戸惑い
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鯉登は気付いていないが、奏子を熱心に見つめていた。
縁談話が毎日届くのに、月島の上官は何故かいまだにどの話にも興味を示さない。
最近では、よその連隊長から、
「月島、鯉登はお前と結婚したのか?」
と、からかわれるほどだ。
そんな彼が、初めて女性に興味を持った。
この機会を逃してはならない。月島の勘がそう告げた。
「では、鯉登大尉をお呼びしよう。自ら手渡すといい」
そう言って、奏子が呼び止めるのも聞かず兵営の中へ戻っていった。
一人残された奏子は、手紙を片手にぽかんと立ち尽くした。
(この書簡をお渡しいただくだけでよいのに)
姉と違って、正直軍隊は苦手だ。男くさいというか、血生臭いというか、とにかくあまり近付きたくなかった。
自分や家族が、その軍のおかげで食べていけている現実は分かっているつもりだ。だから、これは奏子の単なる生理的な問題ということなのだろう。
姉の愛子に、以前正直に話したことがあった。すると、
「奏子は、軍の皆さんがやってらっしゃることが本能的に恐ろしいのかもしれないわね」
と、言ってくれた。
確かに、軍の者を見るにつけ、生殺与奪の力を持っている者への畏怖を感じることはあった。
己の命をかけて、この国を守ってくれていることには感謝しているし、そこに何も文句はない。
ただ、命を奪うことへの嫌悪感のようなものは、いくら正論を並べられても拭いきれるものではない。
己が腕を磨く剣道とて、竹刀から真剣に持ち直せば途端に生殺与奪の手段と化すものだ。
すべては己が意識次第――。
「そこで何をしている」
聞き覚えのある声に我に返った。
「おお、奏子殿か」
「鯉登さま、ごきげんよう。外出なさっていたのですね」
「ああ。新しく出来た団子屋がうまいと聞いてな。月島に食べさせてやろうと思って買ってきた」
確かに、手には団子が包まれた箱があった。
「奏子殿は、今日はどうした。お母上の名代か」
「いえ、鯉登さまにご用向きがあって参りました」
「私に?」
奏子はひとつ頷くと、書簡を手渡した。
「姉の、縁談のことです。先ほど、月島さまにお会いしたのですが、中身を拝見するとおっしゃられたので、慌てて鯉登さまに御用があるとお伝えしたのです」
「月島はどうした」
「鯉登さまを探しに、兵営内にお戻りになられました」
鯉登の顔が、途端苦味を潰したものになった。
「どうかなさったのですか」
「あ、いや、月島に黙って団子を買いに出たのでな。ことが露見すれば、どやされるだけでは済まないかもしれん」
「まあ」
大尉ともなれば、もっと堅苦しい存在なのかと思っていたので、奏子は驚き、そして笑った。
縁談話が毎日届くのに、月島の上官は何故かいまだにどの話にも興味を示さない。
最近では、よその連隊長から、
「月島、鯉登はお前と結婚したのか?」
と、からかわれるほどだ。
そんな彼が、初めて女性に興味を持った。
この機会を逃してはならない。月島の勘がそう告げた。
「では、鯉登大尉をお呼びしよう。自ら手渡すといい」
そう言って、奏子が呼び止めるのも聞かず兵営の中へ戻っていった。
一人残された奏子は、手紙を片手にぽかんと立ち尽くした。
(この書簡をお渡しいただくだけでよいのに)
姉と違って、正直軍隊は苦手だ。男くさいというか、血生臭いというか、とにかくあまり近付きたくなかった。
自分や家族が、その軍のおかげで食べていけている現実は分かっているつもりだ。だから、これは奏子の単なる生理的な問題ということなのだろう。
姉の愛子に、以前正直に話したことがあった。すると、
「奏子は、軍の皆さんがやってらっしゃることが本能的に恐ろしいのかもしれないわね」
と、言ってくれた。
確かに、軍の者を見るにつけ、生殺与奪の力を持っている者への畏怖を感じることはあった。
己の命をかけて、この国を守ってくれていることには感謝しているし、そこに何も文句はない。
ただ、命を奪うことへの嫌悪感のようなものは、いくら正論を並べられても拭いきれるものではない。
己が腕を磨く剣道とて、竹刀から真剣に持ち直せば途端に生殺与奪の手段と化すものだ。
すべては己が意識次第――。
「そこで何をしている」
聞き覚えのある声に我に返った。
「おお、奏子殿か」
「鯉登さま、ごきげんよう。外出なさっていたのですね」
「ああ。新しく出来た団子屋がうまいと聞いてな。月島に食べさせてやろうと思って買ってきた」
確かに、手には団子が包まれた箱があった。
「奏子殿は、今日はどうした。お母上の名代か」
「いえ、鯉登さまにご用向きがあって参りました」
「私に?」
奏子はひとつ頷くと、書簡を手渡した。
「姉の、縁談のことです。先ほど、月島さまにお会いしたのですが、中身を拝見するとおっしゃられたので、慌てて鯉登さまに御用があるとお伝えしたのです」
「月島はどうした」
「鯉登さまを探しに、兵営内にお戻りになられました」
鯉登の顔が、途端苦味を潰したものになった。
「どうかなさったのですか」
「あ、いや、月島に黙って団子を買いに出たのでな。ことが露見すれば、どやされるだけでは済まないかもしれん」
「まあ」
大尉ともなれば、もっと堅苦しい存在なのかと思っていたので、奏子は驚き、そして笑った。