きっかけは些細なこと
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今日はバレンタインデーだが、男だらけの会社に勤める者にとって2/14は無関係のイベントだ。
恋人のいない独り身には尚更。
(……なんて思ってたのは、去年までの話だよな)
応接間で課長を待っている間、小十郎は忙しく動き回るヒロイン名前をぼんやりと眺めていた。
彼女に恋をしている。
自分の気持ちに気付いてから、何となく役場に来づらくなっていた。
バレンタインデーである今日は特に避けたかった。彼女が自分を好いている訳はないが、つい期待してしまうからだ。
切ない思いをしたくないから今日は役場に行かないと決めていたのに、政宗から、道路工事の日程を絶対今日つけてこいと命令され、しかも他の仕事を奪われたためここに来ざるを得なくなり今に至っている。
政宗の裏を感じずにはいられなかった。
「どうぞ、片倉さん」
かたりと茶托がテーブルに当たる音で我に返った。
「お、おう、すまねえな」
「何か、考えごとでもされてらしたんですか?」
指で眉間をさされ、険しい顔をしていたことに気付く。
「いや、大したことじゃねえ」
「そうなんですか?片倉さんにかかれば、難しい問題も大したことないって言われそうですもの」
はにかんだ顔に、不覚にも心臓が跳ねた。
重症だと思った。
彼女の笑顔一つで、政宗の裏などどうでもよくなったのだから。
長らく忘れていた“恋”という感覚を久々に体感し、小十郎は今一人でドキドキしていた。
「ヒロイン苗字どの!」
ヒロイン名前に話し掛けようとした時、聞き覚えのある声に阻まれた。
思わず極殺モードになりかけたが、ヒロイン名前から会釈され辛うじて踏みとどまった。
(あれは……)
カウンター向こうに見える、見覚えのある顔。
(真田じゃねえか)
ライバルである武田建設の若き営業マンである真田幸村と、隣に先輩である猿飛佐助の二人がいた。
伊達建設と違い、堤工事の技術を生かした水道関係を主に請け負っているため、同じ土木課でもヒロイン名前の部署とはあまり接点はない。
「……でござった!」
「いやぁ、参ったよ」
「それは大変でしたね」
その割に、随分と親しげな間柄だ。おそらく、頻繁に出入りしているのだろう。
会話が気になり聞き耳を立てたが、応接間からカウンターは少し遠く、電話などの作業音で途切れ途切れでしか聞こえない。
その状況が三人の様子を気にさせ、そして気にして正解だったと思った。
(……何だ、ありゃ)
さりげなくだったが、ヒロイン名前が二人に赤い箱のようなものを渡しているのが目に入ったのだ。
今日という日が何の日か鑑みれば、箱の中身は自ずと理解出来る。
(バレンタインデーか!)
全身に雷が落ちたような衝撃が走った。
ヒロイン名前からチョコを貰えるなど、何と羨ましいことか。
今すぐ立ち上がり、ちゃっかり貰ったあの二人からチョコを奪ってやりたかった。
(いや、落ち着け俺。それはまずいだろ)
ふうとため息をつき、自分を落ち着かせた。
(俺は、出入りしてまだ半年だ。チョコを貰えると思う方が過剰期待だろう。対して女性が苦手な真田があそこまでくだけてんだ、あいつらはよく出入りしてるに違いねえ)
そう考えれば、彼女からのチョコに深い意味はない、つまりあれは義理チョコなのだろうと推測出来た。
でなければ、遠目から見ても同じパッケージだと分かる代物を、誰の目にも留まるカウンターで堂々と渡したりしないだろう。
バレンタインデーに失恋、という最悪なシナリオは避けられそうで安心した。
とは言え、ヒロイン名前からのチョコには違いなく、貰えないより貰える方が嬉しいに決まっている。
(……ガキか、俺は)
頭を垂れているとようやく課長が現れたので、渋々オフィシャルモードに戻り日程の話をすることにした。
「片倉さん!」
打ち合わせを終えとぼとぼと駐車場に出ると、ヒロイン名前が慌てて追いかけてきた。
「あ、あの……!」
土木課のある三階から一気に駆けてきたのだろう、肩で息をしていた。
「忘れ物でもしちまってたか?」
「いえ、そう、じゃなく、てっ……」
「まずは落ち着け。そんなに息が上がってちゃ、話出来ねえだろ」
苦笑すると、ヒロイン名前は小さく頷き先に呼吸を整えた。
「……はあ、もう大丈夫です」
「で、どうした?」
すると、ヒロイン名前は辺りを見渡し、役所内で書類をまわす際に使用する“決裁伺”と書かれた二つ折りの厚紙を差し出した。
「あの、側(がわ)はカモフラージュです」
どういうことかは、中を見てすぐに分かった。“バレンタイン・デー”のシールが張られた包みがそこに隠されていたのだ。
「こいつは……」
「いつも、お世話になってるお礼です」
「世話?」
内心、少し残念に思った。
が、すぐに考えを改めた。
「そ、その、いつもお茶を買って下さってるとか、お茶を伊達さんに勧めて下さったとか、おかげで祖母の茶屋の知名度が上がったとか、そういう諸々のですっ」
慌ててまくしたてる彼女の顔が、走ったからではない理由で紅潮していたからだ。
幸村たちとは明らかに違うパッケージだし、書類をまわすための側で敢えて隠して持って来てくれたところを考えても、きっとこのチョコは結構な想いがこもっているに違いない。
「……こいつ、本命って思っていいか?」
つい口から出た本音にヒロイン名前が慌てふためいたので、思わず笑ってしまった。
まだはっきりと言葉にしていないお互いの想い。
ただ、繋がるのはもうすぐな気がして、小十郎は足取り軽く帰社の途へとついたのだった。
恋人のいない独り身には尚更。
(……なんて思ってたのは、去年までの話だよな)
応接間で課長を待っている間、小十郎は忙しく動き回るヒロイン名前をぼんやりと眺めていた。
彼女に恋をしている。
自分の気持ちに気付いてから、何となく役場に来づらくなっていた。
バレンタインデーである今日は特に避けたかった。彼女が自分を好いている訳はないが、つい期待してしまうからだ。
切ない思いをしたくないから今日は役場に行かないと決めていたのに、政宗から、道路工事の日程を絶対今日つけてこいと命令され、しかも他の仕事を奪われたためここに来ざるを得なくなり今に至っている。
政宗の裏を感じずにはいられなかった。
「どうぞ、片倉さん」
かたりと茶托がテーブルに当たる音で我に返った。
「お、おう、すまねえな」
「何か、考えごとでもされてらしたんですか?」
指で眉間をさされ、険しい顔をしていたことに気付く。
「いや、大したことじゃねえ」
「そうなんですか?片倉さんにかかれば、難しい問題も大したことないって言われそうですもの」
はにかんだ顔に、不覚にも心臓が跳ねた。
重症だと思った。
彼女の笑顔一つで、政宗の裏などどうでもよくなったのだから。
長らく忘れていた“恋”という感覚を久々に体感し、小十郎は今一人でドキドキしていた。
「ヒロイン苗字どの!」
ヒロイン名前に話し掛けようとした時、聞き覚えのある声に阻まれた。
思わず極殺モードになりかけたが、ヒロイン名前から会釈され辛うじて踏みとどまった。
(あれは……)
カウンター向こうに見える、見覚えのある顔。
(真田じゃねえか)
ライバルである武田建設の若き営業マンである真田幸村と、隣に先輩である猿飛佐助の二人がいた。
伊達建設と違い、堤工事の技術を生かした水道関係を主に請け負っているため、同じ土木課でもヒロイン名前の部署とはあまり接点はない。
「……でござった!」
「いやぁ、参ったよ」
「それは大変でしたね」
その割に、随分と親しげな間柄だ。おそらく、頻繁に出入りしているのだろう。
会話が気になり聞き耳を立てたが、応接間からカウンターは少し遠く、電話などの作業音で途切れ途切れでしか聞こえない。
その状況が三人の様子を気にさせ、そして気にして正解だったと思った。
(……何だ、ありゃ)
さりげなくだったが、ヒロイン名前が二人に赤い箱のようなものを渡しているのが目に入ったのだ。
今日という日が何の日か鑑みれば、箱の中身は自ずと理解出来る。
(バレンタインデーか!)
全身に雷が落ちたような衝撃が走った。
ヒロイン名前からチョコを貰えるなど、何と羨ましいことか。
今すぐ立ち上がり、ちゃっかり貰ったあの二人からチョコを奪ってやりたかった。
(いや、落ち着け俺。それはまずいだろ)
ふうとため息をつき、自分を落ち着かせた。
(俺は、出入りしてまだ半年だ。チョコを貰えると思う方が過剰期待だろう。対して女性が苦手な真田があそこまでくだけてんだ、あいつらはよく出入りしてるに違いねえ)
そう考えれば、彼女からのチョコに深い意味はない、つまりあれは義理チョコなのだろうと推測出来た。
でなければ、遠目から見ても同じパッケージだと分かる代物を、誰の目にも留まるカウンターで堂々と渡したりしないだろう。
バレンタインデーに失恋、という最悪なシナリオは避けられそうで安心した。
とは言え、ヒロイン名前からのチョコには違いなく、貰えないより貰える方が嬉しいに決まっている。
(……ガキか、俺は)
頭を垂れているとようやく課長が現れたので、渋々オフィシャルモードに戻り日程の話をすることにした。
「片倉さん!」
打ち合わせを終えとぼとぼと駐車場に出ると、ヒロイン名前が慌てて追いかけてきた。
「あ、あの……!」
土木課のある三階から一気に駆けてきたのだろう、肩で息をしていた。
「忘れ物でもしちまってたか?」
「いえ、そう、じゃなく、てっ……」
「まずは落ち着け。そんなに息が上がってちゃ、話出来ねえだろ」
苦笑すると、ヒロイン名前は小さく頷き先に呼吸を整えた。
「……はあ、もう大丈夫です」
「で、どうした?」
すると、ヒロイン名前は辺りを見渡し、役所内で書類をまわす際に使用する“決裁伺”と書かれた二つ折りの厚紙を差し出した。
「あの、側(がわ)はカモフラージュです」
どういうことかは、中を見てすぐに分かった。“バレンタイン・デー”のシールが張られた包みがそこに隠されていたのだ。
「こいつは……」
「いつも、お世話になってるお礼です」
「世話?」
内心、少し残念に思った。
が、すぐに考えを改めた。
「そ、その、いつもお茶を買って下さってるとか、お茶を伊達さんに勧めて下さったとか、おかげで祖母の茶屋の知名度が上がったとか、そういう諸々のですっ」
慌ててまくしたてる彼女の顔が、走ったからではない理由で紅潮していたからだ。
幸村たちとは明らかに違うパッケージだし、書類をまわすための側で敢えて隠して持って来てくれたところを考えても、きっとこのチョコは結構な想いがこもっているに違いない。
「……こいつ、本命って思っていいか?」
つい口から出た本音にヒロイン名前が慌てふためいたので、思わず笑ってしまった。
まだはっきりと言葉にしていないお互いの想い。
ただ、繋がるのはもうすぐな気がして、小十郎は足取り軽く帰社の途へとついたのだった。