お弁当と告白
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ワシは見てしまった。
出社してきた彼女の鞄に、どう見てもバレンタインデーのラッピングにしか見えない包みが入っているのを。
他の女子社員のように、明らかにお返し目当ての義理チョコが入った紙袋に入れられているならまだしも、私物の鞄、しかもどう見ても一つしか入らないサイズのそれに入れてきた代物が義理と思えず、ワシはいつものポーカーフェイスを貫きながらも午前中はそればかり気になっていた。
こんな心境で営業してもミスをしかねないから、午前中は溜めに溜めてしまった交通費の清算など諸々の事務作業をすることにした。
「はい、徳川くん!お返し、期待してるから!」
書類の上に置かれた義理チョコ。どれも、“どこそこの部女子一同”と書かれたメッセージカード付きだ。
これがあれば来月のお返し先が分かるから便利だなと隣席の後輩に言えば、
「倍以上返しが目当てなんすから、全然嬉しくないっすよ!しかも、忘れでもしたらとんでもない目に遭うし。先輩、呑気すぎっす!」
と、怒られてしまった。
まあ、確かに来月の出費を考えれば頭は痛いが、事務方として彼女たちはいつも後方支援してくれているんだ。日頃の感謝を述べるにはちょうど良い機会だし、せめてこういう時くらい物でお返しするのもいいだろうと思う。
「ありがとう。来月を楽しみにしていてくれ」
義理チョコを非難した後輩にやいのやいのとまくしたてる女子社員たちに向かって礼を言えば、さすが徳川くんと褒められた。
何度か席を立つうちにもチョコはどんどん積み重なっていて、昼前には小さな小山がデスクに出来上がっていた。
その中に、我が部署からのチョコを発見した。隣の彼女を見やれば、視線に気付きこちらを向いてくれた。
「日頃の感謝を込めてるので、どうぞ」
「ありがとう。来月、財布が許す限り奮発するから楽しみにしていてくれ」
「ふふ、楽しみにしてる」
後輩が携帯片手に席を外したので、いい機会だからと包みについて聞こうと思ったところへタイミング悪く外線がかかってきて、彼女はそちらにかかりきりになってしまった。
まあ、いい。休憩と同時に彼女を外に連れ出し聞き出せば済む話だ。
昼休憩まであと30分、ワシは己を律して残り僅かとなった交通費の清算に勤しむことにした。
*
私は見てしまった。
昨日、幼馴染にして同じ会社の同僚である想い人が、昼休憩にチョコ専門店なるところから満面の笑みで出てくるところを。
昨日における明日、つまり今日がバレンタインデーであることはさすがの私でも知っているから、一体何のためにチョコを購入したのか問い質さねばと瞬時に思った。
信号が変わったところで急ぎ彼女の背を追ったが、途中敬慕してやまない半兵衛さまからお電話を頂戴したため追うのを止めた。
言っておくが、私はそもそもバレンタインデーなどという日を制定していることが許せない。本来、日本人には関係ないイベントの一つであるし、何故他国の祭りを日本で祝わねばならないのが甚だ疑問だからだ。
ただ、彼女のあんなに嬉しそうな顔を見られるのならば、たまにはこういうのも悪くないと思ってしまう。
しかし、この話とチョコに込められた想いの行方は別問題だ。
万が一、いや億が一にも包みが家康への贈り物だとしたら、私は奴を誅戮(ちゅうりく)せねばならない。
ただでさえ私の想いを知りながら平気な顔で横恋慕してきたのだ、それだけでも十分許しがたい、万死に値する!
もし、彼女があの甘味を奴に渡すなどと考えただけで悪寒が走る!
そうであってはならない!
故に、私は今日一日彼女の動向を見張っていなければならず、午前中は新しく引き継ぎをした取引先への連絡などデスクワークをこなすことにした。
「石田くん、これどうぞ」
電話を切ったところで机に小さな箱が置かれた。
“バレンタインデー”のシールが貼られたそれには“どこそこの部女子一同”と書かれたカードもついていて、義理などという名のついた代物だと判断出来た。
以前の私なら意味のないものを贈るなと突っぱねるところだが、昨日、半兵衛さまより、
「義理とは言え、せっかく時間とお金をかけて用意してくれた物だ。有り難く受け取るべきだよ。それと、来月事務方へ日頃の感謝を込めてお返しもちゃんとするんだよ?」
と電話口で有り難くご指導頂いたばかりなので、黙って受け取った。
刑部から携帯に連絡があり、一旦席を外しているうちに義理の山が積み上がっていた。
その中にあった我が部署からのチョコに目がいった。それを手にすると、コピーを済ませ戻ってきた彼女と目が合った。
「あんまり甘くないから、安心して食べてね」
私の手元を見てにっこり笑う彼女に、私は小さく感謝すると述べた。
ふと時計を見ると、ちょうど昼休憩のチャイムが鳴った。
昨日のチョコについて聞くには今がチャンスだと思ったので、彼女を屋上へと誘った。
「どうしたの、三成?」
腕をさする彼女が気の毒になり、暴れる心の臓を抑えつつ私は早速本題を切り出した。
「昨日、チョコ専門店で何を買ったんだ」
「え……」
彼女は、目に見えて動揺した。
「チョ、チョコだよ」
「そんなことは分かっている。どういう代物のチョコレートを買ったのかと聞いている」
不安と焦燥と期待と様々な感情が入り交じり、語尾がきつくなってしまった。
「三成には関係ない」
むっとした彼女が背を向けてしまったので、慌てて肩を掴む。
と、彼女の肩越しに見たくない存在を確認してしまった。
「い、家康!!」
「ワシもその話が聞きたいんだが、一緒してもいいか?」
許可など与えていないのに、家康は勝手にこちらへやってきた。
「貴様に聞かせる話ではない!」
「それを判断するのは彼女だ、三成」
この男……!
何故だ、何故なんだ!
何故、いつも私の邪魔をするのだ!!
睨み合っていれば、彼女がいつも通り仲裁に入った。
「止めてよ、二人とも。……もう、白状するから。聞いたらすっきりするんでしょ?」
「ああ。是非聞かせてくれ」
黙れと言いたかったが、同感なので私も頷いた。
「あのチョコは、お使いの品なの」
「使い?」
「使いだと?」
不愉快だが、家康とハモってしまった。
「そう。うちの部署から竹中課長への贈り物で、わたしはそれを買いに行ってたの」
思わず、目をしばたかせてしまった。
彼女曰く、半兵衛さまはあのお店の限定チョコを大変お気に召しているそうで、うちの部署の事務員たちは特にお世話になっているため、半兵衛さまの分だけ内緒で奮発したらしい。
「あそこ、予約不可のお店なの。だから、休憩になったと同時にお店に駆け込んで、その甲斐あって最後の一つをゲット出来たから」
……だから、あんなに嬉しそうに笑っていたのか。
「じゃあ、鞄に入っていたのはそれか」
「見られちゃってたんだね。徳川くん、めざといなあ」
苦笑する彼女に、家康への怒りを忘れてつい見惚れてしまった。
「安心したな、三成」
馴れ馴れしく肩を叩かれ不覚にもそれで我に帰ったので、慌てて触るなと振りほどいた。
「だが、残念でもある。ワシへの贈り物だったら良かったのにと思わずにはいられない」
「なっ!家康、貴様!」
「三成、お前もそう思っているのだろう?正直に言えばいい」
言い返そうにも図星だったので、私は拳を握り締めるしかなかった。
「……話は終わった。昼食にするぞ!」
安心と安堵と失望を振り払うように叫べば、家康がまた馴れ馴れしくしてきたので振りほどいてやるまでと思ったが、悔しいがこの男の感情に今だけは同意出来たので、気まぐれにその行為を許してやることにした。
だが!
彼女を射止めるのはこの私だ!
覚えておけ、家康!!
出社してきた彼女の鞄に、どう見てもバレンタインデーのラッピングにしか見えない包みが入っているのを。
他の女子社員のように、明らかにお返し目当ての義理チョコが入った紙袋に入れられているならまだしも、私物の鞄、しかもどう見ても一つしか入らないサイズのそれに入れてきた代物が義理と思えず、ワシはいつものポーカーフェイスを貫きながらも午前中はそればかり気になっていた。
こんな心境で営業してもミスをしかねないから、午前中は溜めに溜めてしまった交通費の清算など諸々の事務作業をすることにした。
「はい、徳川くん!お返し、期待してるから!」
書類の上に置かれた義理チョコ。どれも、“どこそこの部女子一同”と書かれたメッセージカード付きだ。
これがあれば来月のお返し先が分かるから便利だなと隣席の後輩に言えば、
「倍以上返しが目当てなんすから、全然嬉しくないっすよ!しかも、忘れでもしたらとんでもない目に遭うし。先輩、呑気すぎっす!」
と、怒られてしまった。
まあ、確かに来月の出費を考えれば頭は痛いが、事務方として彼女たちはいつも後方支援してくれているんだ。日頃の感謝を述べるにはちょうど良い機会だし、せめてこういう時くらい物でお返しするのもいいだろうと思う。
「ありがとう。来月を楽しみにしていてくれ」
義理チョコを非難した後輩にやいのやいのとまくしたてる女子社員たちに向かって礼を言えば、さすが徳川くんと褒められた。
何度か席を立つうちにもチョコはどんどん積み重なっていて、昼前には小さな小山がデスクに出来上がっていた。
その中に、我が部署からのチョコを発見した。隣の彼女を見やれば、視線に気付きこちらを向いてくれた。
「日頃の感謝を込めてるので、どうぞ」
「ありがとう。来月、財布が許す限り奮発するから楽しみにしていてくれ」
「ふふ、楽しみにしてる」
後輩が携帯片手に席を外したので、いい機会だからと包みについて聞こうと思ったところへタイミング悪く外線がかかってきて、彼女はそちらにかかりきりになってしまった。
まあ、いい。休憩と同時に彼女を外に連れ出し聞き出せば済む話だ。
昼休憩まであと30分、ワシは己を律して残り僅かとなった交通費の清算に勤しむことにした。
*
私は見てしまった。
昨日、幼馴染にして同じ会社の同僚である想い人が、昼休憩にチョコ専門店なるところから満面の笑みで出てくるところを。
昨日における明日、つまり今日がバレンタインデーであることはさすがの私でも知っているから、一体何のためにチョコを購入したのか問い質さねばと瞬時に思った。
信号が変わったところで急ぎ彼女の背を追ったが、途中敬慕してやまない半兵衛さまからお電話を頂戴したため追うのを止めた。
言っておくが、私はそもそもバレンタインデーなどという日を制定していることが許せない。本来、日本人には関係ないイベントの一つであるし、何故他国の祭りを日本で祝わねばならないのが甚だ疑問だからだ。
ただ、彼女のあんなに嬉しそうな顔を見られるのならば、たまにはこういうのも悪くないと思ってしまう。
しかし、この話とチョコに込められた想いの行方は別問題だ。
万が一、いや億が一にも包みが家康への贈り物だとしたら、私は奴を誅戮(ちゅうりく)せねばならない。
ただでさえ私の想いを知りながら平気な顔で横恋慕してきたのだ、それだけでも十分許しがたい、万死に値する!
もし、彼女があの甘味を奴に渡すなどと考えただけで悪寒が走る!
そうであってはならない!
故に、私は今日一日彼女の動向を見張っていなければならず、午前中は新しく引き継ぎをした取引先への連絡などデスクワークをこなすことにした。
「石田くん、これどうぞ」
電話を切ったところで机に小さな箱が置かれた。
“バレンタインデー”のシールが貼られたそれには“どこそこの部女子一同”と書かれたカードもついていて、義理などという名のついた代物だと判断出来た。
以前の私なら意味のないものを贈るなと突っぱねるところだが、昨日、半兵衛さまより、
「義理とは言え、せっかく時間とお金をかけて用意してくれた物だ。有り難く受け取るべきだよ。それと、来月事務方へ日頃の感謝を込めてお返しもちゃんとするんだよ?」
と電話口で有り難くご指導頂いたばかりなので、黙って受け取った。
刑部から携帯に連絡があり、一旦席を外しているうちに義理の山が積み上がっていた。
その中にあった我が部署からのチョコに目がいった。それを手にすると、コピーを済ませ戻ってきた彼女と目が合った。
「あんまり甘くないから、安心して食べてね」
私の手元を見てにっこり笑う彼女に、私は小さく感謝すると述べた。
ふと時計を見ると、ちょうど昼休憩のチャイムが鳴った。
昨日のチョコについて聞くには今がチャンスだと思ったので、彼女を屋上へと誘った。
「どうしたの、三成?」
腕をさする彼女が気の毒になり、暴れる心の臓を抑えつつ私は早速本題を切り出した。
「昨日、チョコ専門店で何を買ったんだ」
「え……」
彼女は、目に見えて動揺した。
「チョ、チョコだよ」
「そんなことは分かっている。どういう代物のチョコレートを買ったのかと聞いている」
不安と焦燥と期待と様々な感情が入り交じり、語尾がきつくなってしまった。
「三成には関係ない」
むっとした彼女が背を向けてしまったので、慌てて肩を掴む。
と、彼女の肩越しに見たくない存在を確認してしまった。
「い、家康!!」
「ワシもその話が聞きたいんだが、一緒してもいいか?」
許可など与えていないのに、家康は勝手にこちらへやってきた。
「貴様に聞かせる話ではない!」
「それを判断するのは彼女だ、三成」
この男……!
何故だ、何故なんだ!
何故、いつも私の邪魔をするのだ!!
睨み合っていれば、彼女がいつも通り仲裁に入った。
「止めてよ、二人とも。……もう、白状するから。聞いたらすっきりするんでしょ?」
「ああ。是非聞かせてくれ」
黙れと言いたかったが、同感なので私も頷いた。
「あのチョコは、お使いの品なの」
「使い?」
「使いだと?」
不愉快だが、家康とハモってしまった。
「そう。うちの部署から竹中課長への贈り物で、わたしはそれを買いに行ってたの」
思わず、目をしばたかせてしまった。
彼女曰く、半兵衛さまはあのお店の限定チョコを大変お気に召しているそうで、うちの部署の事務員たちは特にお世話になっているため、半兵衛さまの分だけ内緒で奮発したらしい。
「あそこ、予約不可のお店なの。だから、休憩になったと同時にお店に駆け込んで、その甲斐あって最後の一つをゲット出来たから」
……だから、あんなに嬉しそうに笑っていたのか。
「じゃあ、鞄に入っていたのはそれか」
「見られちゃってたんだね。徳川くん、めざといなあ」
苦笑する彼女に、家康への怒りを忘れてつい見惚れてしまった。
「安心したな、三成」
馴れ馴れしく肩を叩かれ不覚にもそれで我に帰ったので、慌てて触るなと振りほどいた。
「だが、残念でもある。ワシへの贈り物だったら良かったのにと思わずにはいられない」
「なっ!家康、貴様!」
「三成、お前もそう思っているのだろう?正直に言えばいい」
言い返そうにも図星だったので、私は拳を握り締めるしかなかった。
「……話は終わった。昼食にするぞ!」
安心と安堵と失望を振り払うように叫べば、家康がまた馴れ馴れしくしてきたので振りほどいてやるまでと思ったが、悔しいがこの男の感情に今だけは同意出来たので、気まぐれにその行為を許してやることにした。
だが!
彼女を射止めるのはこの私だ!
覚えておけ、家康!!