The Chariot③
7月26日から、ようやく夏休みが始まった気がした。
蓮からのアジト招集は、いつもながら割りとすぐ来た。
熱い日差しを浴びながら、新しく移り変わったアジト──ルブランへ向かう。
昼間には一階に佐倉さんや客の出入りがあるから、屋根裏部屋が作戦室だ。
準備をいつも任せ切りなのが申し訳ないなと思いながら、蓮がミリタリーショップでアップグレードした武器を受け取って、パレスへ行く準備を私達もする。
「しかし、今回のパレスには驚いたぜ…。見渡す限り、ぜんぶ砂漠とはな」
一つのテーブルを囲んでソファーや椅子、ケースと板で作られた椅子に各々座る。
テーブルの上に乗り上げたモルガナがそう呟くのを、私も空いている所に腰掛けながら聞いた。
「確かに。今までのパレスって、歪んでる中心地の外に出ちゃえば、わりとフツーに街だったよね」
「おかげで鴨志田ん時なんか、いつパレスに入ったか最初マジで分かんなかったしな」
杏が不思議そうに言えば、竜司が頷きながら教えてくれた。
初めて会った時に迷い込んだと聞いたのがなんだか懐かしい。
「中心地の外だってパレスだからな。認知から生まれた景色には違いない」
認知世界に入れば、そこはどこだろうとパレスの一部。
今まで倒してきた相手は、悪党ではあったが社交性もあった。街がどんな景色か当たり前のように知っている。自分のテリトリー以外の景観は、現実と変わらない。
しかし、今回の双葉さんは、外の景色を知らない…というよりも興味も無いらしい。
引きこもって以来、外には一歩も出ていないと佐倉さんの話でも解っている。
結果、どこまでも不毛な砂漠が広がった。
モルガナがそう話して聞かせる。
「まあでも、今後は有名人の悪党を狙ってく訳だし、引き篭もってるような人は少なそうじゃん?てことは、“ぜんぶ砂漠!”みたいな苦労は少なくて済みそう?」
大変なのは今回だけじゃないかと聞く杏に、そうとも限らないと真が首を振った。
「リムジンや飛行機ばっかりで、街の景色には疎い、興味も無い…なんて人、上流階級には多いわ」
「ヒコーキ…!?うお、それちょっと悪くねーな!つーか、雲の上みてーなスケールのパレス、もしあったらぶっちゃけ行ってみたくね!?」
真の話を聞いて、謎の興奮を見せる竜司。本当、この前から楽しそうだ。
夏休み入って浮かれているからかな?
「……確かにな。滅多に無い体験がしたい」
「空飛んでるのは銀行だけで十分よ…」
竜司に乗るように悪戯な笑みを蓮が浮かべると、真が嫌そうに溜め息を吐いた。
当事者というのもあって、相当嫌なんだろうな。
「だが、さっきの“中心地の外がどうなっているか”という話は、興味深いな」
みんなの話を聞いて、祐介がふむと頷く。
「つまり、悪人のタイプによってパレスの中に《現実と瓜二つの街がある》わけか。一度ゆっくり歩いてみたい」
「オメーはホントに、いつでも絵の話だな」
楽しげに目を伏せた祐介の考える事は、竜司にも手に取るように分かるのか呆れ顔を見せる。
「確かに、観察力があって頭のキレる悪党なら、パレスに現実と寸分違わない街があるかもな」
モルガナも頷いてみるが、「あったところで、別に使い道ねえけどな」と興味を示さない。
私は少し見てみたい気がする。
でもまあ、モルガナの言う通り寸分違わない街なんて、とんでもない観察力と記憶力のある人じゃないと無理だろう。
今までのパレスも、中心地以外は現実と同じ街並みと言ってはいるが、本人が知らない所や覚えていない所の認知は曖昧な景観になっていただろう。
中心地にしか用がなかったから、そういう所に目を向けていなかったけど、もし次に現実と同じ景色があった時には、気にかけてみてもいいかもしれない。
そんな話をしながら準備を済ませると、佐倉宅前に向かった。
そこからイセカイナビを起動させてフタバパレスへ。
相変わらず太陽照り付ける砂漠のど真ん中にほっぽり出され、暑さを我慢してモルガナカーでピラミッド前まで向かう。
「怪盗服になってるね」
みんなの姿を見て、パンサーが呟く。
「警戒されてる証だな。気をつけていこうぜ!」
モナも言うが、前回でどういうわけか警戒されてしまったからすっかり怪盗服だ。
見上げるピラミッドは、壮観。
けれど、どこか物悲しい佇まいだ。
階段を上り、前回と同じ扉からピラミッド内部へと入る。
途端に熱風は消え、涼しい空気が癒しを与えてくれた。
大玉に追われた階段は、その時に扉が閉められしまっている。
ひとまず行ける所まで行ってみる事にした。
下が危ない事になっている所を狭い足場を移動して扉の前に来てみても、扉は触れても叩いてもウンともスンとも言わない。
この先に長い長い階段の果てに、フタバと出会った突き当たりにオタカラがあるのはモナサーチで判っている。
この扉をなんとか開いて進まなきゃならないが、さてどうしたもんか。
もしかしたら他に入れる場所があるかもしれない。そうジョーカーが提案し、来た道を引き返す。
外も含めて怪しい所を調べる。スカルが外に出る事に文句をこぼしたが、早く終わらせる為にも必要な事だ。
ちょうど出口を開けようとした時だった。
「帰るのか?」
背後からそんな声が引き止めた。
振り返って見れば、シャドウフタバが少し先に立っていた。
「ちょっと話そう。戻って来い」
そう言う声音は、警戒しているようには聞こえない。
フタバの元へ向かえば「ご苦労」と労いの言葉をかけてくれる。
「もう来ないかと思ったが」
「ホント苦労したぜ!あんなデケー玉落としやがって」
スカルが軽口に返して、続ける。
「オタカラ盗まれてーのか、嫌なのか、どっちだっつんだよ」
フタバの態度とパレスの反応がまるで違って、混乱してしまう。
「奥へ進みたいんだろ?取引しないか」
私達の話を聞いているんだかいないんだか分からない態度のまま、フタバは構わず続ける。
「近くに街がある。そこにいる盗賊に盗まれた物を取り戻して欲しい」
フタバが言えば、そういえば街があったよねとパンサーが来る途中に見た景色を思い出す。
「戻って来たらいい物をやろう。奥に進む道も教えてやる」
「もう少し情報はないの?盗賊の特徴や盗まれた物の説明は?」
淡々と話すフタバにクイーンが聞くと、街には盗賊しかおらず盗まれた物もすぐ分かると返された。
行けば解るという事だろうか。とにかく私達は、一度外に出る事にした。
「で、街ってどっから行きゃいいんだ?」
「近くって言ってたし、ここから見えるとこじゃない?」
スカルとパンサーが辺りを見回す。
周囲を見渡してみると、確かに少し離れた所に街らしき建物群が見えた。
蜃気楼とかじゃなければ、あれがフタバの言ってた街という事だろう。
モルガナカーに乗って一気に向かう。
その街にいた盗賊は、墓荒らしをしていると言っていた。
それはつまり、シャドウがパレス内で好き勝手動いているという事。
今までなら、シャドウ達は主に従い、私達を排除する為に動いていた。
フタバは、自分のパレスを支配出来ていないのかもしれない。
モナも初めてのケースで混乱をしている。何が起こるのか注意をしつつ、盗賊から取り返したモノをフタバにコレを返しに戻る。
それは、パピレス紙。
ピラミッドへ戻り、フタバへ返すと「ご苦労」と労ってから「それをお前たちにやる」と言ってきた。
この紙は、このピラミッド内の見取り図らしい。盗賊が墓を荒らす為に盗んだんだそう。
「随分、好き勝手にやられてるのね。貴方のパレスなのに」
クイーンが疑問をぶつける。
けれど、フタバはそれに答える事はなかった。
「とにかくそれをやる。奥まで……あ」
言いかけて何かに気付いたように短く声を上げる。
くれるというのなら見取り図は有難く貰うとして、フタバは何に声を上げたのだろう?
すぐにどこかでガタンと音がした。
「なんだ?」
フォックスの怪訝そうな声と同じようにみんなも怪訝がる。
すると、フタバが急に浮遊してその姿をゆっくりと消していった。
「え、双葉ちゃん消え…」
パンサーの驚いた声がしたと思ったら、私達の立っている地面が急に大きな口を開いた。
開いた先は、真っ暗なほどに深い穴。
支えを失った私達は、重力のままに落ちるしかなかった。
「マジかあぁぁぁぁぁぁぁ!」
スカルの叫びと一緒にどこまでも落ちていく。
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