お弁当を選ぶ時
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今日も、昼間のわたしのデスクは賑やかだ。
「家康ぅっ、それはわたしの卵焼きだ!」
「こっちにもあるじゃないか」
「今の方が、巻き方が綺麗だった!」
「口に入れてしまえば一緒じゃないか。大事なのは味と、そこに込められた思いだろう?」
二人の、おかずを見る時の着眼点がよく分かる瞬間だ。
「三成、形を気にしてくれるのは嬉しいけどちゃんと食べてね。徳川くんも、たまには形も気にしてくれると嬉しいんだけどな」
仲裁しつつ、しっかり二人のお弁当をもらいお腹を満たすわたし。
こんな、うるさくも楽しいランチタイムがずっと続くものだと思っていた。
なのに、現実はいつも突然ターニングポイントを携えてやって来るんだってことを、この幸せな時を過ごすうちに忘れていた――。
「こんな楽しい昼食が、今月末で終わるのかと思うと寂しいな」
ある日の昼食後、突然徳川くんがこう呟いた。
「え、何で?」
わたしは、呑気に食後の柚子茶をすすっていた。三成が珍しく「そうだな」と相槌を打ったから、ランチタイムの仕組みでも変わるのかなとのんびり思ったわたしは、このランチタイムをすっかり当たり前に思っていたということだ。
「内示が出てな。ワシと三成は来月、それぞれ新天地に転勤が決まったんだ」
だから、徳川くんの言葉にとてもショックを受けたのは言うまでもない。
「え、転勤て……。こんな時期に?」
「支店にいた営業が、新しい部署に異動になるらしくてな。ワシらはその穴埋めだ」
「穴埋めなどと言うな! 貴様、半兵衛さまの決断を疑うと言うのか!」
「そんなことは言っていない。ただ、穴埋めなのは本当だろう?」
徳川くんは、そう言ってわたしを見つめた。
「会社の方針は分かる。ワシらが選ばれたのも、あの支店にワシらの力が必要だと思ってくれたからだとも理解している。……だが、ワシは名前と別れるのがどうしても嫌だ」
真っ直ぐ向けられる眼差しがあんまりにも情熱的で、わたしも思わず見つめ返した。
「家康、名前を見つめるな! 名前が汚れるだろう!」
慌てて徳川くんとの間に割り込む三成。ちなみに、これも通常運転で、彼もいなくなると言うことはこの光景もなくなると言うことだ。
「なんか……、イヤ……」
ついて出た本音に、徳川くんがいち早く反応した。
けど、それは驚く内容だった。
「そうか! では名前、ワシと岡崎へ行かないか?」
…………………………え?
「家ェ康ゥゥゥウウウ!!!!」
三成の怒声が耳近くで響いたけど、内容がリフレインしてて気にならなかった。
「ついていくって……」
「言葉の通りだ。名前、ワシと結こn」
「家ェ康ゥゥゥウウウ!!!!」
また三成の叫び声。今度はたまらなかったので首根っこを掴んで黙らせた。
「なんだ、三成。お前も同じ気持ちなんだろう? なら、ワシに遠慮せず名前に告げたらいい。“妻としてついてきて欲しい”、と」
「黙れ! 貴様に言われずとも分かっている!」
口をパクパクさせるしかないわたしをよそに、二人はそれぞれ真剣な顔で口を開いた。
「名前、ワシと結婚して岡崎に一緒に来てくれ。勿論、仕事が好きなら無理には言わない。だが、せめて籍は入れたい」
「名前、貴様と私の仲は幼子の時に既に決まっている。……待たせたことは謝罪する。だからもう、貴様を一人にはしない」
「え、へ、あの……」
戸惑うわたしに、徳川くんがこう言った。
「いきなりで済まなかった。だが、ワシらはいつもお前だけを見てきた。それはお前も察しているだろう? さっきも言ったように、ワシらにはもう時間がない。急がせて済まないが、明後日には返事を聞かせて欲しい」
「あ、明後日……!?」
「ああ。明後日が最後の出社なんだ。では、よろしく頼むぞ」
そう言うと、徳川くんはわたしの肩をポンと叩き席を立った。
「私も、明後日が最後だ。返事は聞かずとも分かっているが、一応明後日まで待ってやる」
三成もそう言い残し、席を離れていった。
わたしは、空のお弁当箱と一緒にその場にポツンと取り残されたのだった。
あの日から明後日に当たる今日、わたしにとっての運命の日。
いつもなら徳川くん、三成どちらともなくやってきて賑やかなランチが始まる時間帯。
でも、今日は違った。二人とも引き継ぎがあるという理由で、昼休憩も社外に出ていて久方ぶりに一人きりのランチ中なんだけど……。
「なーんか、味気ないなあ」
他の社員は外食だったり、新たに出来た社食に行っていて相変わらずオフィスにはわたし一人。
それがこんなにも寂しいことだったなんて、二人のいないランチタイムを過ごして初めて気付いた。
「ううん、二人じゃない。彼がいないからだ……」
思わずこぼれそうになる涙を必死に飲み込んだ。
いつもいつも、どんなに忙しくても一緒にランチタイムを過ごしてくれたあの人がいないだけで、わたしはこんなにも弱くなってしまうらしい。
「あのお弁当が食べたい、今すぐ会いたいよ……!」
こぼれ落ちた涙と共に思い出されたお弁当の味は――。
「家康ぅっ、それはわたしの卵焼きだ!」
「こっちにもあるじゃないか」
「今の方が、巻き方が綺麗だった!」
「口に入れてしまえば一緒じゃないか。大事なのは味と、そこに込められた思いだろう?」
二人の、おかずを見る時の着眼点がよく分かる瞬間だ。
「三成、形を気にしてくれるのは嬉しいけどちゃんと食べてね。徳川くんも、たまには形も気にしてくれると嬉しいんだけどな」
仲裁しつつ、しっかり二人のお弁当をもらいお腹を満たすわたし。
こんな、うるさくも楽しいランチタイムがずっと続くものだと思っていた。
なのに、現実はいつも突然ターニングポイントを携えてやって来るんだってことを、この幸せな時を過ごすうちに忘れていた――。
「こんな楽しい昼食が、今月末で終わるのかと思うと寂しいな」
ある日の昼食後、突然徳川くんがこう呟いた。
「え、何で?」
わたしは、呑気に食後の柚子茶をすすっていた。三成が珍しく「そうだな」と相槌を打ったから、ランチタイムの仕組みでも変わるのかなとのんびり思ったわたしは、このランチタイムをすっかり当たり前に思っていたということだ。
「内示が出てな。ワシと三成は来月、それぞれ新天地に転勤が決まったんだ」
だから、徳川くんの言葉にとてもショックを受けたのは言うまでもない。
「え、転勤て……。こんな時期に?」
「支店にいた営業が、新しい部署に異動になるらしくてな。ワシらはその穴埋めだ」
「穴埋めなどと言うな! 貴様、半兵衛さまの決断を疑うと言うのか!」
「そんなことは言っていない。ただ、穴埋めなのは本当だろう?」
徳川くんは、そう言ってわたしを見つめた。
「会社の方針は分かる。ワシらが選ばれたのも、あの支店にワシらの力が必要だと思ってくれたからだとも理解している。……だが、ワシは名前と別れるのがどうしても嫌だ」
真っ直ぐ向けられる眼差しがあんまりにも情熱的で、わたしも思わず見つめ返した。
「家康、名前を見つめるな! 名前が汚れるだろう!」
慌てて徳川くんとの間に割り込む三成。ちなみに、これも通常運転で、彼もいなくなると言うことはこの光景もなくなると言うことだ。
「なんか……、イヤ……」
ついて出た本音に、徳川くんがいち早く反応した。
けど、それは驚く内容だった。
「そうか! では名前、ワシと岡崎へ行かないか?」
…………………………え?
「家ェ康ゥゥゥウウウ!!!!」
三成の怒声が耳近くで響いたけど、内容がリフレインしてて気にならなかった。
「ついていくって……」
「言葉の通りだ。名前、ワシと結こn」
「家ェ康ゥゥゥウウウ!!!!」
また三成の叫び声。今度はたまらなかったので首根っこを掴んで黙らせた。
「なんだ、三成。お前も同じ気持ちなんだろう? なら、ワシに遠慮せず名前に告げたらいい。“妻としてついてきて欲しい”、と」
「黙れ! 貴様に言われずとも分かっている!」
口をパクパクさせるしかないわたしをよそに、二人はそれぞれ真剣な顔で口を開いた。
「名前、ワシと結婚して岡崎に一緒に来てくれ。勿論、仕事が好きなら無理には言わない。だが、せめて籍は入れたい」
「名前、貴様と私の仲は幼子の時に既に決まっている。……待たせたことは謝罪する。だからもう、貴様を一人にはしない」
「え、へ、あの……」
戸惑うわたしに、徳川くんがこう言った。
「いきなりで済まなかった。だが、ワシらはいつもお前だけを見てきた。それはお前も察しているだろう? さっきも言ったように、ワシらにはもう時間がない。急がせて済まないが、明後日には返事を聞かせて欲しい」
「あ、明後日……!?」
「ああ。明後日が最後の出社なんだ。では、よろしく頼むぞ」
そう言うと、徳川くんはわたしの肩をポンと叩き席を立った。
「私も、明後日が最後だ。返事は聞かずとも分かっているが、一応明後日まで待ってやる」
三成もそう言い残し、席を離れていった。
わたしは、空のお弁当箱と一緒にその場にポツンと取り残されたのだった。
あの日から明後日に当たる今日、わたしにとっての運命の日。
いつもなら徳川くん、三成どちらともなくやってきて賑やかなランチが始まる時間帯。
でも、今日は違った。二人とも引き継ぎがあるという理由で、昼休憩も社外に出ていて久方ぶりに一人きりのランチ中なんだけど……。
「なーんか、味気ないなあ」
他の社員は外食だったり、新たに出来た社食に行っていて相変わらずオフィスにはわたし一人。
それがこんなにも寂しいことだったなんて、二人のいないランチタイムを過ごして初めて気付いた。
「ううん、二人じゃない。彼がいないからだ……」
思わずこぼれそうになる涙を必死に飲み込んだ。
いつもいつも、どんなに忙しくても一緒にランチタイムを過ごしてくれたあの人がいないだけで、わたしはこんなにも弱くなってしまうらしい。
「あのお弁当が食べたい、今すぐ会いたいよ……!」
こぼれ落ちた涙と共に思い出されたお弁当の味は――。