きっかけは些細なこと
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
うまい茶が飲める場所がある。
「お疲れのようですね」
そう言って出された茶器からは今日も豊かな香りが漂ってきて、小十郎の鼻腔をくすぐった。
ここは、某町役場。
町の事業を伊達建設が落札し、その担当に小十郎がなって早半年。
細かな打ち合わせでたびたび土木建設課を訪れているのだが、毎回出されるこのお茶をひそかに楽しみにしていた。
「……ありがとう」
眉間を二指で揉んでいると、クスと笑われた。
「もしかして、残業続きですか?」
お茶を出してくれた公員のヒロイン名前が向かいに座る。
課長と話をする前に彼女と談笑するのが習慣で、癒しのお茶も彼女が煎れてくれたものだ。
「ああ。年末期限の仕事が二つほど並行しているせいでな」
「それは、疲れますね」
お茶をすすれば、尖った神経が和らいでいく。
「今日のは、また一段と美味いな」
ふうと息を吐けば、
「いつもと同じですよ。それだけ、片倉さんがお疲れなんです」
軽く笑う彼女の声が聞こえた。
「祖母がよく言ってました。疲れた時は、せめて美味しいお茶で一息つきなさいって。だから、疲れがたまってると、お茶が美味しく感じられるんですよ」
「確かに美味いな」
「……嫌だ、美味しいって言わせましたね」
これは失礼と肩をすくませる彼女に、小十郎は頬を緩めた。
「すみませーん」
「あ、はーい!では、失礼します、片倉さん」
軽く会釈し、ヒロイン名前は来客のためカウンターに戻っていった。
一息つけるタイミングでお茶を飲もうという発想は、ここに出入りするまでなかったと小十郎はふと思った。
半年前まで、事務所で口にしていたのは設置されたリースのコーヒーメーカーで淹れるインスタントで、一息つくためというより何となく飲んでいるだけだった。
それが、今では日本茶にしている。きっかけは、彼女が譲ってくれたお茶だった。
飲めるまでに時間がかかるものは、忙しい業務の合間に飲むには不向きだと思ってきた。しかし、試しに飲んだそれは、手間をかけてでも口にしたくなるほどに美味で、あの政宗にも「美味い」と言わせた代物だった。
以来、茶房の孫娘である彼女を通じてその茶葉を買い続けているのだが、何度煎れても彼女が煎れるそれにかなわない。
水の種類や水温、茶器の温かさなど、あらゆる知識を導引して煎れても、彼女のお茶の味には何故か到達しない。
(何でなんだろうな)
応対に追われる彼女の後ろ姿をぼんやり眺めながら、小十郎は茶をゆっくりとすすった。
一週間後、打ち合わせに訪れると、ヒロイン名前は公休で不在だった。
お茶を持ってきてくれた女子公員に聞くと、風邪をこじらせたため大事をとって休んでいるらしい。
「今日は課長がすぐ参りますから、もう少しお待ち下さいね」
そう言われて、課長より彼女と話したかったと思った自分に驚きつつ、出されたお茶を口にした。
(味が違う……)
香りから判断するに同じ茶葉なのだが、素人の舌でもはっきりと分かるほどに味が違うのだ。
煎れる際の手間のかけ方などが違うにしても、それでは説明出来ない何かが違っていて、それが何かふと思い付いた。
彼女が煎れたお茶ではないからか、と。
ゆっくりして欲しいと願いを込めて煎れました、と出されたこの間のお茶はヒロイン名前の労りの心が入っていて、おかげで癒された気分になったものだ。
あの女子公員には悪いが、同じ茶葉を使っていてもこのお茶には義理しかなくて、こもる感情が違うがゆえに、ここにあるお茶は以前飲んでいたインスタントのコーヒーと同じに感じられる。だから、味が違うと感じるのだろう。
と、言うことはと、小十郎は最大の結論に達した。
(彼女が、俺の癒しなのか?)
ガチャンと、思わず茶器を滑らせた。
(い、いや待て、俺は何を考えてるんだ!そういうことを得たくて考えたんじゃないだろう!)
だが、この結論に至らなければ、ヒロイン名前がいなくてがっかりした己の気持ちが説明つかない。
「いやー、お待たせしました、片倉さん!片倉さん?……片倉さん?」
いつの間にか現れた課長のいぶかしげな顔で、百面相をしていたことに気付き咳払いをして打ち合わせに入ったが、さっぱり身に付かなくて困った。
彼女と相対すれば、この感情の正体がはっきり分かるだろう。
もう一度咳払いをして、小十郎はお茶をすすった。
ほろ苦い中に甘さを感じて、別の意味で咳払いをしたのは内緒の話。
「お疲れのようですね」
そう言って出された茶器からは今日も豊かな香りが漂ってきて、小十郎の鼻腔をくすぐった。
ここは、某町役場。
町の事業を伊達建設が落札し、その担当に小十郎がなって早半年。
細かな打ち合わせでたびたび土木建設課を訪れているのだが、毎回出されるこのお茶をひそかに楽しみにしていた。
「……ありがとう」
眉間を二指で揉んでいると、クスと笑われた。
「もしかして、残業続きですか?」
お茶を出してくれた公員のヒロイン名前が向かいに座る。
課長と話をする前に彼女と談笑するのが習慣で、癒しのお茶も彼女が煎れてくれたものだ。
「ああ。年末期限の仕事が二つほど並行しているせいでな」
「それは、疲れますね」
お茶をすすれば、尖った神経が和らいでいく。
「今日のは、また一段と美味いな」
ふうと息を吐けば、
「いつもと同じですよ。それだけ、片倉さんがお疲れなんです」
軽く笑う彼女の声が聞こえた。
「祖母がよく言ってました。疲れた時は、せめて美味しいお茶で一息つきなさいって。だから、疲れがたまってると、お茶が美味しく感じられるんですよ」
「確かに美味いな」
「……嫌だ、美味しいって言わせましたね」
これは失礼と肩をすくませる彼女に、小十郎は頬を緩めた。
「すみませーん」
「あ、はーい!では、失礼します、片倉さん」
軽く会釈し、ヒロイン名前は来客のためカウンターに戻っていった。
一息つけるタイミングでお茶を飲もうという発想は、ここに出入りするまでなかったと小十郎はふと思った。
半年前まで、事務所で口にしていたのは設置されたリースのコーヒーメーカーで淹れるインスタントで、一息つくためというより何となく飲んでいるだけだった。
それが、今では日本茶にしている。きっかけは、彼女が譲ってくれたお茶だった。
飲めるまでに時間がかかるものは、忙しい業務の合間に飲むには不向きだと思ってきた。しかし、試しに飲んだそれは、手間をかけてでも口にしたくなるほどに美味で、あの政宗にも「美味い」と言わせた代物だった。
以来、茶房の孫娘である彼女を通じてその茶葉を買い続けているのだが、何度煎れても彼女が煎れるそれにかなわない。
水の種類や水温、茶器の温かさなど、あらゆる知識を導引して煎れても、彼女のお茶の味には何故か到達しない。
(何でなんだろうな)
応対に追われる彼女の後ろ姿をぼんやり眺めながら、小十郎は茶をゆっくりとすすった。
一週間後、打ち合わせに訪れると、ヒロイン名前は公休で不在だった。
お茶を持ってきてくれた女子公員に聞くと、風邪をこじらせたため大事をとって休んでいるらしい。
「今日は課長がすぐ参りますから、もう少しお待ち下さいね」
そう言われて、課長より彼女と話したかったと思った自分に驚きつつ、出されたお茶を口にした。
(味が違う……)
香りから判断するに同じ茶葉なのだが、素人の舌でもはっきりと分かるほどに味が違うのだ。
煎れる際の手間のかけ方などが違うにしても、それでは説明出来ない何かが違っていて、それが何かふと思い付いた。
彼女が煎れたお茶ではないからか、と。
ゆっくりして欲しいと願いを込めて煎れました、と出されたこの間のお茶はヒロイン名前の労りの心が入っていて、おかげで癒された気分になったものだ。
あの女子公員には悪いが、同じ茶葉を使っていてもこのお茶には義理しかなくて、こもる感情が違うがゆえに、ここにあるお茶は以前飲んでいたインスタントのコーヒーと同じに感じられる。だから、味が違うと感じるのだろう。
と、言うことはと、小十郎は最大の結論に達した。
(彼女が、俺の癒しなのか?)
ガチャンと、思わず茶器を滑らせた。
(い、いや待て、俺は何を考えてるんだ!そういうことを得たくて考えたんじゃないだろう!)
だが、この結論に至らなければ、ヒロイン名前がいなくてがっかりした己の気持ちが説明つかない。
「いやー、お待たせしました、片倉さん!片倉さん?……片倉さん?」
いつの間にか現れた課長のいぶかしげな顔で、百面相をしていたことに気付き咳払いをして打ち合わせに入ったが、さっぱり身に付かなくて困った。
彼女と相対すれば、この感情の正体がはっきり分かるだろう。
もう一度咳払いをして、小十郎はお茶をすすった。
ほろ苦い中に甘さを感じて、別の意味で咳払いをしたのは内緒の話。