白石の恋

「……こりゃ、何だ」
「何って、て」
「天麩羅とか言うなよ」
箸でつままれたコロッケもどきを眺めつつ、片倉支店長、もとい、小十郎さんは眉をひそめた。
「衣があついな」
まくっと言う、コロッケらしからぬ音を立て頬張ると、味は相変わらず悪くねぇとごちた。
「本は……、その顔じゃ見てねぇな?」
「う」
あからさまに動揺したもんだから、小十郎さんの顔が更に険しくなる。
「初めて作るモンは本を見ろって、あんだけ言っただろうが」
「うう…」
「基本の料理ほど、難しいんだ。俺だって初めての時は本を見るんだからな」
「ううう……」
はあ、とため息をつかれた。
でも、気を遣ってくれてるんだろう。箸が大皿と口を行き来してる。
無理しなくていいのに。
うらめしい視線に気付いたのか、小十郎さんがこっちを見た。
「何で急に作ろうと思ったんだ?」
「それは……」
言えない。
この間ランチしたお店のコロッケを美味しいって連呼してたから、対抗心燃やしちゃったなんて。
それに、二人で揃って夕飯が食べられるの久々だったから、今まで作ったことのないものを並べて喜んで欲しかったんだもん。
言えずに黙っていると、ずいと茶碗を差し出された。
「へ?」
「飯。おかわり頼む」
「……何で」
「さっきも言ったが、味はうまい。おかげで、飯がすすむんだ」
大皿の上を見れば、小十郎さんの分のコロッケがあと一個になってる。
「……次は、ちゃんと本を見て小判形のコロッケにする」
「期待してるぜ。それか、一緒に作るか?」
パアッと顔を輝かせれば、小十郎さんはそっぽを向いて肩をふるわせた。
また笑われた。
けどいいんだ、幸せだもの!



後日、一緒に作ったコロッケは、小判ではなく何故か草履サイズになった。
「……何でこうなるんだ」
「……さあ……」



(了)
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