キミのとなり~みらいのはなし~
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ゲートをくぐり抜けた先は、先ほどのフローティングような砂漠の国だったが、太陽がやけに赤々としていて、フローティングではないことが伺えた。
「ここは……」
「どこかは分からないけど、通信が通じてるってことは、わりとアフトクラトルに近い位置にいるみたいだな」
迅の言う通信とは、新たに同盟国家となったガロプラのとある人物から渡された、ガロプラと三門を繋ぐ通信機である。本来は1つしかないのだが、開発室によって子機が作られた。ガロプラの技術とは隔たりがあるため電波の発信・受信をキャッチ出来る程度の性能だが、今回の任務には十分であった。
「でも、さっきから電波が入ったり途切れたりしてるから、あまり長居はしない方が良さそうだ」
「元々アフトクラトルに急ぐって前提だったし、何も問題ないよ」
勇は、慌てるでもなく言った。
赤い太陽が地球の時より近く、また視界を遮るものが何もないので、余計にその存在が大きく感じられる。
「今日は、ここで野宿しよう」
「そうだね。見たところ、延々と砂漠が続いてるっぽいし、任務中は下手に人里に行かない方がいいかもしれない」
「人里って」
迅は笑った。
風除けのための砂を掘り、そこに横たわる。日が陰り始めたので、本来は肌寒く感じるところだが、トリオン体なのでそうは感じなかった。
「本当なら、火をおこしたいところだけどな」
一息吐いて、迅は砂に横たわった。
「煙が出たら危ないかもしれないし、今日は我慢だね」
我慢、と言った勇には、雨取千佳並みのトリオン量がある。加えて、フローティングにいた際にトリオンの自動回復というサイドエフェクトも開花したため、トリオン体でいても何ら問題はない。
「迅くん、少し休みなよ。わたしはこの通り、休まなくても平気だから」
常日頃トリオン体でいる迅だが、さすがにトリオン量は勇には敵わない。少し休息をとってトリオンを回復させたいところだったので、迅はその申し出をありがたく頂戴することにした。
「ねえ、膝枕してよ」
「えっ」
トリオン体でなければきっと真っ赤な顔が拝めただろう。迅は、少し勿体ないと思ってしまった。
「はは、冗談冗談。じゃ、俺寝るから……」
そう言って横寝した体が、何故か膝の上にあった。
「え……」
「膝枕、いるんでしょう?」
困惑した顔が、そこにあった。
「あ、いや、その、いると言えばいるけど、まさか本当にしてもらえるとは……」
まさに、未来の読み逃しだ。
「……俺が、恥ずかしい」
迅は、両手で顔を覆った。
「言い出しっぺの法則っていうのがあるって、月 ちゃんから聞いた」
月 ちゃん、つまり月見蓮のことである。勇と月見は、勇が失踪するまで同じクラスで友達だった。三輪隊が大規模遠征に参加しなかったことで、その隊のオペレーターである月見も同時に三門に残った訳だが、そのおかげで勇は月見と再会することが出来たのだった。
「はあ、蓮さんってば何言ってるんだか……。てか、俺、勇ちゃんからまだ返事もらってないんだけど?」
勇は、また困惑した表情を浮かべた。
「……そだっけ?」
「あ、ごまかす気?」
勇は頭を小さく左右に振り、意を決して呟いた。
「……迅くんの気持ち、嬉しかった。ありがとう」
「……まさか、それだけ?」
この先の未来が視えたのか、迅は余裕の笑みを浮かべ勇の後頭部を掴み自分の方へ引き寄せた。
「違うよね」
勇は、言葉にならないうめき声を挙げた。
「はっきり言ってくれないと分からないんだけど?」
「っ、ごめん」
後頭部から頬に位置を変えた手に自分のそれを添えると、勇は一度深呼吸をした。
「……ありがとう、迅くん。わたしも、迅くんが好き。だから、良かったらこのまま休んで」
迅は一瞬目を見開いたが、すぐに弓なりにし、口元を綻ばせた。
「ああ、そうさせてもらう」
余韻を楽しむようにしばらく勇の手や指を唇に押し当てていたが、やがて静かに寝息を立て始めた。
「……おやすみ、迅くん」
さらりと、前髪を撫でる。一瞬ぴくりと反応したが、すぐに穏やかな寝息が続いた。
目が覚めた時、勇は瞑目していた。
「勇ちゃん……」
囁くように声をかけると、勇はゆっくりと目を開けた。
「おはよう。眠れた?」
「あ、ああ……」
本当に、ずっと膝枕をしてくれていたらしい。迅は、頬に熱が集まるのを止められなかった。
「どうしたの?」
「いたたまれない、俺が……」
「何で」
勇は、ふんわりと笑った。
「空が白み始めたから、起き上がれそうなら少し移動してみない? ゲートも探さないといけないし」
「そうだな」
弾みをつけて起き上がる。思ったより寒くない。砂漠の夜は急激に冷え込むと聞いたことがあったが、この砂漠はそうではないらしい。
「勇ちゃん、思ったより寒くないから換装解いてみない?」
伸びをひとつし、勇は迅の言う通り換装を解いた。
「本当だね、寒くなっ……」
振り返った勇の唇に、柔らかいものが触れる。それが迅の唇だと気付くのに、時間はかからなかった。
「……ごめん、トリオン体のお前にはしたくなくて」
腕の中におさまると、迅の心臓が早鐘を打っているのが分かった。
「心臓、すごいドクドク言ってる」
「そりゃ、な……」
人肌には、人を安心させ弛緩させる何かがあるらしい。勇は、身体からいらない力が抜けていくのを感じ、自分が今の今までとても緊張していたことを実感した。
「ありがとう、迅くん」
背中に腕を回すと、一層強く抱き締められた。
「お礼を言うのは、俺の方。おかげでぐっすり眠れた」
名残惜し気に腕が離れ、迅もトリオン体になった。
「行こう。ゲートが発生してる未来が視えた」
「了解」
勇も換装し、二人はまだ夜が明けきらぬ空の下を走り出した。
迅の予知に従い向かった先には、市場が並んでいた。太陽が地平線から登り始める頃に到着したそこは、既に多くの人で賑わっていた。
「ここは……」
「オアシス、ってとこかな」
交易行路なのだろうか、肌色の違う人々が早朝にも関わらず賑やかに行きかっている。
「せっかくだ。市場を散策しながらゲートを探そう」
「そんな時間あるの?」
「ゲートが出現してた時の映像が結構明るい時間ぽかったから、今はまだ多分大丈夫」
それなら、と、勇は迅と共に市場を歩き出した。
市場は、地球で言うところのオアシス市場らしい。見たことのない食材や民族衣装、嗜好品など、様々な物品が所狭しと並び、思わず目移りしてしまう。
「あ、すみません」
よそ見をしていて人にぶつかってしまった。その女性は、こちらこそごめんなさいとぺこりと頭を下げ、先行く男性を追いかけていった。
「勇ちゃん、大丈夫?」
「うん、平気」
ほら、と、手が差し出された。
「迷子除け」
「わたし、迷子になる未来なの?」
くすくす笑い、なら仕方ないねと言って繋いだ。
「ジュースとか飲んでみたいなぁ」
「路銀あるの?」
「ないよ」
そう言えば、勇はマザートリガーから逃れる間、どうやって飢えをしのいだのだろうか。大量のトリオンがあるとはいえ、人間体にも栄養が必要だ。
「現地調達」
にっこり笑い、勇は近くにいた豊かな口ひげを蓄えた男に話しかけた。男は何やら難し気な顔をしてみせたが、勇が何かをやってやると、驚いた顔をしたのちやがてひとつ頷いた。勇が迅に向かって手招きをしたので近付くと、
「おじさんが、スペース貸してくれるって」
と、言った。
「スペース?」
「言ったでしょ、現地調達だって」
勇は、早速行き交う人に話しかけ始めた。どうやら、彼女が得意とする気功の類をして路銀を稼ぐつもりらしい。早速呼びかけに反応した女性に何やら施し始めた。
(なるほど、自分で路銀を稼いでた訳か)
15やそこらで見知らぬ場所に飛ばされ、19かそこらで命からがら逃げまどいながら何とか生き残るために自らの技を路銀に変え、地球に戻ってきたのだと思うと、勇は本当にたくましいと思ったし、改めて不思議な人間だと思った。
「まあ、だから惚れちゃったんだろうな」
驚く女性の話を、膝を落としてゆっくり聞く彼女の姿に見とれつつ、ならば自分もと、隣の露店から拝借した青い布を頭から被り、道行く人々にそれっぽく話しかけて見せた。
「……あれ?」
最初の女性が満足げな顔をして帰るや、それを見ていた別の女性が私も、と続き、気付けば空はすっかり明るくなっていた。一区切りついたところで客を見送り傍らにいたはずの迅の姿を探した。見れば、すぐ近くで何やら占い師のような恰好をして人に話をしていた。いつの間にか、手元には水晶の玉が置かれていた。
「あいつは、占い師か何かかい?」
店先を貸してくれた口髭の男が話しかけて来た。受け取ったお代のうち男に約束した代金プラス色をつけてやると、男は気分がいいのかそのうちの何割かを勇に戻してきた。
「占い師じゃないと思うんですけど……」
だが、水晶を片手に話す姿はどう見ても占い師のそれで、いつの間にか長蛇の列が出来ているではないか。
(あの青い布、どうしたんだろう……)
迅のことだ、その辺りの店から拝借したのだろうが、それを自分のものとして使いこなしてしまう辺り、彼らしいと言える。
「旦那かい?」
「へ!?」
男は、勇の反応を見て何だ違うのかいとからかった。
「だったら、余計に首輪でもつけておくんだな。俺がかみさんにそうされたようにな」
カラカラ笑うと、男は店の奥からある箱を持ってきた。
「うちは、本来宝飾品店なんだ」
どれか気に入ったのがあれば安くしてやるよと見せて来た箱の中身は、指輪だった。
「嬢ちゃんにこだわりがないなら、女からプロポーズってのもアリだぜ」
男は勇の反応を楽しむかのようだった。
「……おじさまは、奥さまからプロポーズされたんですか?」
興味本位で聞いてみるとどうやら図星らしく、なれそめ話を語ってくれた。
「あんた、旅人なんだろ。だったら、尚更大切な人にはきちんと気持ちを伝えな」
この辺りなんか安くて質もいいぞ、と、言われた指輪は、細身のシンプルな形をしていて、金色が太陽を反射して美しく輝いた。
「さっきお渡ししたマージンの何割か返してくれたのって、この指輪を買わせるためですか?」
「さあ、どうだろうな」
男は食えない笑みを浮かべてみせた。
「何見てるの?」
さらりと青い布が零れ落ちる。
「わっ!」
「俺だよ、そんなに驚かなくてもよくない?」
いつの間にか、迅がすぐそばにいた。
「お前さん、商売に励むのもいいが彼女をほったらかすのはよくないぜ」
「嫌だなぁ、彼女じゃなくて奥さんだよ」
「は!?」
男二人がカラカラ笑うそばで、勇は目を白黒させた。
「勇が見てた指輪って、これ?」
「へ?」
「ああ、そうだよ。嬢ちゃんはなかなか見る目がある。こいつは……」
指輪のことについて云々かんぬん説明をされたが、勇はまるで頭に入ってこなかった。
(奥さんとか言ったり、呼び捨てにしたり、何なのー!?)
指輪を見ていた自分も自分だが、迅も迅だ。心の中で一人怒ったり慌てたりしたが、そんな自分には見向きもせず、迅は真剣な顔で指輪を選んでいる。
「決めた、これちょうだい」
「あいよ」
我に返れば、迅が指輪の裏に刻印を入れるよう頼んだ後だった。
「ちょ、ちょっと、何やって……!」
「あ、この布の代金まだ払ってなかった。お客さんいるみたいだし、戻るな」
頭をぽんとひと撫でされ、勇は颯爽と戻っていく迅の後姿を見送るしか出来なかった。
やがて太陽はてっぺんを過ぎ、辺りがさらに賑わいを増した頃。
「勇」
青い布をはぎ取り、迅が呼んだ。その顔を見て、ゲートのことだと察した。
「おじさま、色々とありがとう。行かなきゃ」
「そうかい」
そう言うと、男は指輪の入った箱を差し出した。
「あいつを、幸せにしてやんな」
何故そんなことを言うのか分からなかったが、迅が先に走り出したので、勇も慌てて後を追った。
「ゲートは!」
「この先だ」
座標誘導がなされていない国なのだろう、市場の端に、ぽっかりとゲートが開いていた。
「あれだ! 行くぞ、勇」
迅が手を差し出す。その手を掴み、二人はまたゲートを超えた。
その手の左薬指に指輪がはまるのは、二人が無事アフトクラトルに辿り着いてからであった。
(おわり)
「ここは……」
「どこかは分からないけど、通信が通じてるってことは、わりとアフトクラトルに近い位置にいるみたいだな」
迅の言う通信とは、新たに同盟国家となったガロプラのとある人物から渡された、ガロプラと三門を繋ぐ通信機である。本来は1つしかないのだが、開発室によって子機が作られた。ガロプラの技術とは隔たりがあるため電波の発信・受信をキャッチ出来る程度の性能だが、今回の任務には十分であった。
「でも、さっきから電波が入ったり途切れたりしてるから、あまり長居はしない方が良さそうだ」
「元々アフトクラトルに急ぐって前提だったし、何も問題ないよ」
勇は、慌てるでもなく言った。
赤い太陽が地球の時より近く、また視界を遮るものが何もないので、余計にその存在が大きく感じられる。
「今日は、ここで野宿しよう」
「そうだね。見たところ、延々と砂漠が続いてるっぽいし、任務中は下手に人里に行かない方がいいかもしれない」
「人里って」
迅は笑った。
風除けのための砂を掘り、そこに横たわる。日が陰り始めたので、本来は肌寒く感じるところだが、トリオン体なのでそうは感じなかった。
「本当なら、火をおこしたいところだけどな」
一息吐いて、迅は砂に横たわった。
「煙が出たら危ないかもしれないし、今日は我慢だね」
我慢、と言った勇には、雨取千佳並みのトリオン量がある。加えて、フローティングにいた際にトリオンの自動回復というサイドエフェクトも開花したため、トリオン体でいても何ら問題はない。
「迅くん、少し休みなよ。わたしはこの通り、休まなくても平気だから」
常日頃トリオン体でいる迅だが、さすがにトリオン量は勇には敵わない。少し休息をとってトリオンを回復させたいところだったので、迅はその申し出をありがたく頂戴することにした。
「ねえ、膝枕してよ」
「えっ」
トリオン体でなければきっと真っ赤な顔が拝めただろう。迅は、少し勿体ないと思ってしまった。
「はは、冗談冗談。じゃ、俺寝るから……」
そう言って横寝した体が、何故か膝の上にあった。
「え……」
「膝枕、いるんでしょう?」
困惑した顔が、そこにあった。
「あ、いや、その、いると言えばいるけど、まさか本当にしてもらえるとは……」
まさに、未来の読み逃しだ。
「……俺が、恥ずかしい」
迅は、両手で顔を覆った。
「言い出しっぺの法則っていうのがあるって、
「はあ、蓮さんってば何言ってるんだか……。てか、俺、勇ちゃんからまだ返事もらってないんだけど?」
勇は、また困惑した表情を浮かべた。
「……そだっけ?」
「あ、ごまかす気?」
勇は頭を小さく左右に振り、意を決して呟いた。
「……迅くんの気持ち、嬉しかった。ありがとう」
「……まさか、それだけ?」
この先の未来が視えたのか、迅は余裕の笑みを浮かべ勇の後頭部を掴み自分の方へ引き寄せた。
「違うよね」
勇は、言葉にならないうめき声を挙げた。
「はっきり言ってくれないと分からないんだけど?」
「っ、ごめん」
後頭部から頬に位置を変えた手に自分のそれを添えると、勇は一度深呼吸をした。
「……ありがとう、迅くん。わたしも、迅くんが好き。だから、良かったらこのまま休んで」
迅は一瞬目を見開いたが、すぐに弓なりにし、口元を綻ばせた。
「ああ、そうさせてもらう」
余韻を楽しむようにしばらく勇の手や指を唇に押し当てていたが、やがて静かに寝息を立て始めた。
「……おやすみ、迅くん」
さらりと、前髪を撫でる。一瞬ぴくりと反応したが、すぐに穏やかな寝息が続いた。
目が覚めた時、勇は瞑目していた。
「勇ちゃん……」
囁くように声をかけると、勇はゆっくりと目を開けた。
「おはよう。眠れた?」
「あ、ああ……」
本当に、ずっと膝枕をしてくれていたらしい。迅は、頬に熱が集まるのを止められなかった。
「どうしたの?」
「いたたまれない、俺が……」
「何で」
勇は、ふんわりと笑った。
「空が白み始めたから、起き上がれそうなら少し移動してみない? ゲートも探さないといけないし」
「そうだな」
弾みをつけて起き上がる。思ったより寒くない。砂漠の夜は急激に冷え込むと聞いたことがあったが、この砂漠はそうではないらしい。
「勇ちゃん、思ったより寒くないから換装解いてみない?」
伸びをひとつし、勇は迅の言う通り換装を解いた。
「本当だね、寒くなっ……」
振り返った勇の唇に、柔らかいものが触れる。それが迅の唇だと気付くのに、時間はかからなかった。
「……ごめん、トリオン体のお前にはしたくなくて」
腕の中におさまると、迅の心臓が早鐘を打っているのが分かった。
「心臓、すごいドクドク言ってる」
「そりゃ、な……」
人肌には、人を安心させ弛緩させる何かがあるらしい。勇は、身体からいらない力が抜けていくのを感じ、自分が今の今までとても緊張していたことを実感した。
「ありがとう、迅くん」
背中に腕を回すと、一層強く抱き締められた。
「お礼を言うのは、俺の方。おかげでぐっすり眠れた」
名残惜し気に腕が離れ、迅もトリオン体になった。
「行こう。ゲートが発生してる未来が視えた」
「了解」
勇も換装し、二人はまだ夜が明けきらぬ空の下を走り出した。
迅の予知に従い向かった先には、市場が並んでいた。太陽が地平線から登り始める頃に到着したそこは、既に多くの人で賑わっていた。
「ここは……」
「オアシス、ってとこかな」
交易行路なのだろうか、肌色の違う人々が早朝にも関わらず賑やかに行きかっている。
「せっかくだ。市場を散策しながらゲートを探そう」
「そんな時間あるの?」
「ゲートが出現してた時の映像が結構明るい時間ぽかったから、今はまだ多分大丈夫」
それなら、と、勇は迅と共に市場を歩き出した。
市場は、地球で言うところのオアシス市場らしい。見たことのない食材や民族衣装、嗜好品など、様々な物品が所狭しと並び、思わず目移りしてしまう。
「あ、すみません」
よそ見をしていて人にぶつかってしまった。その女性は、こちらこそごめんなさいとぺこりと頭を下げ、先行く男性を追いかけていった。
「勇ちゃん、大丈夫?」
「うん、平気」
ほら、と、手が差し出された。
「迷子除け」
「わたし、迷子になる未来なの?」
くすくす笑い、なら仕方ないねと言って繋いだ。
「ジュースとか飲んでみたいなぁ」
「路銀あるの?」
「ないよ」
そう言えば、勇はマザートリガーから逃れる間、どうやって飢えをしのいだのだろうか。大量のトリオンがあるとはいえ、人間体にも栄養が必要だ。
「現地調達」
にっこり笑い、勇は近くにいた豊かな口ひげを蓄えた男に話しかけた。男は何やら難し気な顔をしてみせたが、勇が何かをやってやると、驚いた顔をしたのちやがてひとつ頷いた。勇が迅に向かって手招きをしたので近付くと、
「おじさんが、スペース貸してくれるって」
と、言った。
「スペース?」
「言ったでしょ、現地調達だって」
勇は、早速行き交う人に話しかけ始めた。どうやら、彼女が得意とする気功の類をして路銀を稼ぐつもりらしい。早速呼びかけに反応した女性に何やら施し始めた。
(なるほど、自分で路銀を稼いでた訳か)
15やそこらで見知らぬ場所に飛ばされ、19かそこらで命からがら逃げまどいながら何とか生き残るために自らの技を路銀に変え、地球に戻ってきたのだと思うと、勇は本当にたくましいと思ったし、改めて不思議な人間だと思った。
「まあ、だから惚れちゃったんだろうな」
驚く女性の話を、膝を落としてゆっくり聞く彼女の姿に見とれつつ、ならば自分もと、隣の露店から拝借した青い布を頭から被り、道行く人々にそれっぽく話しかけて見せた。
「……あれ?」
最初の女性が満足げな顔をして帰るや、それを見ていた別の女性が私も、と続き、気付けば空はすっかり明るくなっていた。一区切りついたところで客を見送り傍らにいたはずの迅の姿を探した。見れば、すぐ近くで何やら占い師のような恰好をして人に話をしていた。いつの間にか、手元には水晶の玉が置かれていた。
「あいつは、占い師か何かかい?」
店先を貸してくれた口髭の男が話しかけて来た。受け取ったお代のうち男に約束した代金プラス色をつけてやると、男は気分がいいのかそのうちの何割かを勇に戻してきた。
「占い師じゃないと思うんですけど……」
だが、水晶を片手に話す姿はどう見ても占い師のそれで、いつの間にか長蛇の列が出来ているではないか。
(あの青い布、どうしたんだろう……)
迅のことだ、その辺りの店から拝借したのだろうが、それを自分のものとして使いこなしてしまう辺り、彼らしいと言える。
「旦那かい?」
「へ!?」
男は、勇の反応を見て何だ違うのかいとからかった。
「だったら、余計に首輪でもつけておくんだな。俺がかみさんにそうされたようにな」
カラカラ笑うと、男は店の奥からある箱を持ってきた。
「うちは、本来宝飾品店なんだ」
どれか気に入ったのがあれば安くしてやるよと見せて来た箱の中身は、指輪だった。
「嬢ちゃんにこだわりがないなら、女からプロポーズってのもアリだぜ」
男は勇の反応を楽しむかのようだった。
「……おじさまは、奥さまからプロポーズされたんですか?」
興味本位で聞いてみるとどうやら図星らしく、なれそめ話を語ってくれた。
「あんた、旅人なんだろ。だったら、尚更大切な人にはきちんと気持ちを伝えな」
この辺りなんか安くて質もいいぞ、と、言われた指輪は、細身のシンプルな形をしていて、金色が太陽を反射して美しく輝いた。
「さっきお渡ししたマージンの何割か返してくれたのって、この指輪を買わせるためですか?」
「さあ、どうだろうな」
男は食えない笑みを浮かべてみせた。
「何見てるの?」
さらりと青い布が零れ落ちる。
「わっ!」
「俺だよ、そんなに驚かなくてもよくない?」
いつの間にか、迅がすぐそばにいた。
「お前さん、商売に励むのもいいが彼女をほったらかすのはよくないぜ」
「嫌だなぁ、彼女じゃなくて奥さんだよ」
「は!?」
男二人がカラカラ笑うそばで、勇は目を白黒させた。
「勇が見てた指輪って、これ?」
「へ?」
「ああ、そうだよ。嬢ちゃんはなかなか見る目がある。こいつは……」
指輪のことについて云々かんぬん説明をされたが、勇はまるで頭に入ってこなかった。
(奥さんとか言ったり、呼び捨てにしたり、何なのー!?)
指輪を見ていた自分も自分だが、迅も迅だ。心の中で一人怒ったり慌てたりしたが、そんな自分には見向きもせず、迅は真剣な顔で指輪を選んでいる。
「決めた、これちょうだい」
「あいよ」
我に返れば、迅が指輪の裏に刻印を入れるよう頼んだ後だった。
「ちょ、ちょっと、何やって……!」
「あ、この布の代金まだ払ってなかった。お客さんいるみたいだし、戻るな」
頭をぽんとひと撫でされ、勇は颯爽と戻っていく迅の後姿を見送るしか出来なかった。
やがて太陽はてっぺんを過ぎ、辺りがさらに賑わいを増した頃。
「勇」
青い布をはぎ取り、迅が呼んだ。その顔を見て、ゲートのことだと察した。
「おじさま、色々とありがとう。行かなきゃ」
「そうかい」
そう言うと、男は指輪の入った箱を差し出した。
「あいつを、幸せにしてやんな」
何故そんなことを言うのか分からなかったが、迅が先に走り出したので、勇も慌てて後を追った。
「ゲートは!」
「この先だ」
座標誘導がなされていない国なのだろう、市場の端に、ぽっかりとゲートが開いていた。
「あれだ! 行くぞ、勇」
迅が手を差し出す。その手を掴み、二人はまたゲートを超えた。
その手の左薬指に指輪がはまるのは、二人が無事アフトクラトルに辿り着いてからであった。
(おわり)