白石の恋

もうすぐ、名字が片倉に変わる。



ということで、ここ最近の休日は一緒に住む家に持ち込む家具を探すためにあちこちの店を歩き回るのが日課となっている。
「あそこに置ける家電置き場って、これが最大よね」
「ああ、そうだな。こっちのはコンパクトでいいな」
「でも、これだとホームベーカリーが置けないよ?」
「そうか。じゃあ、やっぱりこっちか。……こっちのもいいな」
「あ、ほんとだ。でも、横幅がちょっと長いかも」
「並列する食器棚次第だな」
小十郎さんの影響ですっかり料理好きになったもんだから、よく使う家電がおのずと増えていて、ごく一般的な家電置き場の横幅だとケトル、炊飯ジャー、電子レンジを置くとスペースが埋まってしまうのだ。
食器の種類はそう多くないので、食器棚をコンパクトにして家電置き場を大きめのものにするか、あるいは両方の機能を兼ね備えたものにする、どちらかに絞りこんで購入することに決めた。
「ふう」
「疲れたか?」
「ちょっとね」
遅めのランチをとるために立ち寄った店は、休日ということもあってこの時間でもまだにぎわっている。
ただ、楽しそうに会話をする人たちの中、疲れをあらわにしているのはわたしだけ。
「家具を置いてるお店って、どうしてあんなに広いんだろう……」
「家具自体がでかいからな。バリエーションを富ますとああなるんだろうよ」
さすがの小十郎さんも、座って小さく息をついていた。小十郎さんが息をつくぐらいだから、わたしが疲れるのは当然だわ。
「引き渡しはまだ先だからな。もうちっと時間をかけて探すか」
「うん、そうだね」
運ばれてきた昼食を口に運ぶ。今日はたまたま、二人とも同じメニューを選んでいた。
……あ、これおいしい。
今度家で作ってみようと思っていると、どうやら小十郎さんも同じことを思っていたらしい。
「これ、うまいな」
「作ってみたいよね」
「そうだな」
「じゃあ、あとでこの料理の材料買いたい」
「そうだな。……むしろ、今日は材料買ったらもう帰るか」
「うん!」
なんだかんだ言って、わたしも小十郎さんも家で過ごすのが好きらしい。
今日はわたしの家に泊まりに来てくれるんだけど、あと少ししたら白石で一緒に生活することが出来る。
新しい住まいが、白石にあるからだ。
あると言っても、購入した中古物件を現在リノベーション中(もちろん請負先は伊達建設、担当・設計はわたし)で、入居出来るのはこの夏頃の予定だから、それまでは今みたいに互いのマンションを行き来する生活が続く訳で、家で過ごすのが好きなのは今二人がこういった事情で離ればなれになってることが一因かもしれない。
ところで、白石に住むと決めた理由はほかでもない。小十郎さんにとっては先祖代々の大事な場所であり、わたしにとっては小十郎さんや職場の方々と出会えた大切な場所だからだ。
人口三万程度の中規模な町だし古い町だから垢ぬけてはないけど、生活する分には全然困らない土地柄だ。
ヨークベニマルや生協といったスーパーはあるし、コメリ、各種銀行に加え、大きくはないけど図書館やTSUTAYAだってある。
将来、もし子供が出来ても保育所から高校まで市内にあるし、医療機関もそこそこ充実してるから何かあってもひとまずは慌てなくていい。
都市部に行きたければ幹線道路がすぐ側を走ってるから、仙台市や福島市に行くのもそう難しくはない。
冬場は雪に覆われるから最初の頃は戸惑ったけど、今となってはそれも愛しい。新雪に、二人して足跡つけて遊んだり出来るし、小原や鎌先まで行けば日帰りで雪見風呂が堪能出来るんだもの。
小十郎さんのご先祖さまのお墓や菩提寺が市内にあって守られてる感があるのもなんか頼もしいし、街道の要所だったってこともすごく誇らしく感じる。
「白石に来て良かった」
「何だ、やぶからぼうに」
食後のお茶を堪能していた小十郎さんが、目を丸くした。
「色んな意味でそう思うの。でも、特にお礼を言いたいのは支倉社長だなぁ。伊達建設を斡旋して下さったおかげで今のわたしがあるし、白石支店に配属されたから小十郎さんとも仲良くなれたし」
「仲良くって……。ガキじゃねえだろ」
困ったような顔で笑われたけど、言いたいことは伝わったみたいで、小十郎さんも嬉しそうに笑ってくれた。
「俺こそ、白石にゃ感謝しねえとな」
「ん、何で?」
「……」
もごもご口ごもってから、小十郎さんは恥ずかしそうに言った。
「白石城があったから……」
「?」
「だ、だから、白石城の公園事業があったから、お前とあそこまで近づけたし……」
ごにょごにょ呟くもんだから後は何を言ったか分からなかったけど、つまりはわたしと同じことを感じてたらしい。
「……小十郎さんのむっつりすけべ」
照れ隠しで呟けば、何でそうなると困惑された。
「まあ、いい。俺がスケベなのは事実だからな」
「あ、認めた」
「しょうがねえだろ、お前が相手だと自然とそうなる」
「な!?」
真昼間に何言ってんのよ、このオジサン!!
形勢逆転とばかりににやにや笑う小十郎さんを一睨みして、わたしは伝票を持ってさっさとレジに向かった。
「機嫌直せって」
店を出ても尚意地悪な笑みのままの小十郎さん。だから、晩御飯にお手製の蒸し野菜が食べたいっておねだりしてみたら、それくらいで機嫌が直るならお安いご用だと言ってくれた。
「ついでに、明日の弁当の材料も作り置きしてやるよ」
「ホント!?やった!」
「現金な奴だな。……じゃあ、さっさと買い出し済ませて帰るか」
「うん、白石に帰ろう!」
飲食店が並ぶ一画とは真反対にあるスーパーへ向かう。
多分、このお店にある野菜じゃ小十郎さんは満足出来ないだろうから、白石のあのお店に立ち寄ることになるんだろうなとひそかに予想し、数時間後そうなった時には内心大笑いして小十郎さんは一人頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。



(了)
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