、小十郎ははっとした。
「そ、そうだったな。悪い」
「いえ、お分かり頂ければ幸いです」
「しかし、今でも信じられねえ。まるで、目の前に政宗さまがいらっしゃるかのようだな」
「双子ですから。確かに、私もさっきはびっくりしました。まるで、鏡がそこにあるみたいで」
ヒロイン名前が政宗と対面したのは、つい半刻前。伊達家の有事に際し、遠藤家より智略を披露するという名目で相対したのだが、この時の政宗の驚きぶりと喜びようはなかった。
「双子って言うのは本当にそっくりだな! 姉貴が生きてるとは知っていたが、身内が生きてるってのはこんなに嬉しいもんなんだな!」
そう言って、ヒロイン名前を抱きしめた。
「苦労させた。この戦が終わったら、伊達家に帰ってこい」
「ありがとうございます、政宗さま」
「“政宗”だ、姉貴」
隻眼の奥に光る優しさに思わず涙が込み上げてきたが、ぐっとこらえた。
「……ありがとう、政宗。無事に終わったら、ね」
その言葉に、政宗は彼女が今、自分の前に現れた理由を悟った。
「有事……、まさかっ」
ヒロイン名前は大きく頷くと、膝をついた。
「殿の御身に何かあった際は、我が首をもって殿のものとなさって頂きたく。亡き父、いえ、遠藤基信も承知していること。私が生かされた意味は、このためだから」
「ふざけんな!」
政宗は声を荒げた。
「政宗さま」
小十郎がたしなめるも、政宗は不機嫌を隠さない。
「ならばこの戦、勝てばいい。そうすれば、私は死ななくて済む」
ヒロイン名前の言葉に、政宗はやがて大声で笑った。
「That's right! 確かにその通りだ!」
「なれば政宗さま、試したき策がございます」
いつも以上に難しい顔の軍師が、ちらりとヒロイン名前を見やる。
「奇遇だな、オレも同じこと考えてた。やってみろ、小十郎。……姉貴を頼む」
「は!」
こうして小十郎と共に陣屋に戻ったヒロイン名前であったが、小十郎の策とは、ヒロイン名前に政宗の影武者として戦場を駆け抜けろという、文字通り命がけの任務である。
剣も弓も習っていたし、早駆けなら誰よりも自信がある。頭では分かっていても、心臓は早鐘を止めてくれない。
「準備はいいか?」
と、頭上から落ち着いた声が降ってきた。
「片倉、さま……」
思わず声が上ずる。すると、小十郎は口の端を上げた。
「おかしいですな、小十郎の隣にいるのは政宗さまのはずです。片倉“さま”は空耳にございますか?」
隣にいる男は、腹心の顔になっている。ヒロイン名前は、覚悟を決めるしかなかった。
「おっけー、小十郎」
政宗のようににっと笑ってみせると、小十郎が目を見張った。
「まさに政宗さまだな。……貴女は、この小十郎がお守りする。ご安心を」
今から命を懸けなければならないのに、何故か彼の声を聞いていると何とかなりそうな気がしてくるから不思議だ。
「じゃ、行こうか。あーゆーれでぃー、がいず!?」
明らかに政宗とは違う声質、だが兵たちは思わずいつも通り鬨の声をあげた。
あげてしまったのだ。けなげにも伊達のために命を張ろうとしている少女の想いに応えたいから。
そして何より、少女の中に、まごうことなき伊達の魂を見たから。
ヒロイン名前の活躍もあり、圧倒的不利だと言われた人取橋の戦を伊達軍は圧倒的勝利で収めた。
「あの時も、今のように突然陽が射してきましたな」
人取橋の戦後、ヒロイン名前が政宗と並び立った時、今まで曇っていた空が突然晴れ渡ったことがあった。これを見た兵たちに“陽竜姫”として崇められるようになり、今の二つ名となったのである。
伊達家に戻ってからのヒロイン名前はすっかり馴染んでいて、基信の手腕には感動するしかなかった。
そのヒロイン名前は、空を見上げたまま「たまたまよ」と呟いた。
「いえ、小十郎にはたまたまとは思えませぬ。その陽を、これからも浴びていたいものです」
「浴びれるわよ。あなたが望めば」
横を見やると、陽の光のような笑みがそこにあった。
「人取橋で、あなたは私の心をさらっていったの。だから、あなたを手に入れるためなら、今から遠藤姓に戻ることもやぶさかではないの」
「ヒロイン名前さま……」
「あなたの目に、“伊達の姫”として映らなくなるなら、それくらい訳ないわ」
「……全く、あなたという人は」
小十郎は喉を鳴らした。
「あなたこそ、分かっておいででない」
「ひゃっ!?」
ヒロイン名前の馬の手綱を引き、強制的に顔を近づける。
「この小十郎こそ、あの人取橋であなたに心を奪われた一人だ」
「……それは、“陽竜姫”にでしょう?」
むくれる顔に、小十郎はまた喉を鳴らした。
「どうやらご自身の魅力をお分かりでないようなので、これから存分に語ってさしあげる」
「え、あ、ちょっ!?」
小十郎に後頭部を掴まれると、唇に温かいものが触れた。それが小十郎の唇だと理解するのに、時間はかからなかった。
(了)