戦国bsr読み切り短編集
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ヒロイン名前は2月に入ってから毎日、ある場所にバレンタインチョコを届けていた。
その場所は片思い相手である男の自宅マンションポストで、その人物は中学の後輩、そして何の縁か高校、大学と同じ学校で同じ剣道部だった片倉小十郎であった。
この頃は、特に意識したことはなかった。一緒にいて、一番楽しくて安心し合える相手という程度だった。
ヒロイン名前が夢だった日本郵政社に入社してからは多忙でしばらく会うこともなかったが、通勤に楽な場所がいいという理由で小十郎が同じマンションに越して来た時にはさすがに驚いた。
そして、同時に小十郎への想いに気付かされた。
とは言え、長きに渡る腐れ縁である。今更言葉に出して想いを伝えるのは少々恥ずかしかった。
そこで思いついたのが“チョコ配達”である。
郵便局で働いていなければ、多分思い付かなかったであろう告白方法。
仕事中に配達すれば個人情報保護法違反になってしまうから、仕事が終わってから個人的な私物としてポストインしていた。
ビターチョコが美味しいと評判の『ノイハウス』のひと口サイズのプレートチョコを、一日一枚、自分でラッピングしてポストにしのばせる。
「よし、今日も終わり、と。残すは、明日のみね」
階下に暮らす彼のポストに触れるのも明日で終わりなのかと思うと、少し名残惜しい気がする。
そっとポストに触り、心の中でまた明日と呟いた。
ヴァレンタイン・デー当日。
この日は珍しく早く仕事が終わったので、いつもより早めにポストにチョコを投函することにした。
(今日で終わりかぁ)
贈り主が自分だとばれたくなかったから、今までメッセージカードも何も添えなかった。
ただ、警戒心の強い小十郎のことだ、無記名での贈り物は開封さえしていないだろう。チョコレートは、今頃きっと処分されているに違いない。
そこに込めた想いと一緒に――。
「……最後くらい、カードを添えてもいいよね」
今日投函するチョコは、同じノイハウスのトリュフ。今までのと違ってお店でちゃんと梱包された代物。
同じように扱われるのは嫌だと思った。
“片倉小十郎さま”とだけ書いたカードを添えた。
(あたしの想い、伝わるといいな)
コトンと音がし、最後のチョコがポストに収まった。
「やっぱり先輩だったんですね」
玄関ドアが開くと同時にホールに響いた、聞き慣れた声。
振り返れば、普段は一番会いたいけれど今は一番会いたくない人物が立っていた。
「か、片倉くん!」
早目に帰れた今日に限って鉢合わせするなど、運命は何と残酷なのか。
「その格好ってことは、仕事じゃないですね。うちのポストに何か用ですか?」
「べべべ、別に!」
「とぼけないで下さいよ。ポストにこいつを入れるとこ、見させてもらいましたから」
ガタンと音を立てポストから取り出されたのは、つい先程投函した例のチョコレート。
「ここで立ち話もなんですから、上がっていって下さいよ。どうせ、先輩の部屋は俺んちの階上ですし」
断ることも出来ず、言われるがまま部屋へと連行された。
「自分じゃない、なんて言わないで下さいよ?」
お茶を出され、開口一番こう言われた。
「な、何のこと?」
「はあ、この期に及んでしらを切るつもりですか」
呆れた彼が、チョコに添えたメッセージカードとあるものを一緒に差し出してきた。
“片倉小十郎さま”とだけ書かれた先程のカードと今年の年賀状の表書き。同じ字体は、チョコの贈り主がヒロイン名前であることを物語っていた。
「そ、それはその……、そうそう!頼まれものでね!」
「誰からですか?」
「誰って、ええと……」
しどろもどろになるヒロイン名前に、小十郎は喉を鳴らして笑った。
「今から先輩んちに行ってもいいですか?」
「は、何でよ!?」
「家の中、家宅捜索させてもらいます」
「バカ言わないでよ!だいたい、散らかってるから立ち入り禁止!」
「片付け上手な先輩がそんな訳ないでしょう?」
明らかにからかわれている。
めいいっぱい睨みつければ、小十郎は小さく笑った。
「気になるんですよ。このチョコを贈ってくれたのが誰なのか。場合によっては、ちゃんと返答したいから」
「え……」
心臓がバクバク音を立てる。
可否の内容はともかく、小十郎が用意しているというその返答を聞きたいという欲求が心の中で膨らむ。
小十郎は相変わらず余裕の笑みを浮かべ、肘をついてこちらを眺めている。
(悔しいけど、あいつの方が一枚も二枚も上手だわ)
一度深呼吸し、ヒロイン名前は口を開いた。
「チョコの贈り主はあたし。……ずっと、片倉くんが好きだったから」
小十郎の目の色が変わった。
「今日渡すより、ちょっとずつ渡す方が恥ずかしさが紛れていいかなって思ったの。それに、中学から数えると今年で14年経ってるから」
何がと目で問われ、ヒロイン名前は俯いた。
「……あなたに片思いしてからの年月」
途端、小十郎が立ち上がった。
驚いて顔を上げれば、腕を掴まれ抱かれた。
「……ったく、可愛いことしてんじゃねえよ。時間をかけて落そうとしてたってのに、全部お株奪われちまったじゃねえか」
きつく抱きしめられる。それが“答え”だった。
「片倉くんも、同じ気持ちだったの……?」
「ああ。ずっとお前が好きだった」
心臓が早鐘を打っている。それは、小十郎も同じだった。
「ふふ、腐れ縁も悪くないね」
「まさかと思うが、そいつのせいで学校もマンションも同じだとか思ってねえよな?」
「え、違うの?」
「な訳ねえだろ」
頭上で小さくため息をつかれた。
「全部、お前を狙ってのことだよ」
顎を持たれ、強制的に目を合わせられる。
「言ったろ?時間をかけて落そうとしてたってな」
妖しく上がる口角。
「チョコはもらったことあるが、一人から14個ももらったのは初めてだからな。……時間をかけて、たっぷりお返ししてやるよ。数より、お前の14年間に対して、な」
近付いてくる顔に成す術はなく、やがて唇は深く塞がれた。
(了)
その場所は片思い相手である男の自宅マンションポストで、その人物は中学の後輩、そして何の縁か高校、大学と同じ学校で同じ剣道部だった片倉小十郎であった。
この頃は、特に意識したことはなかった。一緒にいて、一番楽しくて安心し合える相手という程度だった。
ヒロイン名前が夢だった日本郵政社に入社してからは多忙でしばらく会うこともなかったが、通勤に楽な場所がいいという理由で小十郎が同じマンションに越して来た時にはさすがに驚いた。
そして、同時に小十郎への想いに気付かされた。
とは言え、長きに渡る腐れ縁である。今更言葉に出して想いを伝えるのは少々恥ずかしかった。
そこで思いついたのが“チョコ配達”である。
郵便局で働いていなければ、多分思い付かなかったであろう告白方法。
仕事中に配達すれば個人情報保護法違反になってしまうから、仕事が終わってから個人的な私物としてポストインしていた。
ビターチョコが美味しいと評判の『ノイハウス』のひと口サイズのプレートチョコを、一日一枚、自分でラッピングしてポストにしのばせる。
「よし、今日も終わり、と。残すは、明日のみね」
階下に暮らす彼のポストに触れるのも明日で終わりなのかと思うと、少し名残惜しい気がする。
そっとポストに触り、心の中でまた明日と呟いた。
ヴァレンタイン・デー当日。
この日は珍しく早く仕事が終わったので、いつもより早めにポストにチョコを投函することにした。
(今日で終わりかぁ)
贈り主が自分だとばれたくなかったから、今までメッセージカードも何も添えなかった。
ただ、警戒心の強い小十郎のことだ、無記名での贈り物は開封さえしていないだろう。チョコレートは、今頃きっと処分されているに違いない。
そこに込めた想いと一緒に――。
「……最後くらい、カードを添えてもいいよね」
今日投函するチョコは、同じノイハウスのトリュフ。今までのと違ってお店でちゃんと梱包された代物。
同じように扱われるのは嫌だと思った。
“片倉小十郎さま”とだけ書いたカードを添えた。
(あたしの想い、伝わるといいな)
コトンと音がし、最後のチョコがポストに収まった。
「やっぱり先輩だったんですね」
玄関ドアが開くと同時にホールに響いた、聞き慣れた声。
振り返れば、普段は一番会いたいけれど今は一番会いたくない人物が立っていた。
「か、片倉くん!」
早目に帰れた今日に限って鉢合わせするなど、運命は何と残酷なのか。
「その格好ってことは、仕事じゃないですね。うちのポストに何か用ですか?」
「べべべ、別に!」
「とぼけないで下さいよ。ポストにこいつを入れるとこ、見させてもらいましたから」
ガタンと音を立てポストから取り出されたのは、つい先程投函した例のチョコレート。
「ここで立ち話もなんですから、上がっていって下さいよ。どうせ、先輩の部屋は俺んちの階上ですし」
断ることも出来ず、言われるがまま部屋へと連行された。
「自分じゃない、なんて言わないで下さいよ?」
お茶を出され、開口一番こう言われた。
「な、何のこと?」
「はあ、この期に及んでしらを切るつもりですか」
呆れた彼が、チョコに添えたメッセージカードとあるものを一緒に差し出してきた。
“片倉小十郎さま”とだけ書かれた先程のカードと今年の年賀状の表書き。同じ字体は、チョコの贈り主がヒロイン名前であることを物語っていた。
「そ、それはその……、そうそう!頼まれものでね!」
「誰からですか?」
「誰って、ええと……」
しどろもどろになるヒロイン名前に、小十郎は喉を鳴らして笑った。
「今から先輩んちに行ってもいいですか?」
「は、何でよ!?」
「家の中、家宅捜索させてもらいます」
「バカ言わないでよ!だいたい、散らかってるから立ち入り禁止!」
「片付け上手な先輩がそんな訳ないでしょう?」
明らかにからかわれている。
めいいっぱい睨みつければ、小十郎は小さく笑った。
「気になるんですよ。このチョコを贈ってくれたのが誰なのか。場合によっては、ちゃんと返答したいから」
「え……」
心臓がバクバク音を立てる。
可否の内容はともかく、小十郎が用意しているというその返答を聞きたいという欲求が心の中で膨らむ。
小十郎は相変わらず余裕の笑みを浮かべ、肘をついてこちらを眺めている。
(悔しいけど、あいつの方が一枚も二枚も上手だわ)
一度深呼吸し、ヒロイン名前は口を開いた。
「チョコの贈り主はあたし。……ずっと、片倉くんが好きだったから」
小十郎の目の色が変わった。
「今日渡すより、ちょっとずつ渡す方が恥ずかしさが紛れていいかなって思ったの。それに、中学から数えると今年で14年経ってるから」
何がと目で問われ、ヒロイン名前は俯いた。
「……あなたに片思いしてからの年月」
途端、小十郎が立ち上がった。
驚いて顔を上げれば、腕を掴まれ抱かれた。
「……ったく、可愛いことしてんじゃねえよ。時間をかけて落そうとしてたってのに、全部お株奪われちまったじゃねえか」
きつく抱きしめられる。それが“答え”だった。
「片倉くんも、同じ気持ちだったの……?」
「ああ。ずっとお前が好きだった」
心臓が早鐘を打っている。それは、小十郎も同じだった。
「ふふ、腐れ縁も悪くないね」
「まさかと思うが、そいつのせいで学校もマンションも同じだとか思ってねえよな?」
「え、違うの?」
「な訳ねえだろ」
頭上で小さくため息をつかれた。
「全部、お前を狙ってのことだよ」
顎を持たれ、強制的に目を合わせられる。
「言ったろ?時間をかけて落そうとしてたってな」
妖しく上がる口角。
「チョコはもらったことあるが、一人から14個ももらったのは初めてだからな。……時間をかけて、たっぷりお返ししてやるよ。数より、お前の14年間に対して、な」
近付いてくる顔に成す術はなく、やがて唇は深く塞がれた。
(了)
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