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「こちらへどうぞ」
鯉登が姉を連れて行ってすぐ、奏子は月島を応接室に案内した。
「今、お茶をお出しします」
「いえ、結構です」
実直で真面目。軍人を絵に描いたような男だと思った。
「……先日は」
「え?」
いらないと言われた茶を、それでも客人に何も出さないのは失礼にあたるからと言って持っていくと、月島は、では、と言って口にした。
「先日は、上官が失礼をした」
道場のことを言っているらしい。
「……いえ。私もいきり立っていましたから」
何日か経った今なら鯉登の意図が分かる。冷静に振り返ると、あれは手を抜いたのではなくこちらを試していたのだ。
女だ何だと息まいて、勝手に怒ったのは自分の方だった。
「剣を持つ者としてあるまじき態度です」
奏子の様子を見て、月島は少し笑った。
「実直な方だ」
「え?」
「あなたを見ていると、若かりし頃の上官と話しているようで懐かしい」
月島はまた笑った。
「鯉登さまにお仕えして、長いのですか?」
「八年ほどになる。最近はようやく落ち着いてきたが、少し前まではあなたのように明け透けに物を言う方だった」
自分が暗に何でもかんでも口にする人間だと言われたようなものだが、奏子は不思議と腹は立たなかった。
「失礼、言葉が過ぎたようだ」
「いえ、本当のことです。姉にもよく言われますから」
姉、という言葉に月島の手が少し震えたのを奏子は見逃さなかった。
「……月島さま、もしよければ馬具工房を見て行かれませんか? 師団に納品させていただいている馬具がどのような場所で作られているか、ぜひ見ていってください」
「仕事の邪魔になるのでは?」
「今日はお休みをいただいておりますので、無人です」
月島は少し逡巡したのち、首を縦に振った。
案内された工場はとても小さく、月島はまずはそのことに驚いた。あの質を仕上げる馬具屋だ、てっきり職人を何人も雇っていると思っていた。
「他の馬具屋と違い、我が家は義父と姉の二人で切り盛りしております。それゆえ量は多くは作れませんが、質には十二分に気を配っております」
「それは知っている。お宅の馬具は、滅多なことでは解れたりしない。二十七連隊の者なら、誰もが知ることだ」
「ありがとうございます。二十七連隊の方々には、本当にお世話になっておりますから」
この工房は、父が亡くなった際に一度畳まねばならぬ憂き目に遭った。
まだ一職人でしかなかった義父と、その弟子でしかない愛子のみが残ったあの工房はもう立ち行かぬだろう――。
そのような風評が師団の中で起こったからだ。
ただ、二十七連隊だけは愛子の馬具屋との取引をないがしろにしなかった。
鶴見の跡を継いで二十七連隊の長になった鯉登が、実際に馬具を作っているのは職人たちであり、彼らがいる限りこの品質は保たれるといち早く気付いたからだ。
結果、愛子の馬具屋は生き残り、他の連隊は質の良い馬具を受け取る機会を逸したのである。
「その馬具を作る職人の一人が、姉の愛子です」
「あの人も、職人なのか」
月島は驚いた。
鯉登が姉を連れて行ってすぐ、奏子は月島を応接室に案内した。
「今、お茶をお出しします」
「いえ、結構です」
実直で真面目。軍人を絵に描いたような男だと思った。
「……先日は」
「え?」
いらないと言われた茶を、それでも客人に何も出さないのは失礼にあたるからと言って持っていくと、月島は、では、と言って口にした。
「先日は、上官が失礼をした」
道場のことを言っているらしい。
「……いえ。私もいきり立っていましたから」
何日か経った今なら鯉登の意図が分かる。冷静に振り返ると、あれは手を抜いたのではなくこちらを試していたのだ。
女だ何だと息まいて、勝手に怒ったのは自分の方だった。
「剣を持つ者としてあるまじき態度です」
奏子の様子を見て、月島は少し笑った。
「実直な方だ」
「え?」
「あなたを見ていると、若かりし頃の上官と話しているようで懐かしい」
月島はまた笑った。
「鯉登さまにお仕えして、長いのですか?」
「八年ほどになる。最近はようやく落ち着いてきたが、少し前まではあなたのように明け透けに物を言う方だった」
自分が暗に何でもかんでも口にする人間だと言われたようなものだが、奏子は不思議と腹は立たなかった。
「失礼、言葉が過ぎたようだ」
「いえ、本当のことです。姉にもよく言われますから」
姉、という言葉に月島の手が少し震えたのを奏子は見逃さなかった。
「……月島さま、もしよければ馬具工房を見て行かれませんか? 師団に納品させていただいている馬具がどのような場所で作られているか、ぜひ見ていってください」
「仕事の邪魔になるのでは?」
「今日はお休みをいただいておりますので、無人です」
月島は少し逡巡したのち、首を縦に振った。
案内された工場はとても小さく、月島はまずはそのことに驚いた。あの質を仕上げる馬具屋だ、てっきり職人を何人も雇っていると思っていた。
「他の馬具屋と違い、我が家は義父と姉の二人で切り盛りしております。それゆえ量は多くは作れませんが、質には十二分に気を配っております」
「それは知っている。お宅の馬具は、滅多なことでは解れたりしない。二十七連隊の者なら、誰もが知ることだ」
「ありがとうございます。二十七連隊の方々には、本当にお世話になっておりますから」
この工房は、父が亡くなった際に一度畳まねばならぬ憂き目に遭った。
まだ一職人でしかなかった義父と、その弟子でしかない愛子のみが残ったあの工房はもう立ち行かぬだろう――。
そのような風評が師団の中で起こったからだ。
ただ、二十七連隊だけは愛子の馬具屋との取引をないがしろにしなかった。
鶴見の跡を継いで二十七連隊の長になった鯉登が、実際に馬具を作っているのは職人たちであり、彼らがいる限りこの品質は保たれるといち早く気付いたからだ。
結果、愛子の馬具屋は生き残り、他の連隊は質の良い馬具を受け取る機会を逸したのである。
「その馬具を作る職人の一人が、姉の愛子です」
「あの人も、職人なのか」
月島は驚いた。