The Empress②
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翌日、噂の真偽を確かめる為に放課後になると私達は斑目邸へと向かった。
竜司が電車移動な事に「普通の下校風景じゃんか」なんて垂らす文句を聞きながら渋谷駅で降りる。
「んで、何線に乗り換えんだ?」
「住所によると、あんま近い駅無いんだよね。あえて言うなら最寄駅はココ」
「はぁ?あと全部歩きかよ!?電車の次は歩きって!どんな怪盗だよ!」
文句たれるなとモルガナに言われ、今度は徒歩だ。
セントラル街を抜けた住宅地にあるらしい。
あばら家といっても渋谷に住居を構えるなんてさすが有名芸術家と言いながら杏は、行ってみよ!と案内してくれた。
夕焼け色に染まる住宅地、杏が住所を確認しながら立ち止まる。
「もしかして、アレ…?」
竜司が呆気に取られながら見やる先には、ツギハギのような壁をした古びた家屋。
隣や周囲が綺麗な外観をしているだけに凄く浮いた存在感を放っている。
「住所も、合ってるけど…表札は【斑目】ってなってる」
どうやら本当にあばら家らしい。
「チャイム押してみろよ」
「私!?押したら、壁壊れたりしないよね…」
「タライが落ちてくるかもしれないぜ?」
モルガナの言う通り、コントみたいな事が実際に起こりそうな程に古びている。
恐る恐る近付いて、杏が引き戸の横に付けられたチャイムを鳴らした。
ピンポン──と鳴る音は、至って普通。
『どちら様でしょうか』
すぐに男性の声がチャイムから返ってきた。
この声は、恐らく…
『先生なら、今は…』
「高巻ですけど」
『すぐ行くよ!』
杏が名乗れば慌てた声が答える。
やっぱりこの声は喜多川君だ。
向こうでバタバタと聞こえてきた扉が勢い良く開かれた。
すると、喜多川君が嬉しそうに杏を見る。
「高巻さ………お前らもか」
後ろにいた私達の姿も確認して、嫌そうな顔。
「ちぃっす。悪ぃけどモデルの話じゃねえんだ。訊きてえ事があってよ…」
軽く挨拶をした竜司が、前置きもせずにすぐに本題を切り出す。
「斑目が盗作してるってマジ?虐待もなんだろ?」
「正気か?」
ド直球で聞けば、喜多川君は眉根を寄せて冷静に返してくる。
「ネットに出てんだよ」
怪盗お願いチャンネルの書き込みを見せると、喜多川君は軽く覗き込む。
目を通してから笑い飛ばした。
「くだらない!盗作もあり得ないが…虐待だと?虐待するほど子供が嫌いなら、住み込みの弟子なんて取るものか!」
弟子は住み込みをしている。ある種閉ざされた空間になるのなら、虐待があっても判明されにくい。
「それに今は、住み込みの門下生は俺ひとり。俺が無いと言うんだから、疑う余地もない」
喜多川君ははっきり言う。本人がそう言うのなら、確かに書き込みの方がデマなのかも…
「お前が、嘘ついてっかもしんねえだろ!」
「それは………」
竜司が食い下がると気丈だった喜多川君に異変が現れた。
一瞬だけ言いよどみ、視線を彷徨わせる。明らかに何か隠しているサイン。
「…くだらない。身寄りのない俺を此処まで育ててくれたのは先生だ!!恩人をこれ以上愚弄する気なら許さん!」
「…本当にそうなの?」
杏も喜多川君の動揺を感じ取って畳み掛けようとした。
しかし…
「祐介?…どうしたんだ?大声を出して」
奥から斑目先生が出てきて、杏や竜司の勢いを削がれる。
「コイツらが、根も葉もない先生の噂を!」
「…許してやりなさい。悪い噂を耳にして、彼女の事を心配してきたんだろう」
斑目先生は、喜多川君と違って全く動じていない。噂は飽くまでも噂だという事なのだろうか?
「まぁ、この偏屈な年寄りが、万人に好かれているとは自分でも思わんさ」
嫌う誰かが流したデマだという事?本当に?
「横から出しゃばってすまなかったね。けど、ご近所の手前もある。ほどほどに頼めるかね?」
配慮も出来て、「それでは、失礼するよ」と礼儀正しいお爺さん。
これは、もしかしてハズレたかな?やっぱりデマなのかもしれない。
そう思いながらチラッと蓮の方を窺えば、蓮は眼鏡の奥でジッと二人を見つめていた。
その目は、真実を見抜こうとでもしているよう。一挙動見逃さずにいる。
「非礼だったな…すまん」
斑目先生が家の中へと戻ると、喜多川君も此方に頭を下げてきた。
彼もこんなに礼儀正しい。虐待だなんだとある家庭でこんなにも人間が出来上がるとも思えない。
「そうだ、あの絵を見れば、先生を信じて貰えるかもしれない。先生の処女作であり代表作である【サユリ】だ」
そう言って喜多川君は、ポケットからスマホを取り出してその画面を見せてきた。
画面には、一枚の絵画。
艶やかな黒髪の綺麗な女性が描かれている。
「俺が画家を志す、きっかけをくれた絵なんだ」
「きれい…」
「ゲージツわかんねえけど、これすげえのは、わかる…」
真っ赤な服とは相反するように下の方は青灰色に塗り潰されている。
「高巻さんを初めて見たとき、この絵を見たのと同じ感動があった…」
スマホをしまいながら話してくれる。
画面越しの絵だったけど、それでも琴線に触れるほどの作品だと分かる。
「俺は、こんな“美”を追求したい。君を描くこともその一貫だと思っている。どうかモデルの話…よろしく頼む」
杏に向かって頭を下げる。
純粋な想いで杏にモデルを頼んでいるのが伝わる。
そして、これから先生の手伝いがある為、日を改めて…と喜多川君は家に戻っていった。
閉められた扉を暫く見つめた後、私達は対岸の歩道に移動した。
「なんか…いいヤツじゃね?二人とも」
「メメントスで聞いた“マダラメ”は別人なのかもね」
「せっかく大物見っけたと思ったのによ…」
竜司と杏がため息混じりに肩を落とす。
「どうだろう」
「どうだろうって、遊江はまだ疑ってるの?」
「疑うというか、気になってるって言う方が正しいかな」
クロとも断言出来なければ、まだシロとも断定出来ない。
あれ程の素晴らしい作品を手掛ける人が悪人とは思えないけど、どうしても気になって仕方がない事が一つある。
それは、喜多川君のあの態度。何も無ければどうして動揺したのか。
シロならシロでそれに越した事はない。だから、調べるだけ調べてみてもいいだろう。
「イセカイナビはどうなってる?」
うーんと頭を捻る私達にモルガナがガードレールの上から声をかける。
蓮がスマホを開いた時…
ナビが先程の会話を拾っていたのだろうか、パレスの存在を表示していた。
「この表示…斑目先生にもパレスが、って事だよね!?なんでっ!?」
「《マダラメ》と《盗作》に、《あばら家》か…コイツがキーワードみたいだ」
「つかこれ、まじでなんなんだ!?本当にあんな爺さんにもパレスがあんのか…!?」
竜司は驚くけど、何もそんなに不思議な事はない。
欲望が歪んで肥大化すれば誰だってパレスになり得る。
パレスに入る為には、本人の名前と場所。そして…
「あとはマダラメが、この《あばら家》を“何”と勘違いしてるかだ」
「それ…鴨志田の《学校》が《城》的な?」
「そういうこと。当てずっぽうでもいいから、なんか言ってこうぜ」
当てずっぽうと来た。斑目本人の事もよく分からないのにどんな思考をしているのかまで見抜くのはなかなか高度な技じゃないだろうか。
「とりあえず城とか?」
『候補が見つかりません』
「じゃあ、牢獄は?」
『候補が見つかりません』
「ああ、面倒くせっ!刑務所!倉庫!それと…教育指導室!ついでに牧場!」
『候補が見つかりません』
竜司と杏が思い付く限り言っていくのを見て、メメントスを思い出した。
あの時も確かに私も当てずっぽうだったなぁ。
「かすりもしねえ…」
「出直すか?」
モルガナは一人先に諦めモードだ。
「画家に関係する建物…か。素直に考えると…なんだろ」
杏が改めて呟く。
「…画家といえば、やっぱり画廊?」
私も候補が見つかりませんと言われ、イラッとする。
ああ、骨が折れそうだ。
そう思ってため息をついていると…
「美術館」
『ヒットしました。ナビゲーションを開始します』
単語を拾ったナビが反応した。
「開始って…コレ!?」
蓮が呟いた言葉に起動したナビに連れられて、私達はパレスへの潜入を果たせた。
「おい!いつの間に開始したんだ!?びっくりしただろ!」
ガードレールの上に居るモナが驚いている。
「偶然あたり引いたんだからしょうがねえだろ」
「もしワガハイが気付かずに歩いてって、また敵に捕まったらどうすんだよ!」
「二本足で歩いた時点で分かれよ」
モルガナでも、パレスに入った瞬間が分からない事がある。
歪みが少ない場所だと姿しか変わらないだけで気付かない時もあるらしい。
私達が立っている道路や街並みは確かになんの変化もない。
「つか、アレ!」
だけど、スカルが指し示す場所。あばら家のあった場所が明らかな変化を遂げていた。
「あばら家が…美術館、マジ…?」
全員で振り仰げばそこには、大きな建物があった。
取りあえず入口近くまで近付いてみる。
「すごいゴーカ…っていうか…シュミが…美術館…なんだよね?」
変わったデザインの黄金に輝く建物。《斑目大画伯美術館》と金で看板も掲げられている。
入口では、多くの人が列を成して入館を心待ちにしている。
警備員がそんな客達を既に閉館したと制止していた。
「これが斑目の…?」
「パレスは欲に駆られた妄想の景色だ。カモシダのパレスが《城》だったようにな」
つまり、人によってパレスは形を変える。
それがキーワードという事だ。元の場所を《何》と思っているのかというそれ。
「斑目先生って、現実の美術館にも絵は飾られてるよね?個展も大人気だったし、尊敬もされてるし…そんな人がわざわざ《美術館》を妄想する?」
「そうだね。しかも、あばら家がって事だもんね…」
「言われてみりゃ…盗作や虐待とも関係ねえよな?」
「少し入ってみようぜ。ここで頭ヒネってても仕方ない」
パンサーとスカルと一緒にハテナを浮かべていると、モナが提案した。
確かに百聞はというし、入ってみればその人物像が明らかになる。
「つかよ…怪盗に美術館って定番じゃね!?」
「確かにな。罠も定番だ」
スカルの嬉々とした声にジョーカーが冷静に返す。
怪盗と美術館──ちょっとワクワクしてきた。
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