キミのとなり~みらいのはなし~
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マザートリガーから勇、ひいては三門市を守る防衛戦が終息して一週間。
街はもちろん本部にも大きな被害はなく、勇が無茶をして負った頬の傷のみが実質的な被害であった。
災厄を退け、すべて解決と思った矢先、また別問題が発生した。勇がいた「フローティング」という乱星国家国家がアフトクラトルへ衝突する可能性があることが分かったのだ。
フローティングという星は、マザートリガーがコアとなって形成されていた星だ。よって、マザーが星を離れた時点で崩壊が始り、それらの残骸が既にアフトクラトルへ墜落する軌道上に入ってしまっていた。
アフトクラトルには、大規模遠征組がまだ滞在している。死者を出さず任務を成功させたとの一報が入ったばかりだったので、被害を食い止めるためマザートリガーを星に戻すという任務が新たに生まれた。幸いなのは、星の瓦解スピードが異常にゆっくりという点だけである。
勇が星を離れる際、星にいたトリオン兵はすべてマザートリガーによって破壊された可能性が高く、戦闘の確率は低いとの算段から、この任務は少数精鋭で決行されることが決まった。迅の予測も同じで、驚いたことに勇とあともう一人で事足りるという未来だったらしく、彼女とバディを組むのは自分がいいだろうと迅が名乗りを挙げたことで二人での任務が決定した。
星の瓦解を一刻も早く防ぐため、二人は任務が決まったその足でフローティングへ出発することになった。
「女の子なのに、傷なんかこさえてさ」
頬の大きな絆創膏を眺めながら、迅悠一が呟いた。
「男の子だったらいい、なんてことないでしょ」
「そういう問題じゃないよ」
迅は、傷が出来た経緯を怒っていた。
トリオンが切れかけ、それでも本部を、街を防衛しなければならないとなった時、勇は迷わずトリオン体を生成するためのトリオンを自身のブラックトリガーに注ぎ込み、守備に徹した。その結果、相手の攻撃をまともにくらい、頬に大きな傷を負った。
その後、トリトンが回復した迅が間一髪で駆けつけたことで勇は事なきを得たのだが、迅の怒りはおさまるどころか日に日に増しているように感じられた。
「自分の身を犠牲にして出来た傷、俺は嫌いだ」
というのが理由らしい。自分こそ三門のためにいつも身を呈しているではないか、と言ってはいけない。迅が本当に怒っているのが、己自身に対してであることが分かっているから。
勇が危険な目に遭う未来が視えていたのに、それを回避する手段を自分は見出だせなかった。何のためのサイドエフェクトだと珍しく怒りを露にしていたことを、後々になって迅と共にいた嵐山から聞いた。
「それだけ、相馬のことが大切なんだな」
さらりと爽やかに爆弾発言を聞かされ、勇は正直迅の顔をまともに見ることが出来なくなっていた。
確かに、それとなく迅の気持ちが自分に向いている気はしていたが、気のせいだと思っていたし思おうとした。もし自惚れだとしたら恥ずかしいし、15の頃にアフトクラトルに攫われ、フローティングのゲートに落っこちて以来、5年間ずっとフローティングにいたから、恋愛をまともにしたことがない自分には自惚れか否かの判断がつかなかった。
だが、マザートリガーをフローティングへ戻す任務が決まった時、真っ先に同行を申し出たのが迅だったし、その直後に告白をされてしまったので、気のせいでも自惚れでもなくなってしまった。
「迅くん」
なに、と、ぶっきらぼうに答える彼に、精一杯の笑顔を向けた。
「ごめん、ありがと」
「謝るかお礼言うかどっちかにしなよ」
なおもむくれる迅であったが、やがて手を差し出してきたので、一瞬ためらったのちその手を握った。
「返事、まだもらってないんだけど」
勇は思わず咳き込んだ。
「咳き込むってことは、覚えててくれたってことだね」
にこにこ笑う彼に、勇は先が思いやられると思った。
答えは、もう出ている。多分、自分も迅が好きで、共に人生を歩むなら彼がいいと思っている。
初めて出会ったのは14、5の頃だが、出会ってすぐフローティングにさらわれたので付き合いは実質1か月ほどだ。彼と共に過ごした時間は短いが、共に歩むなら彼がいいと思ったのだから仕方ない。
(こういうの、熱に浮かされてるっていうのかな)
「ところで」
迅の声で我に返った。
「俺、遠征艇なしでの遠征は初めてでさ。さすがに緊張してるよ」
「ちゃんと目的地につくって未来が視えてても、怖いものは怖いよね」
少しだけ強めに手を握ると、迅はほっとした顔をした。
「気持ちに寄り添ってくれるのって、嬉しいもんだね」
「分かってもらえるのって、嬉しいし安心するもの」
自分がそうされたら嬉しいからそうするのだと勇はさらりと言う。だが、頭で分かっていて実際やるには難しいことは誰もが分かることで。
「こういうこをさらっとやれる、お前のそういうとこ好きだよ」
迅も、手を強く握り返した。
『そこのバカップル、いちゃついとらんとさっさと行かんか。座標がずれるぞ』
通信機を通じて、鬼怒田の呆れ声が聞こえてきた。
「あれ、通信切ってたはずなんだけど」
『映像で見えておるわ、馬鹿もんが』
さっさと行け、と、また言われたので、二人は顔を見合わせてゲートをくぐった。
乱星国家だけあって、フローティングへ続くルートは鬼怒田の導き出した予測とは少しずれてしまったが、結果として三門から最短ルートでたどり着くことが出来た。
「お前たちがさっさと行かんから座標がずれたんだって、鬼怒田さん怒りそうだな」
迅は笑ったが、勇の顔はきつかった。
「ここが、目的地?」
眼前に広がる砂漠を眺めていると、目的地は反対側だと言った。
辿り着いたフローティングという星。かつて、勇が囚われていた場所。大人の足で1時間もあれば回れてしまうこの小さな星に、勇は5年もの間囚われていた。
出来れば、二度と来たくなかっただろう。だが、この星にマザートリガーを戻し星の瓦解を止めなければ、現在フローティングの軌道近くにあるアフトクラトルに被害が出る可能性がある。
まだ、遠征艇はアフトを出発していない。せめて、遠征艇が離れるまでは自爆装置を起動させる訳にはいかなかった。
「結構広い星なんだね。もっとこう、こじんまりとしてるのかと思った」
「……記憶してる星の姿と違う。こんなに広くなかった」
勇の顔は、相変わらず険しい。
「もしかしたら、思った以上に瓦解が進んでいるのかも」
「破裂前の風船みたいに、星が膨張してるってこと?」
勇は、静かに頷いた。
「迅くん、マザートリガーを本来あった場所に戻しに行きたい」
「了解」
二人は、勇の記憶をたよりにマザートリガーが鎮座していた神殿を目指した。
目指す神殿と真反対に到着したため、二人は全速力で走った。運動機能が上がるトリオン体なら、歩いて1時間の距離はすぐに到着出来るはずだった。だが、勇が抱いた違和感の通り星は思った以上に瓦解が進んでおり、神殿まできっちり1時間かかった。
道中、一体いくつ破壊されたトリオン兵を見ただろうか。マザートリガーが暴走した時にすべて破壊されたというのは、本当だったらしい。
(トリオン兵に同情するつもりは一切ないけど、仮にも“カゾク”とうそぶいてた相手に、こんなことが出来るのか)
感情のない相手に人間の道理が通じるはずもないし、またその逆も然りだが、迅はやるせない気持ちになった。
「……ここ?」
「うん、ここ」
迅が驚くのも無理はなかった。神殿と言うからにはさぞかし立派な建物が存在すると思いきや、そこには廃墟しかなかった。
勇は、かつてそこにあったであろう建物の配置が見えているのだろう、廃墟の中を迷わず進んだ。
「ここも、マザーが壊したの。ファザーが壊れて、あ、ファザーはマザーの抑止機能を持った対のトリオン兵のことなんだけど」
そのファザーを失ったマザーは破壊衝動に駆られ、まず最初にこの神殿を壊した。
「ファザーとケッコンシキを挙げた大事な場所だって言っていたのに……」
どこかその年月を懐かしんでいるように見える表情だったが、そこに任務と感情をはきちがえる余地はない。勇の不思議なところだ。
守るべきものと己の郷愁はまったく別物だという認識が同時に並列できるため、勇はまわりから見ると実に「自分」というものをまるで生きていないように見える。肉体という入れ物を別次元にいる「自分」が操っているかのごとく、現実の肉体と意識がリンクしていないように見えるのだ。
今だって、確かにこの国で過ごした過去の記憶が彼女の心を苛んでいるだろうに、神殿の中心部へ急ぐ足取りに全く影響がない。焦りや怒り、悲しみなどといった感情が行動に全く影響を及ぼしていないのだ。強い精神力で抑え込んでいるのとは違って、コントロール下が別のところにある。そういうイメージだ。
ここまで感情を完璧にコントロール出来るのに、恋の話になると途端におぼつかない表情をする。
(耐性があるかないかの違いなだけかもな)
告白をした時の、勇の顔が今も忘れられない。
「ここ」
勇の声で、我に返った。
「ここに、マザートリガーがいたの」
残骸ばかりのある場所に、わずかばかりの光が空から差し込む。その光射す場所にあったのが、祭壇と思しきものだった。
「マザーは星そのものだから、いつもはここに鎮座してた。まわりのトリオン兵が、家族として世話をするふりをしたりしてたな」
まるで、ままごとだ。そう思ったが、迅は黙っていた。勇が、一番そう思っていたはずだから。
「それで? そいつをここに置けば、星の膨張は止まるのか?」
「多分」
勇は、首に下げていた小袋からマザートリガーのコアとなるパワーストーンを取り出し、静かに置いた。ストーンは降り注ぐ光を浴びてさらに光輝き、光を飲み尽くしてただの石と化した。
「……終わり?」
「うん」
意外すぎるほどにあっさりと任務は完了した。
「さ、急ご」
「急ぐ?」
「本当の任務は、ここから」
マザートリガーを元の場所に戻したが、星の瓦解スピードが遅くなっただけであってこの星そのものが崩壊してゆく運命に変わりはない。
フローティングが地球近くを浮遊してたために、行きはすんなり到着することが出来たが、帰りは違う。フローティングは静かに崩壊の一途を辿っており、地球と繋がる座標から既に逸脱してしまっている。よって、帰りは遠征艇に乗り込むか、行きと同じようにいくつものゲートをくぐり抜けて地球に自力で帰るかの二者択一で、もし遠征艇に乗り込むのならば、急ぎアフトクラトルに行かなければならない。
軌道がずれ始めているとはいえ、フローティングの軌道は地球へのそれと違ってアフトクラトルにずっと近い。星の残骸がアフトクラトルに到達する前に遠征艇に乗ることが、遠征艇経由で地球に戻る条件なのだ。
「もし、間に合わなかったら……」
「開いたゲートをたよりに、地球までとぼとぼ帰るしかないね」
帰るのにものすごく時間がかかっちゃうね、と、勇は冗談めいてみせた。
「あと、まずはこの星から脱出しないと。私たちがお星さまになっちゃう」
「それは困るな」
軽やかに笑い、迅は元来た道を走り出した。その後を勇が続く。
「トリオン兵の妨害がなくて助かったよ」
「そうだね」
「そもそもさ、どうしてマザートリガーは暴走を始めたんだっけ」
「ファザートリガーを失ったせいだよ」
ファザートリガーとは、マザートリガーと対を成すもので、元々はマザートリガーの一部であった。
主な役目はマザートリガーの抑止。いわば冷却機能、暴走抑制装置みたいなものであった。
勇を贄として毎日トリオンを搾取するうち、星は肥大化し始めた。それに伴いマザートリガーのトリオン器も肥大化していったが、機械が人間のように成長して肥大化することはなく、いつしか勇のトリオン量を受け止めきれなくなったマザートリガーは、一部の回路がショート。それによって、零れだしたトリオンを補おうとたまたま手前にいたトリオン兵を吸収した。
マザートリガーは、そこから暴走を始めた。
すぐさまファザートリガーが抑止を行ったが、マザートリガーの方が攻撃力が高く、ファザートリガーは呆気なく破壊された。
他のトリオン兵はファザーの管理下にあったため、残りのトリオン兵はマザーを抑止すべく動いたが、所詮は大人と赤子の戦いだ。トリオン兵はすべて破壊しつくされ、それでもトリオンを欲するマザートリガーは勇を殺してトリオン器官の搾取を考えた。
勇は、マザーから逃れるべく星を駆け巡るうちにたまたま開いたゲートをくぐり、逃れ逃れるうちに地球へと戻ることができた。
だが、それはマザーが勇を追跡する要因となり、先日遭ったばかりの三門市防衛戦へと繋がるわけである。
「三門に迷惑かけちゃった」
勇が、一人ごちた。
「大丈夫。皆、慣れてるから」
それでも浮かない顔の勇に、迅はさらに言った。
「誰も死ななかった。それは、相馬さんだったブラックトリガーを、誰も起動出来なかったあのトリガーを妹の勇ちゃんが起動したからだよ」
勇の使うトリガーは、かつて相馬健吾と名乗っていた旧ボーダーのメンバーが命に変えて作り出したブラックトリガーだ。
そして、勇は健吾の妹に当たる。
「そのトリガー、防御専用だろ。皆を守りたいって願ってた、相馬さんらしいよな。しかも、基地周辺まで覆うことができる巨大シールドを展開出来るんだから」
今後の三門防衛戦の構図を書き換えるほどの影響を持ち得ていること、また、マザートリガー襲来の折、命を懸けて街と本部を守ったことで、ボーダーお預かりの身だった勇は正式にボーダー隊員となり、現在こうして迅と任務を行っている。
「迅くん、ゲート!」
乱星国家は、こうもゲートが頻繁に開くのだろうか。迅は不思議に思ったが、今ここでこのゲートに入らなければ、もしかしたら星と共に自分も星と化してしまうかもしれない。
何より、視える未来がとても明るいものだったので、迅は勇と共に迷わずゲートに身を投じた。
街はもちろん本部にも大きな被害はなく、勇が無茶をして負った頬の傷のみが実質的な被害であった。
災厄を退け、すべて解決と思った矢先、また別問題が発生した。勇がいた「フローティング」という乱星国家国家がアフトクラトルへ衝突する可能性があることが分かったのだ。
フローティングという星は、マザートリガーがコアとなって形成されていた星だ。よって、マザーが星を離れた時点で崩壊が始り、それらの残骸が既にアフトクラトルへ墜落する軌道上に入ってしまっていた。
アフトクラトルには、大規模遠征組がまだ滞在している。死者を出さず任務を成功させたとの一報が入ったばかりだったので、被害を食い止めるためマザートリガーを星に戻すという任務が新たに生まれた。幸いなのは、星の瓦解スピードが異常にゆっくりという点だけである。
勇が星を離れる際、星にいたトリオン兵はすべてマザートリガーによって破壊された可能性が高く、戦闘の確率は低いとの算段から、この任務は少数精鋭で決行されることが決まった。迅の予測も同じで、驚いたことに勇とあともう一人で事足りるという未来だったらしく、彼女とバディを組むのは自分がいいだろうと迅が名乗りを挙げたことで二人での任務が決定した。
星の瓦解を一刻も早く防ぐため、二人は任務が決まったその足でフローティングへ出発することになった。
「女の子なのに、傷なんかこさえてさ」
頬の大きな絆創膏を眺めながら、迅悠一が呟いた。
「男の子だったらいい、なんてことないでしょ」
「そういう問題じゃないよ」
迅は、傷が出来た経緯を怒っていた。
トリオンが切れかけ、それでも本部を、街を防衛しなければならないとなった時、勇は迷わずトリオン体を生成するためのトリオンを自身のブラックトリガーに注ぎ込み、守備に徹した。その結果、相手の攻撃をまともにくらい、頬に大きな傷を負った。
その後、トリトンが回復した迅が間一髪で駆けつけたことで勇は事なきを得たのだが、迅の怒りはおさまるどころか日に日に増しているように感じられた。
「自分の身を犠牲にして出来た傷、俺は嫌いだ」
というのが理由らしい。自分こそ三門のためにいつも身を呈しているではないか、と言ってはいけない。迅が本当に怒っているのが、己自身に対してであることが分かっているから。
勇が危険な目に遭う未来が視えていたのに、それを回避する手段を自分は見出だせなかった。何のためのサイドエフェクトだと珍しく怒りを露にしていたことを、後々になって迅と共にいた嵐山から聞いた。
「それだけ、相馬のことが大切なんだな」
さらりと爽やかに爆弾発言を聞かされ、勇は正直迅の顔をまともに見ることが出来なくなっていた。
確かに、それとなく迅の気持ちが自分に向いている気はしていたが、気のせいだと思っていたし思おうとした。もし自惚れだとしたら恥ずかしいし、15の頃にアフトクラトルに攫われ、フローティングのゲートに落っこちて以来、5年間ずっとフローティングにいたから、恋愛をまともにしたことがない自分には自惚れか否かの判断がつかなかった。
だが、マザートリガーをフローティングへ戻す任務が決まった時、真っ先に同行を申し出たのが迅だったし、その直後に告白をされてしまったので、気のせいでも自惚れでもなくなってしまった。
「迅くん」
なに、と、ぶっきらぼうに答える彼に、精一杯の笑顔を向けた。
「ごめん、ありがと」
「謝るかお礼言うかどっちかにしなよ」
なおもむくれる迅であったが、やがて手を差し出してきたので、一瞬ためらったのちその手を握った。
「返事、まだもらってないんだけど」
勇は思わず咳き込んだ。
「咳き込むってことは、覚えててくれたってことだね」
にこにこ笑う彼に、勇は先が思いやられると思った。
答えは、もう出ている。多分、自分も迅が好きで、共に人生を歩むなら彼がいいと思っている。
初めて出会ったのは14、5の頃だが、出会ってすぐフローティングにさらわれたので付き合いは実質1か月ほどだ。彼と共に過ごした時間は短いが、共に歩むなら彼がいいと思ったのだから仕方ない。
(こういうの、熱に浮かされてるっていうのかな)
「ところで」
迅の声で我に返った。
「俺、遠征艇なしでの遠征は初めてでさ。さすがに緊張してるよ」
「ちゃんと目的地につくって未来が視えてても、怖いものは怖いよね」
少しだけ強めに手を握ると、迅はほっとした顔をした。
「気持ちに寄り添ってくれるのって、嬉しいもんだね」
「分かってもらえるのって、嬉しいし安心するもの」
自分がそうされたら嬉しいからそうするのだと勇はさらりと言う。だが、頭で分かっていて実際やるには難しいことは誰もが分かることで。
「こういうこをさらっとやれる、お前のそういうとこ好きだよ」
迅も、手を強く握り返した。
『そこのバカップル、いちゃついとらんとさっさと行かんか。座標がずれるぞ』
通信機を通じて、鬼怒田の呆れ声が聞こえてきた。
「あれ、通信切ってたはずなんだけど」
『映像で見えておるわ、馬鹿もんが』
さっさと行け、と、また言われたので、二人は顔を見合わせてゲートをくぐった。
乱星国家だけあって、フローティングへ続くルートは鬼怒田の導き出した予測とは少しずれてしまったが、結果として三門から最短ルートでたどり着くことが出来た。
「お前たちがさっさと行かんから座標がずれたんだって、鬼怒田さん怒りそうだな」
迅は笑ったが、勇の顔はきつかった。
「ここが、目的地?」
眼前に広がる砂漠を眺めていると、目的地は反対側だと言った。
辿り着いたフローティングという星。かつて、勇が囚われていた場所。大人の足で1時間もあれば回れてしまうこの小さな星に、勇は5年もの間囚われていた。
出来れば、二度と来たくなかっただろう。だが、この星にマザートリガーを戻し星の瓦解を止めなければ、現在フローティングの軌道近くにあるアフトクラトルに被害が出る可能性がある。
まだ、遠征艇はアフトを出発していない。せめて、遠征艇が離れるまでは自爆装置を起動させる訳にはいかなかった。
「結構広い星なんだね。もっとこう、こじんまりとしてるのかと思った」
「……記憶してる星の姿と違う。こんなに広くなかった」
勇の顔は、相変わらず険しい。
「もしかしたら、思った以上に瓦解が進んでいるのかも」
「破裂前の風船みたいに、星が膨張してるってこと?」
勇は、静かに頷いた。
「迅くん、マザートリガーを本来あった場所に戻しに行きたい」
「了解」
二人は、勇の記憶をたよりにマザートリガーが鎮座していた神殿を目指した。
目指す神殿と真反対に到着したため、二人は全速力で走った。運動機能が上がるトリオン体なら、歩いて1時間の距離はすぐに到着出来るはずだった。だが、勇が抱いた違和感の通り星は思った以上に瓦解が進んでおり、神殿まできっちり1時間かかった。
道中、一体いくつ破壊されたトリオン兵を見ただろうか。マザートリガーが暴走した時にすべて破壊されたというのは、本当だったらしい。
(トリオン兵に同情するつもりは一切ないけど、仮にも“カゾク”とうそぶいてた相手に、こんなことが出来るのか)
感情のない相手に人間の道理が通じるはずもないし、またその逆も然りだが、迅はやるせない気持ちになった。
「……ここ?」
「うん、ここ」
迅が驚くのも無理はなかった。神殿と言うからにはさぞかし立派な建物が存在すると思いきや、そこには廃墟しかなかった。
勇は、かつてそこにあったであろう建物の配置が見えているのだろう、廃墟の中を迷わず進んだ。
「ここも、マザーが壊したの。ファザーが壊れて、あ、ファザーはマザーの抑止機能を持った対のトリオン兵のことなんだけど」
そのファザーを失ったマザーは破壊衝動に駆られ、まず最初にこの神殿を壊した。
「ファザーとケッコンシキを挙げた大事な場所だって言っていたのに……」
どこかその年月を懐かしんでいるように見える表情だったが、そこに任務と感情をはきちがえる余地はない。勇の不思議なところだ。
守るべきものと己の郷愁はまったく別物だという認識が同時に並列できるため、勇はまわりから見ると実に「自分」というものをまるで生きていないように見える。肉体という入れ物を別次元にいる「自分」が操っているかのごとく、現実の肉体と意識がリンクしていないように見えるのだ。
今だって、確かにこの国で過ごした過去の記憶が彼女の心を苛んでいるだろうに、神殿の中心部へ急ぐ足取りに全く影響がない。焦りや怒り、悲しみなどといった感情が行動に全く影響を及ぼしていないのだ。強い精神力で抑え込んでいるのとは違って、コントロール下が別のところにある。そういうイメージだ。
ここまで感情を完璧にコントロール出来るのに、恋の話になると途端におぼつかない表情をする。
(耐性があるかないかの違いなだけかもな)
告白をした時の、勇の顔が今も忘れられない。
「ここ」
勇の声で、我に返った。
「ここに、マザートリガーがいたの」
残骸ばかりのある場所に、わずかばかりの光が空から差し込む。その光射す場所にあったのが、祭壇と思しきものだった。
「マザーは星そのものだから、いつもはここに鎮座してた。まわりのトリオン兵が、家族として世話をするふりをしたりしてたな」
まるで、ままごとだ。そう思ったが、迅は黙っていた。勇が、一番そう思っていたはずだから。
「それで? そいつをここに置けば、星の膨張は止まるのか?」
「多分」
勇は、首に下げていた小袋からマザートリガーのコアとなるパワーストーンを取り出し、静かに置いた。ストーンは降り注ぐ光を浴びてさらに光輝き、光を飲み尽くしてただの石と化した。
「……終わり?」
「うん」
意外すぎるほどにあっさりと任務は完了した。
「さ、急ご」
「急ぐ?」
「本当の任務は、ここから」
マザートリガーを元の場所に戻したが、星の瓦解スピードが遅くなっただけであってこの星そのものが崩壊してゆく運命に変わりはない。
フローティングが地球近くを浮遊してたために、行きはすんなり到着することが出来たが、帰りは違う。フローティングは静かに崩壊の一途を辿っており、地球と繋がる座標から既に逸脱してしまっている。よって、帰りは遠征艇に乗り込むか、行きと同じようにいくつものゲートをくぐり抜けて地球に自力で帰るかの二者択一で、もし遠征艇に乗り込むのならば、急ぎアフトクラトルに行かなければならない。
軌道がずれ始めているとはいえ、フローティングの軌道は地球へのそれと違ってアフトクラトルにずっと近い。星の残骸がアフトクラトルに到達する前に遠征艇に乗ることが、遠征艇経由で地球に戻る条件なのだ。
「もし、間に合わなかったら……」
「開いたゲートをたよりに、地球までとぼとぼ帰るしかないね」
帰るのにものすごく時間がかかっちゃうね、と、勇は冗談めいてみせた。
「あと、まずはこの星から脱出しないと。私たちがお星さまになっちゃう」
「それは困るな」
軽やかに笑い、迅は元来た道を走り出した。その後を勇が続く。
「トリオン兵の妨害がなくて助かったよ」
「そうだね」
「そもそもさ、どうしてマザートリガーは暴走を始めたんだっけ」
「ファザートリガーを失ったせいだよ」
ファザートリガーとは、マザートリガーと対を成すもので、元々はマザートリガーの一部であった。
主な役目はマザートリガーの抑止。いわば冷却機能、暴走抑制装置みたいなものであった。
勇を贄として毎日トリオンを搾取するうち、星は肥大化し始めた。それに伴いマザートリガーのトリオン器も肥大化していったが、機械が人間のように成長して肥大化することはなく、いつしか勇のトリオン量を受け止めきれなくなったマザートリガーは、一部の回路がショート。それによって、零れだしたトリオンを補おうとたまたま手前にいたトリオン兵を吸収した。
マザートリガーは、そこから暴走を始めた。
すぐさまファザートリガーが抑止を行ったが、マザートリガーの方が攻撃力が高く、ファザートリガーは呆気なく破壊された。
他のトリオン兵はファザーの管理下にあったため、残りのトリオン兵はマザーを抑止すべく動いたが、所詮は大人と赤子の戦いだ。トリオン兵はすべて破壊しつくされ、それでもトリオンを欲するマザートリガーは勇を殺してトリオン器官の搾取を考えた。
勇は、マザーから逃れるべく星を駆け巡るうちにたまたま開いたゲートをくぐり、逃れ逃れるうちに地球へと戻ることができた。
だが、それはマザーが勇を追跡する要因となり、先日遭ったばかりの三門市防衛戦へと繋がるわけである。
「三門に迷惑かけちゃった」
勇が、一人ごちた。
「大丈夫。皆、慣れてるから」
それでも浮かない顔の勇に、迅はさらに言った。
「誰も死ななかった。それは、相馬さんだったブラックトリガーを、誰も起動出来なかったあのトリガーを妹の勇ちゃんが起動したからだよ」
勇の使うトリガーは、かつて相馬健吾と名乗っていた旧ボーダーのメンバーが命に変えて作り出したブラックトリガーだ。
そして、勇は健吾の妹に当たる。
「そのトリガー、防御専用だろ。皆を守りたいって願ってた、相馬さんらしいよな。しかも、基地周辺まで覆うことができる巨大シールドを展開出来るんだから」
今後の三門防衛戦の構図を書き換えるほどの影響を持ち得ていること、また、マザートリガー襲来の折、命を懸けて街と本部を守ったことで、ボーダーお預かりの身だった勇は正式にボーダー隊員となり、現在こうして迅と任務を行っている。
「迅くん、ゲート!」
乱星国家は、こうもゲートが頻繁に開くのだろうか。迅は不思議に思ったが、今ここでこのゲートに入らなければ、もしかしたら星と共に自分も星と化してしまうかもしれない。
何より、視える未来がとても明るいものだったので、迅は勇と共に迷わずゲートに身を投じた。