The Chariot
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その日の夜、チャットに《メジエド》の事で連絡が入った。
みんなの耳にも届いていたようで、竜司が次のターゲットにメジエドをと相談してきた。
不正アクセス、データの改竄、ネットを使って犯罪をするクラッカー──世界的に有名なのがメジエドだと真に教わる。
世界規模、それはカネシロ以上の大物。杏も竜司と盛り上がるけど…
蓮に「無理だ」とあっさり言われる。真も付け足すが、匿名相手にナビは使えない。
人数も性別も年齢も何もかもが不明では、ターゲットにするのも難しい。
祐介にもキーワードを探す以前の問題だと一蹴されて、竜司は押し黙ってしまう。
どちらにせよ、挑発されていて、怪盗団が逃げたと思われるわけにもいかない。本当に悪党である可能性もある為、無視出来ない存在になった。
まずは、各々で情報収集しようと話はまとまった。
メジエド──不祥事を起こした企業などのネットワークに侵入し、ハッキングやクラッキングをする義賊とも噂されるが、やってる事は犯罪で迷惑なハッカー集団。
なんて聞こえたりもする。同時に怪盗団の事も噂される。
学校内でも話題は、それで持ち切りだった。
正直、試験結果なんてどうでもいい程、今はメジエドの事で頭がいっぱいになる。
蓮と竜司が機械に強い三島君に話を聴きに行ったけど、得られたものはないらしい。他のみんなも真が姉に当たってみても専門外で、杏と祐介も調べるにしてもとっかかりがなさすぎて何も調べられなかったそう。
私も、メジエドで調べてみてもみんなが噂する程度の情報しか得られなかった。
神出鬼没の見えない相手。
来週から夏休みだというのに、問題は山積みのようだ。
放課後、まっすぐ帰ろうとした私の背中に呼び止める声がした。
「南条さん!」
振り返ってみると、柔らかいウェーブを描く頭に白衣を着た男性がこっちに向かっていた。
「丸喜先生…どうかしました?」
私の目の前まで来て立ち止まった丸喜先生を見上げる。
「見かけたから声をかけたんだ。今大丈夫かな?」
「大丈夫、ですけど…」
「良かった。それなら保健室でお話でもしようか。お菓子もあるよ」
どうして私に声をかけたのか解らないけど、相変わらずお菓子で釣る先生に思わず笑みがこぼれた。
丸喜先生と話すと私も心が落ち着くし、穏やかになれるからまんまと釣られて保健室へと向かった。
保健室に入って、すぐの所にあるソファーに座る。目の前のローテーブルにお菓子の入った籠とティーカップを置いてから先生が斜向かいに座った。
どうぞ、と微笑まれたからまずは良い香りのするフレーバーティーを一口。
「…んっ」
「どうしたの?あ、火傷した?少し置いたつもりだったんだけど…」
口に含んだ瞬間に私が驚いたからか、先生が慌てて私の様子を窺ってくれる。
「あ、火傷とかじゃなくて……飲んだ瞬間、熱いかなって思ったら丁度良かったから」
「そっか…それなら良かったよ」
そう。飲む瞬間に熱いかもと予感して舌の火傷も覚悟したんだけど、私には丁度良いぬるめだったから、逆にそれで驚いてしまった。
先生は安堵して優しく微笑んでくれる。
だけど………
「舌の火傷は何気にツラいからね」
一つだけ先生に違和感を覚えた。
今の先生の反応は、まるで私が猫舌だって知ってた人の反応だ。
いや、考えすぎかな。普通に熱すぎて飲めなかったり火傷しないように事前に淹れておいて適温にしてたってだけだよね。
「お茶、すごく美味しいです」
「そう。良かった」
気にしすぎても良くないだろうから、頬を緩ませて感想を述べると先生も笑顔を見せてくれた。
「最近はどう?困った事とかないかな」
「すこぶる順調です」
「楽しそうなら良かったよ。けど、君の場合は記憶障害があるからね、心配なんだ」
案じるような眼差しは、まるで父親のようだった。父親にしては若いけど。
「今の所は、大丈夫ですよ」
「……………君がそう言うなら信じるしかないね」
たまに記憶を思い出す事がある。だけど、曖昧でどんな記憶だったのか数日でまた忘れてしまうから、先生に話したくても話せなかった。
そんな心中を察しただろうけど、先生はやんわりと頷いてくれた。
「来週からは夏休みだから、僕の連絡先を渡しておくね」
携帯番号の書かれた紙をテーブルに置かれて、私は素直にそれを受け取った。
「何かあったら、いや…何もなくても話し相手くらいは出来るから、いつでも連絡しておいで」
「ありがとうございます、丸喜先生」
「いいえ。…あ、お菓子まだたくさんあるから遠慮なくどうぞ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
丸喜先生の包み込むような優しさに、嫌な記憶とメジエドの事を少しだけ忘れて、心を解した。
そういうストレスを見抜いて気にかけてくれたのかな。
先生から貰ったお菓子とお茶で元気をチャージして、改めて怪盗団の為にやるか!と気合いを入れ直した。
その夜、何故か祐介から“メジェド”についての報告があった。
メジェドとは、死者の書に登場する神であり、その名は“打ち倒す者”を意味するらしい。
それが名前かさえも分からないらしく、その姿は眼に見えないんだそう。
見えない姿で空を飛び、眼から光線を出す神……まさに神出鬼没だな。
と、いくつかに区切ってメッセージを送ってくるけど、なんの話?
竜司が止めようとしても祐介の解説は続けられた。
古代エジプトの絵画は横顔が特徴的だが、メジェドは正面から描かれている。
なんて教えてくれるけど、眼に見えない存在でどうやって絵を描くのだろう?
空を飛ぶだとか眼から光線とか、矛盾が多いな。
でもまぁ、神というのは結局のところ人々が創り上げた想像の産物だから、あんまり深く考える必要はないだろう。
少しは役に立てたか?と聞いてくる辺り、祐介もふざけてるわけじゃない。それに意外とこうした所から糸口が見つかる可能性だってある。
今は、どんな情報でも集めておきたい。
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