きっかけは些細なこと
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道路拡張工事に伴う打ち合わせで、町役場の土木建築課によく出入りしている男がいる。
ヒロイン名前は、この男が来る日をひそかに待ち遠しく思っていた。
「伊達組さんは仕事丁寧だし、現場を熟知された方が必ず棟梁を務められるから、安心して施工を任せられますよ」
「現場に出る者は、施工の仕上がり具合で結果を出します。現場を知らない人間に、頭は任せられない。それが、伊達の流儀ですから」
この男、何がそんなに気に入らないのかというくらい、いつも眉間にシワが寄っている。口は真一文字に結ばれ、迫力ある長身と左頬にある傷がそれらを更に助長させる。
土建屋イコールやくざ、みたいなイメージを具現化したようだと思わずにはいられない人物だが、実際は違っていた。
それは、一ヶ月前のこと。
この日も、例の男がやってきて打ち合わせを行っていた。
「係長、電話っす」
上司は接客中に電話をまわされるのが嫌いだが、この日は別件でどうしても連絡を取りたい人物がいて、その連絡がようやく来たらしい。
「すみません、片倉さん。少し席を外します。……ああ、ヒロイン苗字さん、お相手してさしあげて」
突然まわされたお鉢に、同僚たちは目だけで頑張れと伝えてきた。以前も別の人間が同じように場繋ぎをやったが、無口なこの男相手に間が持たなかったのを皆覚えているからだ。
(自分より話上手なその人が無理だったのに、わたしなんてもっと無理!ましてや、あんな怖そうでいわくつきの傷持ってる人の相手なんて~!)
こうは思っても、客を待たせる訳にいかない。走らせていたキーボードを止めた。
「すみません、お忙しいのにお待ち頂いて」
「いえ、お気になさらず」
早速間が持たないと思い、お茶変えますねと茶托に手を伸ばすと。
「いい香りのお茶ですね」
ふいに、こう言われた。
「あ、はい。岡山にある茶房から取り寄せてるんです」
「岡山、ですか?」
珍しいのか、興味津々といった色を瞳に覗かせている。眉間にシワもなく、普通の顔を初めて見た瞬間だった。
「……どうかしましたか?」
「い、いえ!何でも!」
普通の顔が出来るんですねなどと言えるはずもなく、茶托を掴むと急いで給湯室に逃げた。
いつもとのギャップに、心臓がまだバクバクいっている。
しかし、これで分かった。眉間のシワ寄せは、癖なのだと。
そして、普通の顔だからこそ気付けた。
(わたし、傷とか外見だけ見て、あの人のこと勝手に怖い人って思ってた……)
器量の狭さに、己を恥じた。
何とか心臓を落ち着かせ、反省と詫びを兼ねていつもより丁寧にお茶を煎れた。
「すみません、お待たせしました」
ティファールのポットのおかげでさほど待たせていないはずだが、逃げ出した詫びを心の中で付け加えたくてこう言った。
「いえ。……やはり、いい香りだ」
「良かったら、これどうぞ」
差し出したのは、未開封の袋。
「いや、そこまでは結構です」
「実はその茶房、祖母がやってるんです。お茶、美味しいって言って下さって嬉しかったから、どうぞ」
片倉という男は受け取ると、やがてこう言った。
「では、遠慮なく」
緩んだ口元に、ヒロイン名前の心臓が再び跳ねた。
「ご実家はこちらですか?」
裏を見て尋ねられた。
「あ、は、は、はい!母方の実家です」
「不勉強ゆえ、岡山に茶畑があるとは知らなかった」
「いえ、わたしも身内がやってなければ知りませんでしたよ。あ、後楽園にも茶畑があるんですよ」
「そうなんですか」
またさっき見た微笑みに、心臓は違う跳ね方をした。
「やあやあ、お待たせしました。……ああ、ヒロイン苗字さんのお茶話に捕まりましたね。彼女、お茶にはうるさいから」
戻ってきた上司にもお茶を煎れるため、頭を下げ再び給湯室へ向かった。
(心臓、早……。何で?)
答えなど、分かりきっている。片倉の笑顔に、ときめいたからだ。
我ながら現金だと思ったが、一度ついた火を消すのは難しい。
上司に茶を運び、盗み見た彼の顔はもういつも通りだった。なのに、シワの寄った表情は、今では精悍さゆえと思えてしまう。
一目惚れなのか、免疫がないためなのかは分からないが、この男に興味がわいてしまった。
「では、また来週伺います」
自席から去り行く背中を見送ると、ちらとこちらを振り返られた。慌てて頭を下げると、向こうもそれに倣った。
(お茶、ばあちゃんに言って送ってもらおう)
お茶を煎れる楽しみが増えた、そんなある日であった。
ヒロイン名前は、この男が来る日をひそかに待ち遠しく思っていた。
「伊達組さんは仕事丁寧だし、現場を熟知された方が必ず棟梁を務められるから、安心して施工を任せられますよ」
「現場に出る者は、施工の仕上がり具合で結果を出します。現場を知らない人間に、頭は任せられない。それが、伊達の流儀ですから」
この男、何がそんなに気に入らないのかというくらい、いつも眉間にシワが寄っている。口は真一文字に結ばれ、迫力ある長身と左頬にある傷がそれらを更に助長させる。
土建屋イコールやくざ、みたいなイメージを具現化したようだと思わずにはいられない人物だが、実際は違っていた。
それは、一ヶ月前のこと。
この日も、例の男がやってきて打ち合わせを行っていた。
「係長、電話っす」
上司は接客中に電話をまわされるのが嫌いだが、この日は別件でどうしても連絡を取りたい人物がいて、その連絡がようやく来たらしい。
「すみません、片倉さん。少し席を外します。……ああ、ヒロイン苗字さん、お相手してさしあげて」
突然まわされたお鉢に、同僚たちは目だけで頑張れと伝えてきた。以前も別の人間が同じように場繋ぎをやったが、無口なこの男相手に間が持たなかったのを皆覚えているからだ。
(自分より話上手なその人が無理だったのに、わたしなんてもっと無理!ましてや、あんな怖そうでいわくつきの傷持ってる人の相手なんて~!)
こうは思っても、客を待たせる訳にいかない。走らせていたキーボードを止めた。
「すみません、お忙しいのにお待ち頂いて」
「いえ、お気になさらず」
早速間が持たないと思い、お茶変えますねと茶托に手を伸ばすと。
「いい香りのお茶ですね」
ふいに、こう言われた。
「あ、はい。岡山にある茶房から取り寄せてるんです」
「岡山、ですか?」
珍しいのか、興味津々といった色を瞳に覗かせている。眉間にシワもなく、普通の顔を初めて見た瞬間だった。
「……どうかしましたか?」
「い、いえ!何でも!」
普通の顔が出来るんですねなどと言えるはずもなく、茶托を掴むと急いで給湯室に逃げた。
いつもとのギャップに、心臓がまだバクバクいっている。
しかし、これで分かった。眉間のシワ寄せは、癖なのだと。
そして、普通の顔だからこそ気付けた。
(わたし、傷とか外見だけ見て、あの人のこと勝手に怖い人って思ってた……)
器量の狭さに、己を恥じた。
何とか心臓を落ち着かせ、反省と詫びを兼ねていつもより丁寧にお茶を煎れた。
「すみません、お待たせしました」
ティファールのポットのおかげでさほど待たせていないはずだが、逃げ出した詫びを心の中で付け加えたくてこう言った。
「いえ。……やはり、いい香りだ」
「良かったら、これどうぞ」
差し出したのは、未開封の袋。
「いや、そこまでは結構です」
「実はその茶房、祖母がやってるんです。お茶、美味しいって言って下さって嬉しかったから、どうぞ」
片倉という男は受け取ると、やがてこう言った。
「では、遠慮なく」
緩んだ口元に、ヒロイン名前の心臓が再び跳ねた。
「ご実家はこちらですか?」
裏を見て尋ねられた。
「あ、は、は、はい!母方の実家です」
「不勉強ゆえ、岡山に茶畑があるとは知らなかった」
「いえ、わたしも身内がやってなければ知りませんでしたよ。あ、後楽園にも茶畑があるんですよ」
「そうなんですか」
またさっき見た微笑みに、心臓は違う跳ね方をした。
「やあやあ、お待たせしました。……ああ、ヒロイン苗字さんのお茶話に捕まりましたね。彼女、お茶にはうるさいから」
戻ってきた上司にもお茶を煎れるため、頭を下げ再び給湯室へ向かった。
(心臓、早……。何で?)
答えなど、分かりきっている。片倉の笑顔に、ときめいたからだ。
我ながら現金だと思ったが、一度ついた火を消すのは難しい。
上司に茶を運び、盗み見た彼の顔はもういつも通りだった。なのに、シワの寄った表情は、今では精悍さゆえと思えてしまう。
一目惚れなのか、免疫がないためなのかは分からないが、この男に興味がわいてしまった。
「では、また来週伺います」
自席から去り行く背中を見送ると、ちらとこちらを振り返られた。慌てて頭を下げると、向こうもそれに倣った。
(お茶、ばあちゃんに言って送ってもらおう)
お茶を煎れる楽しみが増えた、そんなある日であった。
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