白石の恋

支店長による料理教室の日。
「……」
私は、支店長のマンションのエントランスで、支店長みたいに眉間に皺を寄せていた。
有志が、昨夜になって全員はずせない予定が入ったとかで、私一人での参加となったのだ。
「どうしよう、一人で行くとかすごいハードル高い……」
だいたい、自炊こそしてるものの、人様に食べてもらうとか見てもらう感覚で作ってないから、味も切り方も超テキトーなのよね。
「親からは、千切りを細切りと間違えられるレベルだしなあ」
「だからこその料理教室じゃねえか」
「いや、まあ、そうなんですけど。って!!」
エントランスを振り返れば、そこには腕組みした支店長がいた。
「入るのが見えたのに、いつまで経っても上がって来ねえと思って来てみりゃこれだ」
「す、すみません……。ところで、さっきの独り言、心の声的なものだったんですけど……」
「声に出しちゃ、誰だって聞こえるだろ」
呆れた顔をされ、今すぐ帰りたくなった。
「まあ、いいから入れや。教え甲斐のある腕で楽しみだな」
にやりと笑われれば、蛇に睨まれたカエル。
観念するしかなかった……。



予想通り、料理教室は散々な結果だった。
切り方があまりに雑で、仕上がりが残念極まりなく、さすがの支店長も閉口してたからだ。
ただ、味付けは驚いたことに合格点を貰えた。
雑なところさえ直せば、すぐに見栄えのいい料理が出来ると思うと言ってくれた。
で、何を思ったのか、
「ちゃんと切れるようになるまで、見届けてやるよ」
と言い出され、勘弁と言おうとした途端、
「習いてえって言ったのはお前だろ?ついでだから、最後までマスターしろや」
と、瞬殺されたのは言うまでもない。
そして、料理教室から3日後の昼休憩。
白石城公園で再びランチタイムを一緒にしたのだが。
「……丁寧にやってこれか」
「……すみません」
頑張って作った弁当を見るなり、ダメ出しをされた。
「製図はあんなに細かくやれるってのに、どうしてだろうな」
うう、言わないで。
私が一番感じてることなんだから!
「ま、相変わらず味は悪くねえ」
「誉めてるんですか?」
「ああ。けなしてるように聞こえたか?」
「ええ。“ノットバッド”の言い方は、誉められた気がしません」
努力を一蹴され、ちょっとだけ仕返しがしたくてこう言うと支店長は笑った。
「そりゃ、悪かったな。味はいいぜ」
そして、頭をポンポンされた。
……不意打ちすぎてびっくりしたんだけど、なんか手付きがすごく優しくて、尖ってた気持ちが一気に凪いだ。
「上手になれるよう、鋭意努力します」
ぽろっと出た言葉に、支店長は意外な反応をした。
「いい心掛けだ」
柔らかく微笑んだのだ。
知らない顔に、不覚にも胸がドキッとした。



その日の夜。
「いい顔だったなあ。支店長、普段からあんな顔してたらいいのに」
夕飯ついでに翌日の弁当の材料を作っている最中、ずっとこう思っていた。
「また見たいなあ」
教えてもらって作ったピクルスを頬張れば、その思いが更に強くなった。
また見るためには、努力の結晶を見せればいい。
「よし!」
包丁を握る手に力が入った。
こうして、料理に奮闘する日々は続き、公園ランチは自然と当たり前になっていった。
昼前になればどちらからともなく公園に向かい、公園の仕事について話をしながらランチをするのが日課となっていた。
けちょんけちょんにけなされることもあったけど、だんだん回数は減っていった。
そして、公共事業の着工が決まった頃。
「うまいな」
前置きの嫌みなくさらっと出た、初めての賛美だった。
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