白石の恋

世に言うバレンタインデー当日に、彼氏に会えない人は少なからずいるだろう。
かくいう私もその一人で、彼氏である片倉小十郎さんが残業決定ということで会えなくなってしまった。
彼は住居を白石市から仙台市に移してしまったので真夜中に会うのも難しく、明日の金曜日は私が残業決定、土曜日は彼が、日曜日は私が休日出勤だから、
「せっかく作った生チョコ、私のお腹行きが決定かあ」
携帯を降ろすと訪れた静寂が何となくむなしい。
どうしても手作りをあげたかったから、意外に簡単に出来て上品に見える生チョコをチョイスしたのだが、柔らかさが命のそれを冷蔵庫に入れて固めてしまうのは嫌だった。
レシピを掲載していたサイトいわく4日間は賞味大丈夫らしいけど、古くなったものをあげたくないという思いもありチョコは食べることにした。
「ま、社会人なら仕方ないよね。お客さまあってのお給料だし」
ふてくされつつも、また作ればいいやと残念な気持ちをごまかし生チョコを口にした。
料理同様相変わらず形はよくないけど、味は合格点だと思う。
口どけよし、甘さよし、ココアパウダー……はちょっとぶっかけすぎたので、あげる時に気を付ければよし。
「はい、ごちそうさまでした!」
チョコを全てお腹におさめ、気分転換にと長風呂につかって上がれば時計はてっぺんをさしていて慌てて布団に潜る。
だから、
『土曜日の午前なら休める算段がついた』
ってメールが深夜に来ていたことに気付いたのは翌朝。
「ええぇ!!??」
嬉しいんだけど、バレンタインのチョコをどうしようとすぐさま思った。
今日に限って、作るどころか材料を買いに行く暇さえない。どうしても仕上げなければならない図面が三つもあって、週末なのに大変だねって同僚の皆さんから労いの言葉を貰ったのは記憶に新しい。
数日遅れなバレンタインだけど、チョコがないとかまずいでしょ!
「ど、どうしよう!てか、遅刻しちゃう!やばっ!」
あっという間に出社時刻となってしまい、慌てて家を飛び出した。



……で、結局対処することが出来ぬまま当日を迎えてしまった。
「上がれよ」
午後から仕事の彼のことを思って仙台まで来たはいいけど、インターホン越しの彼のどこか嬉しそうな声が余計罪悪感を深くさせる。
「この間は悪かったな」
今はまっているというゴボウ茶を出され、随分濃厚な味だと感想を言えば自前だと言う彼に、今すぐ第一次産業者になった方がいいのではないかと言いかけて飲み込んだ。
「何だ、元気ねえな。何かあったか?」
優しい目で見つめられ、俯いてしまった。
「……チョコ」
「チョコがどうした」
「色々あって、持って来れなかったの」
手作りであげるなんて豪語してたから、手ぶらで来たことが凄く凄く申し訳なくて。
「気にするな。事情があったんだろ?」
がっかりしながらも私を気遣ってくれて、もっと切なくなってしまった。
「うん。ごめんなさい。楽しみにしてくれてたのに……」
加湿器のポチョンという音が響く。心の涙が落ちたようだと思った。
「なら、今から作りゃいい」
「え?」
顔を上げれば、やっぱり優しい顔。
「材料は……」
「んなもん、買いに行きゃいい。いつも、飯の材料を一緒に買いに行ってるじゃねえか。数日遅れのバレンタインっつっても、かしこまる必要はねえよ」
気にするどころか、ないなら作ればいいという彼の発想が嬉しかった。
「うん、行く!」
思わぬ提案に思い切り頷けば、ようやく小十郎さんも笑ってくれた。
「これくらいで落ち込むなよ。俺たちの間柄だ、絶対事前に用意しなきゃならねえもんじゃねえよ」
「そうなんだけど……。チョコの話をした時、小十郎さんすごく嬉しそうだったし、……ここで作ったら絶対手際チェックするじゃない」
「当たり前だ」

……バレンタインでも容赦ないです、小十郎先生。

でも、渡したい気持ちの方が強いから、チェック上等!と息巻いていつものスーパーに向かった。
「生チョコってのは、これだけで作れんのか?」
カゴを覗き、中身が板チョコ、生クリーム、ココアパウダーだけなことに驚く小十郎さん。
生チョコ=贅沢な代物という認識があるけど、実は単に混ぜて固めてふりかけて出来る超簡単レシピだったりする。
日本酒好きな彼のために日本酒味にしたいので、それは家にあるものを拝借することになった。
早速帰って生チョコ作りに取りかかる。
チョコを刻み、湯煎にかけ、生クリームと混ぜたところで日本酒を落とし、型に入れたらあとは待つだけ。
「終わりです、先生」
「混ぜて固めりゃいい、なのに豪華に見える。成る程、お前の“腕”でも選べられる代物だな」
さすがにチェックのしようがなく、小十郎さんは代わりに皮肉爆弾を落とした。
「むう、どうせいつまで経ってもうまくならないぶきっちょですよーだ」
ぷうと頬を膨らませれば、機嫌直せとキス。
「不器用だからこそ教え甲斐があるんじゃねえか」
「むう」
「そう膨れるな。少しずつ上手くなってるぜ」
もう一度キスされれば、小十郎さんのスイッチが入ったみたいでまた口を塞がれた。
さっきより長めのそれに照れくさくてぎゅうと抱きつけば、優しく抱き返してくれた。
「後は待つだけなんだろう?」
「うん」
「なら、ゆっくりするか」
二人でソファーに座れば、小十郎さんがいつものように私の膝枕で横になった。
髪の毛を撫でれば、気持ち良さそうに目を瞑った。
「仕事まで休んで。夕飯、作って帰るから」
「頼む。……チョコ、楽しみだな」
「ふふ、起きる頃には完成してるよ」
「あんまり落ち込んでたから、今年はもう貰えねえと思っちまった」
「心配かけてごめんね。時間になったら起こすから、眠って?」
「ああ」
いつも通りの会話が終わりと、小十郎さんはいつものように小さく寝息を立て始めた。
「小十郎さん、大好き」
いつものように額に軽くキスして、いつものようにその辺に置いてある料理本を手に取った。



(了)
9/12ページ
スキ