白石の恋
うまいと賛美をもらってから、数日後。
「聞いた?片倉支店長、本店に異動だって」
出勤した私を待ち受けていたのは、驚きの事実だった。
同時に、ショックを受ける自分にも驚いた。
支店長のこと、あんなに苦手だったのに。
だって、強面で怖いから緊張するし、妥協は許さないし、ミスも許さない“仕事の鬼”だから、一緒に仕事するのがとにかく嫌だった。
建築士なのに、営業まがいなことをやらされたことだって何回もある。
でも、支店長は必ずフォローしてくれた。
支店長の対応を盗み見たり、時にはスキルを直接叩き込んでくれたおかげで、女だからとか、建築士じゃ現場は分からないだろとか、建築業界によくある差別に遭うことはなくなっていた。
「差し入れをもらった時か。認識が変わったのって……」
昼休憩。
つい習慣で、白石城公園でお弁当を広げていた。
木枯らしが吹いて寒いのに、何故かここで食べたかった。
「何だ、お前もここに来てたのか」
足音に顔を上げれば、支店長がいた。
「約束……」
「してねえが、習慣だな。お前だってそうだろ?」
そう言って、普通に隣に座ってきた。
もうこんなこともないんだと思ったら、涙が出てきた。
「何、泣いてんだ」
頭を優しく叩かれた。
「異動のことか?」
頷くと、支店長は指で涙を拭ってくれた。
「本店異動は、白石支店に来る前から決まってたんだ。いい建築士を育てるまでが任期だったんでな」
そのいい建築士とは、つまり私なのだと言ってくれ、ますます涙が止まらなくなった。
「因みに、この公園と城は、俺の先祖と伊達にとってなきゃならねえ場所でな。こんな大事な場所、お前にしか任せられねえと思ってる。いい時にうちに入ってくれて感謝してるぜ。完成まで宜しく頼む」
「……はい!任せて下さい!」
涙を拭って返事をすれば、もう一度見たいと願っていたあの笑みがあった。
季節は巡り、桜が咲く時期になった。
「この切り方は雑だな」
「……すみません」
今日は、休日を利用して、次長(支店長から昇格)と着工前の白石城公園でランチしてるんだけど、仕事みたいに料理は一人前と認めてくれる気配はない。
「味はうまいのにな」
「そこ、最初に誉めて下さいよっ」
膨れれば、拗ねるなと頭を撫でられた。最近じゃ、すっかり当たり前の行為だ。
「……ところでだな、飯を人のために作る気はねえのか?」
「は?」
「いや、その、例えばだな、付き合ってる奴に作るとかだな……」
「彼氏にってことですか?残念ながらいませんから」
こう言うと、次長は妙に安心した顔をして、しどろもどろになった。
「……立候補、ってのはありか?」
あれ、顔が赤い。
「何にですか?」
「そ、その、お前の、……だな……」
………………………………。
ええと。
つまり。
その。
次長がおっしゃりたいのは……!
「あ、あの……」
言う前に腕を引っ張られ、そのまま抱き締められた。
「好きだ。俺と付き合ってくれねえか?」
心臓が早鐘を打ってる。どっちのか分からないけど、すごく早い。
「嫌われてんのは分かってんだ。仕事の時、間を取られてたからな」
あ、知ってたんだ。
「けど、その、一人の人間として答えをだな……」
あんまりにどもってるから笑っちゃうと、笑うなって怒られた。
「嫌いな人にお弁当作らないし、ぎゅってされたくもないです」
そっと抱き返した。
「私も好きです。多分、前からずっと」
「……そうか。ありがとうよ」
どちらからともなく微笑めば、空から桜の花びらがお弁当箱に落ちた。
この光景、一生忘れないだろうなってキスしながらぼんやり思った。
(了)
「聞いた?片倉支店長、本店に異動だって」
出勤した私を待ち受けていたのは、驚きの事実だった。
同時に、ショックを受ける自分にも驚いた。
支店長のこと、あんなに苦手だったのに。
だって、強面で怖いから緊張するし、妥協は許さないし、ミスも許さない“仕事の鬼”だから、一緒に仕事するのがとにかく嫌だった。
建築士なのに、営業まがいなことをやらされたことだって何回もある。
でも、支店長は必ずフォローしてくれた。
支店長の対応を盗み見たり、時にはスキルを直接叩き込んでくれたおかげで、女だからとか、建築士じゃ現場は分からないだろとか、建築業界によくある差別に遭うことはなくなっていた。
「差し入れをもらった時か。認識が変わったのって……」
昼休憩。
つい習慣で、白石城公園でお弁当を広げていた。
木枯らしが吹いて寒いのに、何故かここで食べたかった。
「何だ、お前もここに来てたのか」
足音に顔を上げれば、支店長がいた。
「約束……」
「してねえが、習慣だな。お前だってそうだろ?」
そう言って、普通に隣に座ってきた。
もうこんなこともないんだと思ったら、涙が出てきた。
「何、泣いてんだ」
頭を優しく叩かれた。
「異動のことか?」
頷くと、支店長は指で涙を拭ってくれた。
「本店異動は、白石支店に来る前から決まってたんだ。いい建築士を育てるまでが任期だったんでな」
そのいい建築士とは、つまり私なのだと言ってくれ、ますます涙が止まらなくなった。
「因みに、この公園と城は、俺の先祖と伊達にとってなきゃならねえ場所でな。こんな大事な場所、お前にしか任せられねえと思ってる。いい時にうちに入ってくれて感謝してるぜ。完成まで宜しく頼む」
「……はい!任せて下さい!」
涙を拭って返事をすれば、もう一度見たいと願っていたあの笑みがあった。
季節は巡り、桜が咲く時期になった。
「この切り方は雑だな」
「……すみません」
今日は、休日を利用して、次長(支店長から昇格)と着工前の白石城公園でランチしてるんだけど、仕事みたいに料理は一人前と認めてくれる気配はない。
「味はうまいのにな」
「そこ、最初に誉めて下さいよっ」
膨れれば、拗ねるなと頭を撫でられた。最近じゃ、すっかり当たり前の行為だ。
「……ところでだな、飯を人のために作る気はねえのか?」
「は?」
「いや、その、例えばだな、付き合ってる奴に作るとかだな……」
「彼氏にってことですか?残念ながらいませんから」
こう言うと、次長は妙に安心した顔をして、しどろもどろになった。
「……立候補、ってのはありか?」
あれ、顔が赤い。
「何にですか?」
「そ、その、お前の、……だな……」
………………………………。
ええと。
つまり。
その。
次長がおっしゃりたいのは……!
「あ、あの……」
言う前に腕を引っ張られ、そのまま抱き締められた。
「好きだ。俺と付き合ってくれねえか?」
心臓が早鐘を打ってる。どっちのか分からないけど、すごく早い。
「嫌われてんのは分かってんだ。仕事の時、間を取られてたからな」
あ、知ってたんだ。
「けど、その、一人の人間として答えをだな……」
あんまりにどもってるから笑っちゃうと、笑うなって怒られた。
「嫌いな人にお弁当作らないし、ぎゅってされたくもないです」
そっと抱き返した。
「私も好きです。多分、前からずっと」
「……そうか。ありがとうよ」
どちらからともなく微笑めば、空から桜の花びらがお弁当箱に落ちた。
この光景、一生忘れないだろうなってキスしながらぼんやり思った。
(了)